第108話 ただいまのバーベキュー
「これで、いいかな。じゃあ皆さん、帰りましょう」
応接室を後にし、屋敷前のスペースで待機していた馬車に乗り込む。
俺の隣にはフィーナさんが、対面のシートにはサリアさんとタリクくんが腰を下ろした。
他の孤児たちは、ゴルドさんたちが別で送り届けてくれるそうだ。流石に馬車が足りないので、人を遣わせて手配してくれている。
程なく車輪の音が響き始める。向かいの席のタリクくんは、「尻が痛くないな」なんて言ってクッションの感触に驚いていた。
なんとものんきな……まあ、のんきそうな顔を見られて今は心底ホッとしているけれども。
それにしても、警戒心が高そうな彼がどうして騙されてしまったのか。ラドニ商会のやり口が巧妙だったとはいえ、場合によってはしっかり注意せねば。
「タリクくん、少し聞いてもいいかな?」
「ん? いいけど」
「どうしてラドニ商会の話に乗ったのかな? キミらしくないなって思うんだけど」
俺たちと初めて出会ったときも、こちらを相当警戒していた。
何より、この街で暮らす孤児として必要な知識を備えているようにみえた。リーダーシップもあり、慎重さもある。決して考えなしの子どもなどではない。
ゴトゴト、と。
車輪が石畳を踏む音が響く中、「うーん……」と頭を捻るタリクくん。やがて、確かめるように言葉を重ねた。
「だって、炊き出しのときに気にしてただろ? そのあとねぐらの近くで、変なおっさんが『ラドニ商会の仕事だ』とか言ってきてさ。そんで、これだって思ったんだよ。サクタローの兄ちゃんの手伝いができるかもって……」
そうか……炊き出しの際に、『見覚えのある孤児がいない』とタリクくんに相談をしていたっけ。
どうやら、その情報が頭に残っていたようだ。シールの件といい、この子は記憶力が確かなうえに機転も利く。きちんとした教育を受ければ、もっと相応しい場で活躍できるかもしれない。
いや、タリクくんだけではない。他の孤児たちにだって、まだ見ぬ可能性が眠っている。いっそ学校でも作ってしまえば話は早そう……だが、これもまた別の課題として頭の片隅に置いておこう。
それはともかく、今回の行動には大いに問題アリだ。
俺のために、と聞いて堪らなく嬉しくなるけれども、子どもに危ない橋を渡ってほしくない。
「俺のためにありがとうね、タリクくん。でも、今後はなるべく危険なことをしないと約束してくれない? もしキミに何かあったら、みんな悲しむよ。もちろん俺たちもね」
「……ごめんなさい。けどさ、あの商人のおっちゃんは服をくれただろ? だから、そんなに危ないことにはならないと思ったんだよ」
確かに、炊き出しで古着を配布するあの姿を見ていたら油断して当然か……今回は、ちょっと悪い偶然が噛み合ってしまったようだ。
さらにタリクくんは、一瞬だけ口ごもりながらもどこか決意した風に言う。
「少しでも早く、ちゃんと稼げるようになりたかったんだ。サクタローの兄ちゃんみたいに、仲間たちに腹いっぱい飯を食わしてやれるようにさ。それなら、街の外の仕事が本当だったらいいかもって」
自分のためではなく、仲間たちのためにも……この子は前にも、エマたちを置き去りにしてしまったことを気にしていた。きっとその後悔やらが、彼の行動原理を形作ったのだろう。
尊い資質だ。反面、危うくもある。大人の目があるところでのびのび成長してもらいたい、そう強く願わずにはいられない。
かといって俺にできることはほんのわずかで、思わず言葉に詰まってしまう。なんとも情けない……一方、タリクくんはぱっと笑みを浮かべ、あっけらかんと続ける。
