その想いに偽りなし
「先生見たよ!すげえ面白かった!」
俊哉が教室へ入ると生徒たちにあの動画に関しての質問を投げ掛けられた。
生徒たちを着席させ授業を始めるも、生徒はそうはさせてくれない。
どうしてもあの動画のタネを知りたいようだ。
「打合せしたんだ。まぁダンスみたいなもんさ。」
先程職員室でも色々つっこまれたというのに、嫌になる。
一刻も早く終わらせるべきだ。
しかし…危険を伴うポハンの損耗箱を使うべきか。
そこが悩みどころだった。
「先輩、あの箱使うんですか?」
凪生にそう呼び掛けたのは、後輩のヨシコだった。
「わかんないよ。でもどちらにしろ死んでしまうかもしれないから。私一人の判断ではなんとも…」
ポハンの損耗箱の件で仕事も手につかない。
頭を悩ませることが続く。
弥生は小中大学の科学研究部を訪れていた。
あまり外に出る気分ではなかったがどうしても確かめたいことがあった。
弥生も落ち込んでいたが同じように君島も落ち込んでいた。
先程から弥生にもわかるくらいな失敗が続発している。
「ごめんなぁ弥生。兄ちゃん失恋してさぁ…」
「私もよ。でもなんかおかしいの」
おかしい?
「先生には近付けないし、急に態度も豹変するし」
弥生の台詞は君島にも感じた事だった。
「弥生。お前も見えない壁に押されたのか!?」
その表現は弥生にもそうとしか例えられない表現だった。
「まさか兄ちゃんも?」
君島はホワイトボードの書きなぐられた文字をかき消し、一つの持論を書き上げた。
そこに書かれたものの意味はわからないが弥生はそれを見続けた。
「なんらかの理由で近付くことができなくなった。しかし、凪生ちゃんの態度が急変したときに一度だけ近付くことができた。そこに理由があるとするならば…」
するならば…
「あの時近付いてきたのは凪生ちゃんじゃない。別の誰かだ」
その問いは弥生にも心当たりがあった。
いきなり俊哉が凪生を肯定するような態度をとった時、押されていた壁が無くなったのを感じた。
「あの時話していたのは先生じゃない…!?」
にわかには信じられないことだ。
もしかしたら二人は…
「入れ替わったのかもしれない。」
君島の理論を整理した。
「凪生ちゃんが急変したとき、僕のことが好きだ、一緒に映画に行こうと話していた…」
「先生が急変したときは、さっきまで凪生さんを否定してたのに、いきなり大好きだって言い出した。」
ホワイトボードに俊哉と凪生の名前を書き、一つの仮説を君島が生み出す。
俊哉と凪生は共鳴しあっている…ならば…
「凪生ちゃんと衣川さんが入れ替わっていた…」
つまり…
「先生は凪生さんとお兄ちゃんを恋人だと思っている。だけど、凪生さん自身は先生と恋人関係にあると思っているということ?」
君島は仮説を組み立てたが一つの落とし穴にはまる。
「どっちにしろ、凪生ちゃんは衣川さんに惹かれてるじゃないか!」
ちくしょーと叫ぶ君島をよそに、弥生の脳裏にあの時の言葉が思い浮かぶ。
(ふざけんな!俺は凪生が好きなんだ!濃厚なキスもしたんだぞ!)
弥生の握りしめた拳がホワイトボードにめり込む。
君島の鼻には何かが焦げたような臭いがした。
「凪生さん…汚いことしてくれるじゃない…」
学校の帰り道を歩く俊哉と溝谷。
「先輩は凪生さんと付き合ってますか?」
俊哉はバカいうなとそれを否定する。
「まあ、先輩は興味ないみたいですね。でも凪生さんは先輩に惹かれている。」
また何言ってるんだと俊哉は否定したがそれを溝谷に否定される。
「間違いありません。ヨシコさんに聞きましたから。」
どういうことだ…凪生は君島と付き合ってるはずでは…なぜ俺に惹かれる理由がある…
「いつか会社の先輩に紹介するって約束したみたいですよ。」
約束…約束って…もしかして…
(ええ大好きですよ。いつか先輩にも紹介しますよ……恋人同士だろ…そう思ってるの…ああ大好きだよ…名前で呼んでください…)
俊哉の鼓動が早くなる。
全てが繋がった。
約束は俺がしたこと。あの先輩の言っていた彼というのは君島ではなく…俺。
間違いない…
凪生は俺と付き合っていると思っている…
「本当に衣川さんって先輩のこと好きなんですか?」
凪生はヨシコの問いに「当たり前じゃない!」
と返す。
カプチーノを呑みながら外を眺める凪生。
あの時の凪生と呼ばれた嬉しさが込み上げる。
「馴れ初めは?」
凪生はあの時を振り替える。
「喫茶店で大好きだと言われたのよ。」
ヨシコの目には嬉しそうな顔の凪生がカプチーノを啜っている。
「確認してみましょう」
そういうとヨシコは凪生のスマホを奪い、俊哉の番号へかける。
「ちょっ辞めてよ!」
本気で嫌がる凪生をよそにヨシコはコール音を聞き続ける。
いきなり走り出した俊哉に溝谷はビクッと驚く。
「先輩!どうしたんですか!?」
俊哉は振り返らず「あの女に会いに行く!俺は君島さんと…勘違いだった」とそのまま駆け抜けていった。
君島?勘違い?
