第115話 大人だけのパーティーと当日の朝
そのまま、穏やかに眠る獣耳幼女たちを数分ほど見守り……そろそろいいかな。
俺はそっと布団から抜け出し、台所へ移動した。ここからは、大人だけのクリスマスパーティーだ。
サリアさんとフィーナさんは、すでに台所テーブルの椅子に座って待機していた。ばっちり暖房を効かせ、ワクワクと待ちきれない様子。
「お待たせ。三人ともしっかり寝てくれたよ」
「そうか。ではサクタロー殿、さっそくぶどう酒を開けてくれ!」
「エマたちには少し悪い気もしますが、楽しみですね」
承知しました、と俺はパーティーの準備を整えていく。
ワインは先にカリフォルニア産の白を開けよう。つまみとして、生ハムとチーズの盛り合わせ、クラッカーやミックスナッツなどをテーブルに並べる。どれもこの日のためにネットで注文しておいたものだ。
さっそくワインを注いでいき、チンと軽くグラスを合わせて乾杯する。
直後、サリアさんとフィーナさんの口から絶賛の言葉が飛び出す。
「おお、美味いっ! これほど香り高いぶどう酒は初めてだ! しかも実に飲み応えがある。ラクスジットで売りに出せば、貴族たちで奪い合いになるぞ」
「ええ、本当に香り高い。それに、口いっぱいに広がる果実の風味が素晴らしいです。酸味も爽やかで、いくらでも呑めてしまいそうです。サクタローさんのお国は、美食と美酒があふれているのですね」
地球で生産された白ワインは、異世界生まれの二人の舌を満足させられたようだ。
俺も一口いただく。とても飲みやすく、柑橘系の味わいが好ましい。ネットで高評価だっただけあり、取り寄せて大正解。
「本当に美味しいです。格式あるレーデリメニアのぶどう酒とも、まったく違います。どうしてここまで差が出るのでしょうか」
光の当たるグラスを目の前で揺らしながら、不思議そうに小首を傾げるフィーナさん。
異世界でもワイン(ぶどう酒)はメジャーだが、これほど香り高く飲み応えがあるものは稀だそうだ。
酷く酸っぱかったり、渋かったり、アルコールが弱かったり、品質のバラつきが大きいみたい。製造技術や原材料はもとより、保管方法なども悪いのだろう。
俺はワインについての知識を少し披露する。たいして詳しくもないくせに、お酒が入ったせいでうっかり饒舌になってしまった。
「それは、ますます興味が湧いてきますね。他の地域のぶどう酒……ワインも取り寄せていただけます?」
エルフの姫君の仰せのままに。これから、三人で色々と試していきましょうね。
ついでというわけじゃないが、女神ミレイシュへお供えする分も取り寄せよう。ラクスジットで知り合った皆さんにも差し入れしないと。年末のお歳暮代わりだ。
あ、そうだ。二人には、先にプレゼントを渡してしまおう。合わせて、クリスマスの真相も明かさねば。獣耳幼女たちの分を仕込むときにどうせバレてしまうだろうから。
「二人とも。クリスマスについて……というか、サンタさんについてちょっと話しておきたいことがあるんだけど」
グラスにまた口をつけ、クリスマスの由来などをざっと語っていく。といっても、俺も常識的な内容しか知らないんだよなあ。
慈悲深い聖職者がモデルだとか、貧しい家族を救うため窓から金貨を投げ入れたら靴下に入っただとか、宗教的な行事と混ざりあっただとか、その程度だ。
それでも頑張って説明すれば、二人はちゃんと理解してくれた。
「ふむ。よくわからんが、我が家に無断で侵入しようとする老人は存在しないのだな?」
訂正、サリアさんはあまりよく理解してなかった。
とはいえ、防犯面に関する反応は流石だ。普段は食っちゃ寝しているだけに見えるが、やる気モードになればこれほど頼りになる護衛は他にいない。
「サンタさんはおとぎ話の存在……そうなると、トナカイさんはどうなります? 個別にいらっしゃるのでしょうか」
「いや、トナカイもこないかな……」
フィーナさんも、なぜかトナカイがソロでやってくると思っている。
俺はもう一度おとぎ話であることや、実際には保護者たちがプレゼントを用意していることを説明した。
「よくわからんな。いったいなぜ、そんな作り話を語り継いでいるのだ」
「大切な人を喜ばせたいって気持ちが、形を変えて残っているんじゃないかな。夢があって、俺は好きだよ。世界中の子どもたちも、サンタさんが来るのを楽しみにしているしね」
特に今日の獣耳幼女たちのはしゃぎっぷりを見て、改めてクリスマスはいいものだと思えた。あれだけ楽しみにしてくれるなら、こっちも張り切り甲斐があるってものだ。
サリアさんもこの答えには納得のようで、「エマたちが喜ぶならそれが一番だ」と頷きながらワインを呷っていた。
一方、フィーナさんは……。
「では、重い荷物を積んだソリを引かされ、世界中を回る可哀想なトナカイさんはいないのですね?」
謎のトナカイ推し……聞けば、動物が好きなのだとか。
故郷では、王城の裏にある森で色々と飼育しており、たまに小鳥を肩に乗せて歌ったりしていたらしい。本当は夢の国のプリンセスだったりします?
