第9話
【冴島かおり】
私が運営しているホストクラブの子が殺された。
その子は借金の連帯保証人にされていて、何もしていないのに巨額の借金を背負わされた可哀想な子だった。
だからといって私はそういうのに同情するタイプではない。
私の付き合っている男がその子に闇バイトをさせていた。どうにもその子にはそういう仕事が向いていないようで殴られたりしていた。
ボロボロの格好をしていたが、顔だけはきれいなのがわかった。
私はすぐに男からこの子を預かることにした。
こんなところで埋もれさせるには惜しいと思ったのだ。
その子は磨けば光る原石のような子だった。
見た目がいいだけじゃなく、真面目で人のことをよく観察できる子だった。
それが故に人との壁を作りがちにも見えたがホストには向いていると思った。
この儚げな表情に幸薄い感じはうちの店にいないキャラクターだ。
案の定、店に放り込むとその子はすぐに人気者になった。
私の勘は当たり、そういう子を求めるお客は少なくないことがわかった。
派手な世界にいる地味な子、守ってあげたくなるようなそんな存在は年上のマダムやお姉さんをキュンとさせる。
私は店内でイジメに遭いそうなその子をできるだけ守った。
売上もいじって絶対にNo.1にならないようにした。
こういう子はNo.1になってはいけない。
そしてその子は不動のNo.2と呼ばれるまでになった。
借金の返済は数ヶ月で終わっていた。
私はそのことを言わなかった。
その子を離したくなかったのである。
その子はなんの疑問も持たずに私の元で働いてくれた。
いつも穏やかで文句を言わない。
存在感がないと言えばそうである。
他のホストの子たちにとってもそれは同じようで、その子と仲良くする子はいなかった。
私が目をかけていることを知っている彼らはその子を腫れ物のように扱っていた。
それでいい。関わらなくていい。
そうやって大事に見守っていたはずなのにその子はある日突然私の目の前から消えてしまった。
私は犯人の女を許さなかった。
精神的にやられてたとかゴネて実刑を免れるかもしれない。
私は男にそいつの処分をお願いした。
男は事故を装ってそいつをこの世から消してくれた。頼りになる男だ。
その子がいなくなってから少しの間は売上が落ちたが、ホストクラブはすぐに日常を取り戻した。
1人くらいいなくなっても、まったく問題ない。そういう世界だ。
しかし私は違った。
あの子だけはなんだか特別だったのだ。
私の中にポッカリ穴が開いたようだった。
生きているのか死んでいるのかわからない目をしていたあの子。
あんな悲しい姿のまま、この世を去ることになるなんて。
もっと優しくしてあげればよかった。
ホストなんてやめさせてあげればよかった。
私は後悔していた。
もっとできることがあったのに、私がそばに置いておきたいという理由で彼を縛りつけていた。
私はそんなことを考えながらその子のロッカーを片付けた。
中には着替え用のスーツと白いシャツしか入っていなかった。
扉についている鏡の下に猫のキャラのシールが貼ってあるだけできれいなものだった。
私はその子のことを何も知らないことに気がついた。
『ルイ』という名前と高卒で工場勤務をしていて借金を背負わされたことくらいで、過去にどうしていたのとか、好きなものとか嫌いなものとか、そういうことは何も知らなかった。
何かを与えたら嬉しそうに受け取り、文句も言わず、何も聞いてこなかった。
そんな人間、本当にいるだろうか?
私はそれに気がついたとき、彼をもっと知りたくなった。
何が彼をそういう"モノ"にしてしまったのか知りたくなった。
────
ルイは工場勤務をする前は児童養護施設にいたことがわかった。
私はそこを訪れてルイのことを聞いた。
施設の職員は突然派手なおばさんがやって来て驚いているようだった。
それでもルイの名前を出すと悲しそうな顔をしてポツポツと彼の話をしてくれた。
彼は小学生の頃、親に捨てられて施設にやってきた。
その頃から文句も言わず、大人の言うことを聞くいい子だったそうだ。
下の子の面倒もよくみてくれていたそうだ。
しかし感情をうまく伝えられないところがあって、お世話された子たちにも慕われる感じはなかったということだった。
少しバカにされている感じがして施設の人たちも気にしていたということだった。
しかし当人は「家族は大事にしないと」と言い、どんな扱いをされても気にしていないようだった。
そんな子だったから施設の人たちも彼には幸せになってほしいと里親を探したそうだ。
しかし、彼はなかなか選ばれず、結局18歳になるまでここで過ごすことになった。
就職が決まり、「お世話になりました」とだけ言って彼は去っていったのだそうだ。
施設の人たちは工場で頑張っているとばかり思っていた。
しかしニュースをみて愕然とした。
あの子がホストなんてやっていて、客に刺されただなんて、想像もできなかったと言うのだ。
確かに自分からホストになろうだなんて考えもしないような子だ。
私が彼のすべてを終わらせる原因を作ったのかもしれないと心が傷んだ。
施設の人たちは今でも信じられないと言った。
