第103話 救出作戦会議
ゴルドさんとケネトさん、カーティスさん、ドワーフ兄弟、女神教のまとめ役のエルフの男性、それから我が家の一同――会議の参加メンバーは以上。設置してあったガーデンチェアセットをフロア中央に寄せ、顔を突き合わせる。
うちの獣耳幼女たちもお昼寝から起きてきて、フィーナさんと一緒に先ほどこちらへやってきた。今はお隣のテーブルでお絵かきを楽しんでいる。もちろん三人とも頭を撫で回しておいた。
さて、と俺は気を取り直しつつ例の契約書を広げ直す。
すでに皆さんからは報告を受けており、目ぼしい手がかりはなし……となれば、他の孤児たちもタリクくんと共に囚われている、と仮定して話し合いを進めるべきだろう。
続けて状況を共有しつつ整理する。シールのこと、契約書のこと、ここまでの諸々。すると間を置かず、ゴルドさんとケネトさんの口から重い溜息がこぼれた。他の方々の顔色も優れない。
「これは、いささかならず問題かもしれぬ……」
ううむ、と低い声で唸るゴルドさん。
なにが問題かといえば、俺の不安は的外れではなかったようだ。
「ラクスジットを含むこの『公爵領』には、こうした契約を明確に禁じる規定がない。まして孤児には身寄りがなく、後見人もおらぬゆえ……」
本来は商慣習として扱われる領域だが、孤児や後見人のいない者を対象とする契約は網から漏れている。どこまでいっても社会弱者に優しくない。
規定がない以上は合法、そう解釈されかねないという。それどころか、トラブルを仲裁する監査の役人を抱き込んでいる可能性すらある。
理不尽極まりない、と一概に断じきれないのがまた厄介だ。
それというのも、地球にも似たような黒歴史が存在した。
大航海時代あたりの西洋の都市部では、浮浪児は社会問題だった。それゆえ攫って海外へ送り出すことが、『街を綺麗にして仕事を与える行為』と正当化されていたらしい。
今さらながら、うろ覚えのエピソードと現状が繋がった気がする……だったら、似た価値観が異世界に根付いていても不思議じゃない。
「役人ばかりか、貴族の意向が影響しているやも。獣人の孤児のみが狙われた点を踏まえると、ここ一連の女神教への攻撃とも無関係ではないでしょうな」
今度はケネトさんが、浮かない表情のまま懸念を口にした。
サミールさんは貴族街を出入りする商人だ。その立場を考えれば、どうしたって背後に権力者の影がチラつく。
つまり金儲けの単独犯ではなく、『ラクスジット公爵の治世を乱すための陰謀の一環』というわけだ。獣人の孤児ばかりを狙ったのも、女神教の不信感を煽るため――そう考えれば辻褄が合う。
だいぶ事件の背景が見えてきた。が、いい加減にしてほしい。この聖堂を荒らしたばかりか、罪のない獣人の孤児を攫うなんて……しかもタリクくんが巻き込まれている以上、大人しくはしていられない。
もっとも、悪いことばかりではない。
ゴルドさん曰く、サミールさんの背後関係を洗う絶好の機会だそうだ。上手くやれば、この街を騒がす黒幕を白日の元へ引きずり出せる可能性がある。
では、具体的にどうするかといえば……これがなかなか難しい。
契約書を突きつけ悪辣さを訴えたところで、合法と突っぱねられてしまっては埒が明かない。まして監査の役人を抱き込まれているとなれば、勝ち目はほぼない。
もちろん、時間さえあれば打てる手はいくらでもある。だが、タリクくんのことを思うとそう悠長にもしていられない。
顔を突き合わせる面々も同様の考えらしく、明るい聖堂のフロアの空気がぐっと重くなる。
「女神教の名を使うこともできますが、高位の貴族が背後にいるとなれば……」
「力ずくで奪還、というわけにもいかぬか……」
形のいい眉を寄せるフィーナさんに続き、ドワーフのガンドールさんが苦々しげに腕を組む。
ことラクスジットにおいては、女神ミレイシュの威光も限定的だ。この一手で牙城を崩せるほど相手も甘くはないだろう。
誰もが言葉に詰まったまま、しばらく沈黙が続く――そんな沈んだ空気を破るように、隣でガタリと椅子が音を立てた。
直後、俺の足に小さな衝撃が伝わる。視線を落とすと、エマが不安そうな顔のままズボンをぎゅっと握りしめていた。その背には、リリとルルが隠れるように張り付いている。
「どうしたの、エマ。お絵かきはもう飽きちゃった?」
亜麻色の頭を撫でながら尋ねるも、返事はない。けれどエマは、いやいやと首を横に振る。続けて震える声で、絞り出すように言う。