こちらの国には動物園という施設があるから今度連れて行く、と約束すればフィーナさんはもう大喜びである。
さて。クリスマスについて理解が深まったところで、本命のプレゼントタイムといこう。
綺麗にラッピングされた数々の箱を二階の自室から持ってきて、テーブルの上に並べていく。
たくさんあって迷うものの、まずは二人に共通する物から開けていくよう勧める……が、揃ってなかなか開けようとしない。
「この美しい包みを崩してしまうのですか……こちらの飾りも、ほどいてしまってよろしいのです?」
「これほど見事な装飾を台無しにするのは、どうにも惜しい気がするな」
フィーナさんは顔を近づけて包装紙を眺め、サリアさんはリボンの端っこを指でつついている。
中身を気に入ってもらえるか心配していたけど、まさかその前につまずくとは……このままでは夜が明けてしまうからと、丁寧にラッピングを剥がしていくことで納得してもらった。
最初に出てきたのは、赤にも白にも使えるオールマイティなワイングラス。次の箱からは、金彩が目にも鮮やかな白磁のティーセット。さらに繊細な装飾が美しい手鏡と、髪がサラツヤになるとSNSで話題沸騰中のブラシもそれぞれ用意した。
「こんなにたくさん……よろしいのですか?」
「もちろん。二人には、いつもお世話になってるからね」
フィーナさんは手鏡をそっと持ち上げ、細やかな装飾に見入っている。
サリアさんも新しいワイングラスを気に入ったようで、さっそく使いたいという。プレゼントを一通り渡し終わったら洗ってあげるから、ちょっと待ってね。
お次は、個別に選んだものを渡していく。
ワクワク顔のサリアさんがひときわ大きな箱から取り出したのは……『暴れん坊の将軍』シリーズのDVDセット。なんと三〇〇話以上が収録されている。ぜひ飽きるまで将軍を堪能してほしい。
本当は刀をプレゼントしたかったけど、手続きやらが面倒そうなので今回は見送った。そもそも、異世界で買った短剣も地下通路にほっぽってあるから、コレクション以外の用途はなさそうだし。
「ぬぅおおぉぉおお~! ショーグン!」
両手でDVDセットを掲げ、感動に打ち震えるサリアさん。
喜んでもらえて何より。でも、声は控えめにね。獣耳幼女たちが目を覚ましちゃうよ。
続いては、フィーナさんの番。
繊細な手つきで、ゆっくり箱から取り出したのは……スノードームタイプのオルゴール。こちらの世界のクラシックの歴史的傑作が八曲も内蔵されている。
試しにスイッチを入れると、パッヘルベルのカノンが流れ出す。光を灯したドームの中では、粉雪を模したラメパウダーが舞い上がり、キラキラと輝く。
「まあ、なんて綺麗な……」
フィーナさんもすぐに気に入ってくれたようだ。うっとりとドームの中を覗き込み、美しい旋律に耳を傾けている。歌がお得意だそうだから、これもきっと楽しんでもらえるだろう。
とはいえ、スノードームだけじゃサリアさんのプレゼントと金額差が大きい。そこで、入浴剤のセットを追加した。花をかたどったバスペタルが箱いっぱいに詰まっているやつだ。
彼女はわりとお風呂好きなので、ぜひ湯船でゆっくり堪能してもらいたい。
「こちらは、お花……ではないのですね?」
「花の形をした入浴剤だね。湯船に浮かべて使うんだよ」
フィーナさんへのプレゼント選びは、本当に苦労した。
何しろ異世界のお姫様だ。相当目が肥えているだろうし、ただ綺麗なだけでは物足りなく思うはず。その点、スノードームタイプのオルゴールやバスペタルは、まず異世界に存在しまい。
そして、最後にとっておきを。
俺は二人の前に、小さなジュエリーボックスを一つずつ差し出す。
