第114話 サンタさんに聞きたいこと
「もう夜も遅いからね。観念してお風呂に入りなさい」
「ふにゅ~!」
和室(寝室)を転げ回っていたルルを真っ先に捕獲し、小脇に抱える。ジタバタ抵抗しても無駄だよ。
エマとリリは、俺の脇をすり抜けて居間のコタツに潜り込んでいる。このまま二人を捕まえたいところだけど、困ったな……最近は本当に元気いっぱいで、ちょびっとだけ俺の手に余る。
うちの獣耳幼女たちはオンかオフの状態しかなく、一度スイッチが入ったらもう大騒ぎ。そのうえ、獣人という種族の特性も相まって本当にパワフルだ。
初めて出会った頃と比べればとても健康的で、遠慮なく伸び伸びと振る舞うようになり、お世話するこっちとしても嬉しくて堪らない。
ただ、俺もアラサー。体力的に少し手加減していただきたい。
もっとも、ごはんどき以外であれば頼もしい味方が加勢してくれるから大いに助かっている。
「こら、二人とも。サクタロー殿を困らせるんじゃない」
「きゃっ! サリアにつかまっちゃった!」
「ずるい~! はなして!」
さっきまでお茶を啜っていたサリアさんがコタツの中に手を突っ込み、エマとリリを引きずりだしてくれた。頭ボサボサの二人をそのまま両脇に抱え、俺の後をついてきてくれる。
これで観念してくれたようで、獣耳幼女たちはようやくお風呂に入ってくれた。これだけでも一騒動だ。
ささっと髪や体を洗い、湯船に浸かってゆっくり体を温める。黄色いゴム製のアヒルを湯面に浮かべれば、三人ともパシャパシャ波を立ててニッコリご機嫌だ。このおもちゃとは、何気に我が家へ来た初日からの付き合いだものね。
お風呂から出たらパジャマを着せて、ドライヤーで順番に頭や尻尾を乾かしていく。最初はこの音を怖がっていたけど、今では風の強さを楽しむほど慣れっこだ。ついでに歯磨きも済ませ、しっかり寝る準備を整える。
ここで、いったんサリアさんとフィーナさんにバトンタッチ。
ドタバタと居間へ向かう獣耳幼女たちの足音を聞きながら、俺は一人で浴室に戻る。手早くシャワーを済ませ、湯には浸からず洗面所で寝間着のスウェットに着替えた。
そして、髪を乾かして居間へ移動すると……自分のお絵かき帳を棚から引っ張り出そうとするエマに出くわす。
「おや、またお絵かきするの?」
「うんっ! サクタローさんもいっしょにやろ!」
にぱっと微笑むエマに手を引かれ、一緒にコタツへ。リリとルルはすでにお絵かき帳を広げて待機しており、クレヨンを握りしめていた。綺麗にしたばかりなのに、さっそく手が汚れてしまっている。あとでまた拭かねば。
「わかるか、フィーナ。テレビの娘たちは、まるで体の使い方がなっていない。キレがたらん。私の方がよっぽど上手く踊れるぞ」
「あら。それでいえば、私だって歌なら負けませんよ? 国元では、白百合を思わせる清らかな美声と評判だったのですから」
サリアさんとフィーナさんは、テレビに映るクリスマスの音楽特番に夢中のようだ。アイドルグループのパフォーマンスを見て、あーでもないこーでもないと好き放題言っている。
そんなまったりし過ぎな二人にも順番で風呂に入るよう促し、俺はいったん台所へ。体温ぽかぽかで頬を赤くしている獣耳幼女たちに、水分補給をさせねば。
三人がくぴくぴ喉を動かして冷たいミネラルウォーターを飲んでいる間、寝室に布団を敷いてしまう。
それからしばらくは、暖かいコタツに入ったままお絵かきを見守った。よく暖房を効かせているせいか居間の空気は少しこもっており、それが妙に心地よく感じる。
すると、思った通り。さほど時間を置かずにリリとルルがうつらうつらし始めた。獣耳もぺたっと元気がない。やっと電池切れかな。つられるように、エマも目をしぱしぱさせている。
「三人とも、そろそろお布団いこうか」
