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惚れた相手は敵国の英雄だった  作者: おじゃっち
3章 少女の時辰儀
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52話 積み重ねてきたもの

セゾニエの国境付近に、ヴォク・ラテクの兵士が集い、戦争の緊張が昂る中、遂に変化が訪れる。

セゾニエの地に影が落ちる。国民は見上げ、影の正体を探る。その影は高速で移動し、首都の城へと近づいていた。近郊の上空で敵軍を待つセゾニエ空軍が、迫る影の正体を見抜いた。

戦いに不一致な銀髪を靡かせ、上空を駆ける軍隊を先導する最高戦力の姿が見えた。翼をはためかせる馬にまたがり、大きく弓を構える者を見て、セゾニエの軍隊が叫ぶ。

「ヴォク・ラテクの総帥だぁぁ!!」

役職を呼ばれると、ラジュネスは弦から手を離して、魔力で創った矢を放った。一直線に飛んでいく矢がまとまっていたセゾニエ空軍を蹴散らし、道を作った。

「公爵」

ラジュネスの隣に、応援に駆けつけたアルカンシエル公爵が並ぶ。

「乗り心地は問題ないか?」

「最高だ。こんな魔獣を手懐けるとは、どんな魔法を使ったんだ?」

「私から秘密を取り上げたら、何も残らんぞ」

「これは失敬」

軽い戯れに緊張が和らいだ。乱された隊列を組みなおし、突撃してくる。

「では、公爵。任せた」

ラジュネスは挨拶をし、そのまま、城へと突っ込んだ。彼女の後ろに二人の部下を従え、侵入を成功させた。ラジュネスと彼女に順ずる部下は片耳に通信機能が備わった魔法道具を携帯した。マントを深くかぶり、素顔を見せないように心掛ける部下は一礼して、別行動を開始した。ラジュネスは密かに隠密効果を部下に施し、自身の存在を城全体に知らしめた。彼女の行動は囮としての役割を担う。

城の衛兵が敵意を剝き出しにするラジュネス総帥に襲い掛かるが、彼女は気にも留めず、一瞬で一刀両断した。魔法道具で城外の状況を確認しながら、生命魔法を駆使し、遠隔で補助に回る。意識を分断しながら、目の前の戦いにも神経を注ぐ。

「…」

問答無用の斬撃は城内に旋風を巻き起こす。人災の嵐が通り過ぎた跡には残骸が残されている。久方ぶりの血の匂いと、生暖かさにラジュネスは感情を閉じ込めた。城に蔓延る敵を一掃したラジュネスは、奥深くへと足を進める。ロクザンでさえ探ることができなかった未開の地は、恐ろしいほどの圧がのしかかる場所だ。

(空気が澱んでいる…)

警告音が鳴り響く。それは敵か味方か、脳か現実か、境があやふやな静かに轟く戦争の狼煙だ。


キンッ―。


突如、剣戟が鳴り響く。剣と大剣が火花を散らして、激突したのだ。黒い修道服に身を包み、マスクで笑う口元を隠した紫瞳の主人ウラガン・シャルール・ヴァンが相対する。待ち伏せと奇襲の手慣れた暗殺の手腕を意にも介さず、ラジュネスは目を合わせる。

「いい目ね、ええ…ほんとに綺麗な人殺しの目をしているわ」

「…」

剣が動いた。切っ先は暗殺者の喉元に中てられる。ウラガンは反応できなかったが、焦ることはない。ラジュネスの背後を取り、制止を促す人物がいるからだ。

「伯爵」

ラジュネスは名を呼んだ。カテドラル伯爵は彼女の耳に填め込まれた通信魔法器具を取り外し、握り潰した。

「…怪しいとは思っていたが、あなたもそっち側だったか」

「手荒な真似をするつもりはない。其方が大人しくしてくれるのであれば…」

伯爵の警告に、ラジュネスは鼻で笑った。その直後に、城の内部で覚えのない魔力が暴発した。魔力に敏感なウラガンが目を逸らした隙に、ラジュネスは距離を取る。拘束を謀るウラガンが固有魔法を発動する前に、暴発した魔力の主人が姿を現す。

赤髪の精悍な男が、夕焼けを模した眼差しを向け、神帝教に牙をむく。魔力の主人ロクザンは、自身の爪を変形させ、獰猛な傷跡をウラガンに与えた。

「っ!」

爪の攻撃を腕で受け止めたウラガンだが、それは想像していたよりも鋭利で、腕の肉片を露呈させるに至る。追随するロクザンから、ウラガンを守り、伯爵は暗器を二人に投げ飛ばした。後方へと退いていたラジュネスが魔力を軽く放出して、攻撃を防いだ。二人の場慣れした連携に、伯爵は顔をゆがめた。


(デスティネ様が、グロワールへ売った交渉術に長けた人間。高い洞察力と知性で戦無き統治に貢献した傑物。だが、あれの本領は交渉だけではない!)

