48話 謀略だらけの救い
『ラジュネスと手を組み、メル・オセオンを陥落せよ』
ヴォク・ラテク主導の作戦会議の後、己の主人グロワールから指令を授かった。
『それは決定事項でしょう』
作戦会議は、神人ソレイユの捕虜化と、メル・オセオンを制圧し、神人ジュレを保護することが目標とされた。
『ロクザン、貴様は我の側近となって、何年の時が流れた?』
『三年です』
『ネージュ・セルクイユの政治方針は?』
『情報を以て、内政を制す』
『そうじゃ。我は防御に特化した神人。ゆえに、戦争では愚者。ならば、戦争そのものを手引きし、蜜を吸うしかない。国家の中立を維持するには、多数の条約が必要じゃ。国だけにとどまらず、貴族同士の条約も我が手引きし、内政の中立を維持してきた。ロクザン、貴様は我が知る中で一番の外相じゃ。
情報の重要性が分かっておるじゃろう?』
『是』
神人グロワールは、ワインを片手に笑う。
『会談の内容は知っておるじゃろう。ヴォク・ラテクと我がネージュ・セルクイユは元から軍事関係の同盟国。ヴォク・ラテクが陥落し、アバンチュールの属国となり、五つの帝国のうち、三つが手を結ぶかもしれぬ現状に、メル・オセオンとセゾニエ両国の貴族が抗議した。
貴族を抑えるため、アンフィニが仲介した両国の会談が執り行われた。結果、両国は同盟を締結。じゃが、その代償は重かった』
『同盟に反対したジュレ様が毒を盛り、アンフィニ様が被害に遭いました。アンフィニ様を人質に取られたアバンチュールが共同軍と抗争を始め、軍団と秘匿部隊の勢力を費やし、勝利を実現。かの神人を取り戻しましたが、戦争を続けるのであれば、アバンチュールは戦争の主導権をヴォク・ラテクに委託するほかなくなりました』
『会談が招いた抗争の目的は、ジュレを法的に無力化すること。そして、アバンチュールの勢力をそぎ落とすことじゃと思うておる。時間はかかるが、公的戦力の邪魔はない。神帝教は戦争を続けさせなくさせ、ヴォク・ラテクも、ネージュ・セルクイユも没落させるつもりじゃったが…ヴォク・ラテクの憲法を計画から除外しておったな』
憲法を強引に発見し、強引に進め、神帝教と戦える刃を用意した。その刃こそがラジュネスだ。そして、この憲法を逆手に取り、刃の台頭を発案したのは、ロクザンだ。
『この戦争では、メル・オセオンとセゾニエに勝利することは必須じゃ。が、それだけではならん。会談での真実を世間に知らしめる証拠が必要じゃ。ソレイユはジュレだけを悪にすることで、戦争を正当化した。ならば、こちらは証拠を突きつけ、ソレイユを悪にする他なかろう…』
『セゾニエの国民は、本当にジュレ様が毒を持ったのか疑問に思っています。ですが、カルム・ベル・タンの政治で圧制され、暴動も起こせません。セゾニエを陥落させるには、外部ではなく、国民の暴動が必要です』
『やることはわかっておるな?』
『…情報を…掴んでまいります』
「ん」
ロクザンが通信魔法器具で、最新の情報を受け取った。
「ラジュネス、レーヴ隊長から通達です。ソレイユ様を捕縛し、カタラクト要塞を奪還したそうです」
「そう」
「予定通り、海路を通じてメル・オセオンに進軍させましょう」
ロクザンはヴォク・ラテクに指示を送り、海路への援軍を命令した。第一の関門であるカタラクト要塞の奪還は、海洋国家メル・オセオンの脅威である海戦を制した偉業を示す。海を操る場所を選ぶが、海は不可欠な存在。ゆえに、神人ソレイユを無力化することが要となった。
「蓬莱の賢者は、落ちぶれてなどいなかった」
作戦の一つが完了した。それは次の段階に進む後押しとなる。
(いよいよ…あなたが戦場に戻るのか)
ロクザンの前に、剣を携えたラジュネスが姿を現す。足には鎧を、腕には装甲を、腰から下りる赤の布。上半身は胸だけに布を結ぶ。背中の傷も生々しく、他の傷もよく露出している。
全身に鎧を着用しない姿は、ヴォク・ラテクの女戦士の正装である。踊り子のように妖艶でありつつも、鉄鋼を兼ねた冷酷な女武将の装い。歴戦を生き抜いた勇ましい傷が勲章となり、英雄を遂に見参させる。
「…」
一度、英雄から退き、戦争とは無縁だと思っていた現実は覆される。神帝教の抑止力とばかりに、強引に総帥の地位に引き戻されたことに、ラジュネスは文句ひとつ言わない。それが、ロクザンには恐ろしかった。
ヴォク・ラテクの従順な駒であった凄惨を主導する過去の立ち姿が、今のラジュネスと一致する。
ロクザンは悲しみに暮れる。
「ロクザン、不都合があったか?」
ロクザンの顔色を見て、ラジュネスが心配そうに質問をした。
「いえ」
「なら、始めよう」
ラジュネスは部下が用意した黒馬に乗り、ヴォク・ラテクの軍の先頭に立つ。ロクザンも彼女に倣い、白馬に乗る。
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
