第三十二話 蜂蜜
——ウォール森林——
「落ち着いたかい、嬢ちゃん?」
「はいなの・・・、ごめんなさいなの」
「謝ることは無いさ。嬢ちゃんの母ちゃんが危険なのに何も出来ないんだ。悔しいに決まってる」
「・・・」
「あーそんな暗い顔すんなって」
泣き止むことは泣き止んだが陰鬱な空気は未だ健在である。
それに耐えきれなかったマルシャは口を開いた。
「じゃあ俺の身の上話でもするか」
「そういえばおじさんは何者なの?」
「おじさんは龍人族だ」
「!?」
龍人族。
それはかつて居たとされる幻の種族。
頭に2本の角を生やし、両翼と尾を持つ。
戦闘力は龍ほどでは無いが普通の人間や魔人、獣人とは比較にならないほど強い。
天使族とは犬猿の仲で互いに争い今はもう絶滅したと言われていた。
「なんで龍人族が生きてるの!?」
「じゃあ逆に聞こう。なぜ生きていないと思った?」
「それは今まで世間に現れなかったからなの。」
「そうだな、実はそうであった理由がある。」
「?」
質問を質問で返され、何か含みのある彼の言い方に疑問を浮かべる少女。
「なぜ龍人族が姿を表さなかったのか、それは——」
------------------------------------------------------------
「——う、嘘なの」
「いや本当だ」
「そんなことって・・・」
「そもそも嬢ちゃんに会ったのも僥倖なんだ。あ、僥倖って分かるか? 幸運って意味だぞ?」
「そんなの知ってるの。論点をずらさないで欲しいの」
「すいません・・・」
マルシャの話は信じられないものだった。
もしそれが本当のことなら大変なことになる。
そんな重要な案件を話しているのにマルシャは的はずれなことを聞いてくるのだ。
呆れるしかない。
余談だが少女の学力は高い。
それは龍であるエディシンが博学であるということもあり日々研鑽を積んでいた。
捨て子である彼女は自立するために少しでも知識を付けたのだ。
エディシンも少女の勉学に勤しむ姿は義娘ながらも、嬉しく感じるのだった。
閑話休題。
「兎に角俺のこれまでの流れはこういう訳だ」
「分かったの」
「嬢ちゃんの場合はエディシン様に拾われたって捉えていいのか?」
「構わないの」
「了解だ。よし、暫くはここに隠れることになる。天使族に遭遇して嬢ちゃんを危険な目に合わせる訳にはいかねぇ。退屈かもしれないが暫くはここに居てくれ」
「でも何もしないのは申し訳ないの」
「言っただろ? 俺はエディシン様ならそうすると思って行動してるんだ。頼む、言う通りにしてくれ」
「分かったの・・・」
エディシンに忠義を抱くマルシャの語気は強く、そこからは揺るぎない意志を感じさせた。
何を言っても無駄だと悟った少女は諦めて言う通りにしようと思った。
だが・・・、
「でも手伝えることは手伝うの」
「しかし・・・」
「しかしもかかしもないの」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしくなの」
少女は何もしない傀儡ではない。
母親譲りの強固な意志は然しものマルシャも肯定するしかないのだった。
その日から彼らは森の奥でひっそりと暮らし始める。
食材などが切れた場合、基本は森の中で自給自足なのだが調味料といったものは、マルシャが適宜街へ赴き買いに行った。
そしてマルシャと少女が出会い、1週間が経過していた。
少女は母親の安否が気になるもののマルシャを信用し、洞窟へは近づかなかった。
暫くは憂慮であるが安泰でもあると思っていた・・・。
「漸く見つけましたよ・・・」
まだ彼らは知らない。
この後に起こる悲劇を。
------------------------------------------------------------
——ウォール森林——
ウォール森林。
北のスティグマの森程ではないが雄大な広さを誇る。
巨万の樹木に生える緑葉が太陽に映え、肥沃な土壌には様々な昆虫達が意気揚々と動き回り、木漏れ日が照っている。
そんな平穏無事な場所にシュンとフィーアは来ていた。
「結局現地調査か」
「町でも気づかれないように色々聞いたけど有力な情報は無し。現場で調べるしか無かったね」
