第112話 クリスマスディナーの始まり
夕方前になったら、俺は車で隣市へ向かった。予約していたクリスマスケーキを受け取るためだ。
形を崩さないよう慎重に我が家へ持ち帰り、なんだなんだと集まってきたみんなには内緒にしつつ、冷蔵庫に箱ごとしまい込んだ。
それから改めて、今晩のスペシャルディナーを作り上げた。ローストチキン、ローストビーフ、グラタン、ビーフシチュー、以上の四品だ。どれも温め直すだけでいつでも食べられる。
シチューはクリームの方が良かったかな……と調理中に思ったけど、初めてのクリスマスだからね。今回はみんなの大好物の肉づくしでいく。
プレゼントも二階の自室に隠してある。ネットでたくさん購入し、密かに運び込んでおいた。
獣耳幼女たちは、普段以上のはしゃぎっぷりだった。
庭で飛び跳ね、居間で転げ回る。ごちそうとプレゼントが待ち遠しいらしく、ずっとソワソワしていた。思い出したように、自分はいい子か聞いてくるところも可愛らしくて仕方ない。
そんな三人の様子を見て、俺は晩ごはんの時間を少し早めることにした。
あまり長く待たせるのも忍びない。それに今日は、お腹いっぱいになったらおねむになるはず。お昼寝せず、パワー全開で遊び回っていたからね。
やがて日が沈み、十八時を過ぎたころ。
俺は料理に火を入れ直して仕上げ、湯気を立てる皿を居間のコタツの上に次々と並べていく。サリアさんとフィーナさんもお手伝いしてくれて、ほどなく準備は整う。
さあて、獣耳幼女たちは喜んでくれるかな?
どんなリアクションを見せてくれるか、期待して目を向けてみれば……。
『ふぁあぁぁぁあああああああ~!?』
おりこうさんに自分の席で待機していた三人は、揃って謎の奇声を上げながらひっくり返った。さらにガバッと起き上がったかと思えば、悲鳴めいた声を上げてわちゃわちゃと重なり合う。
かつてないごちそうを前に、興奮が限界突破してしまったようだ。
「なんともたまらん匂いだ! サクタロー殿、早く食べよう!」
「ええ、素晴らしい香りですね。どれほどの美味か、今からもう楽しみです」
サリアさんとフィーナさんも席につき、ワクワクと瞳を輝かせている。
料理だけでも十分といった様子だが、まだ足りない。なにせ今日は、彼女たちにとっても初めてのクリスマスなのだ。もっと喜んでもらいたい。
俺はそう意気込み、脇のお盆に並ぶ二本のうち手前のボトルを見えるように掲げた。こちらは、スペイン産のスパークリングワインだ。冷蔵庫から取り出したばかりなので、キンキンに冷えている。
「じゃあ、先に乾杯しちゃおうか。これはスパークリングワインね。ワインに炭酸が入ったような感じかな。ボトルを開けるときにちょっと音がするから、びっくりしないようにね」
みんなを驚かせないように注意し、俺は瓶口のキャップシールを外す。続いて、コルクを押さえつつ留め具を緩め、ボトルの底を持って回し――ポンッ、と景気のいい音が響く。
やや控えめな開封音になったけど、獣耳幼女たちは『なんかおとしたっ!?』と目をまん丸にしている。
サリアさんとフィーナさんは少し驚いていたものの、お酒への期待が勝ったようだ。早く注いでくれ、と二人して催促してくる。
では、ご要望にお応えしましょう。
トクトクトク、と。
スパークリングワインをそれぞれの足つきグラスに注げば、淡い黄金の液体が柔らかな泡を立ち上らせた。
「まるで宝石ですね……ああ、早く飲んでみたいです」
泡が弾けるグラスを見つめながら、うっとりと言うフィーナさん。サリアさんもグレーアッシュの尻尾を揺らし、今にも飛びかかりそうな気配を漂わせている。
もう少しだけお待ちを。今日は、獣耳幼女たちにもスペシャルなドリンクを用意してある。大人だけが、特別なお酒を楽しむなんてずるいからね。
「三人は、こっちね。スパークリングワインに似たジュースで、シャンメリーって言うんだよ。これも開けるときにポンッて鳴るから、びっくりしないよう気をつけて」
俺はまた脇のお盆からボトルを持ち上げた。
こちらはノンアルコールのシャンメリー、ピーチ味だ。
すると、すかさずエマが「わたし、ぽんってやりたい!」と跳ねるように立ち上がった。こうなれば、リリとルルも黙ってない。同じように立ち上がり、『ぽんってやる!』と元気よく立候補。結局、三人揃って俺の元へ転がるようにやってきた。
