第109話 クリスマスを目前に控えた、その日
クリスマスを目前に控えた、その日。
夜明け前に目を覚ましたうちの獣耳幼女たちは、我が家の居間でずうっとそわそわしていた。それというのも、今日は大切な来客を予定しているのだ。
エマ、リリ、ルル。パジャマから暖かい服に着替えた三人は寄り添って座り、白く曇った窓越しに外を眺めていた。
揃って忙しなく耳と尻尾を揺らし、『まだかな、まだかな』と呟いている。
なんと可愛らしい生き物なのだろうか。ずっと眺めていられそうだ。
それでも朝ごはんがコタツの上に並べば、たちまちいつもの騒がしさを取り戻すのだから、俺の頬は緩みっぱなしだ。もちろん、競うように皿をカラにしていた。
その後は、またそわそわしながら時間を潰す。
やがて、時計の針が午前10時を指し示す。
「そろそろかな。じゃあみんな、これ飲んでね」
俺は立ち上がり、居間の棚から擬態薬を取り出した。
これから迎えるお客様は一般の日本人なので、獣耳や尻尾、エルフ特有の細い耳などは残念ながらお見せできない。とってもチャーミングで素敵なんだけどね。
コップに注いだ薬を服用すると、にょにょにょっと。
みんなは実にファンタジーな魔法の光を纏い、すっかり普通の人間の姿に変化した。
それからまた歓迎に必要な物を準備しながら、数分が過ぎ――不意にインターホンが鳴り響き、獣耳幼女たちが待ち焦がれていた来客の訪れを告げる。
その瞬間、俺は思わず肩を震わせた。
『ぎょわあぁぁぁああああああぁぁあああああぁああああ――』
怪獣の咆哮が突如として轟く。
いや、違う。これは、獣耳幼女たちが発した歓喜の叫び声だ。
「わたし、おむかえするっ!」
「リリもっ!」
間髪入れず、三人揃って飛び跳ねるように立ち上がる。
エマとリリは、ドタバタと足音を響かせて玄関へ。ルルは、なぜか一目散に俺の懐へ飛び込んできて、謎の甘噛を開始。
やや遅れて、サリアさんまでもが笑みを浮かべ居間を出ていった。あまりの騒がしさに、コタツでうとうとしていたフィーナさんも目を丸くしている。
興奮するルルを抱っこし、俺もお客様をお迎えすべく玄関へ移動する。
「きたよ、はやくはやくっ!」
「サクタロー、あけて!」
「はいはい。みんな、ちゃんとご挨拶するんだよ」
またもぴょんぴょん飛び跳ね、可愛らしくおねだりしてくるエマとリリ。そのご要望にお応えし、ルルを下ろしてから玄関の扉をゆっくりと開く。
ふっと冷たい風が吹き込み、前髪が額にかかる。
直後、うちの獣耳幼女たちに負けないくらい元気な声が響く。
「あ、エマちゃん、リリちゃん! ルルちゃんとサリアちゃんも! おはようございますっ!」
冴え光る日差しを浴びながら、清潔感のある装いの母子が玄関先に佇んでいた――真っ先にご挨拶してくれたのは、満面の笑みを浮かべたサナちゃんだ。
そう、この子こそが今日のお客様。隣市のスーパーで知り合って以降、一緒にハンバーガーを食べたりして親交を重ね、ついに我が家へお招きする運びとなった。
「わあ、サナちゃんおはようっ!」
「おはよっ、サナちゃん! フクかわいい!」
「久しぶりだな! よく来た!」
エマとリリに続いてサリアさんが挨拶を返し、玄関はさらに騒がしくなる。ルルは急に恥ずかしくなってしまったのか、俺の足に張り付いている。
「今日はお招きいただき、本当にありがとうございます」
元気いっぱいな子どもたち(サリアさん含む)の会話をよそに、背後に控えていた相手のお母さんが深々と頭を下げてくださる。続けて、白い息をこぼしつつお土産の紙袋を手渡してくれた。
「サナったら昨日からずっとそわそわしていて、夜もなかなかベッドに入ってくれなかったんですよ。あ、紙袋の中はドーナツです。よかったら皆さんで召し上がってくださいね」
「ありがたく頂戴します。うちの子たちも、ずっと楽しみにしていたから一緒ですね。サナちゃんは責任持ってお預かりしますので、どうぞご安心ください。こちらも、例のミネラルウォーターを持ってきますね」
サナちゃんは幼い頃から喘息に苦しんでいる。そして小学校へ上がってすぐ、発作の影響でクラスに馴染めなくなってしまったそうだ。以降、自宅学習が続いているという。
そこで、サナちゃんには生命薬を飲んでもらいたい。が、ここで先にお母さんに一口飲んでもらって許可を取ろうと思う。
俺は一言断ってから台所へ。お土産の紙袋をテーブルに置いて、代わりに透明のコップを持って玄関に戻る。これも事前にメッセージでお伝えしてあった。
「これが、お話していたミネラルウォーターです。気休め程度ですが、喉にいいらしくて。どうぞご確認ください」
「あ、ありがとうございます。失礼して……」
コップの中身は生命薬だ。ただし検証した魔法の光が発生せず、わずかに体調がよく感じられる程度の少量。
見た目や風味は毛髪薬と一緒でまんま水だから、こういった説明になった。そもそも異世界の女神様印の品なので、安心安全の無害も確定している。
「ん~……私には、家で飲むお水との違いがわかりませんね。ですけど、気休めで構いません。この子に飲ませてやってください。ジュースなんかも飲んで大丈夫ですから。では、迎えの時間が近くなったらまたご連絡させていただきますね」
「わかりました、それではまた後ほど。気をつけてお帰りください」
よく確認して許可を出すと、お母さんはいったん車でご帰宅。お迎えは夕方頃の予定だ。
