第二十九話 愛娘
ごめんなさい、結局少し遅れました。
——ラリト 冒険者ギルド内——
「おう、お前達今日から洞窟攻略か?」
「いえ、明日になります」
「そうか、お前らを心配するのはあれだがあの中には龍もいるんだ。本当に危なくなったらすぐに引き返せよ?」
「忠告ありがとうございます」
ハルト達がラリトの冒険者ギルドに来てから6日経過していた。
今日は簡単な依頼を済ませて終わりである。
今ミクと会話しているのはこの冒険者ギルドのギルドマスター、トヤクルである。
トヤクルは仏頂面の強面だが実力は確かで、ラリトで上位の腕っ節であった。
冒険者ランクは堂々の〝金ランク〟であった。
ここで人間界の冒険者について説明しよう。
人間界の冒険者ランクは色で分けられている。
上から虹、金、銀、銅、黒、紫、赤、青、緑、白という風になっている。
ちなみにこれは人間界共有である。
当然魔界でも獣人界でも意味は無い。
あくまで人間界の中での物差しである。
ランクを示すのに冒険者達はペンダントをしている。
そのペンダントの石が何色かで実力が判断できるのだ。
高ければ高いほどちょっかいをかけるものが減り、低ければ低いほど舐められるという訳だ。
魔界とは違うためス〇カの代わりにはならない。
人間界の通貨については今度説明しよう。
現在ハルト達は〝銅ランク〟であった。
ハルト達はラリトに来る前、ラトスフィアでは紫であった。
6日で2つランクを上げたことになる。
銅ランクともなれば立派な一人前である。
つまり誰からも認められた正式な冒険者になったのだ。
銅ランクはグラガ洞窟に入るのに最低限のランクである。
危険ではあるが冒険者は自己責任だ。
ギルマスであるトヤクルは6日で2つランクを上げた彼らが死に急いでいる風にしか見えなかった。
だからこそ心配に思い忠告したのだった。
ハルト達はグラガ山脈の魔物のレベルも把握出来、情報も手に入ったため後は突入するのみであった。
話を聞くと確かに龍は恐ろしいほど強いという風聞が多くを占めた。
これには予定通り、しっかりと討伐しなければならないと彼らの意志を固めたのだった。
「いやーマジで緊張するしょ、ねぇシズクさん」
「それな」
「・・・・・・」
シズクは後悔していた。
結局逃げることは叶わなかったのだ。
本当は逃げようと思っていた。
だが逃げる途中、よりにもよってケンとサトシに見つかってしまったのだ。
ケンとサトシは運命の出会いとでも言うように、満面の笑みでシズクに声をかけた。
シズクも逃げようと思ったが反対側に3人を除いた全員がこちらに向かって歩いてきたのだ。
左右は露店に塞がれている。
まさに四面楚歌であった。
これにはシズクも諦観したため、せめてもの反抗としてケンとサトシとは真逆の方へ歩いたのだった。
この時の彼女の瞳には光がなく、どこか世界に絶望したような顔をしていたのだった。
「今日はどうする?」
「とりあえず道具も装備も揃えたし、運動がてら簡単な依頼を済ませましょ」
「俺、これオススメだと思うし」
「それな」
ケンが指さしたのは〝風呂の清掃〟の依頼であった。
普通に考えればこれを選ぶ人は綺麗好きか、奉仕活動を好む人くらいであろう。
だがケンはそんな清潔な心は持ち合わせていない。
もちろん女子風呂を覗くためである。
6日前情報収集と偽り、覗き孔を作成したのは記憶に新しい。
やはり男が5人も入れば、ましてや碌な考えも持たぬ男達なら計画を立ててここまで実行するのは赤子の手をひねるものであった。
しかし、それは一般女性ならである。
「じゃああたし達はこっちにしましょ」
「さんせーい」
「うん、私もそれでいいかな」
「それでいい」
「あーしはなんでもいいや」
女性陣は〝宿屋の清掃〟の依頼を取ってしまった。
これには思春期男子達は焦ってしまう。
「お、おいおい。みんなでやった方が効率よくない?」
スバルが横から助け舟をだす。
ケンとサトシは仏を見るような表情をしていた。
しかし、ここで女の勘が働いてしまう。
「あんたたちもしかして男女で清掃できるって思ってる?」
「いやいやそんなこと・・・」
