人工知能に触れてみよう2
そのあとも、キカイくんと一緒にいるのは大変だった。あとから考えたら楽しいかもしれないけれど、とにかく、楽しむ余裕なんてなかった。
ミオが、「暑いなあ」というと、服がパリパリになるほどの冷却息を口から吐いてくるし、走る速度を試そうとして「一緒に走ろう」って言うと、ストップと言うまで人を押しのけてどこまでも走って行ってしまう。
しかも、キカイくん本人から聞いたのだけれど、スリムながら骨格は金属なので、体重は百キロ以上あるらしい。百キロの人が走りながら激突してきたら、タダじゃ済まない。
動物を愛でたりすることもあるのかなあと思って、実家の犬の写真を見せてみたけれど、「犬の形状を記憶。種族はブルドッグ」と言うだけだった。
とりあえず休憩しようということで、食堂でご飯を食べることにした。講義を終えた学生たちも、ちらほら見える。
キカイくんは食事をしないので、何も注文していない。私とミオのことを、かわりがわり見ている。「人間の食事を観察中」とでも言いそうだ。
隣の席で、男子がラーメンをズルズルと啜っている。
ミオは食べ終わって、一息ついた。
「まったく、これじゃあオチオチお願いもできないな」
キカイくんはAIだから、ある意味素直すぎて、極端な解釈をしてしまうんだろう。それも仕方ない。言葉の裏を読むとか、まして気持ちを察するなんてことは無理だろう。将来的にはできるようになるかもしれないけれど。
「直感で喋るミオとは、相性が悪いかもね」
「何、ユイならうまく話せるの?」
悪気はなかったのだけれど、ミオは口を尖らせた。
隣の席で、男子がラーメンを啜る音が聞こえる。ズルズル。
キカイくんに何を言うか、考えてみた。まず、人を危険な目に合わせないようにすることが先決だと思った。
「キカイくん、いい?」
「何だ。藤山ユイコ」
「人間っていうのはね、傷つきやすいし、痛みや恐怖を感じるのよ。だから、ひとを傷つけたり、ましてや殺すのはダメなの」
「殺す?」
「なんていうのかな、破壊する、って言えば分かる?」
「人間を破壊してはいけない、了解」
「そうそう。それでね、できれば、危険から守ってあげてほしいの」
「危険から守る、了解」
キカイくんを見て、安心した。次にミオの方を見る。「ね、分かってくれたでしょ」という風に。
ミオは納得いかない風だけれど、一応頷いてくれた。
次の瞬間、キカイくんは私の前にあるラーメンをとって、勢いよく窓の外に放り投げた。
外から、
「キャー! 急にラーメンが飛んできた!」
という声が聞こえる。
「ちょ、ちょっとキカイくん、どうしたの?」
「熱を探知したためユイコから遠ざけた。やけどの危険性があった」
聞くなり、ミオはお腹を抱えて笑い出した。
「もう、ミオ、笑いすぎ」
「なんか面白そうな会話してるやん」
突然、横の席にいた男子が顔をあげた。童顔の男の子、そらくんだ。さっきから横の席にいたのは、そらくんだったのだ。
「そらくん、てめえもうちょっと普通に登場しろよ」
と、ミオ。
「まあ、食堂で、一人でご飯食べてるときに、たまたま友人に出会ってしまったときの気まずさあるやん。一緒に食べるって言うほどのテンションでもないけど、避ける理由もないみたいな」
というそらくんのラーメンも、キカイくんは放り投げた。
「やけどの危険を排除」と、キカイくん。
「AIらしい素直さやな」
「どうすればいいと思う?」
そらくんに聞いてみた。
「ええ? こんなもんちゃうん? 別にええやん。大変な目にあったってわけでもないんやろ?」
「別にいい? ふうん」
ミオが胸の下で腕を組んで、そらくんを睨んだ。
そのあとミオは、レーザーで殺されそうになった話をよく聞かせた。そらくんが大笑いするので、頭を引っぱたかれていた。
