ポハンの損耗箱
城陽寺前。弥生は入るに入れずにいた。
あの時俊哉と凪生のキスシーンが走馬灯のように蘇る。
もちろん事故だということはわかっている。
でもどこか悔しい気持ちが拭えない。
「あれ……あんたは」
その声は俊哉の父の段治だった。
弥生は挨拶をし、「先生はおりますか?」
と振り絞り声を出す。
「あーー俊哉ね……」
段治は小さな声で「モテるね~」といいながら俊哉を呼ぶ。
「俊哉!彼女が来てるぞ~」
段治のニヤニヤした顔を無視し玄関を出た。
「おー時任か」 俊哉と弥生の距離 15m
「先生!」
弥生は俊哉に向かい歩む。
「先生ひとつ確かめたく……」距離 10m
(反発)
俊哉の向かいで急に歩みを止める弥生。
「ん?どうした時任」
まるで壁にぶつかったように動きが止まる弥生。
「え……動かない……」
何言ってるんだと今度は俊哉が歩み寄る。
すると自分の一歩に合わせ後退りする弥生。
「どうしたんだ時任」
それはまるで何かに押されたように離れていく。
「なんでかわからないけど……先生に近付けない…」
「凪生ちゃん!」
朝のランニング前のストレッチをする凪生に朝から声の大きい君島。
君島の記憶のどこかにある俊哉と凪生のキス。
お互いにその気がないことはわかってはいるが、どこか悔しかった。その悔しさが君島を焦らせた。
君島と凪生との距離 16m
弥生は内腿を伸ばしながら「朝からどうしたの?」
と声をかける。
君島は財布から二枚のチケットを取り出した。
「実は映画のチケットをもらったんだ。見に行かない?ミュージカルだけど」
凪生は即答で「ごめん」と返した。
あまりの返事の早さに君島は驚くのを1秒忘れていた。
そして1秒後。
「え……なんで?忙しいのかな」
「たけちゃんにも言っておかなきゃね……」
凪生の顔は少し赤らめながら微笑んでいた。
「衣川俊哉と付き合うことになったの。」
え!?ええええ!!
脳裏に浮かぶ思い出したくもないあのキスシーン。
嫌な予感はあったがあまりにも早すぎる。
ついこないだまで馬鹿みたいに仲が悪かったはずなのに……。
「たけちゃんごめんね。たけちゃんは私じゃなくてもっと身の丈にあった人がいいよ。」
悲しく言うはずの台詞にもどこか凪生は微笑んでいた。
君島は「凪生ちゃんが衣川さんを好きだとは思えないんだけど……」と率直な考えを伝える。
凪生は「私も何とも思ってなかったけど…」と言葉を濁しながら「あの人すごく積極的で…私もいいかな~と思ったんだ…」
とまたまた微笑んでいた。
君島はショックを通り越し、頭の中を数式が巡りめぐる。
しかしどの数式に当てはめても答えは出てこない。
「…一体何があったんだ!」
君島は足早に凪生に歩み寄る。その距離10m
(反発)
うわぁ!!
