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人工知能に触れてみよう


 大学に入っていろんな友達ができたけれど、まさかアンドロイドの友達ができるとは思っていなかった。

 その日は変わりばえのしない平日、のはずだった。ミオと同じ講義を受けて、終わったので帰ろうとしていると、教授に呼び止められた。


「藤山さん、ちょっと良いかな」


 藤山っていうのは、私の苗字。それで、話を聞いてみると、有名な企業の人が、私に会いたがっているらしい。最初は、インターンとか企業説明の用事かなと思った。


「今、教室の外で待ってもらっているから」


 教授に連れられて、教室の外へ出た。開けた廊下で、講義終わりにあちこちへ散っていく生徒の声がする。

 ミオは、特に何も言わず、当たり前のように私に着いて来ていた。

 スーツを着たメガネの女性と、刈り上げた髪が似合う長身の男性がいた。けれど、男性には何か、違和感がある。

 ミオが後ろから、


「あの男、人間じゃないぜ」


 なんて言うので、ゾッとしてしまった。確かに、目の奥に光がないというか、別に悪を感じるというわけではないけれど、生命力みたいなものも感じない。


 近付いて会釈をすると、教授が私のことを紹介してくれた。

 スーツの女性は、名刺を取り出して渡してくれた。


「わたくし、サイバーダイン社の綿頭レイコと申します」


 名刺の受け取り方なんてよく知らないので、慌てて両手を出して、出来るだけ丁寧に受け取った。苗字はワタガシラと読むらしい。名刺を見る限り、副社長だ。それにしては、若く見える。

 綿頭さんは続けて、隣にいる男性の紹介を始めた。


「彼は、わたくしどもが開発した、AI搭載型ロボット、すなわちアンドロイドです」

「え!」


 突然のことなので、驚いてしまった。本当にロボット? だとしたら、SFの世界も同然だ。

 体格の良い彼を、上から下まで見てみた。パッと見は人間だけれど、確かに、顔の皮膚や手の感じは、シリコンみたいというか、作り物のような感じはする。特に、目の感じも人間とは少し違う。カメラのレンズみたいだ。

 最初に感じた違和感は、これのせいかもしれない。それにしても、精巧に作られているなあ、と感心する。

 シャツの襟から見える首元に、「S」という黒いロゴが見えた。サイバーダイン社のマークだろう。


「す、凄いですね。本当にアンドロイドなんですか。初見では分かりませんでした。ということは、鉄の骨格に作り物の皮膚を被せてあるんですか?」

「さすがは優等生、察しが良いですね。彼の名はキカイです」

「初めまして、キカイだ」


 キカイくんが言った。一般的な男性の声と言った感じだ。それよりも、俳優みたいな、聞きとりやすくて良い声をしている。


「初めまして、藤山ユイコだよ」

「藤山ユイコ、顔の形状、体型、声の波長を記録」


 キカイくんは、情報を処理するように目をチカチカと光らせながら言った。


「藤山さん、キカイには、一般常識や日本語、英語を含む複数の言語や数学などをラーニングさせてあります。従って、テストの点で言えば、その辺りの人間よりもはるかに高い記録を出すことができます」

「そうでしょうね」

「けれど、彼には友達というものがありません。人間関係が分からないのです。そこで、誰か友達をつくらせてみようと考えました。ただし、誰でも良いというわけではありません。

