第10話
【浜田大地】
私は小さなゲームの製作会社の営業をしている。
製作会社と言っても、大きな会社の下請けとしてゲームやアプリのバグを探したり直したりする地味な仕事をしているだけである。
そんな小さな会社だったが、運良く中国資本のゲームの日本語版の運営を任されることになった。
運営と言ってもユーザーが問い合わせしてくる内容に答えるというたいしたものではなかったのだが、大きな仕事の一端を任されるとあって社員たちはやる気を見せていた。
私は本社となる中国の会社と自分たちとの橋渡しとなり、うまく調整していた。
利益主義の理念を叩き込まれ、私たちは日本人ユーザーの獲得へと独自のサービスを展開することにした。
様々なイベントに課金アイテム、やっていいことはたいていやった。
即時効果はあったが継続しない。
ユーザーはすぐに飽きてしまうのだ。
あからさまな課金への誘導になりがちなのを抑えて、それでも課金してもらうことが最大のポイントになる。
試行錯誤を続ける私たちのもとに一件の問い合わせが来る。
その人は冴島と名乗り、都内で飲食店などを経営をする投資家だと名乗った。
「100万円を賞金として出すからゲーム内である企画をしてほしい」と言うのだ。
私たちには資金がない。
そんな思い切った企画はできない。
社内には賛否両論あったが、私が上手くまとめるということでその企画をやることになった。
冴島はすぐに金を振り込んできた。
まだ内容も詰めていないし、契約書の作成もしていない。
よほど焦っているようにも見えた。
資金が手元に入ったことで私たちはすぐに動いた。
『ラスボス』と呼ばれるユーザーを倒したら100万円という企画はすぐに話題になった。
ダウンロードはうなぎのぼりに増え、課金する人も増えた。
売上は一気に跳ね上がり、メディアにも取り上げられるようになった。
しかし私たちは焦っていた。
冴島さんをどう扱うのかちゃんと決めていなかったからだ。
私たちは報酬を払うことを提案した。
しかし彼女はそれを断ってきた。
彼女が何を考えているのかわからず、困惑した私たちは振り込まれた100万円を返すことにした。
そしてあわよくば何もなかったことにしたかった。
冴島さんが怒るのは目に見えていた。
しかし私たちはそれを無視した。
法的な書類は何もない。
お金も返した。
自分たちは悪くないと言い聞かせた。
冴島さんからの連絡がパタリと止み、私たちは彼女が諦めたのだろうと安堵した。
しかしそれは間違っていた。
なぜならば今私は怖い男に腕を掴まれ、真っ黒な車に乗せられてどこかに移動しているからだ。
──────────
【冴島かおり】
浜田は青白い顔で震えていた。
きっとこのような場面に遭遇したことはないのだろう。小太りで愛嬌のある顔、営業には向いているかもしれない。しかし元は技術屋だ。体育会系ではないだろう。
車は山奥にあるポツンと一軒家のような別荘についた。
ここは私の男が税金対策のために所有している別荘だ。
すぐに管理人が出てきた。普段は常駐せずに週に一度くらい清掃してくれている。
今朝行くと連絡をしたので準備をしてくれていたのだろう。
「冴島さん、ここはいったい?」
浜田は男二人にガッチリと両腕を捕まれ別荘の中に連れられて行った。
────
「いい別荘でしょ。近くには誰も住んでいないの。あ、熊はいるみたいだけどね。」
私がそう言うと浜田は「えぇ…」となんだかわからない返事をした。
「さて、急な出張があるって会社に連絡してくれるかしら?適当なお得意さんの名前を出してトラブったとか言っておいてくれる?」
広い居間の大きなソファにポツンと座らされた浜田はキョロキョロしながらまだ震えていた。
「あ、あの、あのことは謝ります。もちろん報酬も用意します。だから…殺さないで…ください。」
キッチンの方で大きなナイフでリンゴを剥いている男の姿が目に入ったのだろう。
私は浜田のスマホの電源を入れてテーブルに置いた。
浜田は私を見た。
そして震える手でスマホを取り文字を入力している。
「送信前に見せて。」
私がそう言うと浜田はスマホを渡した。
【池脇会長から呼び出された。多分インターネット関係の設定とかサーバー構築とかだと思うけど後で何か言われるのも面倒なのでやっつけてきます。数日留守にします。よろしく。】
メッセージアプリの画面にはそう書かれていた。
「池脇会長って誰かしら?」
「えっと、うちの会社の出資者で、金と権力はあるけどコンピューター関係には弱いじいさんです。」
「なるほど、ちょうどいいわね。」
私はそのまま送信ボタンを押した。
浜田のスマホを連れてきた男に渡した。
こちらはマッチョで強面のサカイ、もう一人は背の高いタケダ、管理人は松井さん。
サカイは無言で受け取り、自分のポケットに入れた。
浜田は何か言いたげだったが言葉を飲み込んだ。そして私の方を向き黙っていた。
「さて、ここに10万円あるわ。今日の分よ。」
浜田は私が差し出したお金をみつめた。
浜田には借金がある。
不倫して裁判になり、嫁に慰謝料を払った。
そしてそれを返そうと会社の金を着服しているようだった。
「ちょっと教えてほしいことがあるの。あのゲームのことよ。」
