第95話 妙な常連とかすかな引っ掛かり
「名乗りくらいしたらどうだ。それが礼儀というものだろう。違うか?」
ひとまずお膝に座っていたルルを下ろし、フィーナさんに預ける。続いて、エマやリリたちを庇えるような位置に立つ。
その間、サリアさんが見知らぬ男性らに対し、まずは名乗るよう告げていた。
目的も気になる。だって、それぞれの手にはラビットサンドが収まっているんだもの。
「ああ、これまた失礼を。私は、マンフリード。こちらの無愛想な男は、付き添いなのでお気になさらず。この催しの主催者に、ぜひ一言ご挨拶をと思いましてね」
精悍な顔立ちの男――マンフリードさんは、空いている手を胸に当てつつ軽くお辞儀をした。
顔に傷のある大男は無言のまま、すっと一歩後ろに下がる。敵意はない、そう示しているように見えた。
一方、カーティスさんたちはまだ警戒を解いていない様子。しかし隣に立つサリアさんをちらと見れば、小さく頷いてくれた。会話くらいなら問題ない、という判断だろう。
よそ行きの対応に切り替え、俺は挨拶を返す。
「はじめまして。一応、私が主催者です。名は、伊海朔太郎と申します。どうぞお気軽にサクタローとお呼びください。それで、ご用件のほうは?」
「では、サクタロー殿と。用件は、もちろんこれですよ。近ごろこの聖堂で、とんでもない美食が振る舞われていると聞きましてね」
俺が用件を尋ねると、マンフリードさんは片手に持っていたラビットサンドを胸元まで持ち上げてみせた。まるで証拠品でも提示するみたいに。
「さらに顔見知りが、『作ったのは貴殿ではないか』なんていうものですから、これは確かめねばと。間違いはないですか?」
「はい、間違いないです……何か問題でも?」
「こともあろうに、『問題でも』ときましたか……ええ。問題あり、ですね。大ありですよ」
ぐっと緊張感が増し、耳に届く広場の喧騒が遠のく。
誰に断ってここで商売しとんじゃゴラァ、的な展開が俺の脳裏をよぎる。
実はマンフリードさん、この辺りを根城にするマフィアのボスだったり……よからぬ妄想が次々溢れてきて、ゴクリと無意識に喉を鳴らしていた。
そして、心臓が数回跳ねる分だけの間を置き――
「先ほど、さっそく一ついただきました……ええ、美味すぎて不覚にも固まってしまいましたよ。特に、このソースが素晴らしい。塩気と甘みのバランスが絶妙だ。複数の調味料をベースに、果実か何かを足しているに違いない。それに、この香り……多くの香辛料が使われている。間違いなく、製法にかなりの手間をかけている。こんな代物が、この街で手に入るとは思えない。ましてや炊き出しで振る舞うなど、常軌を逸している。大国の王族の道楽か何かですか? しかもこれが銅貨六枚? ありえない。口うるさいラクスジットの貴族ですら、一口で黙るでしょうね。よろしければ、製法をお尋ねしても?」
驟雨のごとく賛辞を浴びせられ、俺は完全に面食らう。
マンフリードさん、ラビットサンド好きすぎだろ……それに、一つ食べただけでここまで分析してみせるとは。相当に舌が肥えているというか、明らかに只者ではない。
この博識ぶりを鑑みるに……貴族の縁者とか、そんな感じの立場の人じゃないだろうか。顔に傷のある大男は護衛かな。
マフィアのドンなんて予想はきっと大外れ。第一印象で勝手に決めつけてごめんなさい。製法については説明できない部分ばかりなので、苦笑いでごまかしておく。
「お口にあったのでしたら良かった。製法などは門外不出となっていますので、申し訳ないですがお伝えしかねます」
「なるほど、これほどの逸品ですからね。致し方ないでしょう」
特に食い下がるわけでもなく、マンフリードさんは納得してくれた。それからまたおもむろに、手の中のラビットサンドに視線を落とす。
「では、せめて二つまでしか買えない制限を外してもらえませんか? しっかり代金をお支払いしますので」
「あー、そうですね……でしたら、次回から材料をもっと多めに用意します。それで、購入制限は無しと。ただ、品切れになった場合はご容赦ください」