「それにさ、もし何かあってもサクタローの兄ちゃんが助けにきてくれると思ってたんだ。エマが言ってたろ。あのシール? ってやつが合図だって」
だから、窓枠の隙間を見つけたとき、迷わずあのシールを貼った。
信じていたのだ、最初から――まったく。大した子だ、本当に。その心意気に免じて、俺からのお説教はここまでにしておこう。
だが、隣に座るサリアさんが何か言いたそうにしているぞ。
俺は手のひらを差し出し、お説教をバトンタッチする。
「ふむ。タリクよ、お前の心意気はよく伝わってきた。ならば、体を鍛えねばな! 今回だって、お前が扉を破壊できればすんなり脱出できていただろう。何より、獣人の男たるもの強くあれ! よし、帰ったら私が稽古をつけてやる!」
「ええ、俺はイタイのとかやなんだけど……」
うへえ、と顔を顰めるタリクくん。頭の獣耳もしょんぼりだ。
俺としても大賛成。ちょっと脳筋な感じは否めないものの、肉体はすべての資本。強くあるに越したことはない。あれだ、日本でいう空手道場みたいな。
俺の隣に座るフィーナさんも、「サリアにしっかり鍛えてもらいなさい」とおっとり微笑んでいる。
なんにせよ、この事件を機に少しでも幸せの多い方へと物事が動き出せばいい、なんて俺は願いつつ笑みを浮かべていた。
そうこうしているうちに馬車はゆっくり速度を落とし、鈍い音を立てて停止する。
続けて、御者さんが開いてくれた扉から客室の外へ。昼前の日差しに一瞬だけ目が眩む――その明るさに慣れた途端、愛らしい三つの顔が視界に飛び込んでくる。
エマ、リリ、ルル。揃って満面の笑みを浮かべ、聖堂の出入り口からこちらへ駆け寄ってきていた。背後に控えていたフィーナさんの侍女さん方が大慌てだ。
「サクタローさん、かえってきたっ!」
「はやいっ! もうおわったの?」
咄嗟に腰を落として腕を広げると、三人はそのまま懐に飛び込んできた。
エマとリリが、小さく飛び跳ねながら明るい声を出す。ルルはもう感情をコントロールできないようで、ふんふん鼻を鳴らしながら俺の体をよじ登ろうと必死だ。それぞれ獣耳と尻尾を忙しなく揺らして大興奮。
「ただいま、三人とも。もう帰ってきたよ。いい子にしていた?」
俺は思わず破顔しながら順番に頭を撫で回し、頬ずりをしていく。すかさず、『きゃあっ!』と楽しげな声が響く。
いつもの温もりを感じ、無事に帰ってきたという実感が深まる。皆さんの協力にも感謝だね。
ぎゅっ、と再び腕に力を込める。それに応えるように、三人とも力いっぱい服を握り返してくれた。
「そうそう、タリクくんもちゃんと連れて帰ってきたよ。他の子たちも、みんな無事だからね」
サリアさんとフィーナさんに続き、タリクくんが馬車から姿を現す。すると今度は、一斉に『タリクだ!』と明るい声が響く。それからまたしばらくの間、聖堂前の広場は無事を喜ぶ声で包まれるのだった。
ふわり、冬の香りを濃くした風が不意に通り過ぎていく。
さて、この後はどうしようかな。一件落着、はい解散、では味気ない。それに、協力者の皆さんに礼を欠く。
とはいえ、今できることは……と少し考え、名案が浮かぶ。
このまま、バーベキューで打ち上げというのはどうか。
少し寒いけど、温かい汁物でも用意すれば問題ない。酒も、家にあるだけ振る舞うかな。ネットでケース買いしてあるから在庫は豊富だ。
そうと決まれば、さっそく準備にとりかからねば。
街へ捜索に出ていた女神教の面々もすでに帰還済み。普段の炊き出しの労いも含め、全員で思いっきり楽しむとしよう。
「皆さん。無事に帰ってこられたお祝いに、このままバーベキューを楽しみませんか?」
「ばべきゅ?」
