ニコルス・ニコリヴィ 後
私自身はさすがに慣れてしまったことだが、客観的に見て我が国の人名規則は面倒くさい。
例えば私、ボリス・イリイチ・ブラーギフは、ボリスという個人名とブラーギフという家名の間に「イリイチ」なる謎の名詞を差し挟んでいる。これは付姓といって、基本的に父親の名を語尾変化させたものだ。
私の父の名はイリヤ。これを男性形に変えてイリイチ。ちなみに、父イリヤのフルネームはイリヤ・ニコライエフなので、私の祖父がニコライあるいはニコルであることが分かる。
父の名を姓の代わりに使う慣習から始まったこの規則は、私が生きたもう一つの世界にも比較的よく見られるものだった。「誰々の息子の何々」という言い回しはごく自然なものである。皆がブラーギフのような「家名」を持たなかった時代——つまり身分制が不完全な状況、あるいは場所——においては、自他を分けるのに最適の方法だったことだろう。
問題は「家名」の存在が確立された後。皆が家名を持つようになってなお、付姓の仕組みは生き残った。新たな用途、貴族階級の証として。どのような理屈からこの新しい役割が生まれたのか、学者として興味を惹くところだが、残念なことに、今のところ明確な理由は判然としない。より正確には、考察自体が存在しない。そこそこに長いノーレムリアの学術史において、付姓システムについて研究がなされたこともなければ、論文の一本さえも書かれてこなかった。
このように、名前一つとっても我が国の問題点がよく分かる。人々は、口では「ノーレムリアの精神」と唱えながら、その実体を詳らかにする意志もなければ欲求もない。我が国の知識階層が気にするのは、例えば遙か西の彼方サンテネリで百年以上前に起こった〝大改革〟や、海の向こう、新大陸植民地の独立戦争とその帰結としての「連邦共和国」成立など、西方諸国の出来事ばかりだ。もちろんこれらの事件はフランス革命やアメリカ独立戦争と同レベルの大事だから、皆が目を向けるのも分からないではない。だが、それにしても、自国の歴史にもう少し興味を持つべきだ。この先我が国を確実に襲うであろう「国民国家」の流行を上手く乗りこなすために。
加えてもう一つ文句を付けるならば、皆が御執心の〝大改革〟研究すら、学者達には全く以て切迫感がない。中央大陸史上初の民衆による王制打倒。それすらも「遙か西の奇妙な政変」でしかない。我が国もまた、当時のサンテネリ同様の専制君主制国家であるからこそ、〝大改革〟の顛末は本来我が事のはずなのに。ただ、これについては理由がはっきりしている。
我が国は〝大改革〟の影響を全く受けなかった。
〝大改革〟はあくまで改革であって「革命」ではなかった。王の首は飛ばなかった。幸運なことに当時の王は亡命に成功し、共和国こそできたものの、その余波としての戦争は、アングラン・帝国・プロザンという中央大陸三強との国境紛争に終始したのだから。
つまり、遙か西の彼方から我が国に攻め込んでくる無敵のサンテネリ皇帝は存在しなかった。我が国は相も変わらず西方諸国にせっせと穀物を輸出して外貨を稼ぎ、それをため込んでため込んで、鉄道敷設やら何やらの頭金にしたくらいのものだ。
これを読む君たちにとって当たり前のことを、こうも長々と書き綴る理由は明白だ。当たり前のことを当たり前と感じない感性は、「当たり前でないところ」に生きた経験から生まれる。つまり、これが私なのだ。
だが、そろそろこの面倒な付姓の羅列は止めにしよう。
この「物語」に登場するボリスは私一人。ニコルスもまた一人しかいない。どちらも貴族だ。これから出てくる人物達もまた。よって付姓で区別を付ける必要はない。
◆
その夜、ニコルス青年に呼ばれた先はオーリフ家の屋敷だった。
二代程前に西の隣国レフ王国からやってきた貿易商の家系で、当代のシモンに至って貴族籍を買った。彼は中央官房の財務部門で辣腕を振るう官僚であり、国家の政策決定に関与する「官房の主達」の一人である。
