第102話 お届け物の羊皮紙
物見塔を後にした俺たちは、いったん女神教の聖堂へ戻る。
女神教の面々――協力者の皆さんの帰還に合わせ、速やかに作戦会議を実施する予定だ。タリクくんがいつまであの場へ留め置かれるか分からない以上、少しでも早く救出に動かなければ。
サミールさんとは話し合いでの解決を望んでいる。それが無理な場合は、強引な手段も視野に……正直、俺は腹に据えかねている。あまりお行儀良く振る舞うつもりはないし、直接対決すらも辞さない。
一人静かに覚悟を固めていると車輪の音が鈍くなり、馬車がゆっくりと停止した。間を置かず、ケネトさんが到着を告げながら扉を開いてくれる。
俺はお礼を告げて馬車を降り、そのまま聖堂へと足を向けた。
ところが、次の瞬間。
不意に気配を感じ、ハッと立ち止まる。
西日が注ぎ、アーチ型の出入口の脇には濃い影が生まれていた。その暗がりからぬるりと、見覚えのある男が歩み出てきた。
顔に傷を持つ大男――炊き出しの際にたびたび見かけた、マンフリードさんの護衛だ。
「そこで止まれ……貴様、デカい図体して薄気味悪い現れ方をするな」
気づけばサリアさんが俺の隣に立っており、険しい視線を向けていた。
グレーアッシュの狼耳も、周囲を警戒するよう小刻みに動いている。いつも思うけど、この辺りは流石だ。しっかりガードしてくれている。
ゴルドさんやその護衛の方々もそばに控えてくれている。にわかに高まる緊張感。
対する大男は両手を軽く持ち上げ、敵意がないことを示した。続けて懐から筒状の紙……羊皮紙らしき物を取り出し、こちらへ差し出してくる。
厳つい顔がちょっと悲しげに見えるのは、サリアさんのトゲのある一言のせいだろうか。ごめんなさいね。
「貴様、なんだその紙は? 薄気味悪いヤツめ」
「……我が主、マンフリードからの届け物だ。それと、薄気味悪いはやめろ」
サリアさんに問われ、大男は初めて口を開く。
マンフリードさんからのお届け物……謎めいた情報提供を受けている現状、得体が知れなさすぎて素直に受け取りづらい。みんなが警戒するのも頷ける。
とはいえ、敵対しているわけではない。
というか、こちらはお礼をしなくてはいけない立場なわけで。
「こんばんは。夕方になって、また一段と冷えてきましたね。マンフリードさんはいらっしゃらないのですか?」
俺は笑みを浮かべ、少し距離を空けて対峙する大男へ声をかけた。
相手の目つきがきゅっと細まり、『さっさと受け取れ』と言わんばかりに再び羊皮紙が突き出される。
「我が主は、何度も顔を出せるほど暇ではない」
「そうですか。では、『有力な情報をありがとうございます。改めてお礼を』とお伝えください」
「承知した。この届け物の礼も忘れるな」
会話の途中、サリアさんが謎の羊皮紙を奪うように受け取ってくれた。
どうやら、お礼を上乗せしなければならないほどのブツらしい。果たして中身は……そのまま開いてもらい、俺は横から覗き込む。
真っ先に、冒頭の『労働契約』という文字が目に飛び込んできた。
これは、まさか……俺はハッと顔を上げ、対峙する大男へ目を向ける。
「サミール・ラドニが雇った根無し草が、こそこそと孤児らにチラつかせていたものだ」
続く言葉を聞き、驚きが止まらない。
ハッキリ言って、キーアイテムに近い。この羊皮紙の内容が事実であれば、必要な情報はすべて揃ったも同然だ。
「どうやってこれを……」
「我が主は、貧民窟に少しばかり顔が利く」
貧民窟に顔が利く……マンフリードさんは、いったい何者なのか。貴族の縁者とはちょっと違う?
反射的に尋ねてみるも、大男はむっつりと黙り込んでしまう。返事は期待できそうにないので、今度本人に尋ねてみるとしよう。
それにしても、なぜここまで協力してくれるのか。
こちらの疑問については、すぐに返答があった。
「主のマンフリードが言うには、『ちょっとした報復』だそうだ」
「報復、ですか?」
「……ガキを雑に扱う商売は気に食わない、そう言っていた」
何かと怪しい言動が目立つマンフリードさんだが、実は孤児を気にかける優しい心根の持ち主らしい。ギャップに胸がトキメキそうだ。
好感度もぐっとアップ。意外にも彼は慈善家なのかもしれない。お願いすれば、炊き出しに協力してくれる可能性まで見えてきた。
とにかく、今重要なのはこの契約書である。
俺はまたお礼を告げようとした。しかしその瞬間、大男はすでに踵を返しており、登場と同様にぬるりと闇の中へ消えていく。大型の猫科動物みたいな身のこなしだ。
不意の立ち話にも一区切り、こちらも揃って聖堂内へ移動した。
まずはサリアさんたちと協力し、左右の壁にかかる複数のランプの明かりを灯す。魔石を動力とするらしく、専用の長い棒でちょいっと操作するだけのお手軽仕様だ。ついでにストーブのスイッチをオン。
まだ他の協力者の面々は戻ってきていなかったので、俺は先に契約書の内容を精査することにした。設置済みのガーデンチェアに腰掛け、羊皮紙を広げる。
直後、目眩がするほどの苛立ちを覚える。
表向きは『商会を介した労働契約』という名目だ。けれど但し書きの中に、奉公先は国外、報酬は裁量による、逃亡した場合の違約金、など悪辣な条項が多数並んでいた。
文字が読めないのをいいことに、この書類を信用稼ぎの道具として提示し、孤児たちには『街の外の仕事』と誤認させたまま契約を迫っていたそうだ。
断言する。これは詐欺だ。日本であれば逮捕は免れない――が、ここは異世界。この街の決まりに照らし合わせた場合、サミールさんの行いは罪と規定されるのだろうか。
少なくない不安を覚えながらも、俺は精査を進めていく。
しばらくすると、街に散らばっていた協力者たちが続々と戻ってくる。全員が揃ったところで、いよいよ作戦会議が始まった。
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