サナちゃんが靴を脱ぐや、さっそくエマとリリが両手を取った。そのまま『こっちこっち!』と、引っ張るようにして居間へ向かう。
ルルとサリアさんを連れ、俺も居間へ戻る。が、部屋に入ったところでつんのめりそうになる。首を傾げたサナちゃんが、通せんぼするみたいに立ち止まっていたのだ。
どうしたのかな……と顔を覗き込んでみれば、すぐに何を訝しんでいるのか判明する。
「しらない人……ねぇねぇ、だれ?」
「そっか、サナちゃんははじめましてだね。あのお姉さんは、フィーナっていうお名前なんだよ。うちで一緒に暮らしているんだ。とっても優しい人だから安心してね」
「そっかぁ……すっごくキレイ! フェアリープリンセスのおひめさまみたい!」
どうやら、フィーナさんの美貌にびっくりしてしまったようだ。
無理もない。俺はすっかり慣れてしまったけど、ちょっと見ないレベルの美人さんだもんね。
当の本人は、幼女からの純粋な賛辞に気を良くしたようで、コタツから出てきてしとやかにご挨拶してくれた。
「はじめまして、サナさん。セレフィーナ・ルミルテ・フィルメリス・ドゥ・レーデリメニア――レーデリメニアの第三王女にして、女神ミレイシュの巫女を拝命しております。どうぞお気軽に、フィーナとお呼びくださいませ」
フィーナさんは柔らかく微笑み、ロングワンピースを軽くつまんで優雅にカーテシーを披露する。その姿を見たエマとリリも、そばで楽しそうにマネをしていた。ルルとサリアさんもそこに慌てて加わってくれたので、スマホでパシャリと写真撮影。
「わ、わぁ……ほんもののおひめさまだっ!?」
「ええ、本物のお姫様ですよ。さあ、サナさん。こちらへいらっしゃいな。皆で歓迎の準備を整えてお待ちしていたのですよ」
驚くサナちゃんをコタツに招けば、すぐに打ち解けてみんな笑顔で盛り上がり始める。
一方、俺はいったん台所へ引っ込む。獣耳幼女たちたっての希望で、少し用意するものがある。それにさっそくで悪いが、サナちゃんには生命薬を少量飲んでもらいたい。
俺はせっせと手を動かし、お盆を抱えて居間と台所を往復する。
さほど時間を置かず、コタツの上に我が家では定番の歓迎料理……というか、バターロールといちごジャム、それにコーンポタージュとりんごジュースを注いだコップが並んだ。
「あれ、いまからあさごはんなの?」
「ちがうよ! これね、サナちゃんがきてくれたから、おいわいだなんだよ!」
「そうなの!? ありがと、エマちゃん、みんなも!」
またも首を傾げるサナちゃんに、エマが張り切って説明してくれた。
よく考えると謎だよね。お招きされて、いきなりバターロールとか出てくるなんて。もっとも、俺にとっては好都合。
前々から考えていた通り、サナちゃんにはしっかり元気になってもらいたい。ただし定期的に我が家を訪れてもらい、そのたびに少量ずつ生命薬を服用してもらう。急に完治したら親御さんが不審に思うかもしれないからね。
本人にも一応、『喉にいいミネラルウォーターがちょっぴり混ざっている』と言って許可をとった。というか、いつか異世界に連れて行ってあげたいな。エマたちの生まれた場所を見せてあげたい。
「――ぷはっ! りんごジュースおいしいね!」
コップを傾けて美味しそうに飲みきり、ぱっと輝くような笑みを浮かべるサナちゃん。
当然、ジュースに生命薬を少量混ぜてあった。これでぐっと体調がよくなったはず。
「ねー! わたしもりんごジュースだいすき!」
「リリもすき! あ、でもココアもすき!」
「んっ! ルルちゃん、いちごジャムすき!」
エマ、リリ、ルル。三人もりんごジュースを飲みながら、一斉に返事をする。
みんな本当に楽しそうだ。しかも今後は、サナちゃんをコンスタントに我が家へお招きするわけだから、この明るい笑顔を何度だって見られる。
複数回にわけて生命薬を服用してもらうことになったのは、実はこっちの理由が大きかったり……とにかく、我が家はますます賑やかになっていきそうだ。
目の前では、異世界人と地球人の心和むやり取りが続く。
今さらだけど、両世界にとって記念すべき時間かもしれない。だったらいい加減、本格的に日記でも付け始めるべきか。
もちろん、タイトルはこれに決まっている――我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件。
「りんごジュース、もっとのみたいな!」
おっと、サナちゃんがおかわりをご所望だ。
ジュースをコップに注ぎながら顔色を確認してみれば、頬にほんのり赤みが差していた。この様子なら、派手に騒いでも問題ないだろう。
みんなはすぐに軽食を平らげた。そこで俺は、準備していたトランプなどの遊び道具を棚から取り出し、高らかに宣言する。
「さあ、今日は思いっきり楽しもうね!」
こうして、楽しいパーティーが幕を開けた。
きっと今日は、忘れられない一日になる――みんなが大はしゃぎする姿を見ていると、俺はそんな素晴らしい予感を抱かずにはいられない。
弾けるような笑い声、コタツの温もり、重なり合うように端へ寄せられた食器、シャッフルされるトランプ、窓を伝う水滴。
クリスマスを目前に控えた、その日。
この目に映るなんてことのない光景が、いつもよりうんと愛おしく感じられるのだった。
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