手紙を読もう(後編)
前回のあらすじ
アポロがいなくなった
お茶を盛大にこぼしてしまったので、床を拭きながら心を落ち着かせた。思い返せば、最近のアポロは少しおかしかったような気がする。いつも明るいのに、たまに何も話さずにぼーっとしてたいたり、隙があれば手紙を書いていたり。一度、机に突っ伏して寝ていたこともあった。その時は小説家かよと突っ込みをいれたけど、明らかにおかしかったじゃないか、僕。
それだけじゃない。最近、この村に魔物が現れないのだ。以前は二日に一度は魔物が現れ、夜に出掛ける彼女を見送っていた。しかし、僕が誘拐されたあの日以来、魔物が出る気配がない。僕は正直、ホッとしていた。彼女の使命であることは理解しているし、そんな彼女を支える覚悟はしたつもりだ。だけど、やっぱり彼女にはこれ以上傷ついてほしくないと思うし、できるだけ一緒にいたいと思うこともまた、事実だった。そして勝手に、アポロも同じことを考えていると思っていた。この手紙を読むまでは。
僕は再び、手紙を開いた。
『タカキも気が付いているよね。最近、この村に魔物が出ていないこと。私はいつの間にか、村に魔物が出ることを当たり前だと思っていたの。村のみんなが毎晩恐ろしい魔物に怯えることが。だから、何とか、私が大好きなこの村を守りたくて、頑張ってきたつもり。私はずっと、そのことだけを考えてた。みんなが安心して眠ることができるだけで、私はとても嬉しかった。だから、魔物が出なくなった村を見て、みんなが安心して暮らせるようになった村を見て、本当に幸せだったの。
だけど、ホッとすると同時に色々なことを考えるようになったの。魔物は世界中に出ていること。私はそれを倒すことができるってこと。私は、女神様に選ばれた勇者なんだってこと。
それとね、この前、聖地全体が光ったあの日、私は新しい奇跡に目覚めたの。これまで使えなかった沢山の奇跡。そうするとね、沢山のことがわかるようになったの。例えば、世界のどこに魔物が出たのか、とか。
新しい奇跡に目覚めてとても嬉しかったけど、同時に、魔物に震える人がいる場所がわかるようになって、とても苦しかった。実は凄く悩んでいたの。私が救うことができた人がいたんじゃないか、とか。私がもっとできたら、もっと頑張っていたら。私のせいで、とか。
そんな時にタカキが支えてくれたこと、涙が出るほど嬉しかった。あの日、二人で星空を眺めながら飲んだホットミルク、美味しかったなあ。そして、あなたがいたから、私は決心することができたの。
村が落ち着いたら、世界中の魔物と戦おうって。
タカキとの楽しい生活を、ずっと続けていくために。タカキが来てくれてから、私が感じたこの幸せを守るために。そして、世界中の人達が感じる、そんな幸せを守るために。
この手紙を読んでいるときには、私は遠く離れた地にいると思います。突然でごめんね。だけど、どうか許してください。あなたはきっと驚いたと思うけれど、とても強い人だから、わかってくれると信じています。
そして、もう一つだけお願いをさせてください。私とタカキが暮らす家を、守ってください。私が帰ってきた時のために。すぐに帰ってきます。待っていてください。そのときには、美味しいご飯が食べたいな。
手紙を書くことって難しいね。言葉が溢れてまとまらないや。本当に伝えたい言葉は、ほんの一言なのにね。でも、それは、世界中の魔物を倒してから、皆が幸せになってから、私の口から伝えるね。
とにかく今、あなたに伝えないといけないことを改めて書きます。
今までありがとう、タカキ。そして、これからもよろしくね』
僕は手紙を読み終わり、息を吐いた。
彼女は旅に出たのだ。世界中の生活を守るための旅に。
思うことは沢山ある。だけど、色んな感情は全部置いていこう。
僕がやることは決まっている。彼女を応援して、支えることだ。
とにかく、家を綺麗にして、ご飯を作って、アポロがいつ帰ってきてもいいように、生活を続けよう。
それはアポロのためでもあるし、アポロが守る人たちのためでもあるし、僕のためでもある。
僕は勇者の専業主夫なのだから。だけど、だけど
「だけど、やっぱり少し寂しいよ、アポロ」




