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ケイシンとオンマ




俊哉、凪生、溝谷、ヨシコ俊哉の家、城陽寺へ来ていた。

状況は最悪で俊哉と凪生の体は入れ替ったまま戻らなくなった。

意外にも俊哉の父、段治は冷静だった。

すべてを話したのは溝谷からだった。

「この呪いにかけられたのはこれまで51組。そして生き残ったのは1組。この1組は日本人で、とある寺でこの呪いから解放された…そう書いてあるんです。」

段治は「坊主の息子が呪われるとは…」と呆れていたがそんなことに俊哉は笑えない。

「知り合いを当たってみよう。その寺の主がわかれば体も戻るだろうし、呪いも消えるだろう。」

段治は立ち上がった。

「そういえば…また時任のお嬢ちゃん来てたぞ。お前もプレイボーイだなぁ」

そう投げ捨て台詞を言い家裏へ消えていった。

凪生は複雑だった。

弥生には悪いことをしてしまったから。

その顔を覗いた俊哉。




深夜の公園。

俊哉からの連絡を受けブランコに座る弥生。

弥生は全てを俊哉に打ち明けるつもりであった。

だが目の前に現れたのは俊哉ではなく凪生。

「…凪生さん…どういうつもり?」

凪生は胸ぐらでも掴んでやろうと思ったがまた見えない壁に阻まれた。

「時任。俺は凪生じゃない。俊哉だ。」

弥生の予想の当たった。やはり入れ替わりがおきていたのだ。だがなぜ俊哉の姿じゃないのか。

「先生。凪生さんは先生が好きなんです。でも先生は凪生さんが好きではないですよね。凪生さんはお兄ちゃんが好きだと思っている。違いますか?」

俊哉は黙って聞いていた。

「私は凪生さんが大嫌いです。先生に気持ちを伝えたら私の気持ちを否定したんです。」

俊哉の脳裏にあの日の泣きながら帰っていく弥生の姿が浮かぶ。

だが全てにおいて自分が巻いた種。

驚くことはなかった。

「だからもう一度言います。そんな姿の先生に言いたくなかったけど…」

私は…

「先生が好きなんです。私なら先生を守れます。でも凪生さんはダンスの世界の人。だからお寺には入れません。先生を守れません。」

俊哉はその声を冷静に聞いていた。

ただただ弥生の気持ちが嬉しかった。

まだ弥生が自分の生徒だった頃。

そして弥生は退学し、過去を振り替えるなと偉そうに言っておきながら自分自身が過去に縛られ七三分けのダサい眼鏡にし始めた。

実にくだらないことだ。

実に下らない。

「なんで凪生の姿になってしまったかを教えるよ。」

俊哉は弥生の目を見つめた。

「この呪いは段階を追うものだ。まず共鳴、そして入れ替わり、そして完全なる入れ替わり。だが完全なる入れ替わりだけ、別のものだ。それは…」

それは…!?

