第三十八話 進化
——ウォール森林——
「供物だと?どういうことだ。」
「ふふふ、それはですね・・・」
ソルヴィンが説明しようとした時であった。
「うっ・・・、ここは・・・。」
「レンッ!」
「おやおや起きてしまいましたか。」
レンが気絶から目覚め事態の状況を飲み込むのに暫し困惑する。
マルシャはレンが起きたことで痛む尻尾を隠しながら直ぐに側へと走り出した。
ソルヴィンはそれを妨害しようとは思わず、ただ愉快そうに微笑んでいた。
「レン、痛かったり苦しかったりする所はあるか?」
「私は大丈夫なの。でもおじさんは凄い辛そうなの。」
「ははは、俺はピンピンしているぞ!」
子供は多感である。
それ故にマルシャが尻尾の傷の痛みを我慢していることを何となく察した。
だがマルシャは少女に心配させまいと言わんばかりに虚勢を張った。
「その人は尾に怪我をしていますよ。」
「え?」
「ソルヴィン・・・。」
ソルヴィンはマルシャの自尊心など露知らず、マルシャが怪我をしていることを少女に伝えてしまう。
マルシャは再度ソルヴィンを睨みつける。
「本当なの!?私が治すの!『回復』!」
少女はマルシャに回復魔法を施す。
しかし怪我が癒えることは無かった。
「やっぱりそうですか。ふふふ・・・。」
「チッ、てめぇ趣味が悪ぃぞ!」
「茶目っ気に溢れてるでしょ?」
「なんで治らないの!?、『回復』!『回復』!『回復』ッ!!」
「レン!それ以上はいい。もう唱えるな。」
「でも・・・。」
「その傷は貴方の魔法では治りませんよ。」
「なんで・・・。」
「コイツの剣が原因だ。」
「御明答、その通りです。」
ソルヴィンの剣【ミルツェ】は光のレイピアである。
武器はある一定のレベルに達すると、武器本来に能力が付与されていることがある。
【ミルツェ】もある効果があった。
【ミルツェ】は対となる属性の者を攻撃し手傷を負わせた場合、治療できないように術式を埋め込むことが出来るのだ。
生物には生まれた時に相性の良い属性がある。
勇者なら光。
フィーアなら風。
このように魔法を使える者なら、それぞれ自分の相性の良い属性を見極める機会もあるのだ。
そして龍人族、天使族のように過去の幻影とされている稀有な種族は多種属性を兼ね揃えている。
マルシャは〝地と闇〟、ソルヴィンは〝風と光〟を持っている。
お互い性別は男であるため魔法攻撃は得意ではないが他種族と比較すれば多種多様な魔法を放つことが出来る。
そして魔法にはそれぞれ対になる属性がある。
〝火と水〟、〝氷と雷〟、〝〟風と地〟、〝光と闇〟
が対に成っている。
マルシャとソルヴィンは正しく対になる存在である。
そのため【ミルツェ】の効果を遺憾無く発揮することが出来たのだ。
「そんな・・・。どうやったら治せるの!?」
「それは私が彼に施した術式権限を解除すれば治療出来るでしょう。それでも完治はしないでしょうがね。」
「どういうことなの?」
「レン、それには俺が答える。コイツの説明は要領を得ない。」
「失礼ですね。まぁしたいなら勝手してください。」
余興も兼ねて説明することは別段嫌だったわけでは無かったが、マルシャの言葉に少々傷つきソルヴィンは拗ねてしまった。
「レン、そもそも〝回復魔法〟について知っているか?」
「回復魔法は光の魔法って・・・、まさか!?」
「多分想像している通りで大方当たりだ。闇属性を持つ俺には回復魔法は意味を成さないんだ。」
「そんな・・・。」
回復魔法は光属性の魔法である。
少女は光属性と相性が良く、回復魔法や身体強化魔法は群を抜いていた。
そんな彼女の回復魔法でも闇属性と相性の良いマルシャを治癒することは出来なかった。
闇属性と相性の良い者は自己再生能力が元々備わっており回復魔法を別段求めない。
また決して回復魔法が存在しない訳では無い。
例えば『黒癒』と呼ばれる魔法があり、闇魔法使いには治癒効果を、それ以外の属性使いには傷を悪化させる効果を持っている。
