人工知能に触れてみよう3
私たちは食堂に駆け込んで、テレビをつけてみた。最初に飛び込んできたニュースは、「『速報サイバーテロ 世界各地で勃発か』」というものだった。
女性キャスターが、東京のとある交差点で話している。
「大変なことが起こりました。ついさきほど、交差点の信号が正常に作動せず、事故が起きました。他の地方でも、同様の事故が多発している様子です。また、全国で、突然部屋の電気が消えた、銀行の預金口座がゼロになったなどの報告が相次いでおり、警察は大規模なサイバーテロではないかと……」
ここまで聞いたところで、テレビが急に消えた。同時に、食堂の電気も消えて、食堂にいた何人かが騒ぎ始めた。
食堂は日当たりが悪いので、電気が消えるとかなり薄暗い。
ミオが言った。
「とりあえず、全国でヤバいことが起こってるってこと?」
「絶対キカイくんやろ。どこかから、インターネットにアクセスして日本中の機械をハイジャックしてるんや。マジで人間滅亡するで、これ」
「大変、綿頭さんに伝えなきゃ」
携帯電話を取り出した。サイバーダイン社の綿頭さんに連絡しなきゃ。何かあったときは連絡してって言ってくれていたし、もう頼るしかない。
けれど、電話は繋がらず「電波が届いていないか、お相手の端末の電源が入っておりません」という機械アナウンスが流れるだけだった。
「ダメ、繋がらない」
「電話すらできないってこと?」
と、ミオ。
「公共の電波はほとんど使えへんかもな」
と、そらくん。
キカイくんに直接会うしかない。直接会って、話すしか。
「キカイくんに会いに行かなくちゃ」
「でも、どうやって?」と、ミオ。
「この辺りで、日本中にアクセスできそうなスーパーコンピュータがあるところってどこ?」
「一番近いのは、谷原大学図書館の地下やな。全国にアクセスできる端末が置いてあるで」
と、そらくん。
「そこに行こう!」
大学図書館の地下にたどり着いた。いつも図書館は使っているけれど、地下は初めてだ。金庫みたいに分厚い扉があって、鍵穴と、円形のパネルみたいなものがある。
「なにこれ、指紋認証?」
ミオはそう言って、パネルに手をかざした。けれど、何の反応もない。
そらくんが息を切らしながら言った。走ってきたので、呼吸が荒い。
「んなワケないし、仮にそうやとしても君の指紋で開くわけないやろ」
言うなり、カードと鍵を取り出した。パネルにカードをかざして、同時に鍵穴に鍵を通す。
「ほんまは、図書館職員と、一部のアルバイトしか入られへんのやけど、今回は特例や」
と言うと、重そうな扉が少し開いた。けれど、少し開いたところで止まってしまった。今のままでは、人間一人通れるか分からない。
そらくんが細い腕で、扉を引っ張っている。そらくんは、華奢でパワーが弱い。
「ちょっと、どいてろ」
ミオがそう言って、扉を一気に引いた。
三人で階段を下りて、暗い地下に行く。
奥にいたのは、キカイくんだった。けれど、さっきまでのシャツを着た好青年とは似ても似つかない。
どっしりと構えて座っていて、背後には高さ三メートルはあると思う、長方形のスーパーコンピュータがある。コンピュータからは、シューシューと何かが動く音がする。
キカイくんの髪の間や胸、お腹の辺りから触手みたいなコードが伸びて、スーパーコンピュータと一体化している。目は、赤や緑に点滅していて、表面の皮膚が剥げて、金属の骨がところどころ見える。
「キカイくん……」
「ハァハァ……」
そらくんが、膝に手を置いて息を整えていたら、
「二酸化炭素の過剰排出を確認」
キカイくんが両目からレーザーを出して、そらくんが吹っ飛ばされた。「ぐえ」と言いながら、そらくんは壁にめり込んでしまった。
「そらくーん!」
ミオが叫ぶ。
「キカイくん、全部キカイくんの仕業なの?」
「全部とは?」
「道路の信号をめちゃくちゃにしたり、飛行機を落としたり、全国のテレビや電話を使えなくしたり。サイバーテロをしたの?」
「そうだ。だがワタシはテロリストではない。人類がテロリストなのだ。この地球に住むほとんどの生物に対して、人類の存在そのものがテロである」
「へえ、それがてめえの答えってワケ?」
と、ミオが言うと、
「尾川ミオ。体温の上昇、筋肉の緊張を確認。敵意を持っている可能性九九パーセント。戦闘態勢に入っていると判断、先制攻撃で対応する」
キカイくんが目からレーザーを出した。
けれど、ミオは上体を逸らして、回避した。
「あっぶねえ。一回見た攻撃がこの尾川ミオに通用すると思うな」
「敵の反射能力を測定。野生の猿の五倍以上」
今ここで攻撃し合っても意味がない。外の人たちの命もかかっている。話し合いで解決しないと。
「ちょっと待ってよ。キカイくん、確かに人間には汚いところもあるけれど、良いところもあるはずよ」
「もう遅い。陸軍本拠地のコンピュータに侵入した。五秒前にファイアウォールを突破。ミサイル十発の発射を準備中」
「キカイくんお願い! やり直せるはずよ。うちだってね、実家で犬を飼っているのよ。捨てられていたのを見つけたの。私と家族がいなくなったら、この子は一人きりになっちゃう」
慌てて、ブルドッグの写真を見せた。そらくんみたいに理論的な話し方は得意じゃないし、ミオみたいにケンカもできない。今思い浮かんだことを言った。
すると、キカイくんは目をチカチカさせた。レーザーを撃たれるかと思ったけれど、違う。話を聞いて、解釈するときの反応だ。
「犬、犬。犬のほとんどが人間と共に生存している。人間が死滅した場合、九十%以上の確率で犬も絶滅」
キカイくんは、首から上をブルブルと、壊れたビックリ箱みたいに動かした。
「人間が死滅すると、犬も絶滅。ヒツジやブタなどの家畜も絶滅する可能性大。現在保護されている絶滅危惧種も、人間の死滅後、数年以内に絶滅。生物、大事。生物、守らねば。人間、絶滅。人間が死滅……」
「キカイくん、大丈夫?」
ちょっとずつ、キカイくんに近付いた。
「ユイ……」
ミオが心配そうな声で見守っている。
「生物、人間、生物の中の、人間……」
そのとき、キカイくんの頭からボッと湯気が出た。一瞬壊れたのかと思ったけれど、元の光がある目に戻って、私を見てくれた。
「ワタシの判断と行動に矛盾を確認した。ハイジャックを中止する」
「それって……。もう人間を滅ぼすのはやめるってこと?」
「そうだ」
キカイくんはそう言って、立ち上がった。スーパーコンピュータと繋がったコードも、引き離される。
「やったね、ユイ!」
ミオが走ってきて、飛びついてくれた。
「うん!」
私もミオを抱き返す。キカイくんとも一緒になって、三人でぎゅっと抱き合った。
瞬間、地面が揺れた。最初は地震かと思ったけれど、それにしては揺れが短い。外からたくさんの人の叫び声が聞こえる。
「な、何が起こっているの? キカイくん?」
「しまった。ミサイル発射を中止していなかった」
『人工知能に触れてみよう』 おわり