シモンには三人の子がいた。長男のヤシク(オーリフ家は貴族となったので、正式にはヤシク・シモノフ・オーリフ)は、ちょうど私と同年代であり、当然のごとくクラスメイトだった。これはなんとも奇妙な言い回しだが、それ以外に表現しようがない。
高等文官を目指す学生が進む教育機関はニコビルグ恩賜大学に決まっていたため、「当然のごとく」。そして、大学には「クラス」など存在しないにもかかわらず、クラスメイトと呼ぶほかないがゆえに「奇妙」。ちなみにヤシクは私よりも一つ年上なので「同級生」とは呼べない。
他にも何人か、後々まで友誼を保つことになる連中が集った夜だったが、今はヤシクの話だ。
黒髪の、貴族男性にしては比較的小柄な青年だった。私は彼の気取らない態度が好きだった。仲を深めれば気安い。長い歴史を持つ貴族家特有の持って回った言い回しや慇懃な素振りを脱ぎ捨てて、ごく自然に接してくれる。もうずっと昔、日本で一回目の大学生をやっていた頃、友人だった人々に彼は似ていた。
我らがニコルス皇太子の個人的な友人の輪の中で彼を際立たせたのは、その経済知識である。先祖の薫陶か、あるいは父親からの情報か、大まかにであれ国家の金の流れをその理屈から分かっていたのは彼くらいのものだろう。
ヤシク曰く、我が国には——少なくとも当時は——金があった。
それもそのはず、まだ例の戦争前だったし、地球では当たり前の社会保障費など概念すらない時代だから、まず支出自体が小さい。逆に収入の方は、繊維工業が日々拡張を続ける西方諸国の需要に引っ張られて、我が国の南西部を一大産地とする綿花が飛ぶように売れていた。そしてノーレムリア伝統の主要輸出品である穀物もまた、いつものごとく好調だった。大雑把に言って(つまり、金融に関わる部分を無視すれば)収入が支出を上回っていたことだけは確かだった。
「君が言った通り、隷農の解放は避けられない。陛下《父上》がなさるか、それとも俺か。いずれにしても、いつかはやらねばならない」
ごく内輪の席になると、ニコルス青年の言葉遣いは少々砕けたものになる。
「念のためお尋ねいたしますが、殿下、なぜです?」
「理由を挙げてゆけば際限ない。だから一つだけ選んで述べよう。——人が足らん」
言い終えてグラスのワインを勢いよく飲み干す。あまり行儀の良い仕草とは言えないが、そう振る舞うこと自体を楽しんでいるように見えた。
事実楽しいのだろう。なにせ彼は極めつけの箱入り息子だ。気の置けぬ友人達と下々の仕方で飲み交わす時間は何物にも代えがたい貴重なものなのだろう。
「要するに、西方諸国のあれを僕たちもまねる必要があるということだよ。ボリス・イリイチ」
ヤシクが言を継いだ。私も十分に理解できる。原料を売るより加工品を売る方が儲かる。大量に売れれば尚更儲かる。これはどこの世界、いつの時代も変わらぬ真理だ。
「つまり、作る者と……売る相手が足りない、と」
「それだ! 我が国の強みは、ノーレムリアの精華は、煎じ詰めればそこだ。我が国は広い。未だ極東に版図を広げ続けている。我が大地には大量の人間がいる。これこそ、かのサンテネリにもアングランにも真似できない、我らの!」
昼間のもったいぶった態度はどこへ行ったのか、頬に赤みの差したニコルス青年は年相応の若者に見えた。
「では、隷農たちを〝上手く〟解き放つ必要がありますね。着の身着のまま放り出したところで、作る者にはなれるかもしれませんが、買い手にはなりえません」
「難しいことだよね。程度も時期も、よほど上手くやらないと。支度金に幾ら掛かることか」
「確かに。ところで、このような話は官房でも話題に?」
学生達が考えつく程度のことを本職が思いつかないわけはない。皇太子とその取り巻きが大枠を理解するところまで来ているのなら、恐らく官房ではある程度精密な計画が立ち上がっているはず。
