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クズ*ギブ~人間ギライの紙さま。~  作者: 稲穂 実


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★第十一話 神様を見守る会

「我々は、誇り高き宇宙戦隊員、【神様を見守る会】メンバー一同である!!!」

 三人から四人に増えた輪の中で、メムさんは猛々しく叫んでいた。高級マンションだから、防音機能はバッチリだろう。苦情や、奇人変人がいるという誤解(いや誤解ではなく事実だが)を受ける心配はなさそうだ。

 ていうか宇宙って何。

 僕はちらりと、斜め前に座る男性に目を遣った。先ほどのインターホンで来訪したのは彼だった。肌質は若いのだけれど、目の下には紫色の隈があり、その所為で見た目とはアンバランスな老人じみた雰囲気がある。頭頂部から生え際に至るまで、白髪も随分目立っている。

 互いに自己紹介をした時に受けた印象は、覇気はないけれど、決して無礼ではなかった。寧ろ、本来はハキハキと如才ないタイプなのかもしれないとも感じた。名前はラメッドといって、役所に勤めているそうだ。自殺に失敗して他人の家に転がり込んでいる僕と違って、よほど立派だ。

「まあ、【会】だなんて大袈裟に云ってるけど、要はただのファンクラブなのよ」

 カフさんがご近所のおばさんみたいに、手のひらを振りながら茶化した。

「ファンクラブって、【神様】のですか?」

「そうそう。あたし達の他にも、同じような集まりが沢山あるみたいだけどね。ネットコミュニティとかオフ会とか」

「ノンノン、副会長! 俺たちの会は、その辺の偽物とは別格!! 神の声を聞き、神の意志を知る者たちなのだから!!!」

「まあまあ、メム会長、ちょっと座ったら」

 カフさんがサラリと云ってのける。すごい、メムさんのペースに呑まれてない。

「あの……」

 メムさんが物足りなそうに着席した時、ラメッドさんが掠れた声を発した。

「例の【失踪事件】についてなのですが……」

「うむ、ラメッド君! 実にいい指摘だ! まさに今日の議題はその【謎の失踪事件】についてなのだよ!」

「今日の、というか、今日も、でしょ、会長」

「何か、新しいことが分かりましたか?」

 それまで暗く淀んでいたラメッドさんの瞳に、急にパッと光が差した。椅子から落ちそうなほど前のめりになる。

「重大なことが分かった!」

「ほ、本当ですか?」

「まあたそんなハードル上げちゃってー、会長ー」

「何が、何が分かったんですか!?」

 ガシャン、と音が鳴った。ラメッドさんが立ち上がった勢いで、椅子が後ろへ倒れたのだ。目が血走っている。活気が戻ったというより、瀕死の体にエネルギーを注入して無理やり動かしているような感じだ。血走った目に少しの狂気が見え隠れした。

「ラメッド君、ほらほら、ちょーっとリラックス、リラーックス。ほら、立ちっぱなしもなんだから。座って座って」

 椅子を起こしてやりながら、カフさんは甲斐甲斐しく声を掛ける。ラメッドさんは我に返ったように、小さな声で、すみません、と呟いた。別人のように項垂れる。

「あたし、紅茶でも淹れて来るよ」

「俺オレンジジュースがいい!」

「はいはい、カイチョー」

 カフさんは木の葉のようにヒラリと身を翻し、リビングの一角にあるカウンター式のキッチンへと歩いて行った。僕は手伝おうかどうか迷ったが、自分に紅茶を淹れる能力がないことを思い出し、大人しく席に留まることにする。

