↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/325

幼鳥と母鳥

 1人の少女が右手に本を持ち、机に座し、執務を行う男の元へと近づく。屈託のない笑顔で、嬉しそうに指を刺す。


「昨日お父様にお貸しいただいた本を読んでいたのですが、読み終わってしまいまして」


「ロッカ……あまり陛下の邪魔をしてはいけませんよ?」


 1人の女性が苦笑いの中、ため息をつくように宥める。


「構わぬ、ロッカ……次はこの本を読むと良い」


 皇帝はあらかじめ用意していたであろう本を取りロッカに差し出す。タイトルには双星の勇者2と記されており、ナンバリングされた続きもの……歴史を元に作られた書物のようだ。


「ありがとうございます。早速読んできますね……それでは失礼します」


 本を右手に脱兎の如く部屋を飛び出す。前巻は下に机に無造作に放置され、嵐が過ぎ去ったように執務室は静けさを取り戻す。


「ロッカーー!! はしたないですよ。せめて本を片付けて行きなさい!!」


 叫んだ後左手で頭を押さえ、我に帰ったかと思うと、皇帝に頭を下げる。


「見苦しい姿をお見せして申し訳ありません陛下……ロッカにはきつく言付けておきますので」


「気にせずとも良い……もう10の誕生月も近いから尚の事だろう」


 深く息を吐くと、再び資料へと手を伸ばす。集中をしたいのか、手で女性を払い退室を促す。


「かしこまりました。では本は私が片付けておきます」


 女性は部屋を出て行き、再び頭を深々と下げる。本を片手に早々とその場を後にした。


「何と言うか……本当に本人か?」


 思考に戸惑っていると、視界が何かに吸い込まれるようにねじ曲がり、別の一室へと変化する。


「なんなんだ今度は……子供部屋?」


 辺りを見渡すと、熊のぬいぐるみやフリルのドレス……様々な“女の子”を連想する品が部屋に散りばめられている。


「ロッカちゃん帰還(きかーーん)!!」


 扉を突き飛ばし乱暴に開けると、先程の少女が姿を表す。


「どーーん。タカオくん今戻ったぞーー!!」


 効果音を口で表現しながらベッドの上の鳥のぬいぐるみに飛び込みむ。乾いた笑い声を上げながらぬいぐるみを羽交い締めにする。


 ゴロゴロと転がり行ったり来たり、落ち着きがないのはよく分かった。


「あ、タカオくんごめんね。お父様から借りた本読まなくちゃ……そこで大人しくしてるんだぞ?」


 ベッドから飛び降りると、タカオくんをそこに投げ捨て、人差し指を向ける。


 本を取ると再び飛び込み、枕に顎を乗せる。本をゆっくりと広げ、ページをめくった。目を輝かせるように、次へ次へと手を伸ばして行く。


「ダメよ愛情の勇者、双星の勇者は優しさの勇者と蜜時(みつどき)を過ごしてるの邪魔なんて性悪な女ね」


 足をバタつかせ、ページをめくる速度を上げる。


 この少女は一体何を見てるんだ……神話を元に書いた英雄譚じゃ無いのか?そもそもコイツは本当にロッカか?


