閑話 託宣
短めです。
——グラガ洞窟前——
「ふぅ・・・行ったみたいね。」
そう独りごちたのはシュンのクラスメイトの一人、シズクであった。
彼女はハルト達の前で忠告すると『隠密』を自分自身にかけて姿を消した。
その後木陰で身を潜め、彼らが立ち去った後に再び洞窟前まで戻ったのだ。
(彼女達はラリトの方へ探しに行ったようね。私を探すとか言ってたけど無理だわ。だって私はここから動いてないもの。)
シズクは自嘲気味に微笑む。
その笑みは彼らを迂愚で軽忽だと冷笑するものだった。
実の所、シズクはエディシンの『睡魔』が効かなかった。
いや、実際に効果はあったのだが力技で乗り切ったのだ。
シズクは現実世界で古武道に携わっていた。
今の平和なご時世、古武術を習う者は極僅かだが、彼女の父親が道場の師範でもあり、物心つく前から習っていたのだ。
その弛まぬ鍛錬の結果、意識を最大限に集中させ眠気を吹き飛ばしたのである。
まさに魔法という非現実を、現実で詰んだ技量によって打ち返したのだった。
だがシズクは自分だけ起きているのは拙い、そう思った。
もし起きているとバレたら格好の的になるだけである。
そこで彼女は息を潜め寝たフリを実行した。
いつか来る好機を見逃さないように、じっと息を潜めていたのだ。
そして事は起きる。
なんとあのハルトが龍を追い詰めたのだ。
不思議に思ったシズクは見つからぬようハルトを凝視すると彼の纏う雰囲気は禍々しいものであり、明らかに異質であった。
ナナを思って追撃する様は、まさに狂気であり手に汗握るものであった。
その後彼は悪逆非道の笑みをエディシンに向け、鱗を剥ぎ取りソフィアとサフィアと合流した。
起きていたシズクにとってソフィアとサフィアの『隆起石』で地上まで運ばれるのは、古武術を会得していても痛いのであった。
(それにしても何がこの二人が倒したよ。あんたが倒したんじゃない。証拠もそう、あの龍は生きていたのに普通に鱗を剥ぎ取っていたわ。やっぱり何か隠してるわね。ソフィアとサフィアって言ってたわね。彼女達とは顔馴染みっぽいし絶対に何かあるわ。)
ハルトが全員生還した際に話していたのが法螺話だとシズクは知っていた。
ハルトが法螺話をする理由までは分からないが隠し事をしていることはシズクの中で明瞭であった。
コトミがハルトに感謝しろと言われた時は、事実を知っている上でお礼を言うなど噴飯ものであると思っていた。
そして感謝することは無かったのである。
(まぁ私には関係ないけどね。)
そう、シズクはこの件にはあまり関心が無かった。
洞窟の中でパーティを去ることは決めていたし、寧ろハルトの素行を見て決意を固めたくらいであった。
何が好きで面倒事に首を突っ込むのか。
自由を望む彼女からすれば理解出来ないことである。
(折角自由になったのだから現霊界でも歩き回ろうかしら。どうせなら魔界へ行くのもありね。)
シズクはこの世界に来て一番幸せそうな表情をしていたのだった。
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——?——
無。
この場所を1文字で表すとするならこの文字を当てるだろう。
辺り一面には何も無い。
ただ広く白い世界が広がっている。
だがそんな中に数体の生命が存在していた。
「いやはやいやはや、上手く行きましたねぇ。」
「全くだ。」
「私も彼は気に入らなかったので消えてもらって嬉しいです。」
「ロアははっきりものを言いますねぇ。」
「はい。だってそれくらい彼、セファーラルが嫌いだったのですから。」
眼鏡をかけた女は小太りの男へそう言い放った。
この場には4人の人影がおり、それぞれ椅子に腰掛けて話している。
椅子とテーブル以外は何も無く、椅子も5席しか存在していなかった。
「それでロア、あの方はどうでしたか?」
「えぇ、ソフィアとサフィアによれば良い傾向にあるそうです。」
「そうですかそうですか、それは良いですねぇ。私達は神に統べる大天使、私達の奇特な行いは神への奉公になりますからねぇ。」
「フランコワン、それは最もだが俺は気になる点があるぞ。」
「どうしましたかピサイル?」
上機嫌に言うフランコワンに水を差したのはピサイルと呼ばれる大男であった。
「最初俺の部下に面会させた時、あの媒介は脆いと言っていた。確かに勇者という媒介は魅力的だ。人間の中でもずば抜けている。だが肉体も我々に比べ半端者だ。何より精神が弱い、弱すぎる。あれでは飲み込まれるのが自明の理だぞ。」
「良いではありませんか。」
「ホスローンどういうことだ。」
ピサイルの発言を穏便に済まそうとしたのは金髪にウェーブをかけた女性であり、ホスローンと呼ばれる彼女は笑顔のまま語る。