「あの、すいませんでした」

「え?」

 ラメッドさんに謝られて、僕は少し驚く。

「いきなり騒いだりしちゃって。気味悪いですよね」

「いえ、メムさんといると、そういうの普通なんで大丈夫です」

「褒めてる? それ、褒めてる?」

 褒めてるわけねーだろ。

「俺、ちょっと焦っちゃってて。自分でも抑えよう、普通でいようって思ってるんですけど、なかなか上手く行かなくて……」

「気にすることはないよ、ラメッド君。恋人が突然いなくなって、平静でいられるほうがおかしいからね!」

「恋人が……?」

 聞き返してから、はっとする。今、メムさんは無神経に、ラメッドさんのとてもパーソナルな話題を口にしたのではないのかと。初めて会って十分と経たない僕が、聞いてもいい話題なのかどうか……。

「いいんです、同じ会の仲間ですから。良ければ、聞いて下さい」

 僕の顔色から察したのか、ラメッドさんは静かにそう云った。そうして、膝の上で組んだ手をジッと見つめながら、話し出した。

「俺には付き合っている女性がいるんですけど、その人が一カ月前、急にいなくなってしまったんです」

 彼女とは付き合って五年。お互いに大学生の時に出会って、自然と一緒にいるようになり、どちらからともなく交際が始まったという。大学を卒業して社会人になってからも、休みを出来るだけ合わせて、一緒にいるようにしていた。

 そんな彼女が、ここ一年ほど、少し塞ぎ込んでいるように感じることがあった。二人で穏やかに過ごしている休日、ふとした瞬間に、彼女の横顔が深い悩みに沈んでいるように見えることがあった。「何かあったの?」と尋ねても、彼女は何もないと微笑むだけだった。

 彼女はずっと暗い顔をしている訳ではなく、寧ろ、以前よりも開放的に笑っているように感じることもあった。だから、自分の気のせいか、その時たまたま、落ち込むようなことがあったのかな、と思う程度だった。

「でも、その考えは間違いでした。今思うと、きっと、大丈夫だと思い込もうとしていたんです。自分や彼女に、何か恐ろしいことが起こったのかもしれないと思うと、怖くて堪らなかったから、目を逸らしていたんです」

 ラメッドさんは、苦しそうに眉間に皺を寄せた。今にも泣き出しそうな、絞り出した声が不憫だった。

「彼女がいなくなった時、心底驚いて、それを絶対に認めまいとしている自分と、『ああ、やっぱりこうなった』と何処か納得している自分とがいました。

 どちらにせよ、どうしてもっと早く、彼女に向き合わなかったのかと、心底後悔しました。彼女が話したくなるまで待とう、と悠長に構えていた自分を殴りたくなりました」

 でもそれはきっと、ラメッドさんの優しさから来た判断で、決して、彼女を蔑ろにしていたわけでも、面倒を避けて現実逃避していた訳ではない。ラメッドさんはずっと、その時の精いっぱいのやり方で、彼女をとても大切にしてきたのだ。

 そう思ったけれど、言葉にはできなかった。

「はい、お待たせ」

 丁度、ひと区切りついたところに、カフさんが戻ってきた。手に持ったトレイに、形もデザインもばらばらの氷と透き通った液体の入ったグラスが三つと、メムさん御所望のオレンジジュースがなみなみと注がれた特大ビールジョッキが一つ。どんだけ飲むんだよ。

「さあ、召し上がれ~」

 丸く並んだ椅子の真ん中に置いた、小さなテーブルに、カフさんはトレイを置いてくれる。僕はすぐに手を出して、冷たいアイスティーを飲んだ。ごくりと喉が鳴る。室内はクーラーが効いて涼しいのに、随分と喉が渇いていたのだ。

「で? どこまで話は進んだの?」

「あ、俺の恋人のことを話してたところで……」

「そう……」

 カフさんは脚を組んで、片方の脚をぶらつかせる。

「早く見つかると良いのにね」

「ええ、せめて何か少しでも分かれば……」

「ぷはー!! うめーーーー!!!!」

 ビールジョッキを呷ったメムさんが奇声を発する。ほんとどうなってんのこの人。

「彼女がいなくなった理由は、何か心当たりがあるんですか?」

 僕は堪らず、聞いた。メムさんの態度が気に障らないといいのだが……。

「いいえ、はっきりしたことは何も。失踪届も出そうと思って警察にも行ったのですが、彼女は成人してますし、自分の意思でいなくなったのではと……」

「でも、ラメッドさんはそうは思ってないんですよね?」

「ええ」

 ラメッドさんは、強く頷いた。

「彼女の職場にも電話して事情を話したんですが、辞表や休み希望なんかも出してないし、会社では特に変わった様子はなかったらしくて……。まあ、彼女は人付き合いがそんなに得意じゃなかったので、職場で深い付き合いの人はいなかったみたいで、単に気付かれてなかっただけかもしれないんですけど」