『回復』に相手を傷付ける効果は無いが、回復効果を有している点では相対するものである。
マルシャがこれを使えたら応急処置くらいは可能だっただろう。
だが魔法を得意としない男で『黒癒』を使えるものは少なかった。
マルシャもその一人である。
「それじゃあおじさんは死んじゃうの!」
「まぁ応急処置くらい出来るさ。ただもう感覚は無くなるがな。」
「どういうことなの?」
「こういうことさ!」
そう言った刹那、マルシャは【ガラシャ】を自分の尻尾に突き刺した。
【ガラシャ】は白く輝き、マルシャの血と混ざり合う。
「何してるのッ!?」
「んッ・・・。」
いきなりの奇行に少女は仰天する。
マルシャも苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
だがソルヴィンだけは
「これは驚きました・・・。まさか自分にそれを使うとは・・・。」
「はぁ・・・はぁ・・・、こ、これでもう意味が無いぞ。」
「おじさん何したの!?」
「俺の刀【ガラシャ】には五感を奪う力がある。これを使って痛覚を遮断した。その代わり今俺はまるで感覚が無い。」
「そんな・・・。」
マルシャは【ガラシャ】の能力を利用して自らの痛覚を断ち切った。
その能力は五感のいずれかを消すことが出来るものであった。
赤は味覚。
青は嗅覚。
緑は聴覚。
黒は視覚。
白は触覚。
を表し、先程ソルヴィンとの攻防では刀身は黒色であった。
人は外界から7割の情報を取り入れるので視覚をまずは潰したかったからである。
そして自らの尻尾を貫いたのは白の刀身であった。
これにより痛覚こそ無くなったものの、これから先の未来マルシャが何かに触れて反応することは無くなってしまった。
「そんなのあんまりなの・・・。」
回復魔法が得意な少女は助けることが出来ない自分の無力さを悔いた。
そしてマルシャが今後不自由な生活を強いられることに沈痛してしまう。
遂には泣いてしまった。
「そんなに泣くなって。」
「でも・・・、ヒック・・・、」
「ならこれからはレンが支えてくれ。それだけで俺は嬉しい。」
「・・・うん、分かったの。任せて欲しいの。」
「おう!序にパパって呼んでも・・・」
「止血しなきゃなの。」
「流れ的に呼ぶだろ普通・・・。」
少女は今後マルシャを介抱していこうと決意した。
その時の面差しには悲壮感は一切感じさせず、年相応の笑顔を見せていた。
マルシャも状況とは裏腹に父性が沸き上がり、少女にわがままを言うが、けんもほろろに返されてしまった。
それでもこれから家族として生きていく上でお互い一歩前進したかのように思えた時だった。
「私の存在を忘れていませんか?」
家族の温もりを破壊したのはソルヴィンであった。
「お前は空気も読めないのか。」
「生憎、天使族は命令に忠実なものでして。」
「チッ。」
「それではこの少女が供物である所以をお教えしましょう。」
「どういうことなの?」
少女は気絶していたので今の状況を上手く理解していなかった。
それでも自分が話の対象になっていることは理解出来た。
「コイツはレンが供物だと言っているんだ。」
「なんでなの?」
「それを話すには貴方について話さないとですね。貴方という存在、それは——」
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「——そんな・・・、」
ソルヴィンが話した事、少女の存在は予想外のものであり、少女ですら直感的に理解出来ていなかった。
しかし、自分の存在が普通では無いと知れたのは少なからずとも合点のいくことだった。
両親の姿も思い出せず、グラガ洞窟で龍に育てられた少女。
グラガ洞窟で人間が生活できるはずが無い。
そして回復魔法を使えるということは光魔法の使い手である。
光魔法を扱える人間は勇者や聖女くらいである。
何故最初から気づかなかったのか。
こんな存在が真面な人間である訳が無い。
マルシャも薄々は察していた。
少女は普通の人間ではないと。
