★第十話 相次ぐ失踪事件
今回、ちょっと惨たらしい表現あります。
苦手な方はご注意ください(o*。_。)o
作者は相撲五月場所を楽しんでいます。
上位力士の休場ラッシュ、霧島、今優勝せずいつするのか!!!
「いや~、今日のもド派手だったなあ。一面、真っ赤でさあ」
「当然の結果ですよ。【ゴミ】は処分されるべきですから」
「おお、シン君。【被害者】じゃなくて【ゴミ】か! そういう台詞がスッと出てくるのは、まさにジェネレーション・ギャップだな。圧倒的な若さ! 羨ましいな、テット!」
肩に丸太(無駄に堅くて太い腕)が降ってきたので、俺はすぐさま体を捩って逃れた。空振りしたザインは、片足でおっとっとと跳んでいる。
「だってザインさん、こいつ、何の罪もない女性を攫っては切り刻んでたんですよ? ザインさんだって見たでしょう?」
「おう、まさに外道、鬼畜の極み、死んで当然だ!」
二人がギャーギャー云っている横で、俺はデスク上のノートパソコンにもう一度目を戻す。タッチパッドを操作して、画面に映った映像を最初から流す。
今日の昼に訪れた、あの部屋。その中央に男が立っている。あの奇妙な【もの】に成り下がった男だ。家具もなくやたらに殺風景なのは、あの部屋が男の【お楽しみ】の為に用意された部屋だったから。
しばらくすると、画面の中にミニスカートを履いた女性が映り込む。女性は戸惑うように周囲を見回しているが、男は終始にこやかに取りなしている。そして、何か飲もうかと云いながらキッチンの方へ体の向きを変えると……次の瞬間振り返り、女性の首に紐状のものを巻き付けた。
首に手をやり、必死で男から逃れようとする女性。酸素を求めて呻きながら、手脚を懸命にばたつかせている。しかし体格差で劣る彼女にはどうしようもない。
この女性は、死ぬ瞬間、何を考えていたのだろうか。
どうして、こんな男に付いてきてしまったのか。
そういう後悔だろうか。
あるいは、どうして、自分がこんな目に遭わなければいけないのか。
そんな理不尽への怒りだろうか。
それとも、判断を間違えた自分への怒り?
生きたいという強烈な渇望、死への恐怖、痛み、苦しさ……。
一体この一瞬で、どれほどの想いを抱え、その渦に巻き込まれているのだろうか。
やがて女性は、人形のように手脚をぶらんと投げ出した。男はその細い肢体を、荷物のように引きずり、床の中央に据える。
胸の前で奇妙な印を組み(恐らくオリジナルの儀式なのだろう)、天井を見上げて制止した後、キッチンへ入り、ステンレス製の工具箱を提げて帰ってきた。それを女性の横に、神経質にまっすぐにして置き――女性の肉体を扱う時よりも、ずっと丁寧な所作で――蓋を開いた。
中には、無数の刃物や工具が……これが何に、どのように使われたのかは、映像の続きを見れば事細かに分かる。この男に関する同じような映像は、他にも無数にある。その数だけ、被害者がいるのだ。
生命への冒涜の一部始終が終わると、映像の画面は一度暗くなり、今度は【神様のはたらき】の様子が流れる。部屋の中央に寝かされているのは、今度は女性ではなく、彼女たちを惨殺した男自身だ。秘部にさえ何も身に着けず、生まれたままの姿を晒している。
男の目ははっきりと開かれ、意識はあるようだった。特に縛られていないが、体の自由が利かないらしく、目だけが忙しなく動いている。そんな男のすぐ傍らに、もやもやとした白い影が揺れている。影というより、細長い光の塊と云う方が適当かもしれない。
その光が、ふっと、男に寄りかかる様に動いた。
同時に、男の絶叫が響く。筋肉の境がくっきりとした腕から、炭酸飲料を思い切り振って開けたように赤い液体が噴き出した。次に額、次に腹、次の足の裏、口から、鼻から。
