寝室を綺麗にしよう
前回のあらすじ
寝室に入ったら殴られた
僕たちはリビングで向かい合った。僕はジンジンする頭を押さえ、アポロは不服そうに下を向いていたので正確には向かい合ってはいないけれども。
「それで、何で僕は殴られたんだよ」
「言ったじゃん。乙女の寝室に入るなって」
「はあ。乙女ねえ」
どこの世界の乙女が剣で殴りかかってくるのだ。
「ごめん、やりすぎた…ついカッとなっちゃって…」
犯人は皆同じことを言うんだよな。
「それより、流石にあの有様を放置するわけにはいかないぞ。大体、僕が入らなかったらアポロは窒息死してたかもしれない」
「そ、それは、服を整理しようと思って箪笥を開けたら、雪崩のように服が覆い被さってきたからで…もう少し時間があったら掃除できてたよ…」
「いや、できないね!」
「言い切らないで!」
僕はこの2日間で、この勇者は一人では掃除ができないことを身をもって体験している。
「掃除を手伝うって言ってるんだから、良いじゃないか。何がそんなに恥ずかしいんだ」
「それは…その…やっぱり、寝室だからさ…あの、やっぱり、見られるのは、恥ずかしいというか…その、下着、とかもさ、あるしさ…」
「下着なんかただの布だろ。むしろ今僕はちゃんと洗濯しているのか気になってきたぞ」
「ただの布!?最重要機密だよ!!!見たらきっとタカキなんてドキドキしすぎて出血死だよ!!!洗濯は、その、たまに…ね…」
「たまに!?布なんかで出血することはないけど、アポロの衛生観念に驚きすぎて脳から血が出そうだ」
「えっ、脳から血が!?大丈夫!?」
「まだ出ていないから大丈夫だ!それより、今の話を聞いたからには僕は何が何でも寝室に入るぞ!どうせシーツも枕も洗ってないだろ!カーテンもだ!服も全部洗ってやるから大人しく入れやがれ!」
「怖いよー。もうこの人魔物より怖いよー」
しばらく問答が続いたが、何とか寝室に入ることを許可された。
「あんまり、ジロジロ見ないでよ」
見る。先程入った時には周りを見る余裕がなかったから、今回はしっかりと見る。恐らく元々白かったシーツは黄ばんでいたし、床は服でぐちゃぐちゃだし、カーテンはやっぱりかびていた。
アポロには啖呵を切ったものの、やはり女性の寝室に入ると少しはドキドキすると思っていた。しかし、こんかにも魅力的でない寝室は初めてだ。心臓はピクリとも反応しない。むしろ、アレルギーでドキドキしてしまいそうだ。
「うおおおおおお!!!」
僕はとりあえずベッドのシーツを引っ剥がした。マットレスは少しかびている。これは、流石に買い替えが必要か?
「やめてーーー!!!そんなにジロジロ見ないでえ…」
見る!マットレスを引っ剥がしたら、ベッドの木材はかなり傷んでいた。これも買い替え!
「アポロ!ベッドを買ってきなさい!!!ゴーラムの店に行くんだ!!!」
「ゴーラム?…ああ、あのグラサン君か。って、買い替え!?いいよー、そのままで」
良くない!頭のたんこぶの痛みもあって、僕は少しだけ怒っている!
嫌がるアポロを無理矢理外へ出す。
「ちょっと、寝室で変なことしないでよ」
「する訳ないだろ!!!こんな部屋、掃除が終わったら一刻も早く出て行くからな!!!」
「そんなにはっきり言い切られると…流石に…本気で…落ち込むんだけど…」
「良いから、良いベッドを買ってきなさい!!!重いようならゴーラムに運ぶのを手伝ってもらえ!!!」
「一人で運ぶよ。私の仕事忘れた?」
流石勇者、そういう所は便利だ。
アポロがベッドを買いに行っている間に、僕はカーテンをむしり取った。これは洗濯したら何とかなりそうだ。
次は床の服をまとめる。どうせ洗濯していないのだから、全部まとめて洗ってしまった方がいい。
しかし、ボロボロな服やヨレヨレの服が多いな。僕の独断と偏見で、服を仕分けしていく。もう無理だろう、と思った服は容赦なく袋に詰めて行く。気がついたら半分以上の服を袋に詰めていた。少しは物を捨てることを覚えて欲しい!
