★第十三話 神様の弱点
あれ?
また編み物沼にはまっている間に、幾千の時間が流れたのでしょうか・・・
「それで、僕の仕事って【神様を見守る会】で神様を愛でることなんですか?」
いつ買ったのか分からない食パンを、何もつけないまま貪っているメムさんに、僕は大欠伸をしながら訊ねた。
カフさんの家をお暇して、気を失ったように眠り込み、起きたらもう十五時過ぎだった。帰ってくるまで特に眠気は感じていなかったのに、家に辿り着いた途端、急激な眠気に襲われた。いつの間にか、この荒れ狂った部屋が自分の安全地帯になっていることに気付く。ちょっと愕然としてしまった。
「ひはうひはう」
「は?」
ハムスターみたいに頬を膨らませたメムさんは、これもいつ開けたのか分からない牛乳をパックのまま飲み干し、案の定顎に零していた。最悪だ。
「ぷはー、うっめえなあ!」
後で腹壊しても知らんぞ。
「えっと、なんだっけ?」
「だから、僕の仕事は……」
「あ、そうだそうだ。違う違う、って、さっき言ったの」
「違うって……。じゃあ、なんであそこに……」
僕の頭の上に溢れる疑問符を、メムさんは何とも思ってないようで、顎と服に零した牛乳を、椅子の背に掛けてあったタオルでゴシゴシ拭いている。
「くっさ! え、このタオル臭いんだけど!」
「濡れたまま放置したタオルの臭さは異常です」
どうしてこの人との話は、いつまで経っても前に進まないのか。
「あの子たちはさあ、犯罪の被害者なんだよ、みんな」
そして、どうして唐突に、こんなにも重大な話をしてしまうのか。
「あの子たちって」
「【神様を見守る会】の子たちだよ。本人が被害者の場合もあれば、身内や大事な人を犯罪で傷付けられたり、喪った子たちもいる。まあ、ラメッド君はまだ保留だけど……」
僕は昨日会った、カフさんとラメッドさんの顔を思い浮かべる。カフさんは徹底した黒へのこだわりが個性的ではあるが、メムさんよりもよっぽどまともで、普通の人だ。外から見るだけでは、その人の過去は分かりっこない。
「カフが黒々してるのは、喪に服してるからなんだよ」
「喪に……」
「彼女は大切な人を犯罪で亡くした。元々、黒は好きだったみたいだけど、今ほど徹底しているのは、それが理由なんだって。結成した当時、教えてくれた」
こだわりの理由にも、人それぞれの背景がある……。
「あの会は、結成してどれくらいになるんですか?」
「うーんとね、五年くらいにはなるかな? 他にももっと会員はいるんだよ。交流の仕方は自由だから、ネット上で会う子たちもいるし、近隣で集まる子たちもいる。僕がよく会うのはカフたんくらいだけど」
「五年か。長いですね」
「まあ、それだけ、被害者が生まれ続けているってことだよ」
「あ……」
メムさんのひと言に、思いがけず胸が掴まれる。
「あのさ、サメフ」
急に、メムさんが、僕の目をまっすぐに見返した。
「神様の弱点が何か、分かる?」
「弱……点……?」
神様は完全な存在だ。弱点などあるはずがない。
「神様には分からないこともないし、できないこともない。学校でもそう教えるし、テレビでもそう云ってる」
僕は頷く。まともに学校に通えたことなどなかったが、この世界に生きていれば、神の全知全能は疑う余地もない。
「でも、神が裁くのは、【犯罪者】だけでしょう?」
「その通りです。神様は、犯罪者はどんな者でも、絶対に見過ごしません」
「そう。【犯罪を犯しそうな者】を神様は裁かない」
「は?」
「神様は、決して、犯罪を防げない」
メムさんはさっき云った。『被害者は生まれ続けている』と。
「神様が全能なら、どうして犯罪を防げない? 犯罪者を裁くより、そもそも事件を起こさせなければ、被害者は生まれない」
「それは……」
「神様には分からないんだ。誰が何をするのか。あるいは、分かっていても、手を出せない。そういう【システム】なんだよ」
僕は何も返せなかった。これは神への冒涜なのだろうか。
僕たちは別に、神への言論を統制されてなどいなかった。神について何を話しても、どんな感情を抱いても、神は僕らを罰さない。
神が僕らを罰するのは、僕らが誰かを理不尽に冒涜した時。
それだけ。
神への僕らの感情は、【信仰】じゃない。神はいわば……そう、今メムさんが云った、【システム】のようなものだ。
神は当たり前に、僕らの為に、世界を整える。
空気と同じように、僕らの命を紡ぐ。
臓器が、組織が、何の意識もなく動くように。
神はいつでも、僕らに溶け込み、僕らと共にある。
「だからさ、それが俺達のお仕事になるわけ」
呆然としている僕に、メムさんはあろうことか、歯を見せて笑った。
「仕事って、何がですか?」
「だーかーらー、【事件を未然に防ぐこと】だよ。」
「は!? そんなこと、できるわけ……。なんですか、探偵の真似事でもやるつもりですか?」
「ちっちっち、俺を舐めてもらっちゃ困るね。俺に出来ないことなんてないからね。【神様を見守る会】の子たちの為にも、新しい被害者を少しでも減らすんだよ」
意味が分からないので、僕はもう別の話をすることにした。
「あの、さっきから【神様を見守る会】の人たちを『あの子』って云ってますけど、カフさん達とメムさんって、そんなに年齢変わらないですよね?」
「いんや、変わるよ。俺めっちゃ年寄りだもん」
「え? 何歳なんですか?」
「うーん、正確には覚えてないけど……」
メムさんは唇に指をあてて、考えるそぶりをした。
「たぶん、三千歳くらい」
え。うざいんですけど。