「もしくはその後の温泉で何か企んでないでしょうね」
「そんな覗きなんて・・・」
「あたし覗きなんて一言も言ってないんだけど・・・」
「「「「はッ!」」」」
シズクの猛攻にうっかり墓穴を掘った男子達。
ハルトを除く4人は声を上げてしまった。
「キモ」
「「・・・・・・」」
「うぅ・・・・・・」
「覗きは無いわー」
女子から様々な酷評が上がる。
男子達は目線を下に逸らすしか出来ない。
結局その日は男子達で風呂の清掃を行い、女子達にスイーツが贈呈されたのだった。
------------------------------------------------------------
——グラガ洞窟——
(帰りが遅いねぇ。あの子また人間界に行ってるのかねぇ)
彼女の名はエディシン。
普通魔物に種族名以外の名前が付けられることなどは無い。
だが龍である彼女は違う。
そもそも龍はステータスも開けるのだ。
それは今どこに居るのか、将又もう存在すらしていないのか分かっていないが龍人族に近いからであろう。
龍という存在は歴史がある。
それこそ数千年前からであり、今でこそ滅んだとされる種族がいくつも存在していた。
そんな太古から龍というのは存在していた。
龍人族も龍と同じく太古から存在していた。
だが、龍人族を敵視している種族もいた。
それが天使族であった。
天使族は神の使者とも呼ばれており、一番神に近い存在である。
そのことはこの世界で生きている生命で殆どの者が知らないし、龍人族や天使族がいたという事実すら知らない。
龍人族も天使族も会話や文字を普通に理解できるほど知能が高い上、廃れた古代魔法や古代文学などに精通しているほどの有識者達でもあった。
そのため名前を持つのはさほど不思議なことではなかった。
エディシンもその一体である。
そして龍という者は龍人族の憧れであり、崇め奉られる存在でもある。
龍人族は長年の修行を経て龍へと進化する。
それはとても光栄で名誉あるものであった。
また天使族もそれに近い。
天使は進化すると大天使へと進化する。
だからこそ彼らは同族嫌悪といった風に敵対していて仲が悪かったのだった。
だがその話は過去の話。
今は龍人族も天使族も存在しているのかの前に知られてすらいない。
(天使族達とのいざこざから何千年経ったかねぇ。今思えばくだらないことに労力を使ったねぇ。あんなに血が流れるくらいなら愛する娘を守ることに力を注ぐさね)
エディシンは愛する娘を想う。
実の娘ではないが、彼女が幼い頃からずっと世話してきた可愛い子。
その愛娘が未だに帰ってこない。
彼女は人間界に行くのが好きだった。
それは彼女自身人間だからということもあるが外に出ることが好きだからということもあった。
だから時々エディシンの目を盗み外に抜け出すことが何回かあったのだ。
最初の頃は自分の義娘がいきなり姿を消したことに酷く困惑した。
逃げたのではないか。
やはり龍に育てられるのは嫌だったのではないか。
自分の捨てた両親が未だに気になるのではないだろうか。
など様々なことを考慮してしまう。
そして彼女が無事に帰ってきた時は泣きながら彼女を叱った。
彼女も泣いている義母の顔を見ると心配をかけてしまった自分を強く愚かだと思い、慟哭した。
それ以来、洞窟外に出ることは変わらなかったが彼女を酷く心配させるほどまでには待たせることは無かった。
しかし、今回はそうではなかった。
何時もなら既に帰ってくる頃合いなのに未だに帰ってこない。
これにはエディシンも心配した。
(ちと遅すぎさね。何かに巻き込まれたらあたしの身が持たんよ)
そう思った時だった。
「あなたが心配しているのはこの子ですか?」
「ッ!?」
エディシンの横から声がしたので振り向くと予想外の存在が立っていたため驚愕した。
「お、お前はセファーラルッ!?」
セファーラルと呼ばれた男は肩甲骨から巨大な羽が生えていた。
白いふわふわな衣装や頭に浮かぶ輪っかから天使であることは明白であった。
「なんで大天使であるお前がここにいるさね!!そしてなんでその子を抱えているさね!!」
