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クズ*ギブ~人間ギライの紙さま。~  作者: 稲穂 実


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7/8

★第六話 神のはたらき

※ちょっとだけ血なまぐさい表現があるので、苦手な方はご注意ください。

 その部屋はまさに深紅だった。

 天井、電灯、壁、床、窓ガラス、そこに掛かったカーテン、取りつけられた冷暖房、湯を沸かす為だけの小さなキッチン……。

 ワンルームの部屋の中で、凡てが、一ミリも余すところなく、粘着性のある赤で染められていた。噎せ返るような鉄の匂い、現場保持の為に靴に巻いたビニール越しに、ぬるぬると纏わりつく液体。

 その中央に、まるでキャンプファイヤーのように井桁型に組まれた【何か】が鎮座している。

「それにしても、ほーんと不思議っすよねえ。チョップドサラダみたいになってんのに、()()()()()()()()()()()

 後輩のシンの、場に不釣り合いな軽妙な声がしたと同時に、赤い景色は波が引くように何処かへ消えていった。後にはただ、何の変哲もない、クッションフロアの部屋だけが残った。ただ、中央の【何か】は、そのままそこにある。

「前の現場でも似たようなことがあったんすけど、鑑識さんが幾ら調べても血液反応はゼロ。普通なら、他の場所でバラしたってことなんだろうけど……」

 シンはそこで言葉を濁した。刑事らしからぬ、金色の髪。耳にはピアス。金の毛先は乾燥して、右往左往に広がっている。

【新世代】の人間。二十年前、突如として【神】が現れた時、まだ生まれていないか、幼かった者。神の存在を、そして神の【はたらき】を、当然のこととして認識している世代。

「テットさん、どうかしたんすか?」

 シンから問いかけられ、俺はようやく赤の幻影から脱け出した。いや、幻想とも云えない。恐らくこの後見る【映像】に、俺が見た通りの景色が映っているだろうから。

「いや、腹減ったなと思って」

「ちょ、やめてくださいよ、サイコパス発言~。それどっちかっていうと、俺っぽいじゃないすか~」

「お前もさっき、サラダとかなんとか云ってたろ」

「チョップドサラダすよ。昼奢って下さい」

「なんでだよ馬鹿」

「ううわ、直截的な拒絶! 流れでぶっ込んでみたら、いけると思ったのに!」

 年は二十五くらいだったか。四十を回った自分とは感覚も世界観もまるで違う。この世代の人間には壁がない。壁がないのに、何故か遠い。腹の中がまるで読めない。何の目的もなく動いているように見える時もある。

 彼らは軽やかだ。誰もが何かを背負っているはずなのに、まるで何の重荷もないように振る舞う。俺にはできない。とてもできない。彼らから見れば、俺はひどく陰鬱な、被害妄想に満ちた人間に見えるかもしれない。いつも凡てに不満そうで、いつも何かに絶望している。

「やめとけやめとけ。そいつの飯についてったら、パフェかケーキで終わっちまうぞ」

「あ、ザインさん! お疲れ様でーす!」

 シンはうさぎのようにピョンと飛び跳ねて、はしゃいだように声の主に敬礼をする。

「お疲れぃ」

 ふざけた調子で応じたのは、俺たちの直属の上司、ザイン警部だ。顔の前で手刀を切るように敬礼する。オイルでがっちり固めたオールバックの、いかにも胡散臭げな馬鹿野郎だ。

「え、テットさんが夜な夜ななるぬ、()()なスイーツを食い散らかしてるって噂、マジなんすか」

「そんなわけないだろ」

「いいや、マジだ!! こいつは毎日、致死量の砂糖を摂取しないと死ぬ体だからな」

「そんなわけないだろ」

「おおい、上司にタメ語使わないでくれますぅ? 上下関係厳しい世界でぇ」

 前言を撤回する。同世代でも、訳の分からない奴はいる。

「お二人は学生時代からの腐れ縁なんすよね! さすが仲いいっすね! 友情で結ばれた同期! 憧れます!」

「そうそう、同期なのに、こいつはまだ巡査部長、俺はもう警部! かー! 我ながら憎いね、自分の才能の大きさが!」

「おつかれーっす」

 俺は肩に回されたゴリラのような腕をすり抜けて、玄関へと向かった。どうせ型通りの検視をして、被疑者死亡で送検だ。俺たち警察がすべきことなど何もない。

【神のはたらき】で処刑された者は、それに応じた罪を犯した者。つまりこの死体は、被害者ではなく加害者なのだ。

「いやー、ほんと神さま様々だな。俺たちの仕事は激減、なのに検挙率はなんと百パーセント! 俺たちが取り逃がしても、神さまが必ず処分してくれる」

「片付けの配慮までしてくれるなんて、神様はほんと至れり尽くせりっすよね」

「ほんそれ~~。よし若者よ、飯なら俺が奢ってやる! 好きなだけ喰わせてやるぜ~」

「まじっすか! 一生ついていきます、ザイン様!」

 そいつに付いてったら、ニンニクましまし、スープというよりもはや油の汁でコーティングされたラーメンしか食えねえぞ。



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