第三十話 信頼
——グラガ洞窟——
少女は洞窟内を駆けていた。
自分の母親が危険な状態である。
今からでも戻って助けたい。
過去に保護されて養われてから碌な恩を返せていない。
そしてまさに今、母親を助けるチャンスでもあったのだ。
しかしそうすることが出来なかった。
内心では彼女の力になりたいと思っても、本能で役に立たないどころか足でまといになると察してしまったのだ。
なら今は誰かを呼んで助けてもらおうと走っていたのだった。
(どうして自分が抱えられていたのか思い出したの。人間界から帰る途中に、お母さんから聞いていた天使族の奴らにあって眠らされていたの)
彼女はいつもように人間界を散歩していて、その帰り際に偶然、天使族に会ってしまったのだ。
天使族からすればグラガ洞窟という危険な場所で布地1枚の幼い少女が一人で歩いているなんて不自然極まりない光景であった。
だからこそ変な行動を起こされる前に芽を摘んでおいたのだった。
(もし人間界から脱出するとなるとまたアイツらの仲間と遭遇するかもしれないの。でも魔界への道のりは詳しくないの・・・)
少女は魔界へは近寄らないようにしていた。
人間であるがために本能で魔界という所から退いていた部分もあるが、そもそも魔界付近の魔物のレベルが高いのだ。
当然洞窟内の魔物に比べれば大したことは無い。
だが少女はいつも魔物に遭遇しないルートで人間界に行っていた。
魔物に遭遇しない魔界のルートは知らなかったのだ。
(仕方ないなの。諦めて安全な人間界に逃げることにするの)
そして少女が人間界へと足を向けた時だった。
「シャーーーーーー!!!」
「ッ!? んっ!」
少女の眼前に大蛇が迫ってきたのだ。
少女は横に飛び紙一重で大蛇の噛みつきを避けた。
「な、なんでここに〝ジャイアントスネーク〟がいるの!?」
ジャイアントスネークは名前通り大蛇である。
全長5mで聳え立つ姿を見れば諦観するしかないと言われている。
ジャイアントスネークは普段この場には生息しておらず魔界の入口付近に生息している。
だからこそここに居るのは不自然であった。
(アイツらの仕業なの・・・)
天使族はエディシンを捜索していたため正規のルートは進んで来なかった。
そのため至る所に空洞が見られ、穿孔しながら進んだと考えられた。
そこをジャイアントスネークが通り少女と遭遇してしまったというわけである。
(ジャイアントスネークは拙いの・・・)
ジャイアントスネークは並の冒険者ですら骨が折れる魔物である。
ましてや龍に保護され安全に暮らしていた少女がまともに戦える訳が無い。
確かに少女が全く戦えない訳ではなく、戦闘技術も心得ていた。
だが戦闘経験は全く無い。
既に少女はジャイアントスネークに睨まれて怯んでいた。
(こ、こんな所で死んじゃうなんて嫌なの・・・)
「シャーーーー!!!」
少女が死ぬのを恐れても何も変わらないと嘲るようにジャイアントスネークは少女へと迫った。
少女は目を瞑る。
その時であった。
ザッ
「ギシャーーーーーー!!!!」
大蛇がいきなり切断され叫声を上げる。
そしてその場に崩れ落ちた。
「え?」
「大丈夫だったかい?嬢ちゃん」
ジャイアントスネークに襲われ食べられるといった状況に涙が零れ落ちつつも、声のする方へと顔を向ける。
そこには一人の男が立っていた。
その男は見た目こそただの中年男性であったが、頭から2本の鋭い角を生やし背後には両翼と尻尾があることが確認できた。
魔人だったら角が生え、稀有だが尻尾が生えている者もいると言えばいる。
しかし、翼が生えている者はいなかった。
そこからこの男は人間はもちろん魔人ですら無かった。
では獣人か。
獣人であれば毛深い体毛が確認できるがこの男は目立った体毛など無かった。
「お、おじさん誰なの?」
「俺の名前はマルシャ。嬢ちゃんの名前は?」
「私の名前はレンっていうの」
「そっかレンちゃんか。レンちゃんはどうしてこんな所に?」
マルシャと名乗る男が少女にどういう状況か説明を求める。
少女は起きたことを包み隠さずに答えた。
既に虚偽妄言を吐いても何の意味もなさなかったからだ。
そしてマルシャはその話を聞き眉間に皺を寄せる。
「そうか、君はエディシン様の・・・」
「エディシン様?」
「詳しいことは後でだ。俺は君の味方だ。俺がエディシン様の所に行っても役に立たない。それなら君を託されたと割り切りここから逃げだす手助けをする」
「で、でも・・・」
「よいしょっと」
「きゃ!」
マルシャは実娘を負んぶするように少女を背中に担いだ。
見た目は小さいと言っても年齢は中学生くらいである。
少女の身長は150cmはあったのだが軽々背負ってしまった。
咄嗟の出来事に声を上げてしまったがその背中からは不思議と温もりと安心感があった。
(なんだか不思議なの。私のお父さんがいたらこんな感じなの?)