「呪いを受けたものがお互いに愛し合った場合おこるもの。その呪いは死ぬまで消えることはない。」

答えは出た。

「俺は凪生が好きだ。もし他の人を好きになり呪いが消えるとしても、俺はそれは選ばない。そんなことするぐらいなら…」

過去は振り返らない…

「あいつと一緒に死ぬことを選ぶ。」

弥生は膝をつき、それからなにも言うことはできなかった。

俊哉はポケットにしまっていた糸人形を取り出した。

「こいつは呪いなんかじゃない。俺たちを巡り会わせてくれたからな。その分の対価を払うのは当然だよな。」

対価というのがお互いの命だということは弥生にもわかった。

俊哉の目は澄んでおり弥生はかける言葉もなかった。

本当なら無理矢理にでも止めるべきなのに…





公園の影で立ち聞きをする凪生。

俊哉は自分と一緒に死ぬ覚悟を決めてくれた。

私は…

「衣川さん…」

薄暗く近付くその姿は君島だった。

「いや、実は弥生が告白しに行くって言ったもんだから心配でついてきたんです。でも…」

君島は俊哉と凪生を交互に指差し、「なんで向こうに凪生ちゃんがいるんですか…?」と聞いてきた。

「たけちゃん。私は凪生よ。あっちが俊哉。」

俊哉が求めた持論は当たっていたようだ。

ただ入れ替わりは一時的なものではないのか。

「私達、戻らなくなったの。」

凪生の台詞は君島にとってとてもいたたまれないもの。

だが凪生の顔は悲しんではいなかった。

「わたしたち…」

そう…わたしたちは…

「一緒に死ぬ覚悟を決めたの。だから辛くない。私は俊哉が好きなの。」

君島は口を開こうとした。

だが開く前から何を言いたいかはわかる。

「彼は私とたけちゃんが付き合ってると思ってる…でしょ?」

わたしも…

「もう全て知ってる。彼も同じ。もう完全に入れ替わってしまってる。変な食い違いは起きないわ。」

思えばこの共鳴や入れ替わりにいろんな人を巻き込んだ。

入れ替わっているのに、入れ替わっていないふりをしてみたり、戻っているのに戻ってないふりをしてみたり。

「もう迷惑はかけない。私達は覚悟を決めてる。」

君島はその澄んだ目に凪生への気持ちは諦めがついた。

ただし一つ諦めきれないものがある。

「ダンスは…世界を目指していたのに諦めるのか?」

思えばなぜダンスを始めたのか。

勉強も出来ず、スポーツもできない学生時代。このダンスに出会えてわかった。

出来ないのではなく、やらなかっただけと。

お金を貰えることが嬉しい人もいると思う。

でも私は貧乏でも踊ってる方が幸せだった。

そしてダンスよりも好きなものに出会う。

「私は有名にならなけらば躍り続ける意味が無いと思っていた。でも違う。死ぬ思いで精一杯やったら結果よりも大事なものが得られる。死を目前にそれがわかった。だから…」

凪生は糸人形を君島に見せた。

「この人形を持ててよかった。後悔はない。」

そうか…君島はその姿を誇らしくさえ思えた。

そして気がついた。

「見えない壁がない…」

「呪いに打ち勝ったのよ。私達も勝たなきゃね。」




こんな状況で出勤することはできない。

俊哉は学校の風景を撮った写真を眺めていた。

教師になり12年。まさかこんな局面にあうとは。

その時、家の呼び鈴がなる。

「探しましたよ。ここにいたんですね。」




凪生は手紙を書いていた。

故郷の父と母に書いたものだ。

幼馴染みの君島との結婚を望む親だったが、それを裏切りおまけ死に直面しているこんな娘を愛してくれてありがとう。

全てを手紙に書いた。

他にも、マリ、ヨシコ、うさこなど全部で何通書いたのか数えきれない。

家の前のポストに投函し家路に着こうとした。

「あなたを探していたんです。ここに住んでいたのですね。」




俊哉と凪生は城陽寺の本堂に座っていた。

そこには段治の他に二人の男がいた。

その姿は俊哉と凪生の知る人物だった。

「昨日はどうも」

目の前に座る川上ともっちゃん。

あの土手で協力をしてもらっていた2人だった。

「全てをお話しします。」

川上は話し出した。

「20年前…私は見覚えのない店で糸人形を買った。そして同時期に由美子とう女性が同じ人形を買った。その後は説明の必要もないでしょうが、共鳴や入れ替わりを経験した。」

ここまでは俊哉と凪生と一緒だった。

「由美子は人形や呪いに倒錯していった。彼女はその店で別にポハンの損耗箱を買っていたのだ。それを使えば助かることを知ったのだが…」




20年前…

川上と由美子は三倉寺を訪れていた。

そこの和尚のもっちゃんこと、本橋源信は父が日本人、母が韓国人であった。

「間違いない。この人形は母が作ったものだ。そして損耗箱は父がポハンで作ったものだ。」

全てを話す。

本橋の兄である当事10歳のケイシンが死体で見つかった。母はケイシンの着ていた衣類をほどき、成仏のため沢山の人形を作った。

そして父はある告白を母にした。

それは……ケイシンを殺したのは私だと………すべては事故であった。

食糧不足の韓国で父は家族を養うため狩りをしていた。

猪を撃ったと思って近付くとそこには猪の毛皮を着たケイシンがいた。

父の告白に母は父と日本人を恨み、青い印の人形にケイシンの干からびた体にわずかに残る血を付着させた。

赤い印の人形に自分の血を付着させ、その後母も命を絶った。

そして瞬く間にこの呪いの人形は広まっていった。

全ては母へついた嘘のせいだとわかっていた父はその対抗策として自分の命と引き換えに損耗箱を完成させた。だが損耗箱は人形の主の生気を吸いとることがわかり、呪いを消すことはできなかった。