シュンとフィーアはセックの民に不振な人物が居たかどうか聞いて歩いた。
だが有力な情報は得られず1週間過ぎていた。
これだけ聞いてみても確かな情報が得られないなら、一度現地で調べてみようと思ったのだった。
「森の奥は危険でそこまでは調べられていないらしいね」
「杜撰だな。どうやって人為って決めたんだ」
「土壌の性質が変わっているって分かったのは実際に土壌を調査したからなんだけど、不自然な穴があったらしいの」
「どういうことだ?」
フィーア曰く、拳大ほどの穴が地面にいくつか空いていたそうだ。
杭のようなものが刺さっていたと考えられるらしい。
この森でそんなことをする生物は存在しない。
だからこそ人為的に有機成分を損失させる何かをしたと推測されたのだった。
「なるほどな」
「確かに穴が点在してるね」
「だがこれだけの穴を見つからないように空けられるのか?」
「流石に夜は人が彷徨かないよ」
「夜の犯行なら犯人は大層夜目がきくんだろうな」
シュンは人の仕業ではないと考えていた。
これだけの大事を誰にも知られずに出来るはずがない。
そして犯行は目撃されることの無い夜に実行されたと判断するなら人並外れた能力が必要になる。
夜目のきく魔物の仕業であると絞り込むことが出来た。
補助スキルに『夜目』というものが存在するが使える者は少ない。
使えるのは第5大魔人のフンフかその部下の上級魔人くらいである。
それ程の実力を有してるのならある程度の知名度があっても不思議ではない。
しかし、そのような実力者はこの国には存在しておらずせいぜい中級魔人程度であった。
「順境国」だけあって甚大な戦力が必要ないのが理由である。
話を戻すと魔物なら夜間にも活発に活動する生物が何体もいるためこの辺りが妥当であった。
フィーアもシュンの予想に賛同する。
「それじゃあ先に進んでみるか。魔物のレベルも上がるから気をつけろよ?」
「うん、分かった」
シュンの忠告に素直に耳を傾けながら、2人は奥地へと足を運ぶのだった。
------------------------------------------------------------
「逃げるぞ!」
「うん!」
シュンとフィーアは現在進行形で逃走していた。
何から逃げていたのかと言うと蜂である。
「マッハビー」と呼ばれる蜂で100匹固まってシュンとフィーアを追いかけていた。
マッハビーはそこまで大きくはない。
それこそ日本のオオスズメバチぐらいのサイズのため小さくもない。
だが魔物の中では「ビックビー」と呼ばれる蜂も存在する。
ビックビーはオオスズメバチの3倍で、尻から生える針が遠くから視認できるほど巨大なのだ。
ではマッハビーはどうなのか。
彼らの特性は言わずと知れた速さである。
兎に角飛ぶスピードが早く、狙った獲物は逃さない。
そして何よりも厄介なのは彼らは肉食であった。
鋭い針には神経毒があり、それを対象に刺すことで感覚を鈍らせ動きを遅くさせる。
日本のミツバチは敵であるスズメバチを仲間で囲み、熱によって倒すことがある。
そのように捕食対象を囲み、鋭い牙で肉を啄む。
食後には骨しか残らず臓器すらも喰らってしまうのだ。
因みにビックビーは肉食ではない。
一般的な蜂同様、蜂蜜と花粉を摂食している。
これら魔物の情報はシュンとフィーアが森に訪れる前に、情報収集していたので役に立ったのである。
そして今、全力疾走を披露しているのだった。
「フィーアが蜂の巣啄かなかったらこうならなかっただろう!」
「だってシュンに【マッハビーの蜂蜜】あげたら喜ぶと思って・・・」
「蜂蜜だと!?」
シュンは料理好きである。
勿論それは家庭料理だけに留まらない。
シュンはお菓子作りも好きであった。
和洋中問わず、オールマイティに作ることが出来る。
ましてや〝蜂蜜〟である。
蜂蜜はメインにもなるし隠し味にもなる。
そしてこの世界に来てから一回もお目にかかったことが無かった。
砂糖すらこの世界では希少である。
そのためスイーツはやんごとなき方々の嗜好品であった。
シュンは魔王のコネを使い何とか砂糖自体は入手出来た。
だが蜂蜜は手に入る機会が無かったので今回は喉から手が出るほど欲しくなった。
