第107話 決着とくすぶる義理
俺は穏やかに笑みを浮かべつつ深く頷く。すると、サミールさんはとうとう観念してくれたようで、ガクッとソファに座り込んだ。
外から孤児たちの声が聞こえてくるあたり、サリアさんも無事に任務を果たしてくれただろう。
事前の作戦会議で『自分なら怪我一つなく救出可能だ』と豪語するから任せたけど、その判断は正解だったらしい。おかげで、サミールさんからしっかり言質を取れた。
王都での金貨積み上げバトルへ突入する前にケリを付けられ、大満足。思わず再び深く頷く。
ちょうどその瞬間、ドカンと。
派手な音を立て、応接室の扉が開かれた。
「戻ったぞ、サクタロー殿! 見ろ、この無双の餓狼が完璧に任務を遂行したぞ! これはもう、ご褒美に刀をもらっても構わんのではないだろうか!」
「サクタローの兄ちゃん、ホントに助けに来てくれてたんだな!」
ドカドカと大股で登場するサリアさん。その後ろから、タリクくんと孤児たちが続々と姿を現す。想定通り、みんな一緒に囚われていたようだ。
よかった。みんな元気そう……というか、炊き出しのときとは見違えるほど暖かそうな格好をしている。顔色も悪くない。サリアさんへの刀のご褒美は要検討ですね。
俺は孤児たちに声をかけ、体に異常はないか、これで全員か、お腹はすいてないか、などを一人ずつ確認していく。後ほど名前と契約書を照合して破棄させよう。
と、そこで。
サリアさんに「ほら、頼みがあるだろ」と背中を押されたタリクくんが、こちらを見上げつつ思わぬ要望を口にする。
「サクタローの兄ちゃん。そこの商人のおっちゃんの話を聞いてやってくれないか……? なんだか、俺たちにずっとあやまってたんだ。こんないい服や飯までたくさんくれてさ」
孤児たちの服装や元気そうな様子から、何か事情があるのでは、とは思っていたが……俺はゴルドさんへ目を向け、軽く頷いて事情聴取をお願いする。こういった話は、この街の商人同士の方が早いだろう。
正面のソファでうなだれるサミールさんの頭上から、「いったいなぜ……」と重い問いかけが落ちる。
「残念だ、サミール殿。私が知る限り、貴殿はこのような悪事に手を染める商人ではなかったのだが……」
数多くの商会が犇めくラクスジットにおいて、サミールさんの評判は悪くなかった。炊き出しで配布する古着の手配をまかせたことからも、その信の高さをうかがえる。
それがどうして、このような……やはり会話が気になってしまい、タリクくんを横に座らせつつ耳をそばだてる。他の孤児たちはカーティスさんたちが受け持ってくれた。
「それを貴殿が言うか……いや、今となっては詮無きことか。ただでさえ商会の売上が芳しくなかったところに、信じられぬほど上質な品々が貴族街に流通し始めたのだ」
サミールさんは背もたれにぐったりと身を預け、諦めたように力なく語る。
もとより商会の売り上げは芳しくなかった。おまけに、あり得ないほど上質な砂糖や胡椒、生地やカップ、果ては茶葉などが貴族街に流通し始め、頼みの綱の太客の足すらも遠のいていく。
諸物の出元はゴルドさんが運営するベルトン商会……言わずもがな、日本の品々である。
そして、いよいよ屋敷の維持にも苦悩し始めたある日。懇意の貴族から、追い打ちをかけるような通告を受ける。
『御用商人としての立場を維持したければ、ベルトン商会の扱う品を持ってこい。できぬなら貴族街への出入りを一切禁じる』
日本の品は現状ゴルドさんの専売であり、量も限られる。そのうえ、貴族への根回しのために流通経路を絞っていた。すなわち、サミールさんにとっては貴族街への出入り禁止の通告も同義。
それでも彼は商会を守るため諦めるわけにはいかず、必死に懇願して許しを得ようとした。そこへ、魔手が伸びる……それが今回の騒動のきっかけだ。
獣人の孤児を攫い、隣国に売り飛ばせ。庶民街の掃除をしろ。言うことを聞くのであれば、資金や待遇は約束しよう――そんな甘い囁きに、サミールさんは縋ってしまった。
方法は委任されたので、考え抜いてこの街では合法で通る手段を選択。それと、できるだけ孤児たちを手厚く扱うことで贖罪とし、隣国の奉公先の待遇も考慮したそうだ。
なるほど。こちらの扱う品が、サミールさんの命運を決定づける一因となったわけか……しかし商売である以上、利益と不利益が発生するのは避けられない。
それに、こっちにだって事情がある。今後は対応を検討すべきだが、過度に自分を責める必要はないはずだ。
もちろん、情状酌量の余地もある……だとしても、このままお咎めなしで放免というのも難しい。
「サクタロー殿、よろしいか? サミール殿の処遇をお任せいただきたい。我が生家、ベルトン子爵家の手を借りてひとまず匿う必要があろう。背後関係も含め、然るべき処置はそれからだ」
貴族だけでなく、多方面から怒りを買う可能性も無きにしもあらず。最悪、サミールさんの命が危ない。それゆえ、ゴルドさんはひとまずの身柄預かりを訴え出た。
俺としても異存はない。血なまぐさい結末はごめんだ。ただ、その前にいくつか尋ねておきたいことがある。
すでに国外へ送り出した獣人の孤児はいないか、なぜ手配した古着をご自身で運んできてくれたのか、など知っておくべき疑問を口にした。
「私が関与した孤児らは、ここにいる者らですべてだ。直接足を運んだのは、己が拐かす者らがどのように過ごしているのか、この目で見ておくべきだと……いや、状況を直接確認するために足を運んだ」
「そうですか。では、最後に……サミールさんをそそのかした貴族の名は?」
「それは……これでも義理があるゆえ、少し心の整理をさせてくだされ。申し訳ない……」
この期に及んでも義理を通すか……きっと根は悪い人じゃないんだろうな。
それはそれとして、とても残念。この機会に、女神教を巻き込むべく攻撃してくる鬱陶しい貴族をやっつけてしまいたかった。真に裁くべきは黒幕だ。
最低でも今回の件を逆手に取り、大人しくさせるため対策を講じるとしよう。この辺は、落ち着いたらフィーナさんやゴルドさんたちと要相談だ。
ともあれ、これでいったんの解決を見た。事件の全貌に気づいてからはなかなかのスピード解決だったのではなかろうか。早く帰って、うちの獣耳幼女たちの頭を撫で回したい。
最後にサミールさんに声をかけ、契約書をすべて持ってきてもらう。実物を見ると、タリクくんたちはそれぞれ血判でサインしていたようだ。それぞれの名前と照合し、部屋に備え付けの暖炉ですべて灰にした。
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