少女はマルシャの背中の温かさに懐かしさを覚えながら瞼を閉じるのだった——
(——マルシャ・・・、あなたがここに居るのは想定外でした・・・)
マルシャと少女がその場を後にするまでの一部始終を岩陰から見ている者がいた。
彼はひっそりと彼らの後を追尾するのだった。
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——セック門前——
シュンがロステルラッテを出発してから6日経過していた。
初日にグスタという村を通り、他の村や町を経由してたったいま魔界の大国の一つセックへと辿り着いたのだった。
順境国セック。
人口は1000万人とロステルラッテの2倍の人口数である。
これは順境国と言われるだけあって魔界の中で一番争いが少なく、豊かなため多くの国民がこの地を求めて移住してくるのからだ。
それでも魔王のいるロステルラッテがあくまで一番の国であり、住み良い国がセックである。
何故ここまで住み良い国なのか。
まず国庫金は人間界のラリトと同じで鉱物が多種多様に採掘される。
そしてその量がラリトの倍近いのだ。
これは魔界側のグラガ山脈の方が鉱物の含有量が高いため山には数多くの坑道が見られる。
そしてそこで採掘した鉱物をどこの大国に経由することなく、諸国に輸出できるのだ。
ラリトは帝国ラトスフィアに輸出するためにはグリスかゴロアを通らなければ行けない。
その分だけ輸送コストがかかるのだ。
その点セックは、隣国であるためその分の費用は全く関係ないのである。
何も鉱物だけで賄っている訳では無い。
グラガ山脈の手前にウォール森林と呼ばれる森がある。
ここは奥に行けば行くほど危険な魔物が生息しているが、国の手前でも品質の良い作物が実をつけている。
例えばリンゴの味に似た【リンガ】やバナナの味に似た【バルル】など、元の世界では気候条件で実をつけない作物や果物も関係なしに採取できるのだ。
これはウォール森林ならではのもので肥沃な褐色森林土が為せる芸当である。
他国には真似出来ないため輸入するしかない。
事実、魔界の食料自給率の半分はセックが占めているのだった。
食べ物も金も豊富にあるため飢餓になることがほとんどない。
これはアグリビジネスの発展していないこの世界では奇特なことである。
そのためこの国は良いことが巡り巡って来ることから「順境国」と呼ばれているのだった。
もちろんそれだけでは治安が良いとは言いきれない。
だが実際治安は悪くない。
それはこの国の王の人柄の良さが関係しているのだが今は置いておこう。
「はぁようやくセックか」
「長かったね」
「俺達は特に何もしてないけどな」
「ははは」
幌の中でシュンとフィーアで無駄話をし、それを微笑ましく笑うサンソンという構図は6日かけて構築されていた。
それでもサンソンが御者として遣うのはセックに到着するまでである。
「これで私の役目も終わりですね」
「今回は助かった。また機会があるなら雇おう」
「ははは、御者としては限りなく嬉しいお言葉です。是非今後ともご贔屓下さいませ」
ただの営業スマイルとは違ったサンソン本人の人柄をその笑みや抑揚から感じとることが出来た。
ここまでの道中、所在なく来れた訳では無い。
そもそもシュンは巻き込まれ体質であるため様々なトラブルに巻き込まれやすい。
例えば今回の旅路では盗賊に絡まれたのだ。
その数10人。
サンソンはシュン達の実力は把握していなかったため盗賊相手に酷く狼狽した。
一般人なら身ぐるみを剥がされ、女は奴隷商に売りさばかれるか彼らの慰み者となり、男は惨たらしく殺される。