当然、服の中に下着が紛れていたが、僕は一切躊躇することなく仕分けする。下着なんかで一々ときめいていたら家事なんかできない。これはただの、ボロボロな布だ。流石に触ったらまずい物に関しては触ることなく、置いておくけど。
仕分けが終わり、残った衣服とカーテンを風呂場に持っていき…洗濯機がないことを思い出した。流石に一つ一つ洗うのは面倒だな…洗濯板も無いし、一度放置する。
ようやく床が見えてきたので、いつものような拭き掃除を行った。すると、玄関からアポロの声が聞こえた。
「早かったな」
そう言って玄関のドアを開けると、アポロはベッドを片手で持っていた。小柄な彼女はベッドの影に隠れてすっかりと見えなくなっていた。怪奇、動くベッドだ。
「ただいまー。いや、新しいベッドってちょっとテンション上がるね」
アポロは何故かすっかり上機嫌になっていた。
「良い買い物ができたみたいだな」
「うん、それにゴーラム君とも楽しいお話ができたしねー」
ゴーラムと話すと上機嫌になるのか。僕には殴りかかってくるくせに。
「それより、寝室ある程度綺麗なったぞ。古いベッドを外に出してくれないか?」
「はいはーい…って、何この袋!!!まさか、ここに入ってる服…捨てるとか言わないよね?」
言う!アポロとまた一悶着あったが、押し切った。今日の僕は強いぞ。
「うう…ごめんねえ…」
アポロは袋に抱きついている。いいから早くベッドを運んで欲しい。
ベッドを運び、再び床を拭く。ベッドの下は案の定埃だらけだった。やましいものが入っていなくて少し安心した。
寝室もかなり見れるようになった。手際が良くなってきた気がする。ゴミ屋敷の対処に慣れてきたようだ。
「どうだ、綺麗になったろう?」
「…悔しいけど、綺麗だね。奇跡も目覚めたし…」
「それは良かった」
ひと段落ついたので、僕はアポロにいくつか聞かなければいけない。洗濯板の有無、ベッドの処理方法、それに、ゴーラムが言っていた城の人について。
アポロに声をかけようとしたら、アポロはじっとこちらを見ていた。
「君、寝不足でしょ」
「へ?」
「目の下にクマができてるし、今日ずっとイライラしてたし。ゴーラム君も言ってたよ、前会った時よりげっそりしてて心配だって」
あいつ、やっぱり優しいな。確かに今朝は中々起きられなかったし、ほとんど床に寝ていたので睡眠の質は極端に悪かった。というか、ゴーラムと一体何を話しているのか。
「寝室を綺麗にしてくれたお礼してあげる」
「はい?」
何だ…?何故か背中から悪寒が。
「胡蝶の夢」
聞いたことあるタイトルだな!そう突っ込もうと思ったが、何故だか瞼が重い。
「おい、何を…」
言い終わる前に、目の前が真っ暗になった。
再び目を開いたときには、すっかり夕暮れになっていた。新品の布団の上で寝ている。
少しずつ意識がはっきりとしてきた。驚くほど体が軽い。頭もだ。
「お、目が覚めた?」
アポロは僕に優しく微笑みかけた。
「これが新しい奇跡。相手を眠らせることができるみたい。君、働きすぎなところがあるからね。こうでもしないと寝てくれないでしょ?」
今日はアポロにイライラすることが多かったが、今は彼女に全く苛立ちを感じなかった。彼女がとても大人に見えた。
「ありがとう。すっかり疲れが取れたよ。今日は色々怒って悪かったな」
「許してあげる。私は勇者だからね」
彼女はやはり、ポンコツでも勇者なのだ。僕よりよっぽど大人なのかもしれない。
「よし、それじゃあ晩御飯作るか!」
洗濯を今からしても意味がないし、とにかく腹が減っていた。お昼ご飯を食べていないからだ。
「買い物に行こう!あ、その前に顔だけ洗おうかな」
「えっ、あっ、その」
何故だかアポロが慌てていたが、気にせずに風呂場へ向かう。今日は腕によりをかけてご飯を作ってやるからな。
鏡の前には、顔中に落書きをされた男が立っていた。
「バカ!変態!服の恨み!乙女の純情!」
僕は一度深呼吸をした。そしてとりあえず顔を洗った。落ちた。水性ペンだったようだ。うん。
僕は顔を拭き、そして大きく息を吸った。
「アポロオオオオオオオ!!!!!!」
「ごめんなさーーーーい!!!」
アポロの叫び声が聞こえる。くそ、あいつはやっぱりガキだ。クソガキだ!!!
スーパーに着くまで、僕は彼女の話を全て無視した。僕もそこまで大人じゃない。