だがその際にポケットから何かが落ちる。
俊哉のスマホだ。
「電話すればいいのに…」
自分の鞄に俊哉のスマホを入れようとした時だった。
コール音が鳴り響く。
凪生からだった。
「もしもし…あの溝谷です。あれ?ヨシコちゃん」
「え!?先輩に会いに走り出した?でスマホ落としたの?」
電話するヨシコの声を聞いた凪生にはなんだかわからなかった。
ただ自分に会いに来ようとしている俊哉にただ嬉しかった。
ヨシコは引き続き凪生のスマホで話している。
「なんでそんなこと…わかったわよ…」
ヨシコはスマホを話し「先輩」と凪生へ話しかけた。
「君島という人と付き合ってますかって溝谷さんが聞いてます」
何を言ってるのと凪生は否定した。
だがその時ふと頭の中をよぎることがあった。
「もしかして先輩に紹介するって言ったのは…」
おかしいとは思いながらも俊哉の想いを受け入れた。その前までに大喧嘩していたのにも関わらず。
全て勘違いならいいと思った。
だがますます凪生の頭の中ですべてが引っ付いていく。
「たけちゃん…」
血圧 165
俊哉は走っていた。「あいつどこにいるんだ!?」
俊哉は鞄に入った損耗箱を取り出した。疲れた体に鞭をうち。
「こんな呪いのせいで勘違いが起きてしまったんだ。早く終わらせるべきだ…」
血圧165
(同時共鳴)
「どこにいるんだ…」
俊哉の目に写るどこかの喫茶店とヨシコの姿。
「先輩大丈夫ですか?」
また入れ替わりをした。
「ヨシコさん。今俺は先輩じゃあない。俺は衣川だ。」
ヨシコは繋がった電話を耳から離した。
「この喫茶店は町の喫茶店だな。もしまた戻ったらここにいろと伝えてくれないか。古内凪生に話があるんだ。」
ヨシコはコクっと頷いたが聞きたいことがある。
「衣川さん…先輩のこと好きですか?」
俊哉は頷けなかった。
「やっぱり…でも先輩はあなたが好きです。先輩を傷つけないであげて下さい。」
凪生が気が付くと自分が汗だくになった俊哉と入れ替わっていた。
ふと後ろを振り替えると入れ替わっている俊哉を呼ぶ声。
近付いたのは溝谷だった。
溝谷は息を切らし、何かを伝えようとしている。
「先輩…凪生さんは君島さんとは付き合ってません。凪生さんは先輩に惹かれています。」
それを聞いた凪生の確信は本物とかした。
だが俊哉の真似をして返答することはできなかった。
「先輩は凪生さんが嫌いなんですか!?僕は似合っていると思っています。来年教師をやめて僧侶にならなければいけない先輩にも…凪生さんならついてきてくれると思います。」
その髪型だって…
「前に告白された生徒…時任さんでしたよね。彼女に学校を辞められたから…罪の意識で女受けしないように七三や眼鏡にしてるって言ってましたよね。」
もう…もう…
「もう…いいでしょう。先輩のせいじゃありません。先輩だって…恋愛したいでしょう。好きな人に好きだと言いたいでしょう…」
凪生さんは…
「今、町のドールズという喫茶店にいます。呪いを解き、もう一度凪生さんと向き合ってください。」
溝谷の言葉は止まった。
何もかもが点と線で繋がった。
俊哉の髪型や眼鏡も、弥生の存在も。
私はそれでも俊哉が好きだ…だからこないだみたいに…弥生に悪態をついたときみたいに…嘘をつけばいい…
「…わりぃ、あんな女好きでもなんでもないよ…」
凪生は喫茶店に戻ってきた。溢れ出すように涙が出てくる。もう止める方法がわからない。
「俊哉さんですか?先輩ですか?」
ヨシコの問いかけに涙をずりずりとぬぐった。
「俊哉だよ。俺はあいつにはやっぱり会えない…別に好きじゃあないんだ。俺を好きだなんて迷惑なんだよ…」
「先輩!そんな言い方あんまりでしょ!」
その声は溝谷のものだった。何故か胸ぐらを捕まれている。
元に戻った俊哉は「…今ヨシコさんに伝えた。ドールズであいつは待っててくれる。」
