第113話 クリスマスケーキ
待ちきれないといった雰囲気に背中を押され、俺はいったん台所へ。
冷蔵庫から取り出したるは、この日のために予約しておいたクリスマスケーキ。デコレーションが崩れないよう真っ白な箱を水平に抱え、再び居間に戻る。もちろん包丁や取り皿も忘れない。
みんなの目は、ワクワクと期待に輝いている。獣耳幼女たちなんて揃って立ち上がり、コタツの上に乗り出してしまっている。尻尾も左右に揺れて忙しない。
やはり、あまり焦らすのも忍びない。
それでは、待望のデザートのお披露目といこう。
コタツの真ん中に置いた箱を開け、銀色のアルミトレーごと丁寧にホールケーキを引き出す。
純白のクリームの上には、つやっつやのイチゴが並んでいる。メリークリスマスと記されたチョコプレートも添えられ、なんとも華やかだ。
『ほわぁぁあああああ~……!』
ケーキが全容を現した途端、みんな思わずといった様子で声を漏らす。
獣耳幼女たちとサリアさんは純粋に驚いているようだが、フィーナさんはその美しさにうっとりとため息だ。
無理もない。今回は、オーソドックスなショートケーキにした。ただしサイズは六号、結構大きめ。いいお値段がしただけあり、なかなかに迫力があるもの。
デコレーションも丁寧で、ネットの評判通り実に美しい仕上がりだ。
何より、異世界で生まれ育ったみんなにとっては生まれて初めて目にするスイーツの一つ。お行儀よく、なんて言う方が無茶な注文だ。
さらに興奮冷めやらぬ中、リリが「あっ!」と急に飛び跳ねた。
「サクタロー! リリ、これしってる! フェアリープリンセスたちがたべてたっ!」
俺の服をぐいぐいして、いっそう昂ぶっているご様子。狐耳もピコピコ忙しなく動き、どれだけ興奮しているか見て取れる。
その黄金色の頭を撫でて落ち着かせつつ話を聞けば、フェアリープリンセスのキャラクターたちがある回で美味しそうにケーキを食べていた、と教えてくれた。そのときは切り分けたものだったから、すぐにピンとこなかったみたい。
「あ、わたしもしってる! みんなでおうたうたってた! いいことがあって、おいわいなんだって!」
エマも思い出したようで、同じように俺の服をぐいぐいし始める。
アニメのお祝いのシーン……おそらく、誕生日か何かだったのだろう。生憎今日はろうそくを用意し忘れたが、次の機会に備えて必ず買っておこう。
と、そこまで考えて。
俺はとんでもないやらかしに気づき、ハッと目を見開く。
うちの獣耳幼女たちの誕生日はいつなのだろう……異世界の暦を正確に理解しているわけではないし、生まれた日を祝う風習があるかもわからない。そもそも孤児という境遇を思えば、本人たちですら知らない可能性が高い。
だとしても、である。
三人とも忙しなく獣耳と尻尾を揺らし、今もケーキを眺めて大興奮している。
こんなにも無邪気で愛らしい我が家の天使たちに、『誕生日がない』なんて俺が絶対に許せない。これまでお祝いできなかった分を含め、たっぷり甘やかしてあげたい。その日の終わりには、女神ミレイシュへ一緒に祈りを捧げよう。
これは、今晩にでもサリアさんとフィーナさんに要相談だな。あわせて二人の誕生日も聞き出さねば。
もっとも、それはいったん保留だ。
今日はせっかくのクリスマスイブ。まずは、目の前のケーキをしっかり楽しんでもらいたい。
「じゃあ、食べやすいよう切り分けちゃうね」
みんなに声をかけ、脇に置いてあった包丁をケーキへ近づける。
ところが、真っ白なクリームに刃が触れようとしたそのとき。
『ひゃあぁぁあああああ――っ!』
悲鳴のような声が響き、慌てて手を止めた。
いったい何事か……俺が困惑していたら、獣耳幼女たちがまた揃って服をぐいぐいしてくる。それも、ひどく悲しそうな顔で。
「サクタローさん、おにくみたいにきっちゃうの……?」
「こんなにきれいなのに、だめよ!」
「んっ! ルルちゃんのけーき!」
どうやらルルは、ホール丸ごと食べる気満々らしい……それはともかく、三人とも『ケーキを切るなんてとんでもない』と言いたいようだ。なんと可愛らしい抗議だろうか。
真っ白なクリームに赤いイチゴが鮮やかに映え、『メリークリスマス』と記されたチョコプレートが特別な日の訪れを華やかに告げている。
確かに、このまま飾っておきたくなるほどの見栄えだ。
「うむ、切ってしまうのは惜しいな。こんなに美しい菓子は初めてだ」
「ええ。この繊細な飾りも、すべて食べられるのですよね。崩してしまうのはためらわれます」
サリアさんとフィーナさんも同意見のようで、しきりに頷いている。
みんなに喜んでもらえて、俺としても本当に嬉しい。張り切って用意した甲斐があるってものだ。が、このままではせっかくのケーキがもったいない。外見だけでなく、味にも驚いてもらいたい。
「このまま眺めているのもいいけど、食べてみたくない? すっごく甘くて美味しいんだけどなあ」
この俺の一言に、みんな揃って困り顔。いつもはあれだけ食べ物に貪欲なのに、なんとも珍しい反応だ……あ、だったら写真に残しておけばいいのでは?
