第40話 帰結
三度夜を越えたあと、皇城の全ての廷臣、官吏、そして異例ながら衝立を立てた上で、後宮の四夫人や九嬪も合わせて、集められた。
場所は皇城の中でも大きな広場を前面に持つ、政行殿だ。
政行殿は常には廷臣たちと皇帝が会議をする場所でもあり、広く皇帝が民へと布告をする場でもあった。
全員が広場に集められ、政行殿の板敷きの中には数人の人影が見えるだけだ。
広場の周囲には武装した兵が立ち、門という門は固く閉ざされている。
その少々異様な空気に、誰もが不安気な表情を浮かべていた。
「皆、礼を」
ざわめきが立ち上がる中、政行殿の広く開け放たれた扉の左に立つ啓俊の声が響く。
それに合わせ、一斉に拱手をし場が静まった。
衣擦れの音がいくつかする。
それが、皇帝たちがこの場に現れたことを示していた。
「面を上げ、楽にせよ」
指示を出したその声は、炎黎帝のものではない。
何度も会議に参加してきた廷臣には、聞き馴染んだものだった。
彼らが顔を上げると、政行殿の奥から広場を一望できる廊下に瑛然――炎瑛が、皇帝が特別な典礼のときに着る衣服を身に纏って立っている。
先だっての後宮での現場にいた者以外にとって突然の出来事に、何度も瞬きを繰り返したり、目をこすったりして自分の目を疑う者が多かった。
「ただ今より、皇帝位の宣言を行う」
啓俊とは扉の反対側、右側に立つ風俊の声が続いて響くと、小さなざわめきが広がった。
だがそれも、瑛然が腰に佩く剣へ手を添えたことで静まる。
誰もが今ここで起きることを、目に焼き付けようとしていた。
「第四代景明朝皇帝楚炎黎より、皇帝位をいただいたことを改めて天に宣誓する。すでに譲位は完了しており、龍璽剣へはその名が刻まれた」
するりと剣を抜き天へと突き上げると、太陽の光がその剣に差し込み光を反射する。
その剣を水平にして広場にあつまる皆の頭上を半円形に振るった。
この皇帝の統治を始めるという意味が込められている礼だ。
「これにて朕、第五代景明朝皇帝楚炎瑛の時代とする」
炎瑛が剣を鞘に戻すと奥から炎黎帝が現れ、二人が並ぶ。
二人揃ったところで、すぐ後ろに用意された椅子に座った。
「さて。前皇帝炎黎帝は、長く病を患っていた。だが、それはある者らによって毒を盛られていたと判明した」
「そこでその者らについては、一族郎党あげての処刑とするが」
炎瑛と炎黎が続けざまに口にした内容に、その場が凍る。
「此度の新皇帝宣言により、恩赦をやろうと思っておる。――啓俊、述べよ」
炎黎の言葉に啓俊は拱手をし、手元の紙を掲げその封緘の印が皇帝のものであることを示した。
その封をひらくと、啓俊は一つ呼吸をしてから読み上げる。
「前皇帝炎黎帝への毒薬処方の咎により、御殿医楊一門を処刑。宮城での毒矢の使用、及び使用を教唆、また後宮での毒の使用の咎により余一門を処刑。後宮にて星薬師拉致監禁及び皇帝の指示でのみ使用可能な冷宮の使用を行った咎及びこれら全ての犯行教唆の咎により陸一門を処刑とする」
つらつらと続くその罪文に、今の今まで他の者と同じように広場にいたそれぞれの一族が声を上げた。
だが、すぐに兵がその者たちを連れて皇帝の立つ廊下の下へと並べ立てる。決められた兵にのみ、事前に告げておいたのだろう。
「どうも宰相は俺に文句があるようだな。申してみよ」
「畏れながら……、我が家門は長く景明朝を支えてまいりました。いったい何が起こり」
「ははは! 流石は宰相だな。御殿医への指示を余家を通じて出していたことを、いけしゃあしゃあと知らぬ顔をするとは」
「陛下! そのようなことはけして」
「だがまぁ、