眼球から。
液体の飛び出す、ブシュ、という音と共に、部屋は瞬く間に、深紅に染まっていく。
体中の血をバケツに溜めて辺りに撒いたように、壁、天井、窓、四方八方すべてが赤に染まっていく。
白い光は、踊っていた。
左右へ、上下へ、男の周りではしゃぐように、男の絶叫の中で、自由に、楽し気に、動き回っていた。
歌でも唄うように。この世界のすべてを祝福するように。
そして祝祭の終わりには、綺麗に切り取られた肉体によってできた、あの井桁型のオブジェが出来上がっていた。
この映像は、今日の捜査会議――と云っても、形だけのものだが――で流れたものだ。
誰がどんな方法で撮ったのかは分からない。表情はやたらに鮮明。映像と云うより、自身の脳内の記憶を掘り起こされているような気持ちになる。
「やっぱり、【ゴミ】以外は誰も映ってないんすね」
不意に、後ろからシンが顔を出した。
「音も声も聞こえねえし、映像だけ見たら、こいつの一人芝居だよなあ」
反対側からザインの顔も出たので、俺は床を足で蹴って、回転椅子ごと後ろへスライドする。
「まあ、声なんか聞こえた日にゃ、眠れなくなるね」
ザインは勝手に椅子を引き出して、壊れそうな軋み音を立てて座る。
「いつも思うんすけど、この動画って、どこから送られて来てるんすかね?」
「さあな。いつもお偉いさん宛にメールで届くんだよ」
「でも差出人のメールアドレスの欄、空欄らしいすよ。そんなことシステム上可能なんすかね?」
「もう、アタシ知らないってば~」
気色の悪い声だ。
「それよりテット、例の失踪事件、なんか進展あったのか?」
「ない」
「ええ~困る困る~俺の出世に響く~」
ヒゲの巨体が折った両腕を左右に振って迫って来たので、俺はまた床を蹴って回避しようとしたが、机のひしめき合った狭い部署の中では、もう逃げる場所もない。非常に無念だ。
「失踪事件ってあれっすよね。あの、年代とか職場とか、とにかくあらゆる点で共通点のない人たちが、一斉にいなくなってるっていう」
「おお、もう皆の噂の的だねえ」
「でも、俺はあれだと思うんすよ。神さまが、悪い奴らを消していってるんすよ」
「つまり、失踪者たちはみんな何らかの加害者ってことか?」
「だって、防犯カメラにも何も映ってないし、ほんとに跡形もなく消えてるんすよ? 人間には無理っす」
「加害者だという事実はない」
俺は立ち上がり、ノートパソコンの電源を切った。
「え、じゃあ、なんで消えるんすかね? もし失踪が誰か悪い奴が関わって起こってるなら、とっくにそいつらは神さまに消されて終了してるだろうし」
「逆ってことだ」
「え? それってどういう」
「帰る」
「あ、おい、テット! 何か情報を得ているなら、上司である俺に――」
ゴリラに追われる前に、足早に部署を出る。閉めたドア越しに、「この甘党やろうー!」と罵倒なのか罵倒じゃないのかよく分からない叫びが聞こえる。
「被害者」
切れかけた電灯が点滅する廊下で、思わず呟いた。
失踪者は、加害者なんかじゃない。全員ではないが、失踪人の中には過去に被害届を出している人物が何人かいる。それに、被害は必ずしも表に出るものばかりではない。法律で裁けないものもある。それがどんなに残酷で卑劣な行為でも。
外に出ると、粘つくような空気が肌に纏わりつく。
どんなに不快で、どんなに追い払っても、消えることはない。
「神はいる」
きっとそうだろう。
だが何故、神は俺にだけ聞こえるように、自分の姿を光として見えるようにしたのだろう。
そこにはどんな意図があるのだろう。
……。
まあ、いい。
どっちだって関係ない。
俺の瞼の裏には、いつだって血しぶきが飛んでいるのだから。




