城に行こう(後編)
前回のあらすじ
怒った
「好きな食べ物を聞いてどうする」
「それはお前には関係ない。早く答えろ」
プルートウは僕を睨みつけた。脂肪でパンパンに膨らんだ顔に怒りの色が浮かぶ。しかし、ここで引くわけにはいかない。しばらく睨み合った後で、プルートウはゆっくり口を開いた。
「…トマトだ」
「は?」
「トマトだ!確か、アポロはトールの農園に遊びに行くことが多かった。それはきっと、あそこで育つ野菜が好きだったからだろう。中でもトマトは栄養満点だから戦うための力にもなる。勇者たるもの、戦闘のこと以外考えるべきではないからな」
「…そうか」
予想通りの答えだが、よりによってトマトを選ぶとは。アポロと最初にトマトを食べた時の嫌そうな顔を思い出す。この男は、アポロのあの顔を見たことがないのだろう。
「それでは次の質問だ。聖地の間取りを答えてみろ」
「貴様、やはり聖地の中に入ったな。選ばれた人間しか入ることが許されない、奇跡の地に。許されることではないぞ!」
「じゃあ選ばれた人間であるお前は聖地についてよく知ってるはずだよな。答えてみろよ。あそこにはどんな部屋がある」
プルートウはしばらく言葉に詰まった。周りを見回したが、当然答えを知っている人間はいない。
「…二階建てだ」
「それは外から見てもわかる。じゃあ一階にはどんな部屋がある」
「…リビング、キッチン、寝室…それに、トイレと風呂場だ」
合っている。僕が黙ると、彼はホッとした表情を浮かべた。
「どうだ!私を疑って、後で無事に帰れると思うなよ!」
三流の敵キャラだ。
「お見事。それじゃあ、2階の間取りも教えてくれ」
「…部屋が二つ」
「どんな部屋だ?」
「どんな?普通の部屋だろう!もういいか!」
「ああ、もういい」
普通の部屋。普通の部屋か。
「よくわかった」
「それじゃあ、今度はこちらの質問に…」
「お前は、アポロのことを何も知らない。聖地のことも何も知らない。それが、よくわかった」
周りの屈強な男が動揺した。プルートウは唖然とした後、顔を真っ赤にした。
「な、何を!私は城の人だぞ!女神の末裔にして、勇者と聖地を管理する使命を受けた選ばれし人間だ!貴様のような下民が…」
「選ばれたとかどうでも良いんだよ!!!」
僕は再び語尾を強めた。プルートウはビクッと体を震わせた。
「選ばれただの、女神だの、本当にどうでも良い。そんなことはどうでも良いことなんだ。正直、僕は魔王とか勇者とか心の底からどうでも良いと思ってる」
「な、なんて、ことを」
「僕はそんなに素晴らしい人間じゃないからな。今の自分の生活に必死だし、自分の中の狭い世界のことしか興味がない!美味しいものを作り、食べる。自分の家を掃除して、綺麗にする。そんなことしか考えられない人間だよ!」
「仕様もない、矮小な人間だな。使命を受けた人間の気持ちを理解しろ、ということが無理な話か」
仕様もない…仕様もないか…そうかも知れない。それでも、それでも…
「お前は、飯を食うか?風呂に入るか?ベットで眠るか?」
「何を言っている?当然だろう」
「そう、当然なんだよ。選ばれた人間だろうが、仕様もない人間だろうが、勇者だろうが、魔王だろうが。お前の言う、仕様もないことが積み重なって、僕たちは生活してるんだよ」
「だから、何だ!何が言いたい!」
「お前は勇者の、アポロの、そんな仕様もない生活について考えたことがあるのかよ!!!」
「…」
「アポロが好きな食べ物は、フライドチキンとフライドポテトだよ。あいつ、僕が来るまでそんな物ばっかり食べてたんだ。トマトとか、玉ねぎとか、体に良い食べ物は大嫌いだったよ。食べ方も知らなかったからな」
「な…」
「そして、聖地はゴミ屋敷になっていた。玄関にはゴミ袋の山が堆積して、風呂場はカビだらけ。トイレなんか、人間が使う物じゃないんだぜ。それに、2階にある和室、和室だよ。お前が普通の部屋だと言った、畳という特殊な素材でできた床と紙でできた仕切りがついた部屋。もうボロボロになってて見るだけで嫌になるほどだった」
「聖地が…そんな、ことに…?それに、わしつ…とは、何だ。そんな物、記述に…」
「お前は、彼女のそんな生活を守ることが仕事じゃないのかよ。何が選ばれた物だ。何が末裔だ。アポロに、あの子に、生きるために必要なことを一歳与えず、大層な役目だけ押し付けた人間の、どこが偉いってんだよ!!!」
プルートウは口をパクパクさせている。僕は息を大きく吸い込んだ。
「お前が!!!あの子を支えてやらないといけなかったんじゃないか!!!家事が下手で、家では怠け者で、すぐに服を買い込んで、油物が好きで、それでも本当は可愛いものも好きで、誰とでもすぐに打ち解けて、よく笑って、よく泣いて、そして誰よりも正義感があるあの子を!!!」
僕は、アポロの腕を思い出していた。細くて、白くて、そして生傷が絶えない腕を。
「勇者?聖地?あの子は本当に普通の女の子だし、あの場所は僕たちが生活をする、普通の家だ!そんなことも知らないで、彼女を放置して、こんなに贅沢な暮らしをしているお前を、僕は許さない!!!あの子を泣かせたお前を、絶対に許さない!!!」
「…お前は、何者だ。一体、お前は勇者の何なんだ」
確かに、僕はどの立場から物を言っているのだろうか。彼女と知り合ったのはこの間の話だ。僕も彼女について偉そうに語れるほど、知っているわけではない。
それでも、僕は知っている。彼女はその小さな肩に、大変な物を背負わされていることを。僕は知っている。村の人と話すときに、彼女の目の奥に決意が宿っていることを。僕は知っている。彼女が細かく震えながら、泣いていることを。そして、僕は知っている。彼女は、綺麗な部屋で美味しいものを食べると、誰よりも喜んでくれる、ということを。
そして、この時、僕の脳内にある言葉が浮かんだ。この言葉は、きっと正しくないし、場違いだ。もっと良い言葉があるはずだ。しかし、今の僕にはこの言葉しか、考えることができない。
「僕は、僕は、勇者の、アポロの…」
「勇者の何だ!」
「僕は、勇者の専業主夫だ!!!」
僕は、彼女を支えたい。彼女の仕様もない生活を作って、少しでも彼女に笑ってほしい。目の前の男がやらないのならば、僕がやってやる。僕が、勇者の専業主夫になってやる。