セファーラルは大天使と呼ばれる存在であった。
かつて龍人族と敵対していのが天使族なら、龍と敵対していたのは大天使であった。
エディシンはセファーラルとは既知であり、何度か顔を合わせたことがあったのだ。
そして今彼の部下と思われる天使達数人を引き連れ、彼女の愛娘を抱えさせていた。
「ひとつずつお教えしましょう。まず前者ですが簡単です。あなたを排除するためです」
「なッ!?」
「後者は偶然出会ったからです。この子の立場上始末するか逃がすか決めましょう」
「あたしことはどうだっていいッ! だけどその子は関係ないッ! 早く逃がしたらいいさねッ!」
「ほう・・・」
セファーラルは微笑する。
それはいいエサが手に入ったと言わんばかりの表情であった。
「あなたにとってこれは大切なものらしいですね」
「ん・・・」
愛娘をこれ呼ばわりされたことに腸が煮えくり返る思いに駆られるが今はそんな状況ではない。
せめて彼女だけでもこの場から逃がさなくてはいけないと思ったのだ。
だがその時だった。
「ん・・・、ここは・・・」
「セファーラル様ッ! 娘が目覚めました!」
「目覚めましたか・・・」
このタイミングで少女は目覚めてしまった。
それでもまだ寝惚けているのか状況が上手く判断できない。
それでも自分が羽の生えた女に抱きかかえられているという意味不明な状況はすぐに疑問に思えた。
(あれ? この人誰なの? お母さんは・・・、いたの)
「お母さーん。この状況はどういうことなの?」
なるべく大きな声で自分の母を呼ぶ。
そして母から帰ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「逃げなさいッ!」
「え?」
「逃がすわけないでしょう。『束縛』」
「んッ!?」
既に抱えられている状態から自由の身になっていた彼女は再び魔法にかけられ動けなくなる。
「どういうことなのッ!?」
「あなたは今ここで母親の最期を見届けるのです」
「え!?」
理解出来なかった。
最期。
最期ということは自分の母親の死ぬ姿を見届けるという事だ。
なぜそんなことになっているのか。
全てが理解出来なかった。
「ど、どうして・・・」
「神託が降りました。龍を殲滅せよとね」
「ッ!?」
ここで驚いたのはエディシンであった。
神託が降りるということは神自らが動いたということだ。
そしてその神託の内容こそがエディシン自身の殺害であった。
「なんで神は龍を殺すことを望むさね!」
「私は神ではありませんので理由は知りかねます。しかし神の神託は必然であり蓋然ではありません。何かしらの意味が含まれております。それに選ばれたのです。ですからそれに背くというのは涜神であります。潔く排除されなさい」
セファーラルの目は嘘偽りのない眼であった。
それはある意味、純粋な狂気とも言えるものであった。
「はいそうですかって言えるわけないさねッ!『解放』!」
エディシンがそう言うと今まで愛娘を締め付けていた束縛感が薄れて自由に動けるようになった。
「なッ!?」
「え?」
「早く逃げるさね! あたしは後であんたを追いかけるッ!!」
「で、でも・・・」
「いいから早くッ!!」
今まで生きてきた中で一番に必死に声を放つ母親の姿に不安を残しつつも彼女は走り出した。
「逃がしてはいけませんよ!」
セファーラルが部下である天使に言うと一斉に彼女を捕獲しようと試みた。
しかし・・・、
「『牢屋』!」
エディシンがそう叫ぶと捕獲しようとしている天使達の頭上から鉄製の牢屋が降り注ぎ彼女達を堰き止めた。
「エディシン! なぜ邪魔をするのです!」
「自分の可愛い娘が逃げてるのに何もしないわけないだろうさ」
「くッ!」
既に逃げていた彼女の姿は無くなっており、どうやら無事ここから逃げることに成功したようだ。
「あなたは絶対滅しますよ・・・」
「ふん、そう簡単に負けやしないさね。あんたこそ腕が落ちたんじゃないかい?」
「減らず口を!」
(元気でね、レン——)
愛する娘の名を胸中で想い、セファーラルと対峙するのだった。
ぜひブクマ、感想、評価のほどよろしくお願いします。




