炎鷹の勇者
崩れ落ちるロッカ見向きもせず、皇帝は背中を向ける。震えすがるように伸ばした手は、空を切り触れることはなかった。扉を閉めると、叩きつけるような重い音が、抜け落ちだ心に乱暴に響く。
断末魔に等しい叫びは、涙が枯れても続いた。心の悲鳴とともに、何処までも重くのしかかる。
そこからの光景は見るに耐えない。戦う事を強要され、失敗には罰も存在した。それでも殺しはしなかった……それは利用価値があったからかもしれない。獣の神託は身体強化の力に優れ、小さな体で大きな戦斧も軽々と振り回していた。
何かを振り払うように一心不乱に戦い、思いを殺し、敵を殺し、15の年を迎える頃には、鈴を転がすように笑う少女から笑顔は消え、皇帝に従順な騎士になっていた。
そんなある日、新しい教育係として、新人の配属が決まった。大体はロッカとの剣術で指南中の怪我を理由に辞めて行く。
「新しい教育係が来るらしいけど……どうせすぐ辞めるわ」
扉を三度叩く音が鳴る。しかし、ロッカは答えず何事も無かったかのようにベッドに仰向けで倒れ込む。
「さっさと消えなさいよ、どうせ私より弱いから意味無いの……納得できないなら手合わせしてあげるから」
ノックの音が止み、瞳を閉じる。
ロッカに敵う相手は限られている。獣の神託もそれに追従するように強くなり、この前は一振りで決してしまった。その光景を思い出し、瞳を閉じる。
「イッターーイ!? な、何?」
叫び声に目を開けると、ロッカがゴロゴロとベッドから転がり落ち、起き上がると頭を鎮めるようにさする。
いや、それよりもこの男は誰だ……気配は全く感じなかった。軽量の鎧を着込み、耳にかかる程度で緑色の髪と青い瞳を持つ。
「無礼者……私はこれでも皇女なのだけれど?」
目尻を上げ、眉を寄せ、眉間のシワと共に不快感を表す。しかし、男は深くため息を吐くと、手刀を振り下ろしそれは流れるように頭を直撃する。
「こっの!! 何なのよ!!」
瞳に涙を蓄え、じとりとした眼差しで顔を見上げる。
「まず俺は炎鷹の勇者ビレト……お前の教育係だ」
「な、勇者が教育係!? 一体どうなってるの?」
ロッカの質問に間髪入れず、再び手刀が放たれる。避ける隙もなく直撃し、頭を両手で押さえ、うずくまる。
「相手が名乗ったらお前も名乗る。皇女とは言え、俺は手を抜かないぞ?」
「貴方ねえ……分かってるなら丁重に扱いなさいよ」
今度はあからさまに深くため息を吐き出し、両手を広げ首を横に振る。その姿にイラッと来たのか、拳を握り今にも殴りかかりそうだ。
「勇者は国王と同等の地位が与えられている。例外なくどの国でもだ」
「……分かってるわよ」
バツが悪そうに俯くと、視線を逸らしてベッドに座り込んだ。
「勇者は傀儡であってはならない……あらゆる抑止力として責務を全うする。意味も分かるし、何となく理解できるわ」
「思い上がった王族がいれば、それを正すのもまた勇者。ジャジャ馬皇女様は、本当に理解してるか怪しいが……」
その刹那、ベッドから飛び上がり左足を大きく踏み込む。拳がビレト顔の横を通り過ぎ、ゆらりと髪がなびく。視線が絡み合い、緊迫した空気が流れる。
「勇者はその地位を奢ってはならない。最後のは余計よ」
冷ややかな眼差しで、凛とした態度を示す。ビレトは少しだけ口角を吊り上げると、表情を柔らかくする。
「おお怖い恐い……言い過ぎたことは悪かった」
ビレトが一礼し溜飲が下がったのか、首を横に振る。
「もう良いわ……そして出来れば私の事は放って置いて、お父様には上手くやってるって伝えておくから」
諦めに近い表情で、振り返る。その背中は放って置けば今にも壊れそうだった。
「よーし、外行くぞーー!!」
「は?ちょっと離しなさい、何処に行くのよ」