その声は君島が何かにぶつかった衝撃による叫びだった。
「たけちゃん?」
いきなり大幅にずっこけた君島に近付こうとする凪生だがそれに合わせズリズリ後退する君島。
弥生は「このままで聞いてください」と俊哉とは離れたまま話し出した。
「なんで近付けないかはわかりませんけど…先生が…あの人と近付いている気がして…」
弥生は胸を押さえ俊哉に思いを伝えた。
俊哉は「あの人って、古内さんのこと!?」
俊哉はないないと小笑いしながら手を振った。
それを聞いて溜め息をつく弥生。
「なら…」
弥生は俊哉にひとつ確認したかった。
「…あのキスに…気持ちはなかったんですよね。」
俊哉はそのシーンを思い出した。
そうか…弥生には見られていたんだ…
それを思い出した俊哉は「ないよ!!あれは事故なんだ!!だいたいあの女は…」何かを誤魔化すかのように否定した。
血圧165…
「もう…このままでいいから…教えてくれないか」
なぜ凪生へ近付けないのかはわからないが、取り敢えず聞かなければ。地面に這いつくばったまま君島は口を開く。
「凪生ちゃんは…衣川さんとその…」
言葉を濁しながらも「…キスしたことを知ってるのか!?」と口を開いた。
その問に「え?なんで知ってるの!?見てたの?」と返ってくる。
凪生と俊哉の距離を離してやろうと思ったが凪生の反応が君島の思っていたものと違った。
「なんで知ってるのって…あの時記憶あったの?」
記憶?君島の言うそれが何か凪生にはわからなかったが、あのキスシーンが脳裏に蘇る。
「見られてたなら仕方ないわね。ええキスしたわ。あの人が好きだからしたのよ。」
凪生のあの声に「共鳴してたんじゃないのか…」
と流れ出る涙と共に君島の顔が地面のどろに食い込む。
「私何いってんの!恥ずかしい!」
君島の様子に気遣うこともなく、凪生は自分の言った台詞に赤面していた。
血圧 165
(同時共鳴)
「…恥ずかしいわ!言わせないでよ!もう!」
凪生が冷静に辺りを見渡すと向かい側に弥生がいた。
弥生は「よかった…」
と座り込んでいた。
また入れ替わったようだ。
凪生は今俊哉と入れ替わっていることを弥生に説明しようとした。
だがその前に弥生が「先生には凪生さんは合わないと思ってます。でも私なら先生の良いとこ沢山知ってますし、一緒にいて楽しいと思います!だから私と付き合ってください。」
という声が耳に入る。凪生の血管ははちきれ、めちゃくちゃカチンときた。
弥生をいい娘と思うのはやめた。
「ふざけんな!俺は凪生が好きなんだ!凪生を馬鹿にすると許さんからな!昨日なんか濃厚なキスしたんだぞ!」
してやったり。
「…君島さんが好きなんだよ!」
ん…俊哉の目の前に土に顔をつける君島。
その1秒後「えっ?」と驚く泥だらけの君島。
また凪生と入れ替わったようだ。寝転がる君島の手には何かのチケットが握りしめられていた。
「…俺が協力する必要もないね…」
小声でそう呟き、凪生の振りをして君島に近付いた。
「君島さ…たけちゃん!これ映画のチケットでしょ!明日行こうね!楽しみだな~」
君島はさっきとは打って変わった凪生の反応と近付けることに驚いた。だがさっきと様子が違う。
「…今共鳴してないよね?凪生ちゃんだよね?」
さすが科学者…一筋縄じゃいかんな。
だが君島は入れ替わりのことは知らないようだった。
「…当たり前じゃない!恋人のことが信じられないの~!」
ちょっとやりすぎたか…俊哉はそう思いながらも嬉しそうな君島の顔を見て「あぶねーあぶねー」
と溜め息をついた。
「あれー!ミュージカルじゃなーい!面白そう…」
俊哉が気がつくと目の前には弥生。
もとに戻ったようだ。だが弥生の様子が違う。
よく見ると涙を流しこちらを睨んでいた。
「またキスしたんだ…やっぱり好きなんだ…」
また?俊哉には何のことかさっぱり。
「だからキスは事故だって…」
その声を遮るように「濃厚なのをしたんでしょ!どうぞお幸せに!」
と弥生は叫び寺を後にした。
弥生の後ろ姿は殺気に満ちていた。
「またあのバカ女なんか言ったのか?」
「ぶちゅ~って濃厚なのをな!」
気がつくと凪生の前に自分に抱きつこうとしている君島。
(反発)
すごい勢いで後ろへ飛んでいく君島。
その様子に驚きながらも右手に握ったチケットが目にはいる。
「たけちゃんまさか!映画のチケットくれるの?」
その問に答えようにもどこかへ消えたため、わからない。
「…たけちゃん、ありがとう。俊哉くん誘ってみるね。」
「また入れ替わったようだな。」
「みたいね。」
俊哉と凪生の電話は2分前からだった。
凪生から俊哉へかかってきたのだ。
「なんか用か?」
俊哉の声に「映画の件だけど…」
と凪生から返ってくる。
映画?あの2枚のチケットが思い浮かぶ。
「チケット手に入れたから明日行かない?たけちゃんがくれたんだ」
君島?え?なんで?
「君島さんが?」
ええそうよと凪生から返事が返ってくる。
君島が俺と凪生にチケットをくれた?何のために?
