勇者の専業主夫
前回のあらすじ
とても怒った
「専業主夫…?馬鹿馬鹿しい、結婚した訳でもあるまいし」
「言葉はどうでも良いんだ。僕は彼女を支えたいし、支えなきゃいけない。それだけだ」
「だから、貴様にそんな権利は無いと…」
「もう良い!黙れ!口を開けば血筋だの権利だの…ワンパターンなんだよ!お前はお前の仕事をこなしてから、その薄汚え口を開きやがれ!」
「なんて、口の悪い…」
「そもそも、聖地の間取りを知らないってどういうことだ?お前、聖地に入ったことあるのか?」
「…それは、当然」
「入った事ないだろ。アポロが住む前から、お前は聖地に入ったことがないはずだ」
僕は、あの家の荒れ具合はアポロが住む前から手入れをされていなかったことが原因だと考えていた。もちろん、アポロが掃除しなかったことも大きな原因だけど。数年であんなに畳や障子がボロボロになるとは考えられない。プルートウが一族を追い出してから、誰も家の手入れを行わなかった。いや、行いたくても行えなかったのではないか。
「つまり、お前は、聖地に入らなかったんじゃない。入れなかったんじゃないか」
「な…」
「お前は城の人でありながら、聖地に入ることが許されなかった。違うか?」
「な、何を、何を馬鹿なことを!」
ずっと考えていたことだ。トールさんから聞いた話だと、この男のやり口はあまりにも早急で、稚拙だ。一族を急に追い出したり、聖地に一度も立ち入らないなどの行為は、周りからの不信感と反感を募るだけだ。責務をこなす姿だけでも見せておいた方がずっと楽なはずだ。実際、トールさんやゴーラムは城の人を快く思っていなかった。
「お前、城の人の威厳を保って反乱を起こさせないことだけを考えていたんじゃないのか。自警団を作ったり、無理な増税をしたり」
「貴様、それ以上妄想を口にしてみろ。命を失うぞ」
「こちとら命を賭けて毎日戦う人と一緒に過ごしてるんだよ。命がなんぼのもんじゃい!」
「やれ」
プルートウは屈強な男に命令したが、彼は動かなかった。何かを必死に考えているように見えた。プルートウは明らかに苛立っていた。
「やれと言っている!城の人の命令が聞けないのか!」
「聖地に入らない人間の、どこが城の人だってんだよ!お前は聖地に入れない。城の人としての仕事を放棄した。そんなお前は人に命令することができるほど、偉い人間なのかよ!」
「…」
「答えろ!お前は、聖地に入ることができるのか?お前は本当に、城の人なのか?」
「…だまれ」
プルートウは下を向き、ぼそりとつぶやいた。
「何だって?聞こえないぞ!」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!!!何も知らないくせに、偉そうに語りやがって!私は城の人だ。女神様の血を引く人間だ。だから、聖地に入らないことなんか、どうでも良いんだよ!勇者の生活なんざ、知ったことじゃ無い。あいつは魔物を倒していればそれでいいんだ!それだけのために生まれてきた人間なんだ!本家でも無いくせに、偉そうにしやがって!私は、生きているだけで、偉いのだ!」
プルートウは壁に向かって歩き、飾ってあった大剣を抜いた。罪を認め、興奮した人間。何をしても、おかしくは無い。覚悟を決めていたけれど、やはり死ぬのは怖い。嫌だ。それでも、引き下がる訳にはいかない。
「生きているだけで偉い?そんなもの、誰だってそうだよ!血なんざ関係ない!精一杯生きてる人間は、誰だって偉いんだ!お前のような、子供に生きる術を教えずに自分だけ良い思いをする人間が、そんなクソみたいな人間が特別偉い訳無いだろうが!!!」
「黙れええええええ!!!」
剣が振り下ろされる。僕は目を瞑った。後悔はなかった。ただ、アポロとの日々が終わりを迎えることが、少しだけ寂しかった。
「風の歌!!!」
後ろから、声が聞こえた。誇り高き、勇者の声が。
「ぐっ」
目を開くと、プルートウは持っていた剣を弾き飛ばされ、体制を崩していた。次の瞬間、アポロがプルートウの目の前で拳を固めていた。
「光の扉!!!!!!」
金色に光ったアポロの拳が、プルートウの腹を殴り抜けた。プルートウは声を出すこともなく、吐瀉物を吐きながら崩れ落ちた。
「胡蝶の夢!!!」
アポロはこちらを振り返ると、後ろに立っていた男を眠らせた。そして、僕に駆け寄り、泣いた。アポロの涙を良く見る1日だ。
