第23話
カオリさんはカイという人が一人になるタイミングを待っていた。
彼は神官見習いの一人についている従者だ。なかなか一人になることはない。
手紙を書くことも考えたが、それを誰かに見られるのも困る。
人の従者を他の神官見習いが呼び出すのも変な話だ。
あの事件から3日後にセルジオさんが戻ってきた。
神官たちはセルジオさんに事件の内容を説明した。
それからカオリさんと僕は神官長室に呼び出された。
「ルイくんが侵入者を倒したと聞きましたが。」
「はい。」
「お父様、そのことについて私の考察を聞いていただけますか?」
カオリさんは真面目な顔でそう言うと僕の方をチラッと横目で見た。
「なんでしょうか。」
「ルイくんの中にレンという別人格がいることはご承知ですね?実はルイくんは剣を扱っているとき、勝手に体が動くと言っているのです。私はそれをレンが動かしているのではないかと考えます。」
「ほぉ。」
「侵入者を問いただす時のルイくんは完全に別人格でした。冷酷で非情で暴力的で。それはルイくんではないと感じました。」
僕は驚いた。確かに僕もそう感じていた。だけどそれがレンだなんて微塵にも思っていなかった。
レンは穏やかで優しくて、僕にとってはとてもいい友人だったからだ。
「ルイくんはどう思っているんですか?」
セルジオさんは興味津々な子供のような顔で僕を見ていた。
「えっと…僕はレンが冷酷だなんて思ったことないです。ただ、あの時の僕はたしかに変でした。怒りを感じていたわけじゃないのにその言動は怒りに満ちていた気がします。僕なのに僕じゃない感じがしたのは確かです。」
僕はうまく説明できなくて焦っていた。
レンを責められるのは嫌だった。
「お父様、いい機会なのでお話します。小さい時から私のことを育てにくいと感じたことはありませんか?」
カオリさんが真剣な顔でセルジオさんに詰め寄っている。
僕はおとなしくしておくべきだと思った。
「何を突然?カオリは小さい頃から賢くていい子だったよ。」
「子供らしくないと感じたことがあるでしょう?」
セルジオさんは明らかに困っている顔をしていた。
「まぁ、それは多少ね、賢くて大人びたところがあるだけだと思っていましたよ。」
カオリさんは急に優しい顔になった。
「私は本当にお父様の子に生まれてきてよかったです。」
セルジオさんはそう言われて目をぱちぱちさせた。
急になんだかしんみりした空気が流れた。
「私は前世の記憶を持って生まれてきました。まだ喋れない時から、頭の中に大人がいたんです。」
「えっ?カオリ??何を言っているんだい?」
「単刀直入に言いますと、私はルイ、いやレンと呼んでいるルイくんの中にある前世の記憶の彼と知り合いです。前世で私と彼は同時刻に死亡しました。
そしてなぜか私は生まれ変わり、前世の記憶を持ったままこの世界に生まれた。
一方、レンはルイくんが15歳になるまでその姿を現さなかった。その間にルイくんは成長し、レンが入り込む隙がなくなっていた。だからレンという別人格が生まれてしまった。
なぜそうなったかはわかりません。レンはずっとルイくんの中にいたとは思います。しかし出てくることはなかった。」
衝撃的な内容にセルジオさんは言葉を失っていた。
カオリさんはその様子を見て少し悲しげな表情を浮かべた。
「カオリ…。おまえは自分がみんなと違うと知りながら過ごしてきたんだね。どんなにつらかったか。」
セルジオさんはそう言ってカオリさんを抱きしめた。
カオリさんはびっくりした顔をしてそれから涙を流した。
「ずっと、言えなくて。ごめんなさい…。」
カオリさんはきっと話したいと思っていたはずだ。
しかしいきなりそんなことを言って信じてもらえるかもわからないし、どうかしちゃったのかと心配されるかもしれない。
そう思ったらなかなか話せる内容じゃない。
セルジオさんはカオリさんにどんな記憶があるとしても変わらず自分の大事な娘だと言った。
カオリさんは安心したようだった。
「さて、ルイくんの話に戻ろうか。剣を持つと人が変わるということだったよね。」
「剣を持つと何かスイッチが入る感じがするんです。無意識っていうか、考えるよりも前に体が動いてしまうんです。」
「あのね、ルイくん。実はルイが…、レンがね、ゲームの中にいたって話をしたと思うんだけど、そのゲームの中の彼はね、あまりにも過酷な環境のせいで殺人マシンになってしまうの。敵が現れると何も考えずに倒してしまっていたわ。
それってとても悲しいことなのよ。何も感じなくなることが、一番悲しいことだと思うわ。ルイくんにそうなってほしくないの。わかるかしら?」
レンがそんなことになっていたとは信じられなかった。
しかしそんな過酷な世界にいたら心が壊れてしまうこともあるのだろう。
レンのスキルと僕の才能が連動しているのならば…僕もそうなってしまうのだろうか。
『ごめんね、ルイ。僕は君を殺人マシンにしたいとかそんなことは考えたこともないんだ。』
『わかってるよ。僕が才能をコントロールできないのが悪いんだよ。』
「とりあえず今は確かめようがない。二人とも様子を見て明らかにおかしいと思ったらまた報告してくれるかな?」
セルジオさんは緊急性はないと判断したようだった。
カオリさんは「わかりました」と素直に聞き入れた。
そして二人は少し話をするというので僕だけ先に部屋に戻った。きっと話すことがたくさんあるのだろう。
────
僕はレンとどうすればいいのか話し合った。
レンはスキルは使えば使うほど練度が上がると教えてくれた。
