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クズ*ギブ~人間ギライの紙さま。~  作者: 稲穂 実


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16/22

★第十四話 赤い記憶

今回は後半はちょっとシリアス編でっせ。

ほんのちょっとだけ、人によってはエグイと感じる一文があるかも。

編み物しすぎて肩こりマッハ。


登場人物の名前が覚えられないので、自分用に登場人物一覧表をようやくこさえました。

ドラマも映画も小説も漫画も、名前が覚えられないので、名前だけ出されても「え? 誰のこと?」ってなって、重要な場面が台無しになったりします。

オボエラレネエヨオオオオオ


 天気に恵まれた昼下がり。

 窓ガラスの内側で冷房に護られながら、生クリームにフォークを沈み込ませる。プレート皿には、夕張メロンのショートケーキ、レモンクリームのパイシュー、さくらんぼ(しかも佐藤錦)のタルトが乗っている。凡てがご馳走なので、どれから食べるか、相当に悩んで悩んで、ようやくショートケーキから食べることに決めたのだ。今。

 この店は季節のフルーツをふんだんに使ったパフェが名物で、それに釣られてきたはずが、入店して肌を炙る熱波から解放された途端、冷え冷えした空気の中でパフェを食べる気が失せた。冬にはこの逆の現象が起きる。首をすくめながらぬくぬくした部屋に入ってしまうと、途端にアイスが食べたくなったりする。世の不思議だ。

 滑らかでいながら全く重たくない、素晴らしいクリームを堪能しながら、半ば習性で辺りを見回す。客層は若い女性のグループばかりで、おっさん一人で食べている客など皆無だ。

 だが、自分の好きなものを堪能するメリットと比べれば、アウェイな空間でアウェイなものを食することはデメリットにもならない。

 そもそも、どこにでもいる普遍的なおっさんに興味のある人間はそうそういない。と思っていたら、若い女の一人客と目が合ったが、向こうがすぐに逸らしたので、気にするべくもない。俺は普遍的なおっさんだが、人相の悪さには自信がある。

「お飲み物のおかわりはいかがでしょうか?」

 ショートケーキを平らげた辺りで、愛想のいい女の店員が、他の客と何の区別もなく素晴らしい接客をしてくれたので、俺はありがたくレモンティーをお願いした。一杯までおかわり無料だ。

 今日は、珍しく何もない非番だった。大抵は呼び出しがあり、丸一日休むことなどないのだが、今日はスマートフォンはうんともすんとも鳴かなかった。そのお陰で、こうして念願の店を訪れることができた。そうして、極上のスイーツに舌鼓を……。

 パイシューにフォークを挿し入れたところで、とても忌まわしいものが目の端に映った。だが俺は、努めて、なかったことにした。パイシューのレモンクリームは甘酸っぱさが……。

「よーう、テット! 愛しの俺が来てやったZE☆」

「営業妨害だ。消えろ」

 目の前に現れた巨体に、俺はなるべく注意を払わないようにしながら云った。だがこの巨体は、蔑まれるほど興奮する特性を持つ変態なので、効果がないことは分かり切っていた。

 案の定、巨体……ザインは、当たり前のように向かいの空席に腰を下ろし、親切な店員を呼びつけてコーヒーを注文した。しかもブラック。邪道だ。

「何でここが分かったんだー! って顔してるな? 俺、お偉いさんだからさー、分かっちゃうんだよ、何でも、ふはははは」

 俺は絶品スイーツの味が損なわれないように、無になってパイシューを口に運び続ける。甘いものはいつも俺を救う。俺はたとえ、甘いものに殺されたとしても、これまでの恩義に感謝して死んでいくことができる。

「いや、それでさ、本題なんだけど」

 何も聞いていないし尋ねてもいないのに、ザインは会話が成り立っているかのように話を進める。

「例の失踪事件、ちょっと面白そうなものを見つけてさ」

 さあ、名残惜しいが最後は君だ。佐藤錦くん。

「失踪届が出されている者たちの、その失踪届を出した人物たちについて調べていたんだ。大抵は身内、身内と縁遠いものは恋人とか友人とかなんだが、その中の一人が、妙なところに出入りしていてな」

 うまい。佐藤錦という高級品を、惜しげもなく使っている。ただ佐藤錦を上に載せるだけのチンケなものではなく、佐藤錦本来の風味を損なわない甘酸っぱいソースが……。

「【神様を見守る会】だってよ。笑えるだろ? 神が俺たちを見守ってるはずなのに、その神を更に見守るって、鶏が先か卵が先か的な? 違うか! ワハハハハハ!」

 はあ……最後のひと口まで至福の時間だった。俺はカップに口をつけ、レモンティーを味わう。冷房で冷えすぎた体には寧ろ、ホットの温もりが染み渡る……。

「ということで、お前にそこに行ってもらうことにした」

「断る」

「あれ? ちゃんと聞いてくれてたの? さすが親友! わはははは!」

 静かで穏やかな時間が流れる空間に、こいつの馬鹿笑いは不協和音として響き渡る。

 うるせえ。

「でも上司命令だからさ。お前とはずっといい友達だけど、これとそれとは別だから。やっぱり男は仕事に生きなきゃな」

「お前と友人だったことは一度もないし、お前を上司だと思ったこともない」

「またまた照れちゃってぇ~。俺が昇進した時、一番に花送ってくれたのお前じゃーん!」

「ああ、墓花な」

 墓参りに行こうと思ったのだが、やっぱり行く気が失せてこいつに押し付けただけだ。

「なあ頼むよぉ~。お前にしか頼めないんだってぇ~」

 なんでこいつはいつも裏声でくねくねするんだろう。きめえ。

「だってさあ、その会に参加する条件って云うのがあ、」

 俺は本能的に、この後ロクでもないことを聞くことが分かった。でかい口を左右いっぱいに広げてにやつくこいつは、いつでもロクでもないからだ。襟足にピリリと電流が流れる。

