第19話
王都は賑やかだった。
大きな店も並び、買い物客もたくさんいる。
僕は店を見たい気持ちを抑えて母に連れられ騎士団本部へと向かった。
商人のおじさんは母が渡そうとした謝礼を受け取らなかった。むしろこちらが謝礼したいと言っていたが母は断っていた。たいしたことはしていない。当たり前だ。
騎士団本部は城に近い場所にある。
城は何か祝い事があると開かれることもあるが普段は重厚な門で固く閉じられている。
一般市民が立ち入ることはほとんどない。
僕はその大きな門を遠くから眺めた。
「ルイ、ここよ。」
騎士団本部は石造りの立派な建物だった。
イチルの街の騎士団の詰所も立派だと思っていたがこちらとは比較にならなかった。
母は受付で送られてきた手紙を見せた。
すぐに中に通され、応接室のような部屋に案内された。
「何かしら、思ってたよりも高待遇ね。」
母は何回もここを訪れていたがこの部屋には入ったことがないと言った。
女の人がお茶とお菓子を持って置いていった。
「せっかくだからいただきましょ。」
母は美味しそうにポリポリとお菓子を食べた。
こういうときの母は肝が据わっていて大変心強い。
僕は緊張でお茶にも手を出せないでいた。
『大丈夫だよ。悪い気配は感じない。』
レンが不安を感じている僕にそう言ってくれた。
僕は深呼吸をして少し落ち着いた。
「お待たせしてすみませんね。」
大柄な男の人が入ってきた。
母はビクッとしてすぐに立ち上がり敬礼をした。
「本隊長殿!私はレイラ・ドラグ、こちらは息子のルイ・ドラグでございます!」
僕は驚いて立ち上がり母と同じように敬礼した。
「レイラくん、久しぶりですね。お変わりないようで安心しました。ルイくんはじめまして。私はここで隊長を務めているライオットと言います。」
ライオットさんは怖い見た目に反してとても優しい物腰で話す人だった。
「そんな堅苦しい呼び出しじゃないんですよ。どうぞ二人ともおかけください。」
ライオットさんはそう言って僕たちの向かい側の椅子に座った。
「失礼します。」
母がそう言って座ったので僕も「失礼します」と真似をした。
「さて、ルイくんは騎士団に入団希望だったと伺いましたが合ってますか?」
母は黙っている僕に肘でつついた。
「あ、はい!しかし残念ながら今回の入団試験では不合格でした!次回は合格できるように頑張りたいと思っています!」
僕は場の雰囲気に飲み込まれ軍隊での報告のように答えた。
ライオットさんはそれを見てクスクス笑っていた。
「不合格を出すように言ったのは私です。がっかりしたことでしょうね、申し訳ない。」
ライオットさんの言葉に母の眉がピクリと動いた。
「それはどういうことでしょうか?合格するはずだったのをライオット殿が不合格にしたということですか?」
横に座っている母はおそらくライオットさんを睨みつけている。僕は怖くて母を見れないでいた。母が暴れだしたらどうしようかと焦った。
「そうですが、そうではありません。説明するので聞いていただけますか?」
「はい。時間はたっぷりありますので。」
母は確実に怒っている。顔を見なくても声でわかる。
「実は神殿から極秘の報告を受けました。ルイくんの印のことです。」
母はビクッとしたが黙って話を聞いた。
「入団試験にはうまく隠したようですが、ルイくんには50の才能があったと聞きました。これは神殿のごく一部の人間と私と国王とその側近の一部しか知りません。」
母は僕を見て「見せていいわ」と言った。観念しているような顔だった。
僕は袖を捲りあげて腕を出した。そして隠していた印を全部出してみせた。
「おぉ!!これはすごい!」
ライオットさんは立ち上がり僕の横にやって来て腕をいろんな角度から見た。
母は「もういいですか?」と言って僕の袖を戻した。
ライオットさんは恥ずかしそうにさっき座っていた椅子に戻った。
「レイラさんもお気づきだと思いますが、ルイくんはとても貴重な人材であると言えます。誰にでも起こることではありませんからね。」
母は怒っているような悲しんでいるような、とても複雑な表情でライオットさんをみつめていた。
「ルイをよこせ、と言うことですね?」
僕は驚いて母を見た。
母はとても真面目な表情でそう言い切った。
「はい、そのとおりです。」
ライオットさんも真剣な眼差しで母を見た。
二人は今睨み合いのような形になっている。
僕のことなのに僕を無視して二人は睨み合い合戦をしているようだった。
「決定事項ですか?」
「はい。国王からの勅命になります。しかし扱いは極秘です。」
「なるほど。」
母はため息をついた。
僕には発言権がないように感じた。
「いつからですか?一度家に戻ってもいいですか?」
「もちろんです。こちらも受け入れる準備があります。1週間後にお迎えにあがりますのでそちらも準備をお願いします。」
ライオットさんはそう言って小袋をくれた。
「帰りは送らせます。2時間後に出ますので街で買い物を済ませておいてください。」
母は頷き小袋を受け取った。
「ルイ、行くわよ。それでは失礼します。」
母はまだ怒っているようだった。
母は僕の腕を引っ張りまっすぐ外に連れ出した。
城の方へと続く大きな階段がある。
母はそこに座り込んで両手で顔を覆った。
「なんでこんなことに。」
母は泣いているようだった。
「母さん、どういうこと?大丈夫?」
心配する僕を母は立ち上がって抱きしめた。
