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Phantasmagoria-狭間の標詩-【学生編】  作者: 阿友 出夢
予科一年生・夏〜夏休み
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042 残酷な現実

 気にかけない動きとは反対の、言い切った言葉。そこには多くの想いが込められていた。ベルナデットが救えなかったであろう命も、彼女が救ってきた命も、彼女が診てきたもの全てが説得力を持たせていた。

 だからアーシェの胸に事実はすとんと落ちた。


 本科生に上がるまで持たない。つまりそれは、


「一年半、ですか」

「……そうだよ」

「それは、長くて」

「一応、理論上は最短だね。でも、魔力症の進み具合によっては変わるだろうね」


 口を閉ざし考えるアーシェの頭を、しかも丁度先刻叩いたところを、先ほどとは違うベルナデットの力加減を解らないと言いたげな手つきが撫でた。存外、触れるとなると優しいのだなと少女は思った。注射や処置を行うからしてこの力加減は当然なのかもしれないが。


「だから魔道具を作らなきゃならないんだけど、作るのにだって魔力がいるだろ。自分に合った魔道具を作って、そこに魔力を移せるようになれば体に悪さしてる症状だって少しは治まる。……ただ、あんたは持ち堪えられるかどうか、ぎりぎりのところにいる。それはちゃんと理解しとくれ」

「はい」

「その魔道具の腕輪は古いし、魔力が大方合っててあんたにも適合するからって、修理できるかって言われたら確実じゃないし、だったらあんたの魔力に合ってる魔道具を造っちまった方が話は早いさね。レミアのそれは補助って割り切って、本命の、一生モンの、自分で素材を入れ替えて育てていける魔道具を早いとこ造っちまった方がいい」


 アーシェには一年半しか猶予はない。だが、そんな冷酷な現実に負けてはいられないのだ。彼女の心のうちにあるのはいつだって恩人の言葉だった。命を懸けて自分を守り『自分のためにいきなさい』と言ってくれた声だった。

 そしてその恩人が遺した幼い息子(グレン)のためにも、アーシェは死ぬわけにはいかない。今度こそ、自分は彼を守るのだ。恩人のように、喪いたくないのだ。


 恩人に託されたこの命は、きっとグレンを守るためにあるのだから。


「ベルナデット様、私たちにできることはありますか」


 そんな決意に満ちたアーシェの意識を現実へ引き戻したのがリーシャの問いだった。今までの話を聞いて不安に思ったのだろうか。養母は優しくも芯の強い人のはずなのに、問いかける声は柔く震えていた。大切な娘に余命が宣告されたのだ。それは人として当たり前の反応だった。

 ベルナデットは鉛筆でぺちぺちと自分の頬を叩いていた。何かしら考え込んでいるのだろう。口を開いたのはそれからややあってのことだった。


「アーシェの手伝いをしな。リーシャ、あんたは衛生兵の経験もあるしうちで働いてたこともある。あのレミアの、妙ちきりんな魔道具を一番そばで見てたし、魔道具を作るときの助手だってやってただろ」

「ええ」

「だったら、この子が今ある伝手の中で一番魔道具に詳しいのはあんたってことになる。支えてやりな」

「勿論です。私にできることなら、どんなことだって」

「ああ。あとアーシェに渡すものがあるから見届け役を頼むよ。あんたんとこの旦那じゃ勝手なことしでかすからね」

「しませんよ。僕の一存では」

「どうだか。次、同じようなことをしたら、そこの妻と娘を泣かせない範囲でボコボコに殴り飛ばすからね。覚悟しな」

「あら、勝手なことをしたの? ベルナデット様にも、私にも相談せずに?」


 私、聞いていないわよとたおやかに微笑むリーシャの目が笑っていない。背後が黒っぽい気配を纏い始めたそれに気付くや否やアロイトが苦笑した。誤魔化しは効かないだろう。

 そんな夫婦喧嘩の空気などどこ吹く風でベルナデットは部屋の棚を探し始めた。何かを探すように、一つ二つと引き出しを開ける。手にして戻ってきたのは包みだった。風呂敷の結び目を解くと暴かれた中身は木箱だった。


「あんたの担任の嬢ちゃんから預かったんだよ。『アーシェの魔力症や体調により詳しい方に預けた方が賢明だと思いまして』ってね。そこの馬鹿男よりよっぽど保護者してるね。ちゃんと持ち帰りな。必ずあんたの役に立つよ」


 開けてみなと促されてアーシェは蓋を開けた。──中に入っていたものに息を呑む。心臓がぎゅっと締め付けられるのを息を吸って吐くことで何とかやり過ごした。


 中にはアーシェの拳と殆ど同じ大きさの楕円形の実が三つあった。白く宝石のような煌めきを持つそれは、室内灯の光を受けて虹色に輝いている。

 記憶にある。忘れようがない。カタリナに連れてこられた森の奥で、魔力を込めろと言われて作った素材たちだ。てっきりあの大蟷螂(キラーマンティス)に食べられてしまったとばかり思っていたのに。


