★第二話 これ以上、濃いキャラクターはいりません。
明らかに危険な状況への恐怖だの、鍵を開けっぱなしにしていった男への怒りだの、そんなものを感じている暇はなかった。
目の前に、二つの双眼があった。どんぐりのように真ん丸で、茶色がかった玉。
瞳と同じく茶色がかった髪は、前髪が一直線に切り揃えられている。そのお陰で、きれいに弧を描いた額が、私の美しさを見よとばかりに丸出しだった。
「あのさあ……」
目の前の『女』は、気だるげに首を擦りながら云った。
「あんた、誰?」
いや、こっちのセリフだよ!!
*
「へえー、あいつが人を拾って来るなんてねえ」
「いや、そんな犬猫みたいに」
「でも、気を失って気付いたらこの部屋にいたんでしょ? だったら、拾われたってことじゃない?」
「ぐぬぬ……」
謎の闖入者(彼女にとっては僕が『闖入者』だったようだが)は、相変わらず気だるげに首を少し傾けながら、手慣れた様子で山の中からヤカンと不揃いのマグカップを見つけ出し、眉をしかめた後、それらを洗浄までして温かいお茶を淹れてくれた。まあ今真夏なんですけど。クーラーは効いてますけど。
「でもさ、夜中に気を失うなんて、貧血もちなの?」
さすがに初対面の相手に「いえ、自殺しようと廃屋から飛び降りたはずなんです」とは云えず、「気を失った」とぼやかして事情を説明したのだが、まさかここまで突っ込まれるとは思わなかった。ていうか、あなた誰?
「まあ、なんでもいいけどねえ」
女は、僕の返答が数秒開いただけで興味を失ったらしく、ギシギシと軋むダイニングチェアに背中を預けた。
「それよりもさあ、私、もっと気になることがあるんだよねえ」
「あ、あの人ですか?」
僕は『男』の名前を知らない。
「あの人なら、今、買い物に」
財布持ってないけど。
「うーん」
僕の返答が聞こえなかったかのように、女は首の傾きを深くした。ダイニングチェアに沈み込むようにして、どうも僕の全体像を観察しているように見える。
「な、なんですか?」
居心地悪いですね、はい。
「よし、決めた」
女は突如として立ち上がり(脈絡のない人間の知り合いはやはり脈絡がないのか)、再びカウンターキッチンの向こう側へ消えた。何やら引き出しを開けて、ゴソゴソしている。
彼女がこちらに背を向けているうちに、僕は音を立てないようにダイニングチェアから立ち上がろうとした。訳もなく逃亡したくなった。いや、訳はある。なんだか嫌な予感がしたのだ。
「はい、これ被ってね」
あと一歩で廊下の方へダッシュし始めようとした瞬間、女が振り返り、僕の方へ何かを投げた。ふわりと落下したそれをつい確認するとゴミ袋で、閉じた側の真ん中が半円型に切り取られている。
「あの、これは……」
「はい、そこ座って。床は後で掃除すりゃいいでしょ。どうせゴミ溜めだし」
「えーとー」
抵抗する間もなく、僕は頭から袋を被せられ、せっかく立ち上がったダイニングチェアにまた尻をくっ付けることになった。そして背後に女が立ち、その手には……。
「あの、そのハサミで僕をどうなさるつもりでしょうか?」
「気になるのよね、ぼさぼさの髪が。特にその前髪」
「前髪」
「長すぎる。ダサイ」
「ダサイ」
「あと、視力が悪くなる」
「僕は視力だけは昔から良いので、お気になさらず」
「レッツ・ラ・ゴー」
なんとも覇気のない掛け声と共に、僕の背後でチョキチョキと断罪する音が響き出した。僕の頭の中には、女の真っすぐに切り揃えられた前髪のことしか浮かばなかった。僕の未来にあまり光はなさそうだった。




