第104話 サミール邸に殴り込み――もとい話し合い
書面に並ぶ文字を目で追いながら、改めて頭の中で整理する。
公爵領の規定に従えば合法かもしれないし、役人には期待できない。おまけにろくでもない貴族の思惑もあり、ラクスジットではほぼ手詰まり……というのがゴルドさんたちの見解だ。
でも、本当に抜け道はないのか?
そもそも、この国の法律ではどう規定されているのだろう。
日本だって、自治体の条例より国の法律が優先されるケースは珍しくない。異世界でも領法と国法が併存しているのであれば、同じ構造になっているんじゃないか?
「ゴルドさん、一つ聞いていいですか? 街の規定には抵触しない、というのは理解しました。では、国の法律は? 文字の読めない者を騙して契約させる行為は、どう扱われますか」
俺の質問を受け、ゴルドさんが再び唸り声を上げる。そしてみんなの視線を独り占めしたまま、記憶を探るように口を開いた。
「そうか……言われてみれば、『庇護条項』という特例があったはずだ。契約に不備があると立証できれば、王都の査問院へ上申できる」
「それは、このラクスジットの規定より優先されますか?」
「される。ただし、上申は王都へ赴かねば行えぬ。一番の問題は、多額の費用がかかることであろうか……水面下の交渉によって結果はいかようにも転ぶ。現実的でない手段ゆえ失念しておった」
領の規定では合法でも、不服であれば王都の査問院に諮ることができる。だが、裁量を握るのはそちらの貴族たち。要は、根回しや賄賂の多寡によって判決が左右されるのだ。
忘れかけていたけど、異世界はガッツリ封建体制で回っている。ならば当然、権力者の意向がより優先されるわけで。
なるほど……それはそれで好都合だ。
というか、突破口が見えてきた。
鍵となるのは、日本から持ち込む品々――ラクスジットでの好評ぶりを鑑みれば、王都でも猛威を振るうのは確実。だったら躊躇なく金品をばら撒き、先んじて王都中の貴族を味方につけてやる。
これまではかなり遠慮して活動してきたけど、タリクくんを救えるのなら容赦しない。もっとも、その手前の段階でケリをつける気でいるが。泥沼になって長引くのも問題だ。
それに相手からしても誤算だろう。まさか孤児を助け出すために、労を惜しまぬ者がいるだなんて。
「サクタロー殿。どうやら、活路が見えたようであるな」
「ゴルドさんのおかげです」
みんなからの視線に応えるように、俺は微笑みつつ返事をした。
***
作戦会議から一夜明け、朝ごはんを賑やかに平らげた俺たちはさっそく行動を開始した。暖かな服に着替え、抜かりなく必要な物を準備する。
「皆さま、おはようございます。お待ちしておりました」
聖堂前の広場へ移動すると、真っ先にカーティスさんが出迎えてくれた。今日は銀ピカな鎧姿だ。他のエルフの護衛騎士の面々も同様の装いである。
ガンドールさんとグレンディルさんのドワーフ兄弟もおり、普段より上等な衣服に身を包んでいる。さらには豪奢な衣服を着用したゴルドさんとケネトさんまで控えており、広場はどこか物々しい空気に包まれている。
そう。俺たちはこれから、サミール邸に殴り込み――もとい話し合いに向かう。
タリクくんがいつ運び出されるかわからないため、昨日の今日で作戦決行となった。
「サクタローさん……」
「心配しないで、エマ。すぐに合流できるから」
馬車を背に、俺たちは別れの挨拶を交わす。
最悪を想定し、うちの獣耳幼女たちはお留守番だ。当然ついてきたがったけど、そばで控えるフィーナさんの侍女さん方にお任せする。とはいえ、後ほど合流予定だけど。
「リリ、おりこうさんにしてるよ。すぐかえってきてね?」
「んっ! ルルちゃん、いっしょいく!」
「すぐにタリクくんを助けて、帰ってくるよ。ルルは……ちょっとごめんね、足から離れてね」
最後まで抵抗して足に張り付いていたルルを侍女頭さんにお預けし、改めて三人の頭を撫で回す。この子たちのためにも、大急ぎで解決してこなければ。
「それでは、手の空いた方は引き続き捜索をお願いします」
念のため、女神教の手の空いている協力者には孤児の捜索を頼んである。
やっぱりまた獣耳幼女たちを抱きしめ、俺は馬車に乗り込む。
目指すはサミール邸――到着まで、さほど時間はかからなかった。
馬車から降りる。石造りの壁、高い門。双眼鏡でじっくり観察した屋敷が、朝の冷たい陽光の中に建っていた。シールが貼られた窓は高木に隠れて見えない。
塀に備え付けの門の脇に、番兵が二人。
俺たちが続々と姿を現すと、ぎょっとしながら後ずさっていた。
「私は、伊海朔太郎と申します。サミール・ラドニさんに面会の取次を。極めて重要な商談があります」
背後に並ぶ同行者たちを頼もしく思いながら、用向きを伝える。すると番兵の片方が、泡を食った様子で屋敷の中へ駆け込んでいった。そして目論見通り、使用人らしき男性に来客用の広間に通された。
俺は整然と並ぶソファのど真ん中に深く腰を下ろし、静かにそのときを待つ。左右にはサリアさんとフィーナさんが。ゴルドさんたちも隣のソファに座る。護衛の面々は立ったまま会談に臨むようだ。
ほどなくして扉が開き、この屋敷の主、サミール・ラドニが姿を現す。眉間に皺を寄せ、酷く不機嫌そうだ。そんな彼を見据えながら、低く告げる。
「おはようございます、サミールさん。突然押しかけてすみません。とても重要な商談がありまして……タリクくんを、孤児の身柄を受け取りに参りました」
睨みつけるみたいに、眉間の皺を一層深めるサミールさん。
対照的に俺は笑みを顔に貼り付ける――さあ、ケリをつけようじゃないか。
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