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Phantasmagoria-狭間の標詩-【学生編】  作者: 阿友 出夢
予科一年生・夏〜夏休み
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041 魔力症

 先ほどまで診察や検査を受けていた診察室へ戻ると、ごちゃついていた室内はある程度整然としていた。

 診察や検査で使用した薬品や器具を主に片付けたのだろう。特に物の置き場もなかった机の上がシンプルにまとめられている。


 部屋へと案内したベルナデットが椅子を指差した。患者用として元からある丸椅子に、何処からか持ってこられた背もたれのある椅子が律儀に二脚も隣に置かれている。


 アーシェは丸椅子に座ろうと歩み寄ろうとした。いつも、自分が座っている椅子だからだ。診察の際も、検査の際も、アーシェはいつも丸椅子に座って保護者たちは大抵立って話を聞いている。だから今回もそうだと思ったのだ。

 まさか、アーシェちゃんとアロイトに呼び止められ、「君はこっちだよ」と背もたれ付きの椅子に座るために待機されるとは思わなかった。


「アロイト」

「長くなりますよね。それなら、こちらに座らせた方がアーシェちゃんにも負担は少ないでしょう」

「尤もらしいね」


 ベルナデットが機嫌悪く目を細め鼻で笑うのもアロイトはどこ吹く風といった様子で意に介さない。だがしかしそんな大人のケンカなどアーシェの知ったことではない。大人しく真ん中の背もたれ付きの椅子に座れば、先程のように養親二人に挟まれる形となる。

 何となく、こそばゆい。


 落ち着かない気持ちで目の前の魔道医の姿を追っていれば、ちょうどベルナデットがもう一方の机にある長方形の枠の中へアーシェの診療録(カルテ)を置くところだった。その上を枠の形に合わせた細長い文鎮のようなものでなぞっていく。


 刹那、机の上にある長方形の魔道具が大仰な音を立ててがたがたと震える。あまりに突然のことで驚いたが、大人二人は見慣れているのかあまり気にしていない。大人というのは魔道具を見慣れているのだろうか、不思議に思いながらじっと動いている一点を見つめる。一通り暴れて気が済んだのだろうか、正気を取り戻して落ち着いた魔道具は付属のトレイへ一枚の紙を吐き出した。


 ベルナデットの手によって紙がひらりと踊ったかと思えばアーシェの目の前で差し出される。受け取ったそれは温かく仄かにインク特有の匂いがする。

 なお、渡されるのは自分だと思っていたのだろう。──養父という立場からして当然ではあるが──

 アロイトが律儀に手を伸ばして待っていたのに、ベルナデットは目もくれなかった。そんな非情な女医をアロイトはにこやかに、しかし非難がましい目で見詰める。女医派と言えば、一瞥を寄越すだけだ。


「あたしゃ別に刷らないからね。この前の件は覚えといてやるよ、死ぬまで」

「そうですか。では遠慮なく」


 養父に見せてと言われて見せない理由もない。アーシェはアロイトに見せながら、ベルナデットからの話を待つことになった。

 紙にプリントアウトされた黒いインクを、眉間に皺を刻んだベルナデットの厳しい視線が追っていく。彼女が医者として積んできた経験の全てを総動員した動きは、軍人が得物を抜き払い敵と切り結ぶのと大差のない鋭さを帯びていた。


 彼女が全てに目を通し終わったとき、眉間の皺は年齢によって刻まれたものだけではなく心に覚えた辛さと苦しみを表すように、より一層深いものになっていた。

 それだけで、察せるものがある。アーシェは人の心の動きに聡いわけではない。『悪い』のだと、彼女の心が警鐘を鳴らす。


「結論から言わせてもらうけど、事態はあたしたちが思ってるよりよっぽど深刻だよ」


 溜め息を吐きながら、まず大前提として……と続ける女医がこちらを向いた。幾度も修羅場を潜り抜けてきた瞳は、一切の同情を一瞬で消し去りアーシェを見る。


「アーシェ」

「はい」

「魔力は使えば増える。それは分かってるね?」

「はい」


 魔法を使えばその威力や範囲に応じて──例えば、敵単体に魔法を行使するのか、それとも集団へ行使するのか。他にも敵の大きさによって魔法の威力や効く効かないは当然異なる──魔法薬を使用するならその効果効能を引き出すために、魔力は使用される。