 素行の悪い者と付き合っていれば、悪事に走るかもしれないからです。そこで、谷原大学政策学部の中でも成績優秀なあなたに、キカイの友達になって欲しいのです」


 すごい。アンドロイドの友達ができるなんて。しかもかっこ良い。けれど、そんな大事なものを預かったりして、責任がもてるのだろうか。


「大丈夫です。万が一の際は、サイバーダイン社に電話をしていただければ対応いたします。もちろん、お金をよこせなどと言うこともありません。

 それに、困ったことがあれば、一通りこの取扱説明書を読めば分かるようになっています」


 綿頭さんが、心を読んだかのように言った。そして、辞書みたいに分厚い説明書を渡された。


「わ、分かりました。話して見ます。私も興味があるので」

「それは結構」


 綿頭さんがにっこりと頷いた。


「キカイ、これからは藤山さんの言うことを聞くように」

「藤山ユイコの発言に従う。了解」


 キカイくんはまた、目をチカチカさせた。


「いいなあ、ユイは」


 ミオが唇を尖らせて言った。


「あ、あの、綿頭さん。ミオ、この子にもキカイくんと話してもらって良いですか?」


 綿頭さんは、ミオを見下げて、眉を寄せた。難しい顔だ。

 確かに、ミオは明るい茶髪だし、シャツもおへそが見えそうなくらい短いし、眉毛もほとんどない。ギャルっぽいというか、一見ちゃらんぽらんに見えるかもしれない。

 私だって、最初は怖かったくらいだ。


「あ、あの、良い子なんですよ。私ともずっと仲が良いし。それに、直感も鋭いんです。キカイくんが人間じゃないってことも、すぐに見抜いていました。私よりも早く」

 綿頭さんは腕を組んで悩んでいたけれど、最終的には良しとしてくれた。


「まあ、藤山さんが言うなら良いでしょう」


 そう言って、一言二言別れの挨拶をすると、次の仕事があるのでと言って、綿頭さんは去って行った。

 教授も、「では、頼んだよ。大学としても、誇りに思うよ」と言って、別の校舎に向かっていった。

 今では、私、ミオ、キカイくんの三人になった。

 とりあえず、ミオを紹介しないと。


「キカイくん、この子は私の友達のミオ」

「どうも、尾川ミオです」

「どうも、キカイだ」


 キカイくんは言ったあと、ミオの体を上から下まで見た。


「尾川ミオ、体型、顔の形状、記録」

「へえ、こうやって覚えるんだね」


 ミオは感心している。


「なあキカイくん、私のことを見て、他に何か分かることある?」

「尾川ミオの体格を測定中……。身長、成人女性の平均より低いが日常生活には問題なし、体重五〇キロ程度、筋肉量は十分、健康的。胸は豊満。シャツのサイズが若干小さいため、適切なサイズの購入を勧める」

「もういい、もういい」


 ミオは顔を真っ赤にして言った。カーデガンを取り出して、胸を隠すように羽織った。


「触れれば皮膚の情報なども分かる」

「いや、もういいよ」


 私も気をつけておこう。貧乳とか言われたらたまったものじゃない。


「ミオ、友達になるって言ったけどさ、どうする?」

「さあ。ご飯とか?」

「キカイくんってご飯食べるのかな?」

「食事はしない」


 とキカイくん。「ああ、そう」と言うしかない。そうか、一緒にご飯を食べるのも無理なのか。まあ、目の前でミオと私だけ食べるってことはできるけれど。


「そうだ、課題やってもらおうぜ」


 ミオがとんでもないことを言い出した。


「キカイくん、レポートやってよ」

「レポート? どのようなレポートだ。情報が不足」

「ええとね」


 ミオは言って、カバンの中を探し始めた。課題レポートに関するものを探しているんだ。


「ちょ、ちょっとミオ」

「良いじゃん、凄いスピードで課題終わらせてくれたりして」

「良くないよ。それに、レポートが作成できるかどうか、分からないでしょ。ねえ? キカイくん」

「マイクロソフトオフィス、インターネットへの接続、各種アプリのインストール、その他、一般に普及しているスマートフォンやパソコンが可能な範囲のことは、すべて可能だ」