提案してみれば、即座に大賛成の声が返ってくる。
スマホでの撮影は、我が家ではもうすっかりお馴染み。獣耳幼女たちなんて、レンズを向ければ素敵なポーズを取ってくれるほど慣れっこだ。
そうと決まれば、さっそくみんなに顔を寄せ合ってもらう。
ルルがケーキを指でこっそり突っつこうとし、エマがそれを優しく押さえ、リリがにぱっと笑う。サリアさんとフィーナさんもノリノリで、最近覚えたピースサインを作った。
その瞬間、俺はスマホの画面をタップしてパシャリ。そのまま連続で何度かシャッターを切り、写り具合を確認する。
うん、いい感じ。ケーキもみんなの素敵な笑顔も、しっかりフレームに収まっている。画面を見せて確認を取れば、大歓声が居間に響く。
「じゃあ、切り分けちゃうね」
騒ぎが少し落ち着いたところで、俺は改めて包丁を持つ。
チョコプレートは五等分した。割れて、形が不細工になってしまったけど許してね。イチゴも均等に乗せ、程なく全員の前にカットされたケーキが並ぶ。
ここでルルが、ちゃっかり俺の膝の上に潜り込んでくる。エマとリリも左右にぴったり張り付き、早くも食べさせてもらう態勢だ。もちろん、喜んでお世話させていただきますとも。
「それじゃあ、どうぞ召し上がれ」
今回は特別な掛け声ではなく、俺のいつも通りの合図でケーキに手を付ける。
膝の上では、ルルがふんふんとご機嫌だ。まずはその口に、フォークでひと掬いしたクリームとスポンジを運ぶ。続けて、エマとリリにも食べてもらう。
もぐもぐごくん、と三人は笑顔のまま喉を動かす。
しかし次の瞬間、なぜかピタリと動きを止めてしまった。
もしかして、あまり美味しくなかったのだろうか……なんて俺は心配になるも、すぐに杞憂だと判明する。
『ひょわぁぁぁあああああ――!?』
俺の膝の上と両隣から、再び可愛らしくも珍妙な声が響く。
すぐさま、自分の頬を両手で押さえるエマ。その仕草を真似するみたいに、リリとルルもすぐ同じポーズを取った。
「すごいっ、ケーキすっごくおいしい! わたし、ほっぺたある?」
「ある! リリも、ほっぺきゅってなった! へんになってない?」
「んっ! ルルちゃんもほっぺないない?」
よかった。ケーキの美味しさにびっくりして、つい固まってしまっただけのようだ。
俺が「ちゃんとあるよ」と順に頬をぷにぷにしてあげれば、三人ともきゃっきゃとはしゃぎ出す。今日は喜んだり驚いたり、いつも以上に大忙しだね。
「なんという甘さ、なんという美味さ、なんという柔らかさ! まるで雲を食べているようだ!」
サリアさんの口からも、咆哮のごとき絶賛の言葉が飛び出す。
グレーアッシュの尻尾が音を立てるほど大きく揺れ、顔には満面の笑みが浮かぶ。肉と違い、お菓子には歯ごたえを求めないからちょっと安心だ。
「このクリーム、滑らかな舌触りがたまりません。濃厚な甘みを、赤い果実の爽やかな酸味が上品に引き立ててくれています。何より、こんなにもふわっふわな生地……初めての食感です。サリアの言う通り、きっと雲はこのような口当たりなのでしょうね。ああ、困りました。もういくらでも食べられてしまいそうです」
そう言うフィーナさんも、ちっとも困ってなさそうな素敵なお顔で熱心にフォークを動かしている。
聞けば、母国で似たような白いクリームを食べたことがあるそうだ。そちらでは、干し果物がつまった硬いパイに添えてあるのが普通なのだとか。