「わたし、たすけにいくよ……タリクみつけたの、わたしだもん」
テーブルの上で繰り広げられる重苦しい議論を、幼いながらにちゃんと聞いていたのだ。
エマは、自分がタリクくんを助けに行くと主張して譲らない。その無垢な決意が滲む顔を見ると、俺の胸はどうしようもなく締めつけられる。
大人たちが頼りなく見えて不安になってしまったのか……あるいは、最初に見つけた自分に責任があると思っているのだろうか。
いずれにせよ、小さな胸に渦巻く感情が限界を超えてしまったのだろう。愛らしい亜麻色の瞳がみるみる潤み、キラキラと揺れる。
エマは、ズボンを握る手にいっそう力を込めた。
そして堪えきれなくなった涙をぽろぽろとこぼしながら、小さな体に秘めていた精一杯の想いを叫ぶ。
「わたし、サクタローさんみたいなオトナになりたいっ! フェアリープリンセスみたいに、こまってるヒトをたすけられるようになりたい! だから、タリクのところに、うぅ……うっ、ふぇええ、うわあぁあん――」
声に詰まって、エマはそのまま泣き出してしまった。それにつられたのか、背後のリリとルルの瞳もたちまち潤み始める。
俺は即座に膝をつき、三人まとめてぎゅっと胸元に抱き寄せる。
「ごめんね、不安にさせちゃったね。大丈夫、タリクくんは絶対に助けるよ。その前に、どうやって助けようか相談していただけなんだ」
エマ、リリ、ルルと。ついには三人の泣き声が聖堂のフロアに響く。
子どもは思った以上に大人の表情や機嫌に敏感で、感情のコントロールもまだおぼつかない。しかもうちの獣耳幼女たちは、その幼い身で過酷な生活に晒されてきたのだから、なおさら周囲の空気に過敏だ。
だからこそ、行き詰まる大人たちの気配に強い不安を覚え、堪えきれなくなってしまったのだ。そのうえ、身近なタリクくんが巻き込まれてしまっている。
きっと、心を散々にかき乱されてしまったに違いない――なんて俺は情けないのだろう。
この子たちと出会ったあの日、『例え逮捕されたとしても助ける』と信念に従って行動した自分はどこへいった?
暗い顔をして、ぐちぐちと無理な理由を並べ立てる。
そりゃあ、うちの獣耳幼女たちが不安になって当然だ。
俺みたいな大人になりたい、そうエマは言ってくれた。以前、タリクくんにも同じような言葉をプレゼントしてもらった。
ならば、そうあるべきだ――まっすぐ見習ってもらえるような、誰にも恥じない大人であるべきだ。
「あ、そうだ。三人は、今日の晩ごはんは何食べたい? 好きなものを作るから、遠慮なく言ってね」
えぐえぐ、と。
声を上げて泣き続ける獣耳幼女たちの背中を優しく撫で、努めて明るく問いかける。
こんなときは、大好きなごはんの話が一番だ。何を置いても、それぞれの小さな胸に渦巻く不安を和らげてあげたい。何より俺自身が、一刻も早くこの子たちの笑顔を見たかった。
すると、ほら。
泣いたカラスがなんとやら。
「わたし、おにくたべたい……」
「リリもおにく……」
「ん、ルルちゃんおにく……」
三人は涙を溢しながらも笑みを浮かべ、全く同じリクエストを口にした。相変わらずお肉大好きな子たちである。可愛すぎて頬が緩む。
じゃあ、今日はまたステーキでも焼こうかな。サミールさんとの対決を想定して精をつけないといけないしね。
「わかった。三人とも泣き止んでくれてよかった。晩ごはんは期待しててね」
満足してもらえるよう腕によりをかけて調理するからね。
だが、その前にやることをやらねば。俄然前向きになってきた。
左右に椅子を用意し、離れたがらなかったエマとリリを座らせる。ルルはちゃっかり、俺の膝に上がってきた。ついでにお絵かき帳を持ってきて、続きを楽しんでいてもらう。
それから、作戦会議に戻る……同時にハッと息を呑む。サリアさんとフィーナさんが、グレーアッシュとアメジストの瞳に揃って剣呑な光を宿していたのだ。
「サミール・ラドニ……私の大切な家族を泣かせるなど、この手で八つ裂きにしてくれる!」
「いつも明るい笑顔を向けてくれるエマは、私にとっての太陽です。聡明なリリは夜を照らす月、ころころ気分が変わるルルはまるで瞬く星空――すなわち、私の世界を傷つけられたのです。ますます許せません」
サリアさんは烈々と、フィーナさんは泰然と宣言する。
二人と頷き合う。気を引き締め直し、俺はテーブルの契約書を再び手に取った。
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