 凄い。凄いけれど、この状況では良くない。


「ほらな。あったあった、これが課題のことを書いてあるプリント。読める?」


 ミオはそう言って、キカイくんにプリントを見せた。キカイくんが目を通す。


「政策学部、政策概論レポート。二千字程度。参考文献を二冊以上用意すること。テーマ『二〇世紀以降の資本主義の発展について』。A4用紙で横書き。

 条件を把握。インターネットに接続。大学論文サイトを閲覧中」


 キカイくんはそう言って、目をチカチカさせた。立っているだけだけれど、頭の中では、高速でレポートを作成しているはずだ。

 イケメンだけれど、この様子を見ていると奇妙だ。

 わずか数秒で、キカイくんは元の目の色に戻った。


「レポートを作成完了した」


 ミオが顔を輝かせる。


「マジ! 印刷できる?」

「可能だ」

「お願い」

「谷原大学パソコン室のプリンタに接続。印刷中」

「ええ、本当にできちゃったの?」


 これは私。いけないことだとは思うけれど、本当に今のでレポートが完成したのか、興味はある。


 私たちはキカイくんと一緒に、パソコン室へ向かった。

 谷原大学のパソコン室はいくらかある。この部屋は五〇席くらいあるけれど、レポートの多い時期になると、すぐ満席になる。今日はそんなに使われていない。

 プリンタを見てみると、印刷済みのレポートが二枚あった。二千字なら、このくらいだろう。見てみると、ミオの名前でレポートが書かれてあった。


「よっしゃ」


 と、喜ぶミオ。


「ええ……」

「なに、不満なの?」

「こういうことは良くないよ。ずるいっていうかさ。キカイくんだって、こんなことのために連れて来られたわけじゃないし」

「いやいや、ユイは真面目すぎ。使えるものは使わないと」

「使えるものは使う。了解」


 キカイくんが、後ろで不気味に復唱している。


「結局単位を取れればいいんだからさあ。過程を省略して、結果だけ欲しいわけ」

「願望を分析中。尾川ミオの人生から過程を消去」


 次の瞬間、けたたましい音とともにキカイくんの目が光って、赤いレーザーが飛び出した。ミオは慌てて避ける。

 レーザー攻撃がプリンタに当たって、木端微塵に吹き飛んだ。ミオの反射神経がなかったら、大変なことになっていただろう。

 キカイくんは、またミオを見た。


「作戦は失敗。再試行する」

「ええ!」


 ミオは部屋を飛び出して、廊下を走り出した。私もあとを着いていく。大変だ、キカイくんは今、ミオを抹殺するマシンになってしまった。

 走りながら、ミオが必死の形相で聞いてくる。


「ちょ、ちょ、どういうこと!」

「ミオの人生から過程を省略しようとしたのよ」

「え?」

「だからさ、あなた過程を省略して結果だけ欲しいって言ったでしょ。人生から、途中で起こるいろんなことを省いて、結果だけが残ったらどうなる?」

「人生の結果……死か!」

「そういうこと」

「極端すぎるだろ」


 どうやら、キカイくんはそういう解釈をしてしまったみたい。


「AIなんだからしょうがないでしょ」

「仕方ねえ!」


 逃げている間にも、恐ろしい走行速度でキカイくんが迫ってくる。

 ミオはきびすを返して、逆にキカイくんに向かっていった。逞しい声をあげながら、キカイくんの頭を殴りつけた。成人男性をぶっ飛ばしたこともあるパンチだ。

 キカイくんの上半身が揺らいだ。

 けれど、ミオは右腕をひらひらと動かしている。


「いてえ!」

「でしょうね。キカイくん、壊れちゃったのかな」


 ミオのそばに行ってみた。すると、キカイくんは逸れた上半身を戻しながら、機械的な声で言った。


「頭部側面にダメージを確認。ダメージ測定、ゴリラ並みの腕力あり」

「こいつ!」とミオ。

「近接戦闘モードに移行」

「ちょ、ちょっと、ストップ、キカイくん、落ち着いて」


 キカイくんに話しかけてみた。このままでは、学校がめちゃくちゃになってしまう。冗談抜きで。

 キカイくんは気をつけの姿勢になって、私の目を見てきた。


「まだ、尾川ミオの命令が終わっていない」


 これは、ミオ本人から何か言わないとダメみたいだ。


「ミオはね、気が変わったのよ。ほら、ミオ」


 ミオの肩を小突いた。


「そ、そう。そうだよ。気が変わった。ええと、消去しなくていい。過程も大事にするよ」


 ミオが苦笑いをしながら言った。キカイくんは数秒黙った。ミオのセリフを聞いて、考えているみたいだ。というより、読解している、ていう感じかもしれない。


「了解した」


 キカイくんの言葉を聞いて、私もミオも、安堵の息を吐いた。本当に、生きた心地がしなかった。

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