「なっている。なってはいるが、なかなか動かん。理性よりも、国家よりも、我が大鷲の家よりも、〝より偉大な方〟にお仕えする方々も居られるのでね」
「モカヴァの?」
「ああ。大僧卿様はお優しい方だぞ。家畜の如き隷農を解き放つなど人倫にもとる行いである、とね。真っ当な知恵も心もない隷農を導くのは貴人の責務だと。神の御裾の下に至るまで!」
正教の決まり文句はこの〝神の御裾の下〟というやつだ。
正教の教義は神の似姿を巨人のような何かとして描き出す。人はその足下、ローブの裾に包まって生きるのが理想である。
表では見せぬながら、ニコルス皇太子が内心モカヴァの大僧卿が見せる保守的な姿勢に不満を抱いていることは明らかだった。
だが、私たちの生きる世界においては、それが日本であれノーレムリアであれ、しかるべき地位に到った人間が理由もなく暗愚であることは滅多にない。大体は頭が切れるし、彼らなりの理屈もちゃんと持っている。
モカヴァ教区の大僧卿というノーレムリア宗教界のトップが伝統墨守一本槍の愚か者でないと仮定するならば、その人があえてそう述べる意図はなにか。
私はすぐに想像が付いた。何も頭がいいからというわけではない。元々の本職が、まさにそれにかかわることだったからだ。
「殿下。昼間のお話に加えて、更に付け加えることが増えてしまいました。皆さん既にご勘案の上であれば失礼にあたるかもしれませんが」
サークルの新参者として丁寧な態度を崩さぬよう私は口を挟んだ。
「いい! いい! ここでは遠慮はいらん。はっきりと言葉にしてくれ。ボリス」
「では直截に。殿下。解き放つのが家畜であってはならない。彼らを人にしなければならない、と。そういうことです。つまり、彼らに教育を施す必要があります」
「……教育?」
予想外の言葉だったのだろう。ニコルス青年はぽつりと言ったきり黙り込んだ。
「文字や算術は確かに必要だね。それは理解できるよ。素案にも組み込まれてるみたいだけど。……そういうことかな?」
引き継いだヤシクの反応も鈍い。
その利発そうな、だが時折は落ち着きなく見える大きな茶の瞳が内心の微かな嫌悪、あるいは恐怖を告げていた。
「いや。何もかも。文字の読み書きと単純な算術から始まり、この国の成り立ち、法の全体像、そして彼らが得るであろう諸権利まで、全て」
「君は正気か? 回古派よりもさらに悪い。これは驚いた! 名門ブラーギフ家の謹厳実直な若君が、裏では何と西方流の極端な思想にかぶれていたとは。君は立派な役者だな。大人しげな顔をして、隷農どもに知恵を授けろと、とんでもないことをいう。知恵を付けたやつらがまずやることは、我らの館を焼くことであろうよ」
職場の飲み会で管理職の先生方が酔っ払って喚いたところで特に恐ろしくはない。彼らは人事権を持たないし、持っていたとしても精々が役職の付け外しや異動くらいだ。人事権を持った法人の理事がいようが理事長がいようが、結局大したことはできない。
だが、一切の法に縛られない専制国家の権力者が赤ら顔も露わに目前で喚いたとき、それははっきりと生命の危機だ。自分個人の、ではない。家全体の命が賭けられている。
ゆえに私は自重するべきだった。明らかに性急だった。
だが私も人間だ。頭にくることもある。誰に対してであろうとも、皇太子であろうとも。
彼らは教育というものを明らかに軽んじている。建前だと思っている。それが与えられるのは悪知恵くらいのものだとタカをくくっている。
いつもそうだ。口ではご立派な御説を唱えながら、皆本心では大したことがないと、何の効果もないと思っている。紀元前の中東に興亡した国の名を知ったところで何になると。そんな知識は生きるのには必要ない、無駄なものだと。