とりあえずできることからやってみようと思う。
しかし剣の修行をする場所がない。料理や掃除ならこの屋敷でもできるが聖職者の一家だからそういう施設がないのだ。
僕は寝る前にこの屋敷の庭に行き、木の棒で素振りをした。それくらいしかできることがない。
才能が勝手に独り歩きしないように僕も強くならないといけない。
そして月日は流れ、カオリさんの神官になるための試験の日になった。
もちろんカオリさんは問題なく合格した。
僕はそのまま神官のカオリさんの護衛につくことになった。
神官試験に不合格だったデナシという男が神官になるのは諦めると言い、神殿を出ていった。
神官への道は簡単なものではない。途中で諦める人も少なくないとカオリさんは言っていた。
しかし彼の従者であるカイは路頭に迷うことになる。
カオリさんはすぐに名乗り出て自分の従者になってほしいと頼んだ。
カイは「よろしくお願いします」と礼儀正しくおじぎをした。
これでカイと話ができる。
「今から変なことを聞くわよ。違ったら違うと言って。」
カイは「わかりました」と真面目な顔のまま答えた。
「新山という言葉に心当たりはある?」
カオリさんがそう言うとカイは「やっぱり」と言った。
「冴島さん、私です。新山です。」
カイはそう言って微笑んだ。
カイは僕が現れたあたりから疑っていたと言った。
しかし僕が自分の知っているルイと違うような感じがして言い出せなかったのだと教えてくれた。
カイの予想は当たっていて、僕はカイの知っているルイではない。
レンはぬいぐるみになってカイに謝罪をした。
カイは動くぬいぐるみを見て少し動揺していたようだったがすぐに受け入れていた。
「僕のせいで新山さんまで巻き込んでしまって…本当に申しわけありませんでした。」
「私が死んだのはルイくんのせいではありませんよ。あの爆発はおそらくTKT本社の仕込みでしょう。きっとあの場所は監視されていたに違いありません。タイミングが良すぎました。
しかし今となってはどうでもいい話です。私はこのカイという男を気に入っております。魔法が使えるのです。」
カイはそう言って手首の杖の印を見せてくれた。
「さすが新山ね。」
カオリさんはウンウンと頷き、嬉しそうだった。
「冴島さん、私は今カイです。あ、冴島さんもカオリさんとお呼びしないといけませんね。」
レンはカイに恨まれていないことがわかって安堵していた。
そもそもレンは瀕死の状態で寝ていただけなんだから気にすることではないと僕は思っていた。
レンは満足して僕の中に戻った。
カイはカオリさんと同じように生まれたときから前世の記憶があったと言っていた。
頭の回転が早く、運動神経もよかったカイは騎士団に誘われたらしい。
しかしなぜか選んだのは神殿での仕事だった。
杖の印があるから神官にもなれたはずなのだが、しっくりこなくて従者になることを選んだのだそうだ。
カオリさんは前世を考えたらその選択は納得がいくと言った。
前世ではカオリさんのお世話をしていたからだ。
僕たちはすぐにセルジオさんのところへ行き、カイの前世のことを話した。
セルジオさんはそんなことがあるなんて、と驚いていた。
しかし異世界のことに興味津々なセルジオさんはカイにいろいろ聞いてきた。カオリさんには聞きにくかったのだろう。
カイは淡々と質問に答えていた。
セルジオさんはとても楽しそうで、途中で「カイが疲れるからもうやめて」とカオリさんに止められていた。
カイは神殿に住んでいたのでセルジオさんは屋敷で一緒に暮らそうと提案してくれた。
申し訳ないからと一度は断ったカイだったが、セルジオさんは譲らなかった。
そしてカイも一緒に住むことになった。
カオリさんはこの屋敷の地下に案内してくれた。
そこには魔法を練習する特別な部屋があった。
とても頑丈な壁で覆われていて、壊れないようにバリアがかけられている。
カイはそこでカオリさんと一緒に魔法の特訓をした。
僕は危ないからと言って部屋を出された。
しかたないのでまた庭で素振りをした。
木の棒を振るだけで剣の才能の練度が上がるとは思えなかったがやらないよりマシだろうと思ってやっている。
それをセルジオさんにみつかってしまった。
「ルイくんはいったい何をしているのですか?」
「あ…剣の特訓です。他に方法がみつからなくて。」
僕がそう言うと「いいことを思いついた」とセルジオさんは手をポンと叩いた。
僕はそのままセルジオさんに地下に連れて行かれた。
「カオリ!カイくんもちょっといいかな?」
セルジオさんは僕たち3人に向かってニコニコと話をした。
「実は新しいダンジョンがみつかってね、それの視察をしないといけないんだ。話を聞いた感じではそこまでレベルの高いものでもない。カオリ一人でもきっと攻略できるレベルだと思う。」
「神官の仕事として行けるんですね!」
カオリさんは嬉しそうだった。
「あの、ダンジョンってなんですか?」
「あぁ、イチルの街の近くにはないから知らないか。ダンジョンとは遺跡なんかにできる不思議な空間のことだよ。永遠に魔物が出てくるんだ。倒して資源をゲットする楽しい場所だよ。」
セルジオさんは楽しそうに言ったが僕にはそう思えなかった。
僕はまだ魔物と戦ったことがない。
「場所はどこかしら?明日からいけるかしら?」
カオリさんは楽しそうだった。
僕はどうやらダンジョンに行くことになりそうだった。
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