実際、ラビットサンドの売れ行きは絶好調。だから、ちょうど仕込みの量を増やそうと思っていた。
当初はお祭り気分で利益なんて気にしていなかったけど、段々と無視できない金額に迫ってきている。もちろん孤児たちの分は確保し、これまで通り振る舞う。それがメインだからね。
「足を運んだ甲斐がありました。次回はかごを持参するとしましょう。ああ、もしこのソースを分けていただけるのなら、喜んで金貨をお支払いしますが? 入れ物の瓶を手配しなければ」
穏やかな口調ながらも、隙あらば要求を述べてくるマンフリードさん。
うっかり頷きそうになるが、焼肉のタレのみの販売予定はない。もし売るとしても、ゴルドさん経由になるだろう。
「いやいや、お分けするのも難しいですよ。そのかわり、次回からはたくさん材料を用意してお待ちしていますね」
「ははは、やはり無理なお願いでしたか。では、サクタロー殿。以後お見知りおきを」
マンフリードさんはまた軽く頭を下げてから、連れの大男と共にその場を立ち去った。二人が人混みに紛れたのを確認し、俺はまた席に戻る。
どこか只者ではない空気をまとっていたものの、ちょっと変わった人だったな……などと失礼なことを思いながら、うちの獣耳幼女たちの口元を拭いて回った。
――数日後、五回目の炊き出しが行われた。
すると宣言通り、マンフリードさんが木製の手提げかごを持って現れた。
顔に傷のある大男も一緒だ。しれっと十個ほどラビットサンドを注文し、いそいそとかごに詰めて帰っていった。その際、俺に短く挨拶するのも忘れない。
サリアさんやカーティスさんたちはちょっと気になる様子だった。けれど、そこらの大人よりよっぽど礼儀正しいので、まったく実害はない。
俺はラビットサンドの大ファンができたことが嬉しくて、特に警戒していない……というか、大人の購入制限を外したことで注文量が増え、大忙しでそれどころではなかった。
また数日が経過し、クリスマスソングが頻繁に聞こえてくるようになった頃。
廃聖堂前の広場では六回目の炊き出しが行われ、いつも以上に大盛況だった――そんな中、俺は周囲を見回し、かすかな引っ掛かりを感じていた。
見慣れた顔がいくつかない……前回までかかさず来てくれていた子どもたちが、数人いない。
タリクくんのグループは変わらず揃っているし、元気よく走り回っている。そもそも全体の数は増えているから、何か特別なことがあったわけではないと思う。
もしかしたら、日雇いの仕事にありつけたのかな――と、ここまで考えて意識が逸れる。うちの獣耳幼女たちが笑顔で、俺の服をぐいぐいし始めたのだ。
「サクタローさん、おおなわやろ! はやくはやく!」
「リリもとびたい! なわまわしてっ!」
「んっ、ルルちゃんはじっこ!」
エマ、リリ、ルルと。三人とも小さく飛び跳ねながらのおねだりだ。
実は先日、大縄をネットで取り寄せた。うちの獣耳幼女たちの影響で縄跳びが大人気となり、貸出用の予備を含めて数がぜんぜん足りなくなった。
そこで、大縄跳びを思いついた。これなら大人数で遊べるからね。
我が家の庭で試してきたので、うちの獣耳幼女たちはすでに楽しさを理解している……でも、ルルちゃん。人数が多くなると端っこの難易度上がるけど大丈夫?
「私が片方を持つ! さあ、今日は百回を目指すぞ!」
サリアさんもかなり楽しみにしており、俺の反対側の回し手を担当すると大張り切り。グレーアッシュのもふもふ尻尾がぶんぶん揺れている。
調理番を侍女さん方や女神教の面々に任せると、俺たちは広場の端のスペースへ移動した。
興味を引かれ、集まってきた孤児たちに遊び方を説明する。といっても、ただ飛ぶだけだ。獣人も人間もない。みんなで列を作り、大きな声で『せーの!』と合図を出す。
ぐるり、と。
縄が回り始め、子どもたちの明るい声が澄んだ冬空へ吸い込まれていく。
気がつけば、かすかな引っ掛かりはすっかり溶け消えていた。
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