味わいや口溶けも繊細とは言いがたく、わりと胃にもたれがち……年齢的なところもあり、俺はちょっとご遠慮したい。
ともあれ、みんなすっかりショートケーキがお気に入りに。そしてあまりに幸せそうな顔をしているものだから、俺はつい無粋な質問を口にしてしまった。
「ケーキとこの前食べたドーナツだと、みんなはどっちが好き?」
「ほぇ? どっちかしかだめ? わたし、どっちもだいすきだよ!」
「リリも! ケーキとドーナツ、まいにちたべたい!」
そうだね、エマとリリの答えが大正解。たくさんの『一番』に囲まれて、これからもすくすく育っていってほしい。
二人の頭を撫で回しながら、俺は少し反省だ。
でも、流石に毎日ケーキとドーナツはダメかな。
みんなはどうかわからないけど、一般的な日本人は間違いなく健康を損なう。最悪は異世界の生命薬などがあるとはいえ、進んで試す気にはならない。
ところで、ルルは静かだけど……顔を覗き込んでみれば、それこそ大変なことになっていた。
口どころか、鼻の頭までクリームまみれ。ちょっと目を離した隙に、手掴みでケーキを食べちゃっていたようだ。
美味しすぎて、俺のお世話を待ちきれなかったのかな。
指についたクリームをぺろぺろ舐めつつ猫耳をピコピコ動かし、本人はとてもご満悦の様子。
「んっ! ケーキ、ルルちゃんだいすき!」
こちらを見上げ、ニッコリ笑うルル。
おやおや、今日は本当に絶好調だね。色々と注意しないといけないところだけど、その反応に免じてまた今度にしよう。
それに、エマとリリもね……二人も自分のキッズフォークを持ち直し、競うようにケーキを食べ進めている。しかしスポンジやクリームをポロポロとこぼしまくり、コタツ布団の洗濯を決定づけてくれた。
食後は、しばらくまったりタイム。
テレビをつけ、クリスマス特番の音声を聞き流しながらお茶をすする。
サリアさんとフィーナさんは、今日のスペシャルディナーがいかに素晴らしかったかを語り合っていた。
すぐ隣では、獣耳幼女たちが一塊になって横になっている。
まん丸なお腹を天井へ向け、なんとも満足げ。とても微笑ましく、いつまでも眺めていられる。が、このままではコタツで本格的に寝ちゃいそうだ。
顔や手はウェットティッシュでしっかり拭いたけど、やっぱりお風呂に入ってさっぱりしなければ。
ましてルルは、おねむだと最近は『いやいやモード』が発動してしまう。俺の抱っこ以外はすべて受け付けなくなるのだ。
そんなわけで、頃合いを見て「お風呂入ろうね」と声をかける。
だが、今日は……いや、今日もすんなりとはいかない。
「おふろはいってぽかぽかになったら、わたしねむっちゃう! おれい、サンタさんにいえない!」
エマはバッと起き上がり、ぶんぶん首と尻尾を振る。こうなれば当然、リリとルルも真似するわけで……先ほどまであれだけ静かだった三人は、揃って『きゃあっ!』と声を上げながらコタツからの脱走を開始。また元気スイッチが入ってしまったようだ。
まあ、そうなりますよね。
クリスマスといえば、子どもの夜ふかしとセットだ。
けれども、それではサンタ(俺)が非常に困ってしまう。まだまだ聖夜の魔法を解く気はないし、こっそりプレゼントを準備できない。
やれやれ、仕方ない。こうなれば、捕まえてお風呂に連行だ。
獣耳幼女たちの後を追うべく、俺はコタツから抜け出した。
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