沢山の犠牲者を出したことに責任を感じた父だったが、それよりも呪いを消す方法を考えようと決心し幼い私と日本に渡った。

すて父は日本で僧侶となり一つの結論に辿り着く。

あの人形には息子と妻の血が着いている。

ならば、あの呪いはお互いの想いの延長戦上にある。

ケイシンは人間を憎んでいない、ケイシンは母の期待に応えようと邁進しているだけだと……

父は口寄せを何度も行いケイシンと話をした。

全てを告白し、ケイシンに深く頭を下げた。

そしてケイシンはこう答えた……僕たちのために父と母は体を酷使していた。

僕はそれを知り、父の手伝いをしたかったのだと。

つまりケイシン自信が母を説得してくれれば呪いは起きない。

だが、心中場に父が他界。

何度も兄のケイシンを口寄せするもできなかった。そして何人もの犠牲者を見てきた。


そして川上と由美子の祈祷が始まる。損耗箱を開き二人の正気がなくなる前にケイシンを口寄せしなけらば。

そしてケイシンは呼び掛けに答えてくれた。

損耗箱を閉じてなんとか二人は生きていた。

だが一つの犠牲を生み出した。

由美子の人格が変わっていた。元々呪いに倒錯していたからなのか損耗箱を取り由美子はその場から逃げた。元は由美子のものだがそれがあれば何人もの人を救えるかもしれないのに。