多数の爪音が重なり、地を踏み込む音が増幅する。ル・モン山脈を超えたメル・オセオンに繋がる陸路を全速力で、ヴォク・ラテクの兵士が駆け抜けていく。
閑散とした森を抜け、メル・オセオンの首都に辿りついた。ラジュネスが抜刀し、剣を掲げた。太陽光を反射させ、兵士に命令を下す。
兵士が一斉に方向を変え、首都に広がっていく。首都に住む国民を一人残らず捕獲しろという命令を果たすためだ。
ラジュネスと一部の兵士は首都の城に向かう。城門を突き破り、内部へと進軍する。侍従や衛兵が悲鳴を上げる。生々しい怨嗟の声を前に、抵抗の意志を示すものをラジュネスは容赦なく斬りかかる。
「死にたくなければ、抗うな!」
ラジュネスの覇気に気圧されて、多くの人々はその場に座り込み、降参した。戦闘の放棄を確認したラジュネスは、ロクザンに目配せをする。
「関係者を一か所にまとめろ」
「私達は屋上に向かいます。ここは任せましたよ」
ラジュネスとロクザンは兵士にその場を任せて、城の屋上へと駆け上がる。螺旋階段を上っていくと、二つの足音が重なる。その際にも、ロクザンに最新の情報が流れてくる。
《東部制圧完了!》
《内陸部辺領、制圧完了!》
《複数の貴族を捕縛! 制御の範囲内です!》
《首都部、第一と三部隊…制圧完了!》
《暴動制圧!》
《アルカンシエル公爵がル・モン山脈を超えました。到着まで一時間弱!》
《海北東部、暴動発生!》
「暴動は起きていても、鎮圧には問題ない。恙なく、進めそうですね」
「…思ったんだが、ロクザン。私とお前は相性がいいことは認める。だが、司令塔がのこのこと戦場に赴く理由があるか?」
戦況を報告したロクザンに、ラジュネスが尋ねた。それもそのはず。ヴォク・ラテクで、ラジュネスは前線特化の最高戦力に対し、ロクザンは情報と外交に特化した最高戦力だった。
司令塔は後方で司令を出し、その情報に基づいて兵士が動く。だが、司令塔のロクザンは兵士とともに過激な戦場に赴いて、ラジュネスと行動を共にしている。総帥である彼女の周りでは、いつ危険が起こるか分からない。得策ではない。
「私はグロワール様から一定の信頼はされているつもりだが、そうではないのか?」
「情報を掴めと仰せつかりました」
「であれば、セゾニエ侵攻は隊から外れろ。私も守り切れる自信はない」
「守っていただかなくて結構です。手前の我儘ですので…」
高圧的なロクザンの返答に場が凍る。二人が沈黙で螺旋階段を上っていると、扉が見えてきた。荘厳な扉ではなく、古びた木製の扉。廃れた倉庫のように思えるが、この扉の先に求めている情報がある。
ラジュネスはもしもに備え、鞘から剣を抜く。安全を考慮し、生命魔法で扉の先の気配を探る。
(誰もいない…)
警戒を強めながらも、扉を開き、先へと進んだ。部屋は本棚に占領されており、書物が散乱している。よく見れば、メル・オセオンの外交が記録されている。
(メル・オセオンは外交の文言を自動的に記録している。ソレイユは情報の重要性を知っていたからこそ、外交で交わされた言葉を残した。その記録は秘密の部屋に保管されている。それが、この部屋だ)
「ロクザン、急いで」
ラジュネスが部屋の内部を隈なく捜索し、安全だと判断した。彼女の呼びかけに、ロクザンは急いで目的の記録を探す。
(…ロクザンが掴んだ情報だ。必ず、ジュレ様の潔白を証明できる証拠があるはずだ)
ロクザンの捜索に、ラジュネスも加わり、書物や文献で覆いつくされた紙を一枚一枚、丁寧に見定めていく。
「!…ラジュネス、ありました!」
ロクザンが大きな声で叫んだ。二人で文書を確認する。綴られた文字に魔力をこめると、文書に掛けられた魔法が発動する。実際の会話を流すだけでなく、その場であったことも映像として映し出した。
ジュレ、ソレイユ、アンフィニ、そしてカルム貴の声。同盟締結に反対するジュレは真実だが、対談で解決している。アンフィニが倒れ、すぐさま駆け寄ろうとしたジュレを阻むソレイユ。偶然とは言い難い絶好のタイミングで、会談に割り込んだカルム貴と衛兵がジュレを捕縛した。そして、ソレイユの口から発せられた内容が世間に報じられた情報と合致する。
「決まりましたね。やはり、ジュレ様は嵌められた」
「ああ…肝心のジュレ様の魔力が、メル・オセオンにないのだが…」
ラジュネスが神人の安否を心配した。
「都市部の監獄に、ジュレ様が収監された痕跡がありました。しかし、姿は見られなかった。考えたくありませんが、セゾニエに移送されたのでしょうか?」
「どちらにせよ、作戦を立て直そう」
「ええ。今すぐにでも報じたいですが、ジュレ様を保護しなければ、カルム貴は神人を人質として利用してしまいます」
二人の意見が合致した。ラジュネスは通信魔法具に、伝達を送る。
「メル・オセオン―制圧完了」