私は立ち上がって浜田についてくるように言った。
浜田はお金をしっかりとポケットにしまっていた。
「急ごしらえで用意させたけど足りるかしら。」
私はこの時のためにハイスペックなパソコンと強力な通信環境を整えておいた。
浜田は嬉しそうに椅子に座りパソコンの電源を入れた。
「すごいですね、これでなにをしろと?」
「あのゲームにいる子、ラスボスとか呼ばれてる子のことを教えてほしいの。あんたら知らないとかほざいてたけどそんなわけないわよね。」
私は浜田が座ってる椅子を自分の方にくるっと向けてそう言った。
「え、いや、あの…。」
浜田は私から視線を外しモゴモゴと言い訳をしようとした。
「早く家に帰りたいでしょ?あ、奥さんに慰謝料払って家もないんだっけ?会社…会社のお金にも手を付けちゃったし、行くあてもないかしらね?」
浜田は会社の金というワードが出てビクッとなった。
冷や汗をかき始めたようだ。
「別に警察につきだそうなんて思ってないわ。お金のない浜田さんに日給10万円の仕事をあげるって言ってるだけよ。あ、もう受け取っちゃってるからやらないとダメね。」
私は浜田の髪の毛を掴み無理やり目を合わせた。
「さっさと知ってること全部吐きなっ」
浜田は恐怖に怯えた目で「はい」とだけ答えた。
────
「あのキャラは…本当に私たちが用意したものではないんです。急に現れたんです。あの島は…なんていうかこちら側では操作できない部分があって、彼の前にもプレイヤーでもNPCでもないキャラクターが突然やって来て…。バグか何かだと思って放置しました。こちらからは干渉できなかったので。
そこへ彼がやってきました。スーツを着たホストのような男です。最初は彼も弱くて、そこにいた山田と名乗る男に荷物を奪われていました。
しかし次の日には彼は山田を倒した。そしてあの島は彼のものになった。」
「急にプレイヤーでもないキャラクターが現れることなんてあるの?」
「いいえ、今まではありませんでした。本社の担当にも問い合わせましたがそんな仕様はないと言われまして。通常ならこちら側でプレイヤーを強制的にログアウトさせたり、メッセージを送ったりもできるんです。でも彼には無理でした。システム上では彼は存在していないことになっていたんです。」
浜田はため息をつきながら話を続けた。
「私たちは考えました。彼に干渉できないならできるところを変えればいいんだと。
そして、今の彼に挑戦するというようなシステムになりました。彼は私たちが思ったとおり、やってくるプレイヤーたちを倒し、どんどん強くなっていきました。倒せば倒すほど無敵になるんです。
存在しないはずの彼にもそのゲームのシステムそのものは有効でした。」
「彼はその島から出られないの?ずっとログインしてるってこと?」
「はい、システムが有効ですから他のプレイヤーと同じようにいろんな島に行くことは可能です。船や筏を作って移動するのが一般的ですが、ドロップアイテムで特定の島に行ったりもできるはずです。
彼のいる島がまさにそれです。
しかし彼はログアウトもせず、まるでそこに住んでいるようでした。食事をして、眠り、洗濯までしていました。」
話を聞けば聞くほどよくわからなくなってきた。
「わかったわ。あなたの仕事は彼と連絡を取ることよ。彼が何者なのか、なんのためにそんなことをしているのか聞き出して。そして…」
私はルイの名前を出しそうになってやめた。
「まずはコンタクトを試みて。あなたも運営としていろいろいじれるんでしょ?」
浜田は「やってみます」と言ってキーボードをカチカチと叩き出した。
私は隣の部屋に行き、ソファに横になった。
サカイとタケダに帰ってもいいと伝えた。
おそらく数日かかるだろう。彼らを引き止めておくのは申し訳ない。
「何かあればすぐに連絡してください。かけつけます。」
サカイはそう言って私に浜田のスマホを渡した。
二人は報酬を受け取り帰っていった。
これで車もなくなり、逃げ道はなくなった。
何かあれば松井さんから車を借りればいい。
徒歩10分くらいのところに松井さんの家がある。
松井さんはとても優秀な人で何でもできる。
今は夕食の準備をしてくれている。
カレーのにおいがする。
さっき食べたいものを聞かれ、咄嗟にカレーと言ったからだ。
私はソファに横になったまま目を閉じた。
誰が何のためにあのゲームにルイを登場させたのか。
死んでもなおルイを侮辱するような行為が見つかったら私は許さない。
────
カレーができたので浜田の様子を見に行った。
パソコンの画面にはルイが映っていた。
「今はどういう状況?」
「えっと、島の様子を見ているだけですね。他のユーザーのキャラクターならその視点とかも見ることができるんですが、やっぱり彼にはこちらからは干渉できないですね。こちらでカメラを動かさないとすぐに見失ってしまいます。」
浜田の言うとおり画面にはルイの姿がすでになかった。
浜田はカチカチとキーボードを操作してルイをみつけた。
ルイは無表情で襲ってくる敵を刀で斬っていた。
そして少し悲しげな表情を浮かべた。
「ルイ…」
その顔は見慣れたルイのふと見せる表情だった。
────