もしかして二人きりじゃ恥ずかしいからお前も来いってか。
「わかった。仕方ないね~」
仕方ないの意味は凪生にはわからなかったが、すごく嬉しくなった。初デートに何を着ていこうかまだまとまっていなかった。
「その後ご飯食べに行こう」
凪生の問いかけに「ごはんも!?」と返す俊哉。
「嫌?」凪生の神経を疑っていた。
君島が嫌だろう。これも君島が恥ずかしいからなのか。
まあ映画とごはんは置いといて俊哉にも聞きたいことと言いたいことがあった。
「今日、時任に何か言った?なんかめちゃくちゃ怒ってたんだよなぁ」
凪生はその名前を聞き「知りません!」とイラッとしながら即答した。
まあ、それはさておき。
「うちの学校に呪いに詳しいやつがいるんだ。俺たちもいつまでも共鳴したり、入れ替わったりはまずいだろ。治るもんなら治さなきゃ」
そりゃそうだ。凪生と君島がキスしてるときや××××してる時に入れ替わったりしたら最悪の災厄だからな。
「私は別に今のままでいいけど…」
凪生の台詞に俊哉は声を失った。
こいつ何言ってんだ!?
そんな凪生の脳裏には弥生の姿があった。
あいつは俊哉に惚れている。何ちょっかい出してくるかわからない。
その時は入れ替わり追い返してやろうと考えていた。
だが入れ替わりのシステムはまだわかっていない。
そのシステムだけでも知りたかった。
「わかりました。来週の日曜は空いてるから。」
なんやかんやで電話を切りふと俊哉は思い浮かべる。
「あれ…映画のチケット2枚しかなかったような…」
約束の30分も前から映画館の前で待つ凪生。
大ヒットミュージカル映画 (タイガークイーン) にはすでに長蛇の列が並ぶ。
久しぶりにおめかして、着たこともないような黄色のワンピースでいつもより化粧も時間をかけた。
「ちょっと早すぎたかな~」
そういいながらも、ドキドキとワクワクが修まらないため早く来て自分を落ち着かせようと思っていたのだ。
「お待たせ~」
俊哉!?
もう来たの?と振り向いた先には俊哉ではなく赤いバラの花束をもつ君島の姿。
相変わらず凪生とは10mほどの距離がある。
「どうしたの?たけちゃんも映画見に来たの?」
凪生の問いかけに「え?」と何かがおかしいのに気付く君島。
自分のことを恋人だと言ってくれた筈なのに…
取り敢えず冷静を装い「今日はどうしたの?」
と聞く。
「俊哉とデートよ。たけちゃんがチケットくれたから。ありがとね。」
君島の知能を回転させ一つの理論を思い浮かべた。
「凪生ちゃん…君は共鳴だけじゃなく、二重人格の呪いにもかけられている。間違いない」
俊哉と付き合うとか俺のことを好きだとか精神が分裂している…そう君島は解釈した。
だが凪生の反応は「はっ!?」といささか穏やかではないものだった。
「二重人格?ふざけないでよ!わけわからないこと言ってないで向こうへ行っててよ。」
凪生が怒り狂い近付くと君島は見えない壁に押され交差点の真ん中まで押しやられていた。
俊哉は向かいの交差点から映画館を眺めていた。
すでに凪生はいたが、君島はまだ来ていなかった。
少ししたらタクシーから赤い花束を持った君島が現れた。
「…やっぱり俺はいらないよな。お幸せに」
二人に任せて帰ろうとしたときだった。
(ふざけないでよ…向こう行ってよ…)
凪生らしき怒鳴り声が聞こえ振り替えると、睨み付ける凪生となぜか赤信号の交差点の真ん中で倒れている君島。
状況はわからないが喧嘩してるのは間違いない。
俊哉は赤信号を飛び出しクラクションをならす車にびびりながらも君島を引きずって交差点を渡りきる。
「俊哉!」
また凪生に呼び捨てで呼ばれたと思いながらも少しづつ凪生に近付くがある一定の距離から君島が全然動かない。
「君島さん!あんたなんで動かないんだよ!」
「わかんないけど、凪生ちゃんに近付けないんだ!見えない壁みたいなのに邪魔されて…」
何を言っているのかわからないが取り敢えず凪生の半径10mくらいは近付けることがわかり、適当に君島を近くのベンチに座らせた。