マルシャは、いや、龍人族は人間嫌っている。
自分には敵わないものの前では臆病になり、自分が正しいと思い込むと傲慢になり、努力もせずに諦観して卑屈に生きる。
過去に龍人族と関わった人間はこんな存在であった。
それは天使族にも当てはまることであった。
今の時代、そこまででは無いものの未だ人間の意識は変わることがない。
そんな人間のネガティブな感情に龍人族は多感に反応していた。
龍人族は
〝誇りを胸に抱き、弱き者には強かであれ。決して驕り高ぶること無く、謙虚に誠実に生きよ。〟
これをモットーにしていた。
まさに真情の通りに生きてきたのだ。
そのため真反対な人間は相容れぬ存在であったのだ。
そこで問題になるのは少女である。
彼女は人間だと思われていた。
第三者の介入によりそう思わされていたのだ。
「そんな話簡単に信じられるか!」
「貴方がそこの少女と快活に話しているのが何よりの証拠です。そもそも人間だったら真っ先に殺してましたから。」
天使族も龍人族同様に人間に対して嫌悪感を抱いていた。
人間の中でも神を崇拝する者がいるのは心得ている。
だが人間は他力本願であると思っていた。
何事もただ祈祷し願いを請うだけである。
自分達は行動せずに日々の安寧を過ごしている。
それを天使族は許せなかった。
自分達は願いを聞いてもらえるような上等な存在ではなく、神に導かれ言う通りにする者であると思っていた。
そもそも人間に神託が降りない時点で神からも見放されているのが明確であった。
「説明の通りです。早速殺して報告に参りましょう。」
「させるかッ!」
「遅いですよ。」
マルシャは【ガラシャ】本来の鈍色を黒くしソルヴィンへと振るう。
だが簡単に避けられてしまった。
「サポートするの!ちぇ・・・」
「さようなら。」
グサッ
「え?」
身体強化魔法を唱えようとした少女の腹部にに【ミルツェ】が突き刺さる。
赤い液体が水溜まりのように少女を囲んだ。
「レーンッ!!!」
「うっ・・・。」
「仕留め損ねましたか。次でラストです。」
運良く急所は避けれたが、早く処理をしなければ帰らぬ人となってしまう。
ソルヴィンは一刻も早く終わらせたかったため、躊躇い無く再度少女へとレイピアを突き刺そうとした。
ドンッ!
その刹那マルシャは地面を蹴り飛ばし、ソルヴィンへと迫った。
完全に理性は切れていた。
「お前は絶対殺すッ!!」
「この速度はまさかッ!?」
マルシャがそう言った時彼の体に変化が生じた。
角、両翼、尻尾が一回り大きくなり、体はさらに筋肉隆々としていた。
そう進化である。
「驚きました。貴方も進化するなんて・・・。でも不思議ですね、龍人は普通、龍になると思っていました。」
「龍にも龍人にも好きになれるんだ。だがそんなことはどうでもいい。俺は今機嫌が悪いんだ。さっさと死ね。」
そういうとマルシャは口から火を吐いた。
『爆炎砲』を使いソルヴィンを焼き殺そうとしたのである。
今放った『爆炎砲』は、ワールドウッドに放ったものと比では無かった。
ソルヴィンも油断していたので反応が遅れてしまう。
それでも服が焦げた程度で済んだのだ。
「いきなり攻撃すると・・・。」
「チッ、死んでねぇのか。だがお前が俺の吐いた炎と戯れてる間にレンの手当はさせてもらった。」
「小癪な真似を・・・。」
マルシャは超微弱な火を少女の腹部に吐き、止血したのだ。
少女も痛みで辛そうな表情をしていたが、マルシャの止血により余裕が出来たので回復魔法を唱えることが出来、今は離れた所で休んでいた。
ソルヴィンは事態の急変を飲み込むのに苦労していた。
「驚きましたよ・・・。形勢逆転されてしまいました。ですがそれほどの攻撃で大天使に進化した私は倒せませんよ。」
「そうか・・・ならこの姿なら殺せるか?」
マルシャがそういうと黒いオーラに包まれた。
次回でマルシャとソルヴィンの戦いは終わります。
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