ロッカの意見など知ったことでは無いと言わんばかりに手を掴み、部屋の外へと飛び出す。城内を走り回っている為、道行く使用人たちは慌てて道を開く。
「外に出るぞ、場所的に護衛は俺1人で十分な所だ。まあこれも授業の一環……少し寄って行くぞ」
城の記録係のところに辿り着くと、ロッカに手で静止を出し向かって行った。
「こんにちは、3時間ほどの外出許可を貰いたい」
「ゆ、勇者様!?外出許可証ですね。そしたらこちらにサインをいただけますか?」
いきなりの来訪に驚いたのか、飛び上がりそうなほどの反応を示し、書類を取り出す。
慣れた手つきで、スラスラと行く先と時間を記録する。
「そ、そう言えば何をされに行かれるんですか?」
筆を机に置きにっこりと笑うと、顔を受付の女性へと向ける。手を握ると、ビックと跳ねた。
「命の大切さ……儚さ、尊さ、生命の神秘を教えられたらと思っています。私たちはなぜ生まれ、何をすべきかの答えがそこにある」
「す、素晴らしいですね勇者様」
目を輝かせ羨望の眼差しがビレトに注ぐ。再び優しく笑うと、必要な道具を受け取りロッカの元に戻る。
「……冗談ではなく、本当にそれを使うのかしら?」
そこには釣竿が二本準備されており、ビレトは早足で城壁を出て行った。気が乗らないのか、離れすぎない速度で後ろに付く。
溶岩地帯を抜けて進み徒歩で20分ほど所に、釣り堀があり、そこの店主に料金を払い今に至る。2人で釣り糸を垂らすと、ゆったりとした時間の中をさまよう。
「釣った魚は持ち帰れる。俺の夕食になるから、頑張って釣り上げてくれ」
「貴方は何しにここに来たのかしら?」
アホらしいと言わんばかりに頭を抱える。それでも辞めようとはしない、じっと浮きを見つめたまま動かない。
「そんなことよりお前竿に魚が食いついてるぞ」
ビレトが指差した竿の先は、暴れ回るように何度も下に引っ張られていた。上の空で見ていた為、全く気づかなかったらしい。
「え、ちょっとどうすれば良いのよ!!」
落ち着きなく竿を動かし、冷静さを欠いているようだ。見かねたビレトが後ろに回り、包み込むように竿と手を掴む。
「貴方はドサクサに紛れ何をしてるの!?」
今度は違う方向に動揺し、暴れ肘が顎に直撃する。しかしすぐさま顔を戻し、竿を強く握る。水中で魚が大きく暴れ、竿が悲鳴を上げ始める。
「説明するよりこっちの方が早い。俺が合図と同時に引くから……それ合わせて引いてくれ」
「ああもう分かったわよーー!! やれば良いんでしょ!!」
投げやりに叫び散らし、覚悟を決めたように竿に集中する。段々と魚の動きが弱くなり、糸の力が緩んできた。
「行くぞーー……3、2、1、引けーー!!」
ビレトが引き上げると同時に、全力で引き上げ大きな魚が宙を舞う。地面に落ちると同時に、2人はバランスを崩し倒れ込む。
「お前が釣った魚だ……手で掴んでみるか?」
「冗談はやめてよ、生臭くて不快よ不快」
口ではキツく突き放すも、表情は満更でもなさそうだった。肩で息をし、胸を手で押さえ、横目でビレトを見つめる。
「ねえ先生……私の神託が、怖くないのかしら」
目が落ち着きなく泳ぎ、それでもその先の答えを求める。
「力になりたいとは思っても、恐いと思った事はない。それと、そろそろ退いてくれないか?」
「……さっき竿を引いた時筋を痛めてしまったみたいなの」
「いや、そんな無理に引いていないと思うが……」
「……さっき竿を引いた時筋を痛めてしまったみたいなの」
同じ言葉を一字一句違えず繰り返す。もはや意図的であり、そうしろという意図が伝わってくる。諦めたのか肩の力を抜く。
「あ、はい」
結局そのまま30分そのままになり、魚は水中へ逃げて行った。