俊哉は凪生に「なんで喧嘩してんだよ。」
と聞いた。
「私のこと二重人格扱いしたからよ。」
性格に二面性があるということか?そんなこと俺でもわかるわと思いながらも俊哉はこの先をどうするか考えていた。
「俊哉!行きましょう!」
凪生の声に、だからなんで呼び捨てなんだよと思いながらも花壇に座る君島に手を振り呼び掛ける。
「君島さん!早く来いよ!」
君島は涙を流しながら「僕は二人の幸せを見守るよ…」と帰っていった。
まさにわけがわからない。
なぜか隣通しで映画を見る俊哉と凪生。
このなんとかクイーンって映画は俊哉を眠たくさせた。
だが凪生は物凄く見入っている。
おそらく大好きなダンスシーンが盛り込まれているからだ。
しかし凪生も凪生だ。
君島と喧嘩したからって腹いせに俺と見るなんて。
共鳴や入れ替わりが始まってからロクなことがない。
やはり早く終わらせるべきだ。
映画を見終わり凪生と俊哉はお洒落なレストランへ来ていた。
凪生はこんな店には来たことがなく、色んな意味でドキドキの連続だった。
メニューを開くも全てがフランス語で書かれていて全然読めない。
俊哉はそれを察してかメニューを奪い取り「この鴨と牛肉の合わせアソルティを」と冷静に頼んだ。
その姿に目を点にして驚く凪生。
そしてそれに気づく俊哉。
「…俺は英語教師だからな。英語とフランス語は多少スペルは違うけど大体似てるから分かるんだ。」
なぜこうなってしまったのか…そしてこちらを見てなぜかうっとりする凪生。
「かっこいい。英語できるって。」
その凪生の言葉はちょっと嬉しかった。
だがそんなことより…
「早く仲直りするんだな。」
凪生と君島のことだ。
「なんで?する必要なくない?」
普通彼女が別の男といたら嫌だろうがと謎に感じる凪生。
「必要あるよ!なんで君島さんを嫌うんだよ!」
二重人格と言われたのがそんなに嫌だったのか。凪生の短気に君島を哀れむ俊哉。
なぜこんな意地の強い女を好きになったのか。
「私がそうだからよ。私は好きな人が他の女といたら嫌なのよ。」
俊哉と弥生の出来事を思い出す凪生。
今でもかなりムカつく。
「なるほど…そういう事か…」
全てが繋がった。君島が他の女と一緒にいるのを凪生が見てしまったんだ。
そりゃ残酷だ。
それで君島の(二人の幸せを見守るよ)の台詞にも合点した。
自分の犯した過ちを許してほしくて今日は俺と凪生にデートさせたわけか。
凪生にとっては君島以外の男なら誰でもよかったのか。
「そりゃあんたは悪くない!今日はパーっとやろう!」
俊哉はビールを頼みメニューを開く。
「あの…」
凪生の問いかけを聞いた。
「呼びにくいかも知れないけど…名前で呼んで。」
俊哉はいくら怒ってるからってそこまでやるかと思った。だがそこまでやらなければ凪生は腹の虫が修まらないようだ。
「凪生!酒でも飲もう!」
初めて名前を呼ばれた凪生。
恥ずかしいがとても嬉しかった。
「うん…朝まで飲もう!」
そのままアルコールを二人は飲み続けた。
二人の血圧はすごい勢いで変動していた。
(…共…共鳴…き…きょ…共…きょうめ……共鳴不良…)
フレンチレストランのウェイター、ダヴィットはワインやビールばかり頼む5番テーブルの客に飽き飽きしていた。
「パブじゃないんだぞ」
そう小声でいいながらも5番テーブルへ向かう。
その目の前には信じられない光景が見えていた。
その光景に他のお客も気付いていた。
「俊哉!あんたはいい男だ!でも七三はやめなさい!カッコ悪いわ!」
「凪生!男の浮気は甲斐性だ!そんなことで目くじら立てんな!」
「変てこ眼鏡!」「その化粧はやりすぎだ!」
「ダンス教えてやりましょうか!」
「英語で念仏唱えてやるよ!」
言葉も身動きも全てが鏡のように同じ二人。
ただ会話は男口調やら女口調やらまるで噛み合ってない。
この二人は何かのパフォーマンスグループなのか?