二つの大国で外相を務めるロクザンの固有魔法である生類魔法シェルシェ・ラ・ファム──生物と交流を深め、すべての生物との会話を可能にする魔法。無論、生物である魔獣も対象であり、海の怪物サーペントの共闘実現に大きく貢献した。また、交流の解像度が高くなると、生物の五感を拝借することも可能である。

(各大国に解像度の高い生物を忍び込ませ、世界の情勢を監視。いち早く情報を収集する常人離れした規模。内政に徹するネージュ・セルクイユでは必要不可欠な人材…)

だが、生類魔法の真髄はこれだけではない。あらゆる生物の人体や意思を理解することで、その生物の特性を、自身の体に再現することが可能である。

ロクザンが最も得意とする生物の再現は、獰猛な魔獣の牙。時に、毒蛇の牙を再現し、暗殺を試みることも少なくはない。そして、牙は鋭利で、政敵を一瞬で葬り去ることに長けた邪の道具。

(外相を務める裏で、暗躍するネージュ・セルクイユの牙!

これがロクザンという男の本領!)


「鋭く磨いた牙なのですが、賢者に仕える幹部は手強いですね」

ロクザンが冷静に語る。別経路で侵入を成功させた彼は、少し時間はかかってしまったが、無事ラジュネスと合流を果たした。

「魔法道具、壊された」

「些末なことです。部下からの通達です。ジュレ様を保護したと」

「もう用はない。撤収だ」

ラジュネスの迷いない判断を、新たな勢力が否定した。二人の頭上から、フィルママン公爵が拳を落とした。後方へと退避する二人は、フィルママン公爵の険しい顔に恐怖を覚えた。縦に長い瞳孔は、ぎらぎらと殺意を放っている。公爵の拳が落ちた場所は崩落している。

「…」

竜族は魔力の有無がはっきりとしている。レーヴのように魔力に秀でた者や、エクラのように魔力はなくとも武術に秀でた者もいる。公爵は後者だ。代々、武を鍛えているだけあって、一撃の破壊力は、この場に集まる者の中で一番だ。

公爵の存在に隠れて、一つの魔法と魔力が力量を発揮した。

事象魔法で具現化された茨が二人に襲い掛かる。幸いにも、ラジュネスが魔力の防壁を築き、難を逃れる。だが、膨大な魔力が彼女の防壁を崩した。生命の魔力を持つラジュネスと、無名の魔力を持つカルム貴。偶然起こる英雄同士の一騎打ち。

ラジュネスは剣を抜き、カルム貴の急所を狙った。易々と逃げられてしまうが、問題はない。神帝教側が戦力を持ってきたように、ラジュネスも独自の戦力を持参したからだ。

「あらあら」

いち早く、ラジュネスの意図に反応した侯爵が魔法を展開した。

「無くなって―沈滅魔法カルプ・ディエム(今を大切に)

瑠璃色の髪を持った黄金の瞳の淑女が、不滅魔法を使用し、侯爵の攻撃を未然に防ぐ。露呈した足の鱗が輝き、人魚のヒレを持った派手な見た目とは違い、淑女は悲壮感に満ち溢れている。淑女の登場に、もう一人の人魚は憤った。

「娘が殺されたってのに、今更なんじゃない?」

「あれは娘じゃないわ。目覚めなさい、アムール」

「寝ぼけてんのはどっちだよ、コクリコ!」

淑女は子爵を軽蔑した。

次いで、フィルママン公爵が動こうとする。彼の行動に異議を立てるエルフと竜が牙をむく。

「久しぶり」

茶髪の好青年が公爵に再会の挨拶を交わした。エルフである好青年から一切の魔力が感じられなかった。昔と変わらない風貌と能力に公爵は眉をひそめた。

「シフレ…」

好青年の名を小さく呟く公爵に、旧友が立ちはだかる。

「大層な身分になっちまったな」

薄紫の男が公爵の立場を非難した。

「エメ」

「お前を止めに来たぞ」

複雑な関係が見え隠れする空間。各々の私怨が入り混じる中、神帝教とラジュネス率いる共同軍の戦力が激突する。

「今回の英傑会のメンバーは、あの三名ですか?」

ラジュネスと一騎打ちを臨むカルム貴が問いかけてきた。


【英傑会】―総帥直下特許内密戦力。

ヴォク・ラテクの最高司令官は軍部に所属しているため、神人デスティネの傀儡である。独裁政権になりつつある神人の権力を制限するために、貴族が選抜した総帥が台頭した。

しかし、戦力の安定しない総帥の地位を確立するには、総帥を補助する部下が必要だった。空白の時代に生まれた初代総帥は膨大な自身の魔力を媒介に、意志相伝の魔法を創り上げ、契りを交わした。