しかし彼の儚げな姿を思うと、短命で終わるようなそんな気もしていたと言った。
私は施設の人たちに礼をし、子供たちのために買ってきたお菓子を置いてきた。
入学前の小さな子もいて、なんだか気が滅入った。
子供たちの明るい声が聞こえる場所なのに、何か薄暗い悲しいイメージがまとわりつく場所だった。
────
私はルイを捨てた母親を探そうか迷った。
みつけることはできる気がしていた。
裏の世界は意外に狭い。どこかで誰かと繋がっていることが多い。
子供を捨てるような女ならなおさらみつけやすいだろう。
しかしみつけたところでどうするというのだ。
今さらあんたがあの子を捨てたせいでと話してもその女には何も響かないだろう。
私が嫌な思いをして終わるのが目に見えている。
私にできることはない。
忘れてあげることがあの子のためなんじゃないかと思い始めた。
ホストクラブで事務作業をしているときにふと目に入った。
あの猫のキャラクターである。
私はホストの子を捕まえてそれはなんだと問いかけた。
それはあるスマホのゲームで、それのキャラクターだと言う。
しかもそのゲームにルイに似たキャラがいると言うのだ。
私はスマホを奪って教えてくれた動画を見た。
そこには本当に私が渡したお下がりのスーツを着たルイがいた。
困惑するホストにスマホを返し、私はそのゲームのことを調べた。
関連する動画が次から次へと出てくる。
どうやらその界隈ではちょっとした騒ぎになっているようだった。
いろんな動画を見るがルイは一瞬しか映らない。
しかし見れば見るほどそれはルイだった。
あの子が時々見せた冷徹な姿がそこにあった。
私は少し恐ろしくなった。
誰がなんのためにこんなことをしているのか。
考えるだけで震えが止まらなくなった。
────
ゲームのことを調べているうちに、誰も真実にたどり着いていないということがわかった。
どれも憶測ばかりで誰もその存在について明言してる人はいない。
ゲームの運営側ですらその存在について「運営側は関与していない」と言っている始末である。
私はすぐにゲーム側に問い合わせをした。
「あの未知の存在を倒した人に賞金を出したい。連絡をください。」
すぐに返事は来なかった。
しかし「詳しいことを聞きたい」と返事が来て、私は担当者とオンラインで話すことになった。
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「担当の浜田と申します。この度は弊社に素晴らしいご提案をいただきありがとうございます。こちら側としましてはぜひともご協力させていただきたいと思っておりますが、その後いかがでしょうか?」
浜田という男はとても丁寧に低姿勢で私に話をしてきた。
私は「100万出すからアレの存在を知りたい」と言った。
そして結果的に「討伐した人に賞金100万円」という、企画が始まった。
私はすぐにその会社に100万円を振り込んだのである。
それは効果抜群のようだった。
ダウンロード数はリリース当初と同じくらいの数を叩き上げ、課金額も過去最高というほどになった。
担当者は喜び、私に報酬を払うと言った。
そのくらいの宣伝効果があったのだ。
私は報酬を断った。別に金儲けがしたかったわけじゃない。
しかしその後、私は100万円を返される形になった。
「あとはこちらでやります」と私は切られる形になったのだ。
ルイは討伐されることなく、今も挑戦者たちは後を絶たない。
運営としたらそのまま倒されずにいてくれた方が金儲けになる。
私に下手に口出しされてその企画が終わってしまうのを避けたかったのかもしれない。
私はあっという間にシャットアウトされた。
ルイに関する情報が一切入らなくなったのである。
私は怒り狂った。
確かに契約書を交わしたわけではない。
あるのは私がお金を振り込んだという記録だけだろう。
しかし腹が立った。
私はその会社を徹底的に調べた。
私を敵に回したことを後悔させてやる。
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その会社は都心から少し離れた場所にある活気のない街の駅前にあるビルに事務所があった。
従業員は10人程度で、その他に遠隔で仕事を請け負っている人が何人かいるようだった。
浜田はその中でも数少ない営業的な役割をする社員だった。
他のみんなは一日中パソコンに向かっているような仕事をしている。
浜田はそんなみんなのサポートをし、何かあったら出歩く担当だった。
私はそんな浜田を捕まえた。
男に頼んで若い子を数人用意してもらったのだ。
黒塗りのワンボックスカーに連れ込まれた浜田はひどく怯えていた。
「なんですか?警察を呼びますよ!」
浜田は震えながらスマホを手にしてそう叫んだ。
私は浜田のスマホを掴み、「はじめまして」と自己紹介した。
浜田は私の顔を覚えていた。
「冴島さん?!これはいったいなんですか?」
浜田は驚いてスマホを離した。
私は静かに浜田のスマホの電源を切った。
「ちょっとお話をしましょう。」
車はゆっくりと動き出した。
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