「うぅん、まだねない……さんたさん……」
なおも起きていようと頑張るエマ。しかし妹二人は、自由帳によだれを垂らしているような状態だ。今日はお昼寝もしていないから、このまま朝までぐっすりだろうな。
「サンタさんはお布団で待とうね」
優しく言い聞かせながら、少しぐずり気味の三人を順番に抱っこして寝室へ運ぶ。先に布団を敷いといて正解だった。
まずはリリとルルを真っ白なシーツの上に寝かせる。その真ん中のスペースにはエマが収まった。照明を常夜灯に切り替えたら俺も添い寝して、掛け布団の上からぽんぽんと一定のリズムで優しく叩く。
「うぅ、まだねないの……」
すぐにエマも、瞳を閉じ……ては開け、必死に眠気に抗っていた。そしてむにゃむにゃとしたおぼつかない口調で、『サンタさん』を繰り返している。
楽しみにしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと頑張りすぎだ。
「そんなに、サンタさんに会いたい?」
「うん……あいたい。わたしがいいこか、ききたいの……」
「エマが、いい子かどうか?」
はて、と俺は小首を傾げる。
心根が純真で、優しく思いやりがあって、素直で、愛嬌たっぷりで、面倒見までいい。他にも良いところをあげれば、一晩では語り尽くせないくらいだ。どこからどう見ても慈愛の天使である。
それにもかかわらず、本人には引っかかっていることがあるらしく……。
「こじいんなくなっちゃって、リリとルルだけになって……わたし、ちゃんとおねえちゃんできたかなぁ。ごはん、たべさせてあげれなかったから、いいこじゃなかったかも……」
孤児院が取り壊され、廃聖堂に身を寄せるしかなかった三人。そして一番年上だったエマは姉を自認し、この小さな体で妹二人を立派に守り通したのだ。
けれど、当然ながら満足に養うことはできず……それが心の中に後悔として残り、自分はいい子ではなかったんじゃないか、という不安を喚起してしまったのだろう。
この子たちがどんな目に遭っていたのか想像するだけで、ぐっと瞳が熱を持つ。
頼れる大人もおらず、空腹に苛まれ、気を休める暇すらなかったはず。それでも自分にできることを懸命にこなし、辛い時期を乗り越えた。
落ち着いた生活を手にした『今』だからこそ、もっとやりようがあったのではないか、と思うのも理解できる。何より、刻まれた心の傷は深く、些細なことがきっかけでこうして不安が鎌首をもたげてしまうのだ。
それを承知のうえで、断言する――この子は、世界で一番のお姉ちゃんだ。当然、世界で一番のいい子のうちの一人でもある。誰に何を言われようと、俺はちゃんとわかっているからね。
「大丈夫だよ。エマは世界で一番素敵なお姉ちゃんで、とってもいい子だから。サンタさんも、びっくりするくらいたくさんのプレゼントを持ってきてくれるよ」
「ほんとう……?」
「もちろん。まだ不安?」
「うぅん……だいじょぶかも」
「よかった。それなら、安心して寝なさい。サンタさんには絵を描いたし、俺がちゃんとお礼をいっておくから」
エマは少しほっとしていたけど、まだ納得できないようで『いやいや』と小さく首を振る。それから手を伸ばし、俺の懐へ顔を寄せてきた。間に挟まれたルルが、「ふにゃ」と苦しそうに寝言をこぼす。
チクタクチクタク、すうすうすう。
しんとした寝室に、時計の針の音と獣耳幼女たちの寝息だけが小さく漂う。頑張って眠気に抵抗していたエマも、すとんと深い眠りに落ちていった。
改めて三人の穏やかな寝顔を眺め、順番に獣耳ごと頭を撫でていく。
今日はクリスマスイブ、本当に大はしゃぎだったね。朝になったら、また輝くような笑顔を見せてね。
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