俺の足にひっつきながら、エマが可愛らしく首を傾げる。その頭に手を乗せ、他のみんなにも聞こえるように「たくさんお肉を焼いて食べるんだよ」と説明した。もちろんうちの獣耳幼女たちは、『おにくたべるっ!』と飛び上がって大賛成。
サリアさんも、「肉と酒!」とグレーアッシュの瞳を輝かせつつ尻尾を激しく揺らしている。フィーナさんもニコニコと、「レモンサワーが飲みたいですね」とちゃっかりご所望だ。
それじゃあ、今日は盛大にやるか。我が家にある食材を大放出だ。
サリアさんに手伝ってもらい、納戸に眠るバーベキューコンロと炭を引っ張り出す。炊き出しではコスパが悪いからと使用していなかったやつだ。
他にも、普段使っているホットプレートを総動員する。なんちゃってバーベキューになるけど、人数が人数だ。食材が焼ければオーケーということで。
肉や野菜も絶対に不足する。せっかくだから、手の空いている人にラクスジットの市場まで買い出しを頼む。もちろん資金は俺持ちだ。調味料は日本の製品を各種用意する。
お酒は、缶ビールとレモンサワーを提供する。好きに紙コップに注いで飲んでもらうスタイルだ。取り皿も、今回は紙皿で間に合わせる。使い捨てのプラフォークも忘れずに持ってこなくちゃ。
うちの獣耳幼女たちが一生懸命お手伝いしてくれたおかげか、すぐに支度が整う。
各テーブルにホットプレートを設置しつつ火を入れ、バーベキューコンロの炭火を熾す。
手分けして小分けにした食材を配ると、すぐにじゅうじゅうと音がし始め、香ばしい匂いが立ち昇る。
ここでちょうどゴルドさんや他の孤児たちも到着し、ますます広場は賑やかに。
そんな中、俺は紙コップを掲げて乾杯の音頭を取った。
「皆さんのお力添えのおかげで、無事にタリクくんや孤児たちを助け出せました。そして炊き出しのご協力にも心からの感謝を。今日はささやかではありますが、お酒と食事を楽しんでいただければ嬉しいです。また後日、改めてお礼をさせていただきますね。それでは、お疲れ様でした! 乾杯!」
『乾杯っ!』
大人たちはこぞってお酒の入った紙コップを掲げ、笑顔で唱和した。
大はしゃぎの獣耳幼女たちは、俺の足元で飛び跳ねてさっそくジュースをこぼしている。お肉を食べたらウェットティッシュで拭きましょうね。
「サクタローさん、これ、これたべたい!」
「ねぇ、サクタロー! これなに? こっちは? どれがおいし?」
「んぅ、だっこ!」
皆さんのご厚意で、我が家のメンバーとタリクくんはバーベキューコンロを使わせてもらう。
エマが大好きなお肉を食べたいとズボンをぐいぐい引っ張り、リリはあれこれ指さしてとても楽しそう。ルルも、抱っこしながら肉を食べさせろ、とおねだりしてくる。
サリアさんが豪快に肉をかっくらい、フィーナさんはお酒を味わいつつも焼き上がったものを自分の皿に盛るよう所望してくる。タリクくんも、余りの美味しさに目を丸くしながらも黙々と口を動かしている。
他の皆さんも大賑わい。塩や胡椒、焼肉タレを含む各種調味料を好きなだけ使えるとあって、味を絶賛する声が飛び交っている。他の孤児たちも、各テーブルに混ぜてもらって楽しそうだ。
なんだなんだ、とすぐに近隣の住民らも顔を出す。しかし今日ばかりはお断りし、身内と被害にあった孤児たちだけでバーベキューを楽しむ。
ああ、本当によかった。あれこれ気を揉んだけど、上々の幕引きだ。残る様々な課題やらはさておき、今はこの賑やかな時間を満喫しよう。
広場の様子に満足した俺は、また獣耳幼女たちのお世話に戻る。
三人とも、ニッコニコでお肉を頬張っている。そして我が家へ帰ったら、また服の染み抜きに精を出すことになりそうだ。
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