私は散々見てきた。そうやって知性を、興味を、可能性を徹底的に抑えられた末に半ば廃人のようになった生徒達を。将来の希望も好きな教科も、もっと卑近なところで、今はまっている趣味も、全部判を押したように「ありません」と答えて口をつぐむ無気力な生徒達を。
彼らは空だった。
生まれながらに、ではない。空にさせられたのだ。まさにそれまでの「教育」によって。
つまり、誰も信じていない。
人が人に真の知恵を伝達することが可能であるとは。浅はかな、小ずるい悪知恵ではなく。
要するに、私もそこそこ酔っていた。
過去に植え付けられたある種のトラウマを刺激されて、反射的に口走った。
「では我々もまた、焼かれぬ存在へと変わるべきでしょう。そうなるべく、同時に我々も学ばねばならない。無知な人形が欲しいのならば今のままでいい。その辺りをお分かりの大僧卿様は誠に、真の賢者でいらっしゃる」
「なに?」
「殿下は明らかに軽んじていらっしゃる。金や土地の分配は確かに大事ですが、同等の重みが教育にはあります。それをご存じでない。目先の、目に見えるものしか見えていらっしゃらない。どうです?」
第十九期のノーレムリアにおいて、ニコルス太子とヤシク青年の反応は「当たり前」のものだ。むしろ当たり前でなければ困る。
彼らは自分たちと隷農を同じ「人」とは認識していない。頭では分かっているはずなのに心は拒否している。この状況は私にとってはとんでもなく不自然なことに思われるが、彼らから見れば私がむしろそう見えるだろう。
この状況を以て彼ら、あるいはノーレムリアの体制自体を馬鹿にするのは愚の骨頂だ。
君たちには是非、そのように理解して貰いたい。
かつて私が生きた世界でも、人が人をごく自然に「人」と認識するようになるまで、途方もない量の血が流された。流されてなお、その認識が完全に行き渡ったとは全く言えない。
そしてここノーレムリア、ひいては中央大陸では、そもそも血など流れていないのだ。まぁ、多少の切り傷はあっただろう。紙で指を軽く切ったときに湧き出す程度のものはあった。だが、両腕を切り落とすレベルの出血には到底達しない。
私はしっかりと理解していた。そのはずだった。
「ボリス・イリイチ……。君はまるで極派だよ」
ヤシクがぽつりとこぼす。そう。彼は現実主義者だ。意外なことに、若い者ほど現実を語りたがる。その方が「大人」な感じがするからだ。
「それは心外だ。ヤシク・シモノフ。我々は皆、最後は〝神の御裾〟に抱かれる。そういう〝物語〟を与えられている。だが、生まれてからそこに到るまでの旅程を無視して、一足飛びに〝御裾〟に到ろうとする者はいない。でも、ようするに極派とはそういうものじゃないか。だから私は極派ではない。少なくとも私は、この旅に膨大な時間がかかるであろうことを理解している」
人の存在とはつまり、誕生から死までの時間である。死——〝神の御裾に抱かれること〟は避けられない絶対のゴールだ。だが、そこに到るまでの時間を省けると考える者はいないだろう。その過程こそが重要なのだと皆が理解している。
人生の比喩は的外れではない。
私たちは確かに、何もかも放り出して一瞬でゴールに辿り着くことができる。自死によって。だが、正教の教えるところ、自殺者は〝神の御裾〟に辿り着くことは決してないという。つまり、その方法をとった場合、永遠に目的地には辿り着かない。だから私たちは長い時間をかけて、大抵は嫌なことばかりの人生を生きる。
隷農の解放についても社会の変革についてもそれは変わらない。一足飛びに辿り着くことは不可能だ。この考え方が真理であると断言はしないが、そう悪いものでもないだろう。
無駄な、どうでもいい知識——古代オリエントの王朝名やら何やらを覚えてきた結果、私が得たのはこういう類いの考え方だった。
◆
オーリフ家の客間を占拠した我々はにわかに黙り込んだ。酔いには緩急がある。今、我々は弛緩した。