その後も数人の人が訪れたが損耗箱もなく、口寄せもできず誰も救えなかった。

寺をたたみ、本橋は途方にくれていた。

土手を歩いていたときに川上と久しぶりの出会った。

二人ともあの事を忘れたかった。だから一緒に散歩をしてもそのことには触れずにいた。






「そこで君たちに出会ったんだ。」

あろうことか川上の目の前には共鳴を思わせる女性。

一つ一つが自分達に起こったことと似ていた。

そしてタクシーでおりた俊哉の手に……

「あの箱は……」

川上はすぐさま本橋に電話をかけた。

「もっちゃん!あの箱だ!損耗箱だ!」


本橋は重たい口を開いた。

「正直私は忘れたかった。私は無力だ。もし私があなた方を救えなければと思うと。」

川上は本橋に一礼をした。

「でももっちゃんは私の問いかけに応じてくれた。君たちを救おうと。」




溝谷は職員室でオカルト本を読んでいた。

「義母さん……なぜ損耗箱を持っていたんだ……」

溝谷はそのオカルト本を閉じた。

作者 溝谷由美子





俊哉と凪生はよく口喧嘩をした喫茶店へ来ていた。

マスターも相変わらず黙々とコーヒーを作っている。

「最後かもしれないね。」

「ああ。最後かもな。」

マスターは黙ってコーヒーを二つとサンドイッチを二つ出した。

「お二人さん、その後どうだい?」

二人は順調と言わんばかりに親指をぐっと上へつき出した。

そんな二人はそれほど怖くはなかった。

死に対する恐怖よりも増していたのは、悲しむ周りの顔だった。

「おかしいわね。怖くはないのに心から笑えない」

「鼻に指でも突っ込もうか?」





俊哉の家には沢山の人間が訪れていた。

君島、弥生、凪生の親、溝谷、ヨシコ他。

「始めまして」

溝谷が頭を下げた。

「君島です。」

「時任です」

と挨拶が返ってくるが、その名前にはどこか聞き覚えがあった。


凪生の親は娘が俊哉と入れ替わっていることが信じられなかった。

だが話すエピソードは凪生の知るものばかり。

「……精一杯やるから。何事も全力投球だから。」

凪生の親はそれを聞き、涙を流すことなく、「必ず戻ってこい」と激励を込めてハグをした。




「もし戻れなければこの寺はつぶれるな」

段治は相変わらずだった。

母の姿はなかった。だが俊哉も段治もその事には触れなかった。

自分が親なら段治のようにここにいられたかどうか。

「親父、もし戻ってこれたら言いたいことがある。」

死ぬかもしれないのに今言わなくていいのか。

そんなことは段治は言わなかった。

ただ「わかった」とだけ。



「由美子さんの義理の息子さんなんですね。」

川上は溝谷と話していた。

「5年前から行方不明ですけどね。私も影響を受けてますけど。」

川上は由美子とのエピソードを話始めた。

「彼女と共鳴すると同僚に毎回変な呪文を唱えていたとか言われたんですよ。」

ハハハと笑い会う二人。

「義母はよくビザレ堂の行き方がわかったと言っていたんですが意味がわかりますか?」

さあと両手をあげる川上。



午後21時

本堂は本橋、俊哉、凪生だけになっていた。

損耗箱の前に2体の糸人形を置きその後ろに俊哉と凪生は陣取った。

二人は手を繋ぎしっかり握り会う。

「では……開放します」

箱を開けると突如なにかに引っ張られるような風が現れる。

だが体ではなく吸い込まれるのは自我というべき、自分達の心。

陽気な自分に陰気な自分。

悲しみ、喜び、怒り、全てのものが吸い込まれていく感覚。

その状況に恐怖も、焦りも何もなかった。

なにも感じない。

つまりは感じる心も全て吸いとられているのだろう。

本橋は聞きなれぬ言葉で何かを叫んだ。

聞き取れる言葉は一つ。

ケイシンだけ。


何度も何度も言葉を叫ぶ。

かれこれ30分は経ったか。

俊哉と凪生は二人の出会いのことを考えていた。

いつか全てを吸われればこの記憶もなくなるのだろう。

でも不思議とよい思い出よりも記憶に残っている。

(この思い出もいずれ消えるかもしれない……でも凪生を好きだった記憶は忘れない……)

(俊哉との思い出、映画、何を忘れてもあなたを好きな自分は忘れない……)



「ケイシン現れてくれ!!ヒョン!〈兄さん!〉」

本橋の声はかれていた。すでに喉はつぶれ、血が口の中を染めていた。

「ケイシン!未来のある若者を殺すな!オンマ〈母〉を説得してくれ!」


ケイシン……ケイシン……ケイシン



光が見える……とても美しい……ここは天国か……手にはまだ凪生の感触がある……




その手を離さないで……必ず……あなた方を解放する……




助けてほしいか……ならば手を離せ……





だめ……離してはいけない……僕を信じて……








雀の鳴き声が聞こえる……朝か……辺りを見渡すと繋がった手が見える。

「思い出した。俺は衣川俊哉……」

そして……

「この人は古内凪生……」





凪生の前に見知らぬ人が溢れ変える。

覚えてるのは衣川俊哉のことだけ。

「記憶を失ってるの。心配しないで。すぐ思い出すから。」




川上はその様子を遠くから傍観していた。

「さすが……やったぞ……もっちゃん」


本当にやったと思うかい……?



誰だ?川上はその声が自分の真裏から聞こえることに気付く。


誰かが後ろにいる。誰だ?



「久しぶりだね~20年ぶりかしら」




その声は……




「損耗箱を使ったんだね……あのバカ息子が余計なことを…」





何を…お前の狙いは…





「今は昔の名前や家族は捨てたんだ…今は名もなきビザレ堂も店主さ……」




もう……呪いをひろめるな……こんなことしたって……





「だめだ。世の中には色んな憎悪、嫉妬、無念の心が残る。それを具現化したものがビザレ堂には揃ってる。」




罪のない人を巻き込むな……




「罪のある人とは……最初からそんな人間いない。だが関係ができる以上人は人を恨む。憎しみは増幅するばかり……実に楽しいね……」






川上が声のする方を覗くもすでに誰もいなかった。




















































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