そしてシュンは走りながらフィーアに言う。
「フィーア、もしアイツらを蹴散らして蜂蜜を手に入れられたら俺がスイーツを作ってやる」
「了解しました!」
久しぶりの敬語であった。
フィーアはすっかりシュンに胃袋を掴まれていた。
今では交代制で夕食を作っている。
これはシュンが夕食を作りたいと願い出たものの自分にもプライドがあるため、このような妥協案で解決したのだ。
だがシュンの料理の時はどれも逸品で自分の作った料理が霞んでしまうほどであった。
フィーアは家事が得意であった。
過去に師匠に仕込まれた結果、衣食住に関しては右に出るものがいなかったのだ。
特に食に関しては自信があったのだがシュンの料理はその比ではなかった。
そして今回食べたことの無いシュンの作った〝スイーツ〟が味わえる。
このチャンスは決して逃してはならないと本能が呼びかけてきたのだった。
快活な返事をした後、すぐに追いかけてくるマッハビーの方へと向きを変え詠唱を始める。
「『激励』『速度』!」
フィーアは身体強化魔法を唱え、攻撃、速度、的中を上げる。
そしてギリギリまで標的を絞る。
もう少しでフィーアに当たるという時、フィーアは手を翳し口を開いた。
「『風球』!」
唱え直後、翳した手から半径1mの球が出現する。
色がついている訳では無い。
あまりの風速に視認することが出来ているだけであった。
例えるなら竜巻を凝縮させ球状にしたというところだろうか。
------------------------------------------------------------
『風球』
使用MP 150
爆弾低気圧を圧縮し球状にして相手に放つ魔法。
早く飛ばさなければその場で弾け飛ぶ。
------------------------------------------------------------
その球はマッハビーに激突する。
ドンッ!、グチャ・・・
強烈な風圧にマッハビーの体は破裂し体液が飛散した。
どうやら全滅のようだった。
「やった! でも気持ち悪い・・・」
フィーアはあれほど近くで倒したのにマッハビーの体液は付着していなかった。
それもそのはずで衣類に付着しないように風向きを意識して攻撃したのだ。
だからこそ体液はフィーアを避けるように左右に飛散している。
これほど呆気なく倒せたのなら最初から倒せと思うが結果的に惨憺たる光景を目にしてしまうので気持ちの良いことではなかった。
「やったようだな」
「やったよ! あれ?どうしたのそれ?」
「お前がアイツらの相手してた時、お前を狙ってたようだ。だから仕留めといた。」
「そいつは「スパイダーホックス」だね。そっか私のために・・・」
「どうした?」
「な、なんでもないよ!」
フィーアがマッハビーの相手をしている最中に横槍を入れようと企む者がいた。
それこそがスパイダーホックスであった。
スパイダーホックスは見た目こそ狐だが、口から糸を吐く。
それも蜘蛛の吐く糸とは異なりかなり太い。
そのため強靭な糸になるため素材としては高値で買取される。
だが絡まれたら最後であり決して解けることが無い。
それは強いだけで無く、粘着性にも富んでいるからだだ。
丁度フィーアが『風球』を発動した時、糸を吐こうとしていたのだ。
それをシュンが『探索』でいち早く察知し、マントに内蔵された小型投げナイフを脳天へと投げ、突き刺し絶命させたのだった。
「気をつけろよ?」
「あ、ありがとう・・・」
またもや助けてもらい顔を赤くするフィーア。
ウェンドラゴンのように直接肌に触れられて助けられた訳では無いが、自分の身を心配されたこと関しては過去にそういった経験が真面に無いので初々しく恥ずかしがるのだった。
そして【マッハビーの蜂蜜】とスパイダーホックスの素材を【収納袋】に入れ、先に進もうとした時だった。
「なんだアイツ!?」
「なにあれ・・・」
シュンとフィーアの目の前には聞いたことも見たことも無い巨木が森の中を闊歩しているのだった。
図々しいかもしれないですが感想が欲しいです・・・。
宜しければアドバイスを貰えると嬉しいです。
今後も破者と勇者をよろしくお願いします。