2番テーブルの客の一人がその様子にスマホを向けていた。
その週の日曜日。
俊哉と凪生はいつもの喫茶店にいた。
だがいつもと違うことが一つ…。
凪生の横に見知らぬ女性。
「同じ会社の後輩のヨシコよ。なんか前に合コンで会った人にオカルト話されてハマっちゃったらしくて。」
それで連れてきたわけか。
まあ何でもいい。奇異な目で見られるのも慣れた。
しばらくすると目当ての男がやって来る。
「遅くなってすいません。一回家へ帰ってたもんで…」
溝谷はこの間の分厚い本とそれとは別に謎の箱も持っていた。
「あー!溝谷さん!」
ヨシコが立ち上がる。
どうやらお知り合いみたいだ。
「あーヨシコさんじゃないですか!久しぶりですね」
溝谷の明るい目。恐らく同僚にも振り向かれないオカルト話をヨシコは黙々と聞いてくれたのだろう。
お互いに挨拶を済ませ、本題へと切り替える。
「共鳴?」
ヨシコに凪生から説明しようとするがそれを溝谷は割って止めた。
「見た方が早いでしょう。」
俊哉は「ここでやれってのか?」と切り返すが取り出したのはスマホだった。
これをどうするんですかと凪生も疑問に思った。
「再生回数1週間で10万回。お二人はもう有名人ですよ。」
そういいながら一つの動画を開いた。
「あっこれは!」
共鳴していない俊哉と凪生の声が同時に店内に響いた。
題名は(フレンチパフォーマンスカップル)
そこにはあのフレンチレストランでの出来事が鮮明に写し出されていた。
同じ言葉を同じ動作で行う二人が。
世間には新ジャンルのダンスの一種と思われたようだ。
だが俊哉と凪生は泥酔していたため記憶にない。
二人ともこの翌日は一日中頭痛が癒えなかった。
「これが共鳴ですね。先輩がブラックアウトだと思っていたものが、実は古内さんと繋がっていた。」
溝谷の台詞に少し恥ずかしいながらも、「まあ…」と再び声が揃う俊哉と凪生。
「では…」と溝谷は本を開く。
あの日職員室で俊哉が見たページだ。
そこに写るモッポの糸人形と死ななければ呪いは消えないという文面。
「うそでしょ…」
凪生は両手で口を塞ぎ驚いていた。
そんな重たいことだとは思わなかったようだ。
「だけど…」俊哉は割って入った。
「前にここのマスターに言われたけど、呪いというほどのことは何もないんだ。共鳴と入れ替わりが起きるくらいかな。」
溝谷はある一文を指さし読んだ。
(人形に取りつかれたものは、精神を制圧され始める。しばらくすると同時に取り乱した際に精神の入れ替わりがおきる。完全に精神を乗っ取られれば、自分の意思では行動が出来なくなる。)
その文面に事の重大さに気付く俊哉と凪生。
つまりは精神を乗っ取りこちらの意思とは別に死に追い込むわけか。
そして入れ替わりは同じ時に血圧が一定を越えた際に起こることもわかった。
ヨシコが「溝谷さん!先輩と衣川さんを救う方法は無いんですか?」と訴えるも溝谷は首を横にふる。
しばらく沈黙が続き、下を向き落ち込む俊哉と凪生。
その時溝谷は「本当はやってほしくありませんが
…」ともう一方の箱に手を触れた。
3人が一気にその箱に目をやる。
「この箱は、損耗箱と言います。箱を開けると主の気を吸い続け、ものの1時間で主は死に至ると言われてる箱です。」
そんな危険な物をどうするんだと問いかけた。
溝谷は本をパラパラとめくりある一文を指差す。
(ポハンの損耗箱)
その説明はこうだった。
(韓国ポハンで作られたもの。元はモッポの糸人形の存在を知った日本軍の兵士が作ったもの。人形の前で箱を開くと人形に宿る生気を吸収し人形を消滅してくれる…)
俊哉は「これなら人形の呪いが消えるじゃねえか!」
と喜んだがその続きを読んだ。
(はずだったが…人形に宿る精神、つまり宿主の生気も吸収するためそれに耐えられず宿主が朽ち果ててしまう。結果この箱で生き残った例は51件中1件しかない。)
いやはや…まさかポハンの損耗箱の存在に気づかれるとは…まああの箱も呪いのものだ。
95%死は免れん…今のうちに残りの人生を楽しんでおくんだな…エッヘヘヘヘヘ…