御者や商人からすれば街道で盗賊に遭遇した時は死ぬことを前提に行動しなければ行けないのだ。
ただしそれは一般人ならである。
盗賊達は下卑た笑い声を上げながら迫ったが、シュンが手を出す前にフィーアが殲滅してしまったのだ。
ひとつの躊躇もなく、ただ降りかかる火の粉を払うだけだあった。
それ以来サンソンは彼らは強豪であり、彼らの傍に入れば安心であるとシュン達を信頼したのだった。
シュンもフィーアもサンソンの馬を操る技量に感嘆し、安全に尚且つ有意義に旅を出来ることに感謝した。
その後シュン達は無事に入国することが出来、サンソンとは別れることになった。
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「わざわざ顔出すのも面倒くさいよな」
「仕方ないよ、一応この国の王でもあるし魔王様に選ばれた大公様でもあるんだから」
シュンとフィーアはセックの王様に謁見することになっている。
それは彼らが知り合いであり国に訪れたら来訪して欲しいと頼まれたからである。
セックの王、ロンニー=セック。
彼は魔王に選ばれた大公であった。
魔界の貴族はそれぞれ領土を持つ。
爵位は上から大公、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。
それぞれ大国、小国、町、村、そして指定された畑、というふうに領土を持っていて、全て内包されてひとつの大国となる。
爵位を持つにはその人の資質による。
愚者であれば人を先導することなど出来るはずがない。
大切なのは領民からの信頼である。
そして最も重要なのは魔王への忠誠である。
初代魔王は立憲君主制を好まなかった。
それは自由と平等を人間界で生活した時に学んだからだ。
しかし誰かが上に立たなくては自分勝手な世の中になってしまう。
少なくともそんな世の中を避けるためにリーダーが必要になった。
然れども一方的に命令するだけの王は独裁的で高慢ちきだと後ろ指を指されても不思議ではない。
そもそも民が付いてこなくなる。
イニシアチブすらまともに取れなくなるのだ。
魔王は1人しか存在しない。
全部1人で背負いきれるなどそれこそ傲慢である。
だからこそ彼は封建制を採用し貴族達に任せることにした。
貴族達が各領地を納めることになったのである。
そうすれば魔王の負担は軽減され、意見が凝り固まることを回避することができた。
しかし問題が出てくる。
巨大な領地を得た貴族が謀反を起こす可能性があることだ。
ましてや大公の領地である大国が謀反を起こし戦争になるとしたら、筆舌に尽くし難い被害が出るのは明瞭であろう。
そこで魔王は自らの目で選び抜き忠誠を誓った者に領地を与えたのである。
だがそれだけでは不安定要素も残留する。
そう思った一人のある男が魔王に進言した。
「陛下、ただそれだけで信頼してもらってよろしいのですか?」と
そして初代魔王の答えは、
「民が我を信じて国と成るのに、我が民を信じずして何が魔王であるか。」
この言葉を聞いた者達は、改めて彼が民を率いるのに相応しい器の持ち主であると再確認したのだ。
このように国のために貢献し、魔界のトップである魔王に忠誠を誓った者が爵位を与えられ領地を得るのだった。
そしてこの時大公の爵位を与えられる際、初代魔王に進言した男こそがセックの初代王、セル二ー=セックである。
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