 魔道具を使うときも、造るときもそうだ。アーシェはまだ作ったことはないが。

 そして魔道具や魔法薬を作るための素材を精製するときも魔力を使用する。


 こうすると魔力が多い方が有利なように一見思えるが、現実はそう簡単なものではない。

 増え過ぎれば肉体が成長するための邪魔になる。成長に必要な体力等が魔力を維持するために取られていってしまうからだ。


「自分の持っている魔力を使い切っちまうと『魔力疲労』ってのになる。この魔力疲労ってのが曲者でね、魔力疲労になると一気に自分の魔力が増えちまう。魔法を使ったり魔法薬や魔道具でなんやかんやしたりするよりずっとね。それで魔力症が悪化するのがお決まりのパターンさ…………許容量が超えちまうんだよ。自分の体の方が耐えられなくなる」


 ベルナデットの声は寂しく悲しそうで、女傑だと言われれば十人中十二人が納得するような彼女が発するようなものではないだろうと、この場にいる者が付き合いの浅い者──もしくは他人の心の動きを感じ取るのが鈍い者──であれば誰もがそう思っただろう。


 現にアーシェもそうだった。だがそんなものに思いを馳せている余裕はない。10歳にはちんぷんかんぷんだ。魔力が増えすぎると体に悪いのは分かっている。だが、普通に魔力が増える──例えば魔法、魔道具、魔法薬の使用や自身の成長で──のと、その魔力疲労というのは量の面からどのように違うのだろう。馴染みで、恩人と協力して命を救ってくれた目の前の医師が言うのだ。絶対違うのだろうが、アーシェにはよく理解できていない。


 そんな様子が手に取るようにわかっているのだろう。「……あんまりピンときてないようだね」と呆れた女医が、引き出しから紙と鉛筆を取り出した。椅子を引いて机の上で物書きをする体勢になったそこへ、アーシェも親に椅子を押されながら近づき覗き込む。


「例えばこの棒人間の魔力が今、100あるとするだろ。ここでは簡単に、魔法を使ったり魔法薬を使ったりで2ずつ消費していくことにするよ。そうなると色々あって50回は魔力が使えるね」


 簡単な掛け算の問題だ。ベルナデットが紙に線を引いて棒人間で説明してくれたのもあって分かりやすい。アーシェは素直に頷いた。


「普通はそれでそれで魔力の量が102に増えるところが魔力疲労になっちまうと実際は130くらいに増える。こいつが魔力症を発症せず、体の成長も邪魔されず健康に過ごせるのが100だとしたらどうだい? 今度は分かるかい? 大分違うだろ」

「魔力の量ってもしかして魔法の強さに関係しますか」

「あんたちゃんと真面目に聞いてたのかい!? 魔力量の最大値が関わってくるけどね、そういう話じゃないだろ!!」


「今まで何を聞いてたんだい!」と、ほんのちょっと好奇心が顔を覗かせて聞いてみただけだというのに、怒られ頭を平手打ちされた。解せぬ、ちゃんと聞いていたからこそ出てきた疑問だというのに。しかも、隣ではリーシャが「あのベルナデット様が頭を叩くだけで済ませるなんて……」と驚いたように呟いていた。もっと解せぬ。それを聞いているアロイトは笑いを堪えていた。ちょっと、お前仮にも父親だろう。もっとやることや言うことはないのか。


「聞いてますちゃんと聞いてますっ」

「どうだか。だったらいいけどね。二度は説明してやらないよ」

「申し訳ありません、ベルナデット様。娘が大変失礼を致しました。……しかしアーシェちゃんにも分かりやすく仰っているということは、関わってくるお話ということで間違いありませんか?」

「そうだね。つまりあたしが言いたいのは──」


 ベルナデットが持っている鉛筆で一点を指した。この場にいる全員の視線がそこに集まる。

 アーシェが左の手首に身につけている魔道具の腕輪に。


「それ、レミアが遺したやつだろ。そいつと同じくらい自分に合った魔道具を作るのが必要だってことさ」


「本当は魔道具ってのは、もーちょっと魔力の成長が安定してから造るもんなんだけどね」とぼやく医師はがしがしと頭をかく。お陰で束ねられた灰色の髪はぼさつき始めているがそれはいいんだろうか。まあ良いのだろう。


「あんたは多分ね、本科生に上がるまで、もたない」

 ベルナデット様のモデルは作者の祖母です。

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