「じゃあ、三人で一緒にやろうか。順番に手を置いてね」
シャンメリーは、これと冷蔵庫にある二本しか用意がない。なので、一緒に開けるよう提案した。
最初にやりたいと言い出したエマを膝の上に乗せ、左右に座るリリとルルも栓を握れるよう調整する。さらに俺が手で押さえ、サポートする。
少し苦戦したが、ボトルの底をゆっくり回せば……ポンッと音が鳴り、手のひらに小さな衝撃が走る。
『きゃあぁぁぁああああっ――!』
開封と同時に、獣耳幼女たちもびっくりするくらいの喜びの声を響かせてくれた。楽しかったみたい。しかも今回は、一気に泡が立ち上ってくる。俺は慌ててグラスに注いでいき、ぎりぎりこぼさずに済んだ。ともあれ、これで準備オーケーだね。
「それじゃあ、メリークリスマス! 乾杯!」
『乾杯!』
みんな笑顔でグラスを掲げ、声を重ねる。
獣耳幼女たちは大興奮で、勢い余って早速シャンメリーをこぼしていた。もちろん、俺が急いで拭いて回る。コタツ布団もそろそろ洗濯しないとダメそうだ。
一方、サリアさんとフィーナさんは待望のスパークリングに口をつける。
間を置かず、称賛の言葉が次々と飛び出してくる。
「なんと爽快な酒だっ! ビールやレモンサワーとはまた違った良さがあるな! きめ細かい炭酸の刺激も心地よく、実に美味い!」
「ええ、これは素晴らしいです! 香り高く華やかであり、果物の甘みと酸味が見事に調和しています。余韻も素晴らしい。私は、このお酒と出会うためにこちらの世界に……!」
二人とも弾んだ声音で大絶賛している。フィーナさんは特に気に入ったみたいだから、今後は色々とボトルを取り寄せよう。
お次は、獣耳幼女たちの番だ。いったん自分の席に戻り、三人はゆっくりグラスに口をつける。
「わっ!? おくちがへん!」
「なにこれ!? へんなおとしてる!」
シャンメリーを飲んだエマとリリは、初体験の炭酸に目をパチクリしている。獣耳もピコピコと忙しない。
俺が味はどうか聞けば、『なんかおいしい!』とのこと。ピーチの風味も初めてだから、よくわからないよね。ただ一人、ルルは……。
「むぅ、ルルちゃんりんごじゅーすがいい!」
残念ながら、お口に合わなかったようだ。腰の後ろで、黒い尻尾が不機嫌そうに揺れている。
年齢的にも、炭酸はまだ少し早かったかな。台所からりんごジュースのパックを持ってきて、いつものコップに注ぎ直す。シャンメリーは俺が飲んじゃうね。
それじゃあ、そろそろメインディッシュといきますか。
食べ方がわからないだろうから、手を付ける前に軽く説明する。
「この大きなローストチキンは、紙の部分を持って食べてね。今日は特別に手掴みオーケーだよ」
俺の説明に頷いた獣耳幼女たちは、レッグ部分のペーパーフリルをガシッと掴み、豪快にローストチキンを持ち上げた。その顔つきは、まるで棍棒を持つ戦士のよう。
そして三人同時に、こんがり焼き上がった肉に齧りつく――直後、爆発するみたいに歓喜の声が響く。
「すっごくおいしいっ! すごいすごい、わたしこんなのはじめてっ!」
「なにこのおにくっ! サクタロー、ほっぺたきゅうってなるのよ!」
「んっ! てりてりおいしっ!」
エマ、リリ、ルルと。それぞれ夢中で口を動かしながらも、ローストチキンを絶賛する声が止まらない。キラッキラの笑みを浮かべ、なんとも美味しそうに頬張っている。
すっかり肉の虜で、いきなり三人とも顔や手がベッタベタ。喜んでくれて俺も嬉しいけど、コタツの布団で拭わないでね。
「うむ、美味い! ただ、私はもう少し歯ごたえがある方が好みだ。味は申し分ないのだがな。そうだ、サクタロー殿。今度、ラクスジットで仕入れてきた肉をローストチキンにしてくれ!」
サリアさんも気に入ったようで、恐るべき勢いで食べ進めている。が、歯ごたえにやや物足りなさを覚えているらしい。確かに、日本のいい肉って大抵が柔らかいものね。
ラクスジットでの仕入れは俺も大賛成。炊き出しで使うラビットサンドの肉があれだけ美味しいのだ。他にも色々とあるみたいだから、ぜひ食べてみたい。
「サクタローさん。このローストチキン、私はとても気に入りましたよ。濃厚な旨味に、弾力があってしっとりとした肉質。これほどの美味、我が国の王宮ですら口にできません。スパークリングワインもさることながら、本当に素晴らしい」