「これは、中に何か入っているのでしょうか?」
「ワインに合う食べ物じゃないか」
不思議そうに首を傾げるフィーナさんと、見当違いの予想を口にするサリアさん。
いくら俺でも、親しい人へのクリスマスプレゼントに食べ物は選ばないかな。
とにかく、「開けてみて」と促した。すると二人は、それぞれ箱の蓋を持ち上げ……直後、ほうと感嘆のため息が重なった。
「これもまた、なんて美しいのでしょうか……」
フィーナさんが台座からそっと持ち上げたのは、スワロフスキーのイヤリング。
チャームには、彼女の瞳と同じアメジストカラーのクリスタルガラスが組み合わせられている。指先で揺れるたび、照明の光を反射して煌めく。
エルフである彼女は、すっと伸びたチャーミングな耳をお持ちだ。なので、きっと似合うだろうと思ってチョイスした。
「おおぉぉおおっ! こちらも美しいぞ!」
隣では、サリアさんが驚きながらネックレスをつまみ上げていた。
こちらもまたスワロフスキー製。三日月をかたどったトップには、やはり瞳と同色のアッシュグレーのクリスタルガラスがあしらわれている。
彼女の首には、奴隷の証であるチョーカーが今も巻かれている。しかも相変わらず本人が外したがらず……それならば、別の首飾りで目立たなくしてしまおう、と俺は考えた。
三日月のトップを選んだ理由は、種族の祖とされる狼からの連想だ。この日のためにちゃんと聞き出しておいた。
「念のために言っておくと、それは天然の宝石じゃなくてガラスなんだ」
「これが、玻璃なのですか……?」
フィーナさんは目を丸くしたまま、手元のイヤリングを改めて見つめている。
驚くのも無理はない。異世界では、これほど澄んだガラスは極めて稀だそうだからね。前にゴルドさんたちも、透明なビールジョッキに強い興味を示していた。
他にも、宝石より気楽にプレゼントできる、といった心理的要因が今回の選定に大きく影響している……が、二人が気に入ってくれたなら満足だ。
先ほど贈った手鏡も、さっそく出番を迎えた。
フィーナさんはイヤリングを耳元にあてがい、サリアさんは装着したネックレスのトップの位置を確認している。
うんうん、二人ともよく似合っているよ。頑張って選んだ甲斐があった。
プレゼントは他にもいくつか用意しているけど、そちらは獣耳幼女たちともお揃いなので、また明日のお楽しみかな。
イヤリングとネックレスを見せ合ってはしゃぐ二人を眺めながら、ワインを口に含んで味わう。
まだまだ夜のパーティーは続く。
俺たちは、楽しくも穏やかな時間を満喫するのだった。
一夜が明け、クリスマスが訪れる。
そして当日の朝は、獣耳幼女たちの泣き声から始まった。
「ぷれぜんと、ないっ! やっぱりわたし……」
「リリたち、わるいこだったのかなぁ……」
「んぅ、ルルちゃんたちいいこなのよっ!」
エマ、リリ、ルルと。揃って枕元にプレゼントがないと大泣きしている。
俺は飛び起きると同時に声をかけて落ち着かせ、居間と通じる襖を開く。
次の瞬間、『わっ!?』と大きな声が三つ重なった。
その潤んだ瞳は、クリスマスツリーに向けられている。もっと言えば、周囲に山積みされた箱――綺麗なリボンと包装を纏うプレゼントに釘付けだ。
驚いて動きを止めてしまった獣耳幼女たちの頭を撫でながら、俺は笑顔で告げる。
「おはよう。それと、メリークリスマス!
本作の書籍が発売されました。詳しくは活動報告をご確認くださいませ。ぜひお手にとっていただけますと幸いです。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