「嬢ちゃんから話を聞く限りあんたは見たくない代物だろうけどね。こんだけ自分の魔力で満たした素材は珍しいよ。魔道具造りはどれだけ自分の魔力と自分に合った素材があるかで決まるからね。しかし……あの嬢ちゃんも抜け目ないね。あんたを助けながらこれを回収する根性だけは認めてやってもいいよ」


 ベルナデットの話を聞き流しながら、アーシェは身の一つを手に取った。実の色はカタリナの研究室で、素材に魔力を込めたときの色合いと似ている。だからアーシェは、これは自分が魔力を込めて変化させたものだと認識した。

 それに何より、触れたときに手に馴染むような親和性があって吸い付くような、形容し難い感覚が手の内に生まれた。これは自分の魔力に関わっていると、本能的な何かが語ってくる。


「アーシェ」

「はい」

「あんたはこの先、あたしが嬢ちゃんから聞いたような話の目に遭うよ。いいかい、これは忠告だ。よく聞きな」


 ベルナデットはいつも真面目な話をするとき、ちゃんと目を合わせてくれる。それが誰であっても。ぶっきらぼうで取っ付きにくくて蓮っ葉でがさつなのにアーシェやグレンが懐くのはそういった人徳があるからだ。


「自分に合った魔道具を必ず造りな。いいね、誰の力を借りたって何を使ったって法を侵さないなら良い。あたしが許可する。あんたが死なないために、二度と誰にも利用されないために。造って生き延びな」

「はい。必ず」


 アーシェだって今度こそ、利用されて死ぬわけにはいかないのだ。


***


 時間は既に日が暮れるのが分かる時間になっていた。素材という名の手土産をアーシェに持たせ、養親と共に学校の門限の時間までに返したベルナデットはようやく落ち着いたことに人心地ついていた。


 腕を伸ばし凝り固まっていた筋肉を解す。席を立って、茶の一杯でも淹れなおして溜まっていた仕事を片付けようと扉に手をかけたそのときだった。

 すす、と鼻を啜る音が聞こえる。よく耳を澄ませば、ひっくとしゃくり上げる声も聞こえた。


 すっかり忘れていた。この家にもう一人、来客がいることを。「アーシェの体調について知りたいです」と出された健気な手紙に、柄もなくお節介な心が働いて掃除の小遣い稼ぎ(アルバイト)を融通してやっていたことを。お節介が顔を覗かせたときに、ちらついたウェインの葬式のときグレンの様子がちらついて「坊には聞く権利がある」と判断をしてしまったことを。


「──入りな、グレン」


 キィと扉が控えめな音を立てて開いた。小さな人影は、扉のすぐ向こうから動く気配がない。


「で、どうだい。気は済んだかい」


 目線を合わせて問うてやる。

 鼻も目元も真っ赤だ。おまけに目は充血していて、いつもの綺麗な紫がかった青が冷静さを失って揺れる明るい青となっていた。しかしよくもまあ、あの気配に聡いアーシェが、そして軍人をやってるアロイトが気づかなかったものである。

 泣き腫らした顔をしていたるグレンにベルナデットは白衣のポケットから出したものを「ひどい顔だね」と投げつける。

 少年によってキャッチされ開かれたそれは、白いガーゼのハンカチーフだった。名前のイニシャルが入った簡素なそれは、目の前の少年の手習いによって量産されたうちの一枚だ。だから別に、鼻垂れが涙を拭くのに使おうが鼻水を拭うのに使おうがベルナデットの後悔するところではない。


「…………アーシェはしんじゃうんですか」

「さあね」

「ぜんぜい」

「『今』は分からないよ。さっき話した通りだ。あの子が自分に合う魔道具を造れば生きられる可能性は高くなる」


 ずずっと鼻を啜りながら、こちらへ向けられる瑠璃の双眸は眩しい。ああ懐かしく敵わないと思った。守りたいもののために戦っていたこの少年の父親も、かつては同じ目をしていた。

 体調管理を自分でできるようになるのはアーシェの課題だ。だからといって、アーシェが大好きで家族が大好きで、ウェインの葬式でずっと泣きながら「おれが家族を守るんだ」と泣いていた少年の心をベルナデットは無下にできなかった。甘いと言われてもいい。

 どのみちこの(アーシェ)大好きは、今でも彼女のことで自分から首を突っ込みに行くのだろう。それこそこの子の父親のように。──だったら、何も知らないよりはある程度事情を把握しておいた方がいい。


 それが、どれだけ残酷な事実だとしても。


「おいで。ちゃんと外泊の許可はもらってきたんだろうね」

「はい」

「ん、夕飯にしよう。手伝っとくれ」

「俺が作ります。お礼、何にもできないので」

「……勝手におし」


 引き寄せて抱き締めてやった体は温かい。本来はこの場にいないこの子の兄か、それこそ既にこの世にはいない父親がやるべきことだっただろう。だが他人とはいえど、大人はこの場にはベルナデットしかいない。この心優しすぎる坊の心の拠り所は自分しかいないのだ。やれ柄にもないことを、と小さな背中に手を回しながらベルナデットは顔を上げて変わり映えのしない天井を見る。


 二度とお節介など焼いてやるものかと思いながら、きっとこの子達が生きている間は何度も決意することになるのだろうと溜め息を吐いた。

 医者の守秘義務とか野暮な話はそっとしておいてください。

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