そう感想を述べながらも、フィーナさんの手は止まらない。
ナイフとフォークを器用に操り、ローストチキンをするすると解体しては次々と口に運んでいる。
似たようなカトラリーを使い慣れているらしいのだが、所作がいつも以上に優雅だ。これは、かなり上機嫌に違いない。一緒に暮らすようになって、俺もだいぶ分かるようになってきた。
「サクタローさん、これなぁに? カレーといっしょ?」
おっと。エマがビーフシチューの皿に顔を寄せ、くんくん鼻を動かしている。
初めて目にする料理だし、カレーとは匂いが違うから戸惑っているようだ。それにまだ、ほかほかと湯気を立てている。火傷しないよう注意せねば。
「これはね、ビーフシチューっていうんだよ。お肉を煮込んだスープみたいなものかな。まだ熱いから、スプーンでゆっくり食べてね。その前に、お口をふこうね」
「びーふしちゅ、はじめ……ぷは!?」
俺がウェットティッシュで顔を拭いてあげると、エマはさっそく自分のキッズスプーンを手に取った。そのままビーフシチューを一口すくい、パクリ。やや遅れて、ヘーゼルの瞳が幸せそうに細められる。
「わっ、おいしい! わたし、これもだいすき!」
「よかった。エマが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
えへへ、とはにかむエマ。
あまりに可愛らしいものだから、つい犬耳ごと頭を撫で回してしまった。ビーフシチューも、お口に合って何より。
「ほんとだ! カレーとぜんぜんちがう! でも、おいしい!」
大好きな姉の真似をするみたいに、リリも自分のスプーンでシチューを口に運ぶ。
きっと甘えん坊の末妹も食べたがるな……なんて思った矢先、なぜかルルはコタツの中に潜り込んでしまう。
次に姿を現したのは、俺のすぐそば。
ルルはもぞもぞとコタツから這い出てきて、定位置とばかりに膝の上に収まった。さらにこちらを見つめ、パカッと口を開く。
おや、肉汁でベタベタだったお顔が綺麗になっているね……理由を考えるのが恐ろしい。
「で、ルルちゃんもシチューが食べたいのかな?」
「んっ!」
食べさせろ、とキラキラの青い双眸が雄弁に語っている。
甘やかしすぎるのはよくないし、そろそろスプーンをちゃんと使えるようになってほしいところ……でもまあ、今日くらいはいいか。だって、年に一度のクリスマスだもの。
「あ、わたしも!」
「リリもたべさせて!」
もちろん、エマとリリも『ずるい!』と可愛らしく抗議しながらこちらへやってくる。
俺はいつも通り、三人の口にせっせと料理を運んでいくのだった。
ここから、我が家の食卓は一層賑やかに。
「サクタロー殿、バターロールをもっと追加だ! このローストビーフとやらもいいな!」
「こちらのグラタンも、本当に美味ですよ。この乳酪の風味がたまりません」
サリアさんがバターロールをシチューにつけて食べ始めれば、みんなも真似して絶賛の声が飛び交う。ローストビーフもみるみる減っていく。
グラタンに手を付けたフィーナさんは、またもうっとりとした表情を浮かべている。特にチーズが気に入ったみたい。
「まいにちクリスマスだったらいいのにね~!」
「ね~! リリ、ずっといいこにするよ!」
「んっ、ルルちゃんもいいこいいこして!」
もぐもぐと口を動かしながら、きゃっきゃ笑い合う獣耳幼女たち。
こうして、とても賑やかなに食事は進み……気づけば、コタツの上の皿はすっかりカラになっていた。サリアさんなんて、ローストチキンの骨の髄までしゃぶり尽くそうとしている。
相変わらず、みんなの食欲には驚くばかり。それにここまで綺麗に平らげてくれると、作った俺まで嬉しくなってくる。
だが、今夜のディナーはスペシャル。こんなもんじゃ終わらない。
「少しお腹が落ち着いたら、デザートを食べようね」
「でざーと?」
「そう、デザート。ケーキっていう、あま~いお菓子を用意してあるんだ」
頃合いを見て、俺はデザートがあると切り出した。そして首を傾げるエマに軽くケーキの説明をした途端、『わあっ!』と歓喜の声が居間を震わせた。
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