「【犯罪被害者】あるいは、【身内や大切な人が犯罪に巻き込まれた人】だからさあ」

 最後まで聞く前に、俺はフォークを握りしめていた。そして、その切っ先を、ザインの眼球に突き立てんとしていた。ギリギリで止めた自分を大いに褒め称えたい。

「きゃー、こっわーい」

 身を捩る巨体に、腕くらいなら刺しても良いのではないかと誘惑が忍び寄る。が、俺はなんとか、フォークを空のプレートの上へ戻した。品も接客も一流のこの店の備品を、こんなやつの血肉で損なうわけにはいかない。

 幸い、奥まった席なので、こちらの不審さに気付いている客はいなかった。が、ふと見ると、キッチンへ続く導線の手前で、盆を胸に抱えたあの愛想のいい店員が、こちらを窺いみている。俺が詫びる気持ちで頭を軽く下げると、店員も慌てたように頭を下げた。彼女が謝る必要はないのに。悪いことをした。

「何? あの子がお気に入りなの?」

 クソ野郎のゲスな勘繰りはもちろん無視した。

「おーい、注文お願いしまーす」

 俺への当てつけのように、手を挙げて女店員を呼びやがる。

「ねえ、お姉さんさ、ここってなんか脂っこいもんない?」

「脂っこい……ですか……?」

「おい、ここはラーメン屋じゃねえんだよ。お前が来るところでもねえんだよ」

「あ、そういうの差別だと思います。ねえ? お姉さんもそう思うよねえ?」

 そういえばこいつ、大学の時からエグイ女たらしで有名だったな。俺から見ればただのムサイゴリラなのだが、女から見るとどういうカラクリを経ているのか、高身長マッチョイケメンに変換されるらしい。世の不思議だ。

「あの、濃厚な、という意味でしたら、当店のブラウニーはカカオをたっぷり使った濃厚なクリームが評判です。もともと添えてある生クリームを、オプションにはなりますが、増量することも可能です」

「おお! なんか脂っこそう! じゃあそれで!」

「ありがとうございます」

「え、お前はもう食べないの? 食べるよな?」

 腰を浮かせていた俺に、ザインが話を振る。甘いものを人質に取るとは卑怯な。クソ野郎の魔の手から、甘いものを救い出さねばならない。俺は大変遺憾ながら、腰を下ろした。

「じゃ、二つで」

「お二つですね。かしこまりました」

 女店員は綺麗な曲線で頭を下げて、去って行った。接客の鏡だ。

「あのさあ、前から聞こうと思ってたんだけどさあ、」

 クソ野郎もといザインは、悪びれぬ様子でブラックコーヒーを一気飲みする。邪道だ。

「お前が俺に対して素直じゃないのって、【あの人】が原因なわけ?」

 ガチャン、と、耳障りな音が鳴った。俺の意思とは無関係に飛び跳ねた指が、カップに当たった音だった。動揺を見せたくなかった。というより、動揺している自分を感じたくなかった。どれだけ月日が経とうとも、あの日から一歩も動けていない自分を、まざまざと見せつけられるなんて、まさに地獄だ。

 瞼の裏で、赤い色がチラチラと蠢き始める。

 やめろ、やめろ。見たくない。やめてくれ。

「あ、悪い悪い、禁句だよな、これは」

 言葉とは裏腹に、楽し気なザインの声が降ってくる。

「殴ってやろうか」

 それだけ、必死に絞り出した。急速に現実から遠ざかろうとする意識を、何とか引き留める為だった。自分の声を、耳に届ける。大丈夫、大丈夫。俺は今、ここにいる。【あの部屋】じゃない。ここにいる。

「いいぜ殴っても。親友の誼で、懲戒免職にはしない。数日の謹慎で手を打とう!」

 肩の上に、やけに重い手のひらが乗る。俺の視界にはもう、白いテーブルクロスしか映っていないが、あいつの無駄に長い丸太のような腕が、向こう側の席から伸びているのが分かる。

「あと金持ちだから、ここの会計も奢ってやる」

「経費で……落とすなよ……」

「今そういうの厳しいからぁー。そんなポンポン経費にできないからぁー」

 笑いが洩れた。場違いな笑いだった。でも、今ここに俺を留めてくれるなら、なんでも良かった。俺は必死にしがみつく。地獄へ連れ去られないように。

「まあ、俺もお前もさ、いつまでも【あの人】に捕えられてちゃ駄目だと思うんだよね。やっぱ【あの人】を忘れて幸せに生きるのが、一番の()()っていうかさあ」

 ああ、やっぱり、この赤い絵の具は少しも留めることができない。

 一度垂れたら、次から次へと、だらだら、どろどろと湧いては流れて、俺の凡てを覆ってしまう。俺は窒息して、死んでしまう。何度も殺されて、そしてまた息を吹き返す。そしてまた、赤い水の底に沈められる。

「【あの人】の最後が()()()()()のって、結局、神様のはたらきだったのか、単に【あの人】が自分でやったことだったのか、どっちなんだろうな」

 隙間が見える。首の、喉仏の辺りに、隙間が、奥が、赤、赤で、赤の、

「最近思うんだよ。ていうか、前から思ってたんだけど。俺は【あの人】に似てるよ」

 出して欲しい。ここから出して。

 ()()()()

「でも、決定的に違う所がある。だって、【あの人】は、お前を愛してなかった。そうだろ?」

 お母さん。

「でも、俺はお前を愛してる。すごく大事に想ってる。そうだろ? だから()()()()()()、お前を助けたんだろ?」

 お母さん。

 ここから出して。



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