「タカキ、大丈夫?大丈夫?」
泣きながら手足のロープを解いてくれた。途中で鼻水がついた。汚い。
「命の洗濯」
アポロの奇跡のおかげで、腫れ上がった顔が戻った。随分と不細工な顔立ちになっていたはずだ。
「どうしてここがわかったんだ?」
「あの場所に戻ったら、タカキがいなかったでしょ。それでもミルクは残っていたから、きっと何かあったんだと思って。それで、急いでトールさんや、村の人のところに行って相談したの。そしたら、きっとここじゃないかって、トールさんが」
その時、ドアが開く音がした。
「タカキくん、大丈夫か!」
トールさんが斧を持って入ってきた。怖い。
「もう大丈夫です。アポロのおかげで。ありがとうございます」
「うむ。命があってよかった。この馬鹿者のことだ。いずれ君を狙って来るとは思っていたのだが、思ったよりずっと早く行動してきたな。対応が遅くなってすまない」
「いえ、そんな…」
「とにかく、これで現行犯だ。城の人が村の人間に危害を加えた。許されないことだ。これで、このクソ馬鹿野郎の横暴も抑えることができるだろう。全く、本当に何でこんな馬鹿者になってしまったんだか」
「トールさん、結構口悪いですよね…」
散々悪口を言った、僕が言えたことでは無いけれど。しばらくして、ダーラムを始めとする村の人たちが続々と入ってきた。その間、アポロは僕に抱きつきながらずっと泣いていた。村の人の視線が痛い。
「アポロ、その、もう大丈夫だから」
「ごめんね、タカキ、ごめんね…」
僕が何を言っても謝り続けてしまう。仕方がないので、僕は背中をぽんぽんと叩いてやった。村の人の視線が痛い。トールさんは咳払いをして、僕に話しかけた。
「あー、その、取り込み中すまないが、何があったのか詳しく教えてくれないか。皆、この男が犯したことについて知る必要がある」
「ああ、そうですね」
「それなら、私がやるよ!」
アポロは僕から離れると、眠っている屈強な男に触れた。嫌な予感がした。
「何を、する気だ?」
「この人の記憶を皆で見よう!それが一番早いよ!」
「えっ、ちょっと、待って」
「記憶の欠片!!!」
壁一面に、僕とプルートウの姿が映し出された。
『お前は、アポロのことを何も知らない。聖地のことも何も知らない。それが、よくわかった』
僕のセリフが、ご丁寧に音声付きで流れ始めた。これはまずい。まずいぞ。
『お前は勇者の、アポロの、そんな仕様もない生活について考えたことがあるのかよ!!!』
やばい。さっきからアポロが動かない。村の人たちは目を輝かせて映像を食い入るように見ている。やばい。
『お前は、何者だ。一体、お前は勇者の何なんだ』
「アポロ、もう止めて!もういいだろ!僕を殴ってる映像は見えたし!これ以上は…」
アポロは動かない。
『僕は、僕は、勇者の、アポロの…』
やばい、やばい、やばい。
「やめろおおおおお!!!」
僕はさっきよりも大声で叫んだが、誰にも届くことはなかった。
『僕は、勇者の専業主夫だ!!!』
「「うおおおおお!!!」」
村の人達から歓声が上がった。ダーラムが指笛を吹き、スーパーのお婆さんは小躍りを踊り始めた。服屋のお姉さんは「やるじゃん」と呟き、トールさんは何故か顔を真っ赤にして俯いていた。
その後、城の人が聖地に入ることができないという、どちらかと言うとこっちの方が大切な事実はスルーされた。そして僕は村の人からもみくちゃにされていた。
「やっぱりお前、熱いもの持ってんじゃねえか!スカしてんなよ!!!」
ダーラムが僕の背中をバシバシと叩く。
「あんた、つまんない男だと思ってたけど。やるねえ。今度、好きな服作ってあげるよ」
服屋のお姉さんが僕の手を取る。
「あの、その、まあ、何だ。その、また農場に、遊びに来なさい」
トールさんはずっとボソボソと話している。何故あなたが照れているんだ。
ワラワラと寄ってくる村の人をかき分けて、アポロの肩を叩いた。さっきから、少しも動かない勇者は、ゆっくりと振り返った。
「勇者の専業主夫…ゆ、ゆうしゃ?ゆうしゃはわたし。わたしはゆうしゃ。そんな、勇者の、せ、専業主夫って、その、つまり、その、あの、その…」
勇者は赤面した。そして倒れてしまった。村人は再び歓声を挙げた。
当然、勇者の専業主夫もまた、赤面した。