「そのような奇怪で奇抜な設定は有りませんよ……ロッカはおマセさんですね」


 部屋の入り口に、母が立っていた。苦笑いをしながら口を左手で覆う。本を返してきたらしく、手の本は無くなっていた。


「お母さま部屋に入る時はノックをして下さい。レディーのお部屋ですよ」


「レディーは部屋の扉を開けっぱなしで、人形を羽交い締めにしたりしませんよ?」


 指摘されると、恥ずかしそうに枕に顔を埋め縮こまって行く。母がベッドに座ると、ロッカを引き寄せ、ゆっくりと頭を撫でて行く。


「陛下はお忙しい身です。あまりお手を煩わせないようにしてください」


 ビクッと体を震わせ、枕から顔を起こす。目蓋を重そうに開け、その視線を母に向ける。


「お父様……今日も私を見てませんでした。私の事……お嫌いなのでしょうか?」


 瞳を揺らし、視線を左右に泳がせる。


 焦点が定まらないその目は聞きたく無い答えと、答えを聞かねば安心できない心が入り混じっているようだった。


「考え過ぎですよ……今は忙しくてその時間がないだけ。この母が言うのだから間違いありません」


 こそばゆそうに視線を逸らし、顔を枕に埋める。


「ピーマンが苦手なお母様に言われても説得力が有りませんよ」


「な、私は食べられます。変な言い掛かりはやめなさい」


 焦るように身振り手振りで何かを表している。その姿はやはり親子かと言わんばかりに落ち着きがない。


「ムキになると余計に怪しいですよ?」


 天井を見上げると、諦めたように動きを止める。


「もう寝なさい。明日は指導員を雇っての剣術訓練です……体力は万全にしておいて下さい」


 撫でる手を離すと、伏せているロッカに振り返りながら部屋を後にして行った。


「お母様の……バカ」


 顔を上げ、母が立ち去っていった扉を見つめる。その体制意のまま顔を再び埋めると、呼吸が深くなり俺の意識も薄れて行った。


 次の瞬間床を蹴り上げる音が聞こえ、目蓋を開ける。剣を片手に城の廊下を走るロッカがいた。その表情は暗く、張り詰めた表情で緊迫していた。


「お母様ーー!!」


「私に構わないで下さい……早く賊の討伐を!!」

 

 城の広場で衛兵に囲まれる中、母親が不審者に拘束されて、剣を喉元に突き立てられていた。誰も手が出せず、息を呑むように硬直状態が続く。


「早く皇帝を呼べ、王妃がどうなっても良いのか!?」


 凄まじい速度で、廊下を駆け抜け、背後へと回り込む。賊はその様子には気付いていないのか、兵士にだけ、警戒している。


 足に力を込め、飛び跳ねると、剣を引き抜き、両手で握りしめる。


 勢いの良い着地に気付いたのか、賊は体を僅かにひねる。その速度を上回るほどに剣を力任せに振り上げると、剣を持った手が宙を舞う。


「う、うわああーー俺の手がああーー!!」


「手だけで済むと思うな薄汚い賊め!!」


 修羅の如き形相で剣を横に薙ぐと、首が飛び、鮮血が吹き出す。血溜まりの中ロッカの姿に変化が現れる。


「ば、化け物おおーー!!」


 兵士がにロッカに対し、次々に武器を構える。ロッカは困惑し、とっさに口を開いてしまった。


「まって下さい、私はロッカ・ヴォル・フェニックス。この国の王女です」


 口に出さなければ良いわけが通ったのかもしれない……しかしもはや弁解の余地はない。そこには左手の神託が輝き、体からわずかな羽と、指からは爪、鋭い猛禽の眼がある。


 母の窮地に神託が目覚め、その力を即座に行使できてしまったが故の悲劇。才能が生んだ珍事が幾重にも重なり合い最悪の事態となって訪れた。


「な、何よこれ……お母様、私どうなってるの?」


 震える手で助けをを訴えかけるも、それは兵士には逆効果となり、その表情を歪ませる。


「みなさん待って下さい、この者は私を助けてくれました!!」


「危険です王妃様……この化け物は何をするか分かりません」


 必死に訴えかけるも、その願いが聞き入れられることはない。割って入るように出てきた兵士に引き剥がされ、どこかへ連れて行かれた。


「お願いです……私はどうなっても構いませんから、あの子は……あの子だけは!!」


 近づこうと足を進めた途端場面が変わる。そこには皇帝にロッカが詰め寄り、問いただしているところだった。


「陛下……お母様は、どこにおられるのですか?もう10日もお隠れになっています」


 皇帝の表情は暗く、その問いにすぐには答えない。そして表情を歪ませ、息を吐き出す。


「私をお父様と呼ぶのは辞めたまえ、その権利はお前には無い」


 明確な拒絶の意思とともに、心無い言葉がかけられる。


「あやつの家系で魔族と交わった者が居たらしい……その影響が、神託となってお前に現れたのだろう」


「言っている意味が分かりません。それとお母様と何の関係があるのですか?」


 カタカタと体を揺らし、眼には水滴が溢れまいとギリギリのところで止まる。震えた左手を見つめ、その神託に視線を向ける。


 ーーああロッカは分かっている。母がどうなったかも、現れた神託が一体どんなモノだったのかも……気付いた上で自我を保とうとわずかな可能性にすがっている。


 そんな希望……この国ではあり得ないと知っているのに、愚直に僅かな良心に賭けている。


「ア(・)レ(・)は(・)処(・)分(・)し(・)た(・)これ以上下らない質問は辞めたまえ……」


 ロッカは崩れ落ちる……涙腺は崩壊し、心は震え、嗚咽(おえつ)が何処までも鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。