第21話
セルジオさんの屋敷での生活は今までと全く違った。
食事の時間が決まっていて、時間になると広い食堂でセルジオさんと奥さんのミハルさんとカオリさんが長いテーブルの端っこに座って食事をする。
僕はカオリさんの隣に座るように言われた。
向かい側にはセルジオさんとミハルさんが座っている。
家で食べたことのない料理ばかりで、とても少ない量を大きな皿で出してくる。
それを食べ終わるとまた大きなお皿にちょこんと乗ったおかずが出てくる。
とても時間がかかるし、お腹がいっぱいになる気がしない。
僕はパンばかりもりもり食べてお腹を満たした。
朝食は夕食よりも簡単な感じでトレーにすべて乗って出てきた。
ヤンさんは昨日の僕の食欲を見ていたのかパンを山盛りにしてくれた。とても助かる。
そしていよいよ神殿に行く時間になった。
事前に渡されていた制服を着た。
灰色の上下でとても動きやすい。
名目上は護衛なので剣を携帯するように言われた。
僕は刀の手入れがまだなので短剣を持っていくことにした。
神官ならまだしも見習いに護衛がつくなんておかしくないのかと疑問を持っていたのだが、現場に行くとそれが普通だとわかった。
どの見習いにも従者のような人がいつもそばにいる。
神官になるとその数はもっと増えるのだそうだ。
確かに神官に会うとき、いつも壁際にたくさん人が並んでいたと思われる。あれがそうだったのかと今わかった。
神官見習いの朝は早い。
まずはみんなで神殿の掃除である。
一緒にやるように言われているので僕も手伝った。
僕の掃除の才能が発揮してしまったようで誰よりもテキパキときれいにしてしまった。
「初日から張り切りすぎじゃない?」
カオリさんは自分より目立たれるのが嫌いなようだった。
手を抜きたいのだが才能は黙っていてくれない。
なんとか才能をコントロールできるようにならなくてはいけないと思った。
掃除が終わるとお祈りの時間になる。
見習いたちは神官たちの後ろに控え、女神像に向かって祈りを捧げる。
僕はお祈りの言葉を知らないので端っこで目立たないように祈ってるふりをした。
それが長すぎて危うく眠ってしまうところだった。
カオリさんは美しい姿勢のまま最後まで祈り続けていた。
昼は見習いたちが交代で作っているようだった。
神殿で働いている人数は50人を超える。
その食事を見習い4人で作る。
実際は従者もいるのでその倍の人数がいるのだが、なかなか大変な作業だ。
調理しない見習いは昼までまた掃除をする。
カオリさんは本日調理担当だった。
見習いの人数が8人なので1日おきに担当になる。
神殿での食事は信者の皆さんの寄付によって賄われているという。
現物での寄付も多いらしく、今日はジャガイモがたくさんあった。
「ルイくんも手伝って。」
カオリさんは僕に包丁を渡した。
僕の中でスイッチが入るのがわかった。
僕はジャガイモを次々と剥き、玉ねぎやベーコンを切り刻んだ。
大きな鍋にバターを入れて玉ねぎを炒めた。
そして薄切りにしたジャガイモにも少し熱を通し、ベーコンも炒め、そこに小麦粉を入れさらに牛乳を入れた。
「何ができるの?いい匂いね。」
カオリさんは僕の手さばきをただ見ているだけだった。
「実は…僕にも何ができるかわからなくて。」
勝手に手が動いてしまうと小声で言うと笑われた。
『いいね、ポテトグラタンみたいだ。』
レンが僕も食べたいなと言っていた。
「えっと、ポテトグラタンという料理です。」
大きな器に入れてチーズをかけてオーブンで焼き目をつけたそれはとても美味しそうだった。
────
パンと共に神官たちの食卓にドンと置かれた。
従者たちはそれを皿に取り分ける。
初めて見る料理に怪訝そうな顔をする人もいた。
しかし一口食べるとみんなの顔が笑顔になった。
神官たちの食事が終わると見習いたちの番になる。
神官たちが残したものをいただくのだが僕の作ったグラタンはほとんど残っていなかった。
「すみません。少なかったみたいですね。」
僕が申し訳なさそうに言うと別の見習いの人が「今日は特別よ。普段はあんなに食べないもの。」とほとんど残っていない皿を見て残念そうに言った。
「老人が多いからいつもは少食なのよ。よっぽど美味しかったのね。」
カオリさんは残ったグラタンを少しだけ皿に入れ、パンにつけて食べた。
「冷めたけど美味しいわ!」
みんな喜んでくれて僕も嬉しかった。
午後からはまたお祈りの時間があり、その後座学がある。
先生は日替わりのようで教えられる科目も様々なようだった。
今日は世界地図と宗教の分布図の授業だった。
授業は思っていたよりも楽しく、時間はあっという間に過ぎた。
それが終わると1日が終了という感じだった。
外へ出ると夕方になっていた。
思っていたよりもずっとキツい毎日になりそうだった。
「疲れた?」
「はい、あ、いえ、大丈夫です。」
カオリさんはクスクス笑っていた。
「無理しなくていいわ。私も最初は意外とキツくて疲れたわ。でもすぐに慣れると思うわよ。」
「はい、ありがとうございます。」
その日の夕食時、セルジオさんはいなかった。
神官長として月の半分くらいは他の神殿で仕事があるのだそうだ。
「それでね、ルイくんが作ったポテトグラタン?とかいう料理が大人気でね!あのおじいちゃんたちが珍しくおかわりしたんだから!」
カオリさんは今日の出来事を楽しそうにミハルさんに話していた。