と溝谷へ伝えた。
だがそれを聞いた溝谷は「え…今、入れ替わってたんですか?」
俊哉は頷き走りだそうとした。
「…すいません。先輩のことを全て凪生さんに伝えました。そしたら凪生さん、あの女好きじゃないって…」
その言葉の意味は俊哉にもわかった。
凪生の怒りと哀しみなのだろう。
だがそれは当然のことだ。だからこそ早く終わらせなければ。
俊哉は固められた髪の毛をかきむしり、眼鏡を踏み潰した。
「溝谷、ありがとう。過去ばかり見てたらいけねーよな。」
俊哉は走り出した。
俊哉がドールズへ着くとそこにはヨシコだけだった。
着き様にヨシコは俊哉へビンタをする。
「なんであんなこと言えるんですか!先輩は衣川さんのことが大好きだったんですよ!」
あんなこと…?その意味はわからなかったが自分の記憶にはおかしなことはおきてない。
「俺を好きなんて…迷惑だなんて…酷すぎる…」
膝をつき泣き出すヨシコ。
周りの客もザワザワしている。
だが今そんなことはどうでもいい。
「俺が…好きなのが迷惑だと言ったんだな…」
凪生は家の近くの土手に座り込んでいた。
「これで呪いがとけても、とけなくても失恋決定だね。」
段ボールの猫と話ながらも、猫はパンをくれる凪生になついてくる。
こっちの気も知らないで…
だが猫は傷ついた凪生を飛びきりの笑顔で癒してくれた。
俊哉とヨシコは追ってきた溝谷と合流した。
そこは近くの公園だった。
俊哉は一つの作戦を思い付いた。
「またあいつと入れ替わる。ただしあいつの心拍数が165を越えてなければ共鳴するだけで入れ替われない…」
そういうと、俊哉は公園中を闇雲に走り出した。
心拍数167
土手を散歩していたおじさんは面白いものを見る。
土手を全力で走り抜ける女が一人。
取り合えず手持ちの携帯で動画をとった。
走り回った俊哉は石につまづきこけてしまう。
一度休んで下さいという溝谷とヨシコに、「今頃あいつは走り回って心拍数があがってるはずだ。もう少しだ!」
気が付くと土手に寝転がる凪生。
「あの男…なんか企んでやがるな!」
起き上がり深呼吸をし何があっても凛とかまえる。
絶対に血圧をあげないぞ。
あいつの思い通りなんかなるもんか。
猫の方へ歩み寄ろうとする凪生。
その時足の裏に違和感を感じた。
それは犬の糞だった。
「わーーーーー!!」
血圧165
再び公園を走り抜ける俊哉。
「くるぞ!」
ふと止まり、妙な感覚を感じたことを溝谷へ伝えた。
「凪生…捕まえにいくぞ…」
血圧165
(同時共鳴)
俊哉の姿は凪生になっていた。そこは隣町の土手だった。足の裏には犬の糞がこびりついてるのを草にすり付けると携帯をこちらへ向ける謎のおじさんに気付く。
「おい!おじさん!」
そのおじさんは「ごめんなさい!」と謝ったが、どうやら隠し撮りに怒っているわけでは無さそうだと気付く。
「頼みがあります。実は私は二重人格なんです。おそらくものの1分ほどしたら別の人格が現れここを立ち去ると思います。気付かれないように私の後ろをつけて下さい。そしてこちらの番号からの連絡を待ってください。」
凪生のスマホに入った俊哉のデータをおじさんに見せた。
「ヨシコ…溝谷さん…」
凪生は俊哉と入れ替わり、町の公園へいた。
「あんたたちもグルだったのね!」
二人も話し方からそれが凪生だとわかる。
「先輩!俊哉さんが探してるんです!どこにいるんですか!」
「隣町の土手よ。でも遅いわ。あいつが帰ってきたらすぐ離れるから。ここから追いかけても20分かかるわ。」
溝谷は凪生に土下座をした。
「お願いします!先輩を嫌わないでください!先程のことは謝ります。だから逃げないでください!」
先程の事…それが溝谷が凪生と俊哉が入れ替わっていることを知らずに凪生へ言ったことだというのはすぐにわかった。
「違うわ…」
違う?