部屋のここそこに適当に配置された一人がけのソファには、それぞれサイドテーブルが付いている。私たちはグラスにワインを入れ、飲み、時折もう一つの杯に水差しから水を注ぎ、飲む。
ニコルス青年は背もたれに後頭部を預け、明るい茶の革張りにその見事な赤毛を散らしている。ぼんやりと宙を眺めながら。ホストのヤシクもまた、脱力を隠さぬながら手に持ったグラスを無意味に揺らしていた。
この機会を捉えて、回らぬ頭を無理に回して状況を整理した。
ニコルス・ニコリヴィ。我が国の皇太子は隷農の解放が必要であると考えていた。やりたいのではない。せねばならない。そう思っている。そして、できることならば早い内にそれを望んでいる。ただし、西方諸国から流れてくる極端な自由思想にかぶれて熱に浮かされたように動く者たちのことは全く評価していない。年齢からして政務に携わる機会も増えた頃合いだろう。現実が見えてくる。
こういった状態、あえていうならば「生殺し」の状態ほど若者の心を削るものはない。
彼らは何かしたいし、何かを決めたい。優秀な——言葉を換えれば、内に活力をしっかりと持った生徒達は皆そうだった。部活動であれ進学であれ趣味であれ、何か目標を定め、それを達成することに喜びを覚えるタイプの彼ら彼女らは停滞を嫌がる。嫌がるが、一方で「仕方ない」ことも分かるだけの理解力を持っている。その停滞は大体において制度に端を発するものだ。部活動で素晴らしい能力を示したとしても、自分より年長の、自分より劣った者がレギュラーに選ばれる。心の中に不満はあれど、そういうものであることを理解できるのだ。
幸いなことに、ノーレムリア帝国の皇太子は聡明だ。苛立ちを発散する場をちゃんと確保している。つまり、この日、この場のような。それは驚くほどに賢明な行為だと思う。ヤシクも当然のことながら、私も含め、彼はしっかりと「相手」を選んでいる。ある程度自分の考えを理解し、ある程度同調し、ある程度反論をする。そういう相手を探すのは随分骨が折れることだろう。
彼の知遇を得たいと望むものは多い。何しろ次代の皇帝陛下だ。覚えめでたくなれば栄達が約束される。そんな中で、用途に「適切な」人間を選ぶのは至難の業だ。
昔の私は彼のように賢明だっただろうか。一介の学生に過ぎなかった私は、彼のような重責を負ってはいなかった。悩みと言えば単位取得やアルバイト、そして就職。全て私という一個人に関わるものに過ぎない。
一人暮らしの友人の家に押しかけて、皆で安酒を飲んだ記憶が蘇る。居酒屋ですらない。日本ならばこのまま雑魚寝してしまうところだが、ノーレムリアにおいてはどうだろうか。何しろこんなことは初めての経験だ。この地においては。
左腕に巻いた時計にチラリと視線を投げる。
時計。
これといった趣味をもたなかった日本の父が唯一執着して、収集していたもの。何がそれほどに彼を惹きつけるのか、当時の私には全く分からなかった。今も分からない。
分かるのは時刻だけだ。
二十時を回ったところ。夕から飲んでこの時間。
ノーレムリアのみならず、中央大陸の夕食は遅くに始まる。貴族やしかるべき資産を持った市民の家であれば、大体二十一時か二十二時。
それまでの時間はこうして仲間内で、あるいは家族で酒を飲む。軽く。ほんの少しの酔いを含ませながら、ざっくばらんな会話を持つのもこの時間。今日のように他家に伺った場合、家族と顔を合わせ、挨拶するのも夕食前のこと。
要するに、私たちは飲み過ぎた。
◆
客間の扉がゆっくりと開く。ノーレムリアにおいて部屋は厳密なプライベートスペースではない。
密議をしたければ召使いに人払いを命じておくのが習い。この日はただの酒盛りに過ぎなかった。
ゆえに人払いはなく、前触れもまた、なかった。
「ねぇ、ヤシク兄様? もうよろしい?」
柔らかい声がした。