これが、【英傑会】の始まりである。

初代総帥の魔法は代々継承され、総帥は安定した戦果を挙げ、ヴォク・ラテクの政治に必要不可欠な存在となった。

【英傑会】のメンバーは継承され、歴代総帥に仕え、今日に至るまで、存続している。


「英傑会のメンバーは、時代によって変わる。居場所のない者の拠り所、または未練を果たすための道具。総帥の駒となり、総帥に代わって暗躍する。存在は欠かせず、総帥にとっても大きな利益になる一方、世間には公表できない秘密の戦力。あなたも立派な総帥です。権威を維持する道具は必要だと、理解しているのでしょう?」

「…」

ラジュネスはぐっと拳を握り、カルム貴の言わんとしていることが理解できた。要は、英傑会のメンバーの行動、その存在は全て総帥に移行し、尚且つ、英傑会は秘密であるため、総帥の独断であるということ。

「!」

果敢に攻めるカルム貴は、緑の粒子が空間に舞っていることに気が付いた。無論、その原因も分かっている。新緑の瞳が圧巻の光彩を持ち、鮮烈に輝いている。すなわち、ラジュネスが生命魔法を本格的に展開したことを意味する。

緑の粒子は英傑会のメンバーやロクザンを保護し、彼らが負傷した瞬間、治癒を開始する。胴から切り離された腕や足も一秒足らずで治していく。


ヴォク・ラテク軍部を預かる最高司令官、貴族を代表する総帥。二つの代表に君臨するラジュネスが、その地位を維持することができたのは、万能であったからだ。

貴族と軍部の仲介役となり、貴族からの軍事要請を可能な限り処理。派閥の摩擦を小さくし、ヴォク・ラテクの勢力を均衡状態に保っていた。また、軍部直属の上司である神人デスティネに仕え、無茶ぶりに応えていた。政治において、ラジュネスは貴族や神人に対しての抑止力となっていった。

特に、彼女の専門分野は軍事にあった。ロクザンの担っていた司令塔を引き継ぎ、大陸中で勃発するヴォク・ラテクの戦争を主導。甚大な被害が生まれると予測した戦争には、自らが前線に立ち、必勝を掴み取っていた。


(彼女が戦争に抜擢した大きな要因は、生命魔法。治癒系統の魔法は、固有魔法でしか扱えず、一帝国に二人いれば豊作。医療国家アバンチュールは二十名の治療師を抱えている。治癒魔法・回復魔法・医療魔法・解毒魔法・復調魔法…治癒系統の魔法を持つ医療に関するエキスパートが揃う正真正銘の医療における帝国。

そんな治癒系統の頂点に君臨する固有魔法こそが、生命魔法。あらゆる生命の操作は、全ての治癒系統に通じるところがある。ラジュネスは人間の魔法使いの中でも特筆すべき魔法の才能を持っている)

ロクザンは交戦しながらも、ラジュネスの挙動を監視していた。彼女の魔力が高まって結合していく。魔力は生命魔法の法則に従い、生命を生み出した。

ロクザンは彼女の魔法の扱いに見覚えがあった。空戦に秀でたセゾニエに対抗して、かの空軍を模したそれは翼を持った馬を千頭創造した。今から一週間前の出来事である。


生命の創出こそが生命魔法の原点。生命を魔力で構築し、新たな生物を顕現させる世の法則を乱す異次元の魔法。

過去、生命魔法を所有する大魔法使いは森林を創出した記録がある。奥義の対象は植物と生物である。その中でも、ラジュネスは魔獣などに関する生物の創造を得意とする。


魔力が結合し、冷気が空間を支配する。氷のような流麗な肉体を持つ魔獣氷竜を、ラジュネスは創造した。氷竜が咆哮すると、霜が降り、その空間を凍結させた。規格外の行動に怯むが、カルム貴は剣を携え、目にも止まらぬ速さで動き、氷竜の心臓を貫いた。空白の大英雄に恥じぬ討伐に、ロクザンは軽く絶望する。だが、ラジュネスは討伐に対して悲観的に捉えていない。

(冷竜の魔力が…)

辺りに混じる冷気を帯びた冷竜の魔力が、ラジュネスに集結していく。彼女は魔力を自身の剣に装填し、脅威的な武器を造りだした。重く冷たい剣を振り上げ、カルム貴に対して正面から斬りかかる。蔦を生成し、カルム貴の動きを封じた一瞬を見計らって、ラジュネスは格上の英雄の肉体を斬り、抉った。失われた肉体を魔力で補填しようとするカルム貴だが、冷気が混じって、肉体の凍結を引き起こしてしまった。

「っ…!」

一騎打ちはラジュネスの勝利に終わり、自己治癒の成せない痛みにカルム貴は跪いた。彼は痛感した。

(―これが歴代総帥最高峰に数えられるラジュネスの強さですか)

空白の大英雄の敗北に、兆しが見えた。ラジュネスも不意に安堵した。緊迫した雰囲気を、新たな人物が絶望を与えた。

「それ」は一言発した。


『騒がしいではないか』


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