「あら、それは私も食べてみたいわ。今度うちでも作ってみてよ。」
ミハルさんはとても美しい人だった。
「はい!喜んで!」
僕は緊張していてまた変な感じになってしまった。
「元気でいいわね。」
ミハルさんとカオリさんはクスクス笑っていた。
僕は急に恥ずかしくなってしまって俯いた。
────
カオリさんの付き添いを始めて一週間が過ぎた。
僕は才能をなかなかコントロールできないでいた。
みんなは僕のことを有能な従者だと思っているようだった。
とにかく秘密が漏れなければ何でもいいと思っている。
カオリさんは最初こそ意地悪な感じがあったけどとても優しくて世話焼きでとても頼りになる人だった。とても同じ歳だとは思えなかった。
神官見習いのみんなは杖の印がある人がほとんどで聖職者の印があるのはカオリさんだけのようだった。
何が違うのか聞くと、回復系の魔法は聖職者にしか使えないのだそうだ。
見習いの人たちの中でカオリさんは最年少だったがみんな彼女の力を認め、尊敬しているようだった。
僕はそれがなんだか誇らしかった。
だからこそ僕が何かやらかして失敗するわけにはいかない。
父はよく慣れてきた頃に失敗をすると言っていた。
僕は気を引き締め直した。
「ルイくん、一人で楽しそうね。」
カオリさんは僕を見てクスクスと笑っていた。
僕はどうやら感情が表情に出やすいようだ。
きっとニヤニヤしたり真面目な顔になったり表情がくるくる変わっていたのだろう。
「僕、失敗しないように気を引き締めていこうと思いまして。」
僕が恥ずかしそうにそう言うとどこかからか爆発音のようなものが聞こえた。
「何かしら?裏庭の方から聞こえた?」
カオリさんはキョロキョロとあたりを見回した。
僕はすぐに探知の才能を使った。
悪い者の反応を裏庭に5人分感じた。
「裏庭です。5名の侵入者を探知しました。」
僕がそう言うとカオリさんはすぐに裏庭へと走った。
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裏庭に行くと塀が壊されていた。
さっきの爆発音はこれだろう。
侵入者たちはすでに神官を捕らえていた。
「何者だ!離せ!」
侵入者たちはそのまま神官の一人を連れて、侵入してきた壊れた塀から外へ出ようとしていた。
隣でカオリさんが何か詠唱しているのが聞こえたが、僕は短剣を片手に持ってしまい、スイッチが入ってしまった。
カオリさんの魔法が放たれる前に僕は5人を斬っていた。
捕まっていた神官は震えながら立ち尽くしていた。
その瞬間カオリさんの魔法が飛んできた。
僕はそれを短剣でスパッと斬った。
魔法が切れるのは知らなかった。魔法はシュッと音を立てて消えてしまった。
「大丈夫ですか?」
僕は震える神官をカオリさんのいる方へ連れていった。
「ルイくん、魔法を斬ったの?」
カオリさんは驚きを隠せないようだった。
「大丈夫ですか?!」
他の神官や従者たちが集まってきた。
セルジオさんは本日不在だった。
「この若者が…あ奴らを倒してくれた!」
捕まっていた神官が壊れた塀を指差した。
僕は「あっ」と気がついてそっちに戻った。
倒れている侵入者たちは血を流していた。
僕は今まで本物の剣を使ったことがなかった。
死んでいたらどうしようと不安になった。
しかし5人とも息をしていた。
傷もよく見ると深くはないようだった。
「すみません!ロープとかありませんか?」
僕が叫ぶと従者の一人が慌ててロープを持ってきてくれた。
僕は5人をぐるぐる巻きにした。
「どなたか騎士団に連絡をお願いします。僕はこいつらが逃げないか見張っておきますので!」
「すぐに行ってまいります!」
ロープを持ってきてくれた従者の人が走って行ってくれた。
すぐ反応してくれるのは彼くらいだった。
他の人は神官を含めまるで使い物にならない。
カオリさんは侵入者たちの傷を確かめた。
「これくらいなら治せるけど、回復は不要ね。元気になって暴れられても困るし。」
カオリさんはそう言って彼らの荷物を漁った。
一人のポケットから神殿の地図と神官の名前、裏庭に来る時間が書かれた小さな紙が出てきた。
「これって…。」
カオリさんはそれを僕に見せてくれた。
「誰かに頼まれたようですね。首謀者は他にいるはずです。」
僕はぐるぐる巻きになっている侵入者の一人に水をぶっかけた。
そして髪の毛をぎゅっと掴み自分と目を合わせさせた。
「おい、誰に頼まれた?」
片手には短剣を持ち男の首に当てていた。
侵入者の男は「貴族です!名前は知りません!!本当です!」と言って怯えていた。
僕はハッとして短剣を鞘に戻した。
今のはなんだ?!
まるで僕に何かが乗り移ったような変な感覚だった。
僕の姿をした男が僕の意識とは別のところで動いているような感覚だ。
カオリさんはそんな僕を見て複雑な顔をしていた。
「ルイなの…?」
カオリさんは僕を見ているようで僕を見ていなかった。
まるで僕の後ろに亡霊でもついているような、そんな顔で僕の方を見ていた。
『カオリさんだ。』
レンがボソッとそう言った。
『レンの知り合いのカオリさん?』
『うん、きっとそうだ。僕にはわかる。』
それがどういうことなのか、僕はわかっているようでわかっていなかった─。
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