キカイくんを連れて、食堂を出る。庭を歩きながら、話を続けた。
キカイくんに語りかけてみる。
「とりあえず、まず人権とか、命のことを学ばないとね。命っていうのは尊いものよ」
「尊い?」
「なんていうかな、何よりも大事なの」
「それは人間の命のことか?」
「人間もそうだし、他の生き物も、よ」
「いやあ、分からへんでえ。俺らの主観ではそうやけどさ。視点によっちゃ、むしろ有害な可能性だってあるし。あるいは、地球規模で考えたら、人間の命って相当ちっぽけやろうし」
そらくんが言った。そらくんらしいけれど、どこまで本気か分からない。
突然、キカイくんが走り出し、男子学生を数人突き飛ばした。
「どうしたの!」
言いながら駆けつけると、どうやら、彼らはハトに石を投げて遊んでいたらしい。キカイくんは私の方を向いた。
「ハトたちの危険を確認したため除外した」
「うるせー! 俺らのパンを横取りしようとしたのが悪いんだろ、人間様のよ」
男子たちは捨て台詞を言いながら、走って行った。
「傲慢さと精神的未熟性を確認」
キカイくんがまずい方向にいっている気がする。
今度は学内をランニングしているおじさんを見つけて、「多量の二酸化炭素排出を確認」と言っておじさんの襟首をつかんで放り投げた。
そのあと、通りがかった人が、空き缶をゴミ箱に投げ入れようとして失敗し、そのまま放置して歩き続けたのを見たキカイくん。
「不法投棄を確認。環境を破壊している」
と言ってその人を持ち上げて投げ飛ばした。
「ちょ、ちょ、キカイくん。やりすぎだって」
キカイくんのそばに寄って、肩を叩いた。説得しないと。
「何事にも限度ってものがさあ」
ミオも、今回ばかりは笑っていない。
「ハハハ! こりゃあいい。人類の歴史なんて学習したら、とんでもないことになるやろうな」
そらくんは笑っているけれど。
キカイくんは直立したかと思うと、目をチカチカさせながら、何かを始めた。
「インターネットに接続。人類の歴史を検索。ソースの疑わしい情報を排除。解読を開始する。
紀元前ヨーロッパや中国大陸で最初の巨大文明が誕生。以来、戦争、領土の奪い合いの連続。古代、中世、近代におけるまで、百年以上争いの無かった期間なし。極めて高い攻撃性を確認。
森林の破壊、海の汚染、過剰な狩猟の記録多数……」
「ちょっと、これなんかヤバくない?」
とミオ。
「キ、キカイくん?」
と言う私の声も届かず、キカイくんは両足からジェットを噴き出し、ヒーローのように空の向こうへ飛んで行ってしまった。
「ええ、どこ行くねん」
そらくんが困惑している。
「キカイくん、どうしちゃったんだろう」
と、私。
「明らかに人間に敵意をもっていたよね」
と、ミオ。
すぐに、学校の外が何やら騒がしくなった。何かの衝突音や、車のクラクション、人の叫び声が聞こえる。
ミオやそらくんと顔を見合わせて、学校の門を出た。すると、目の前の大通りは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
広い道路で、車が何台も事故を起こし、衝突して煙を上げている。バスは横向きに倒れていて、中にいた人たちが這いあがって出て来ようとしている。すぐそこの交差点の信号を見てみると、赤、黄、緑のランプが、不規則に入れ替わりながら光っている。事故の原因はこれだ。
空の向こうからは、飛行機が地面に向かって斜めに落ちて行った。
道路の向こうの銀行ATMから出てきたおじいさんが、「おい! 誰か詳しい人はおらんか! わしの預金がゼロになっとる!」と喚いている。
「ちょっとどうなってるの!」
言うと、ミオが手を引っ張ってきた。
「こっちが聞きたいよ。とにかく、テレビ見てみよう」