「あなたを取られちゃう。国に…。国王の勅命なんて…断ることは死を意味するのよ…。」
母は子供のようにしばらく泣いていた。
僕はどうしていいかわからずオロオロするだけだった。
母は泣きつかれたようでまた階段に腰掛けた。
時々、城に向かう兵士のような人が通る。
城には騎士団とは別に城を守る兵士が存在していると父が言っていた。
「泣いていてもどうにもならないわね。悔しいけど準備するしかないわ。」
母は怖い顔をして立ち上がった。
「ルイ、好きなものを買うわよ!」
戸惑う僕の手を取り、母は賑やかな店のある通りへと僕を連れていった。
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「さて、何が必要かしらね。とりあえず剣くらいは用意したいわね。」
母は小袋の中を確かめた。
「気前がいいわね。金貨がたくさん入ってるわ。」
この国には金貨銀貨銅貨と3種類ある。
庶民は銀貨と銅貨があれば暮らしていける。
僕は金貨を見たことがない。
母は武器屋をみつけて「行くわよ」と言った。
僕の街にある武器屋とは佇まいが全く違う。
中はとても広く、たくさんの種類の武器が置かれていた。
「いらっしゃい。」
店主はそっけなく挨拶をした。
入ってきたのが普通の格好をした女性と子供だからがっかりしたのだろう。
母はまっすぐ店主の前に行って金貨を出した。
「お金ならちゃんとあります。この子に武器を買いたいの。」
武器屋の店主は金貨を見て立ち上がった。
声色が変わったのがわかる。
「はい、どのような武器をお探しでしょうか?」
「ルイ、長いやつがいいんだっけ?」
母は僕がお願いした棒のことを覚えていた。
「えっと、長さは結構長めで、細くて、しなってるのもいいですね。刀っていう種類の剣なんですが。」
僕がそう言うと「あぁ、確かあるよ。」と言って店主はボロボロの中古の剣が入った樽の中を探した。
『ルイ!絶対にそれ!買ってもらって!』
レンが突然僕の頭の中でそう叫んだ。
「おいくらですか?」
僕が聞くと店主は明らかに嫌な顔をして鞘から刀を取り出した。
「ボロボロなんだよ。これなら銀貨1枚でも売れないよ。」
「銀貨1枚でいいんですか?母さん、これを買ってください!」
母は驚いていた。
店主は「それよりも」と言って高そうな剣をたくさん勧めてくれた。
僕はその中から短めの短剣を選んだ。
「これなら金貨1枚でいいよ。」
店主は嬉しそうに僕にそう言った。
「ではこの短剣とさっきの刀をください。」
「変わったお客さんだな。ボロ剣はサービスでつけるよ。」
母は金貨1枚をはらい、僕たちは店を出てきた。
「ルイ、そんなボロボロの剣をどうするつもり?」
「うーん。わかんないけど絶対に買えってレンが言うんだ。」
母は首を傾げて「レンが…それなら必要なのかもしれないわね」と言って納得した。
その後も防具やら薬草やら、まるで冒険にでも行くような装備を次から次へと買った。
「時間ね。あとは帰ってからでもいいわね。」
僕たちは言われた場所に行って騎士団の馬車に乗り込んだ。
行きの荷台とは違って座り心地もいいし景色も見える。
行きの道端で出会った盗賊たちの姿はなかった。騎士団が対処してくれたのだろう。
母は帰りの道中静かだった。ずっと遠くの景色を眺めていた。
僕はなんだか話しかけられなくて、僕もただ景色を眺めた。
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家に帰ると夕方だった。
父と兄は急いで帰ってきたらしく汗だくだった。
「どうだった?無事か?!」
父は僕の顔を見て「よかった」と安堵のため息をついた。
父は僕が囚われでもするかと思っていたようだ。
「食後にしようと思っていたけど、気になるだろうから話すわね。」
母は真剣な顔でみんなに座るように言った。
僕たちは食卓テーブルを囲んだ。
母は応接室での話を最初から最後まで詳しく話した。
父と兄は黙ってそれを聞いた。
もしかしたら父と兄はそういうことも予想していたのかもしれないと思った。
「1週間後か…。ルイ…。寂しくなるよ。」
いつもの明るい兄が神妙な顔でそう言った。
「あのさ、僕だけあまりわかってないみたいなんだけど。」
僕がそう言うと父はボソボソと話しだした。
「国王の勅命と言うのは時々使われている。国にとって大事なことがあるときに出される命令のことだ。しかし今回はそれが極秘扱いだと言う。
おそらくルイの存在を民衆や敵国に知られたくないのだろう。脅威でもあるし、奪えば多大な戦力になる。」
「そんな一人の人間が?」
僕は思っていたよりもずっと大事件になっているようで焦りだした。
「神殿も国もそう考えたのだろう。前例がないから俺にもわからなかったが、国が動くほどのことだったみたいだな。」
父はそう言って力ない感じで笑顔を見せた。
「ルイ!やっぱりお前はすごい!自慢の弟だ!」
兄はそう言って涙ぐんだ。
僕はそれを見て泣きだしてしまった。
僕の運命が僕の知らないところで動いているように思えてとても怖くなった。
「大丈夫よ。」
「そうだ、俺の息子だ!何があっても大丈夫だ!」
父も母もそう言ってくれたが僕はそう思えなかった。
僕はいったいどうなってしまうのだろうか。
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