「彼女さんとは同棲を?」

「はい、二年前から一緒に住んでいました。照れ隠しに節約も兼ねて、と云っていたのですが、俺は将来のことも考えていました。彼女がどうだったかは分からないけれど……。最初は、彼女は同棲にはあんまり乗り気じゃなかったみたいなんですけど、最後は俺のしつこさに根負けする感じで……」

 ラメッドさんはそこで、初めて、はは、と小さく笑った。押しに押されて、困ったように了承した時の彼女さんの顔が浮かんだのかもしれない。

「彼女さんの荷物がなくなったりはしていなかったんですか? 服とか、お財布とかスマホとか?」

「彼女の通勤カバンやスマホ、財布とかの身の回りのものは無くなっていました。でもそれは持ち出しというよりは、彼女がいなくなった日、つまり同棲している家に帰ってこなかった日は、俺の彼女も仕事の日だったので、そのせいかなって俺は思っているんです。服とか旅行用カバンとかはなくなってなかったし、もし一度帰って来たのなら、仕事道具なんかじゃなくて、そっちを持っていったんじゃないかなって」

「もしくは、出勤途中とか、退勤する途中で、家に帰れない事情が発生したとか……」

 カフさんは呟いたが、その声に力はなかった。恐らく、これまで何度も論じて来たことなのだろう。

「考えたくはありませんが、そうとしか思えません。誰かに連れ去られたにせよ、何か事情があって自分から消えたにせよ、俺には分からない事態があったんじゃないかって……」

 ラメッドさんの、組んだ手が震える。

「でも、もし彼女さんが誰かの行為によって被害に遭ったのなら、【神様】がその犯人をすぐに罰してくれると思うのですが……。つまり、事件はすぐ明るみに出て、彼女さんの状況がすぐ分かると思うのです。それがないということは、現時点では彼女さんは無事なのかなって……」

「そう! 問題はそこなのだよ! サメフ!!」

「元気ですね、メムさん」

「ここで、我ら【神様を見守る会】が突き止めた、新情報をお伝えしよう!」

 そういえば、さっきそんなことを云っていた。**さんは、今度は落ち着いてメムさんのでかすぎる声に耳を傾けている。

「つまり、ラメッド君の彼女殿は、今の状況から見れば、何の犯罪的被害も受けずに、安全に暮らしていることになる!」

「でも、それなら何故、彼女は消えたのでしょうか……。俺との関係が嫌になったのでしょうか……」

「そんなことないよ。ラメッド君は、話を聞いてるだけでも、彼女を本当に大事にしてたって分かるもん。それに、ラメッド君との別れたかったなら、単に別れ話をすれば良い話じゃない。仕事を無断欠勤まですることないよ」

「そうでしょうか……」

 ラメッドさんは再び、暗いトンネルに潜り始めてしまう。

「まあ、彼女殿の心の機微については、俺には分からないが」

 メムさんには分からないでしょうよ。

「ただ分かったこともある。それは、原因不明の失踪事件は、彼女殿だけではなく、全国的に相次いでいるということだ」

「え? そうなんですか? そんなニュースやってたかな?」

「ちっちっち、甘いよサメフ。これは全国ニュースなどという生ぬるい筋からの情報ではないのだ。俺たち【神様を見守る会】メンバーによる、自己リサーチなのだ!!」

 それもっと信用できないんじゃないの?