「私があいつに嫌われたのよ。馬鹿みたいに勘違いしちゃって…映画に行く服なんて寝ずに選んだのに…バカみたいよね…」
涙も枯れたはずなのに、体は俊哉だからなのか凪生の涙腺が再び緩くなる。
ヨシコは言葉が出なかった。
凪生が俊哉のふりをして言った台詞から本当は好きなのに意地をはっている。凪生もどうしていいかがわからないんだ。
〈俺を好きだなんて迷惑だよ…〉
凪生は土手に戻ってきた。
目の前には見知らぬおじさんがいる。
「おじさん…今私なんか変なこと言った?」
おじさんは首を横にふるが目が泳いでいることに気付く。
「正直に言いなさい!」
あまりの迫力に「あなたを尾行しろと…」と全てを伝えてしまう。
凪生は土手を登りタクシーで走り出した。
これで誰も追ってこれない。
もう、嫌な思いはしなくていい。
一時間以上走りメーターが手持ちを越えようとしていた。焦って降りたはいいものの自分でもどこかわからないところへ来た。
もう歩いて帰るしかない。
だが家までの距離が少しは心を癒してくれるだろう。
「もう逃がさないからな…」
一時間半前。
俊哉が凪生と入れ替わっていたとき。
「こんにちは!」
俊哉とおじさんに話しかけるもう一人のおじさん。
「川上さんいつもの散歩ですか~」
「ええ。日課ですからね。」
二人のおじさんを見てふと別のことを思い付く。
そのおじさんの名前がもっちゃんとわかり、一つの案の協力を得た。
「川上さん。あなたは私を追ってください。もしかしたらタクシーで逃げるかも知れないので、待機しといてください。」
そして…
「もっちゃんさんは私の前にいてください。何か言ったか聞かれたら、尾行するように言われたと言ってください。」
もとに戻った俊哉はワンギリされた番号にかけた。
川上の番号だ。
タクシーを拾い、川上とは通話状態で走り続けた。
何分走ったろうか…やっと前のタクシーが止まる。
来たこともない町へいた。凪生もキョロキョロと当たりを見回している。
そのとぼとぼ歩く姿は凪生の気持ちを表していた。
夕陽が当たり赤い色に今にも飲み込まれそうな姿。
だが飲み込ませる訳にはいかない。
「もう逃がさないからな」
「俊…あんた…どうやって…」
俊哉は手に持った損耗箱を見せた。
「終わらせよう。」
凪生は「どうして…」とその言葉を否定した。
「…あんたと私の繋がりはこの呪いだけなのよ。例え生きてても死んでもこのままでいたい…あんたにはわからないでしょうけど…」
俊哉は凪生の顔を見た。
そして黙って抱き締める。
「俺を嫌いでもいい。俺は君に好かれる為に髪型も眼鏡も辞める。やっとわかったんだ…君が…凪生が…」
そのときだった。
俊哉と凪生の体が不意に入れ替わる。
「こんなときに…」
溝谷は公園でヨシコとオカルト本の続きを読んでいた。
そこで糸人形のページが後ろのページと引っ付いていたことに気付く。
それを破けぬようゆっくりとめくった。
「…ヨシコさん…やばい…凪生さんに連絡してください!急いで!」
「何があったのよ!?」
そのページには信じられないことが書かれていた。
(人形を持つものにもしも愛情が芽生え両想いとなった場合、体は完全に入れ替わり二度と戻ることはない。)
愛などとは腐れたものよ……そんなものは憎悪の裏返しでしかない…必ずや…必ずや…恨めしイルボン(日本)に…我が命をもって…復讐しようぞ…