「勇者と言えどもその数は豊富。所詮模造品に過ぎませんわ。確かに今回転移してきた勇者の中で1番の力を保有していると言っても過言ではありませんし、人間の中でも飛び抜けてパラメーターが高いのも知っています。ですがまだ似た人材が数名残ってるでは無いですか。」
「それはそうだが・・・。」
「一人に固執する必要などないのですわ。質より量です。使えなかったら捨てる、そして新しい駒を使う、また捨てる・・・、これを繰り返せば良いではありませんか。」
「それはワシも賛成じゃ。」
「爺さんもか・・・。」
フサフサの顎髭を触りながらホスローンの意見に是認する好々爺がいた。
「シャージャーさん、何故賛成なのか教えてくれませんか?」
「ほっほっほ、簡単じゃよ。人間だからじゃよ。」
「「「・・・。」」」
「ワシらは大天使、神を崇める信心深い教徒じゃ。そんなワシらは殆どの人間を嫌っておる。せめてマシなのはゴロア大聖堂にいる教皇と枢機卿、それと数人の大司教くらいじゃ。彼らは神のために身を捧げることも厭わないからのう。」
「そうですね、私も人間は反吐が出るほど厭忌していますが彼らはマシだと思います。」
「そうじゃろ?まぁ話を戻すとじゃ。結局は人間など道具に過ぎんのじゃ。それともピサイル、お主は人間が好きか?」
「いや、嫌いだ。」
ピサイルは間髪入れずに答えた。
そう言うとシャージャーは嬉しそうに笑い出す。
「ほっほっほ、なら良いではないか。同情するほどの生物ではあるまいて。」
「俺が心配しているのは勇者を使うという点だ。確かに俺も人間の生き死になどどうでもいいと思っている。だが曲がりなりにも神に選ばれた勇者なのだ。それを我々の一任で動かすなど出過ぎた真似ではないだろうか?」
「大丈夫です。」
「「「「ッ!?」」」」
ピサイルの意見に答えたのは先程会話をしていた四人の中の誰でもなかった。
急に現れた片眼鏡の男は柔和な表情でそう言った。
「誰だお前は!」
「申し遅れました、私セファーラル様の変わりに第五席に着任させてもらいます、ルスカフと申します。以後お見知りおきを。」
「セファーラルの変わりだと・・・。」
「どういうことです?セファーラルの代わりなど許容できません。」
「よろしいのですか第二席ロア様?これは言わずと知れた神の決めたことですよ?」
「「「「ッ!?」」」」
ルスカフ以外全員驚愕する。
「神が決めただと!?」
「どういうことです?」
「私が第五席に着任したのも、勇者を好きに扱っていいということも全て神からの託宣です。」
「託宣?私のもとには来ていないぞ。」
「ワシにも来ていないのう。」
「私もです。」
「私も来ていないわ。それは本当なの?」
「こちらをご覧ください。」
ルスカフは懐から水晶を取り出した。
そして不思議そうに凝視していると、
(あーあー、聞こえますかー。)
「「「「ッ!?」」」」
(初めまして、人間界の神こと人神です。)
「神ッ!?」
「・・・ッ!?」
「神なのですか!?」
「一大事じゃ!!」
そう、水晶から人神と名乗る者の声が聞こえたのだ。
彼らは神託を授かる時、直接脳内に伝わる。
そのため外界から声を聞くことは今まで無く、確実にこの声が神であるという証拠はない。
だが大天使で神に統べるものという絶対的な地位にいる彼らは、本能的にこの声神で間違いないと思ったのだ。
(この水晶に話しかけても意味はありません。これは所謂通信機です。ルスカフが大天使に進化した時にお祝いと一緒に添付して贈りました。ルスカフの父には縁がありますからね。まぁそれはいいです。)
「羨ましい・・・。」
「私も神からの恩寵を頂きたいものですわ。」
「まぁ私の父が凄いだけでして、私目には何の力もございませんからお気になさらない方が宜しいかと。」
恩寵を授かったルスカフを全員羨望の眼差しで見つめる。
だが人神はそれに構わず話し続ける。
(セファーラルは死んでしまいましたので、進化したルスカフを今後末席に加えます。異論は認めません。
といっても聞けませんがね。そして現霊界の方で徐々に動きがあるようですね。貴方達は神託の通り動いてもらえば結構です。その時に私が関与していると知られなければ何をしても構いません。勿論勇者を使ってもね。)
「勇者・・・。」
(話は以上です。これ以上怪しい動きを見せると魔神が動いてしまいます。どうやら私の企みはバレているようですがあちらは誓約上動けませんからね。龍人族を滅ぼした時も彼は動けませんでしたからね、ふふふ、生殺しです。)
水晶から人神の愉快そうな声が聞こえる。
一般人からすれば気でも狂っていると思われても不思議では無いが、別段大天使達はそうは思わなかった。
ライバルである魔神や龍人族に感情移入することなど、天と地がひっくり返っても有り得ないのである。
(それでは任せましたよ。私の可愛い子供達。)
「「「「「はッ!神の御心のままに!!!」」」」」
次回新章です。
第三章は「魔界に暗躍する魔煌楼祭」編です。
よろしくお願いします。