「【神様を見守る会】メンバーは、ここに集まれるメンバー以外にも各地に存在していてね! 中にはサイバーなんとかとか、ネット云々とかに詳しい者もいるのだ。これはその筋からの、確かな情報なんだよ!!!」

「分かった、分かったんで、もっと音量落としてください!」

 僕は耳を塞ぎながら云う。

「おっほん」

 メムさんは今更、もったいぶった咳払いをする。

「それで、メンバー達によると、その失踪者たちにはある共通点がある」

「まさか、全員が同じ学校の出身だったとか?」

「ノンノン。年齢や出身地、職業や見た目に至るまで、そういった外的なものには何の共通点もない。けれど」

「けれど?」

 僕もラメッドさんも、悔しいがメムさんの話題に釘付けになっている。カフさんだけが、物憂げにアイスティーを啜っている。

「彼らの中には、過去に被害届を出している者たちがいる!!!」

 メムさんの大声が轟いて、反対に僕とラメッドさんは沈黙した。その言葉の意味するところを、ゆっくりと咀嚼していく。

「それって……矛盾するんじゃない?」

 黙りこくった僕らの代わりに、カフさんが口火を切った。

「さっき、誰かが罪を犯したのなら、すぐに神様のはたらきが起こって、犯人は罰される。そのことも明るみに出る。だから、今のところ何も分かっていない**君の彼女さんは無事なはずだ、という結論になったわけでしょ? でも」

「そうなんだよ、副会長。これは大きな矛盾!」

「失踪者たちの共通点が、もし本当に【過去に被害を受けたことのある人たち】なのだとしたら、ラメッド君の彼女さんもまた、何かしらの被害を受けた人ということになってしまうわよね」

「でも、そういったことは明るみには出ていない。被害に遭ったのなら、明るみになるはずなのに……」

 頭がこんがらがりそうだ。ラメッドさんは、青い顔をして、唇を嚙みしめている。こういった話題をラメッドさんの前ですること自体が不謹慎だ。でも、何か少しでも知りたいと思っているラメッドさんにとって、耳を塞ぐこともまた辛いのだろう。

 部屋に、再び沈黙が下りた。

 メムさんが静かなのは、ジョッキでオレンジジュースをしこたま飲んでいるからだが。

 普段気にも留めない冷蔵庫の稼働音が、やけに大きく耳に響く。

「その後、何か変わったことはない?」

 静音を破ったのはまた、カフさんだった。

「彼女さんの動向を知らせるような、何か……」

 カフさんが云い終わるより先に、ラメッドさんは首を振っていた。

 けれど、ふと顔を上げる。

「そういえば」

「何? 何かあったの?」

「いえ、猫が……」

「猫?」

「白くて、ふわふわした、綺麗な猫です。一週間くらい前に、住んでいるアパートの前に座っているのを見て。俺は詳しくないんで種類の名前も分からないんですけど、彼女が猫が好きで、よく似たキャラクターのグッズを沢山持っていて」

「飼ってるの?」

「はい。一応、ペット可の物件ですし。迷い猫だと思って、警察にも届けたんですけど、今のところ飼い主を名乗り出る人はいないみたいで。預かってるような状態です」

「そうなの……」

 カフさんは、どこかホッとしたような顔をした。それは、猫のことを語るラメッドさんの頬が、少し緩んでいたからだろう。

「すいません、猫の話なんか、してもしょうがないですよね」

「そんなことないわよ」

 カフさんはゆるゆる首を振る。

「なんかその猫ちゃん、幸運を運んでくれそうな気がする」

「そうでしょうか」

 答えたラメッドさんの表情は、やはり柔らかかった。

 確かに、大切な人がいなくなってしまったラメッドさんにとって、動物の存在は励みや癒しになるのかもしれない。束の間の心の休息になるやも。

 けれど、彼女の失踪解明に、深く関わることはなさそうだ……。

 いつの間にか、本棚に塞がれた窓から、白い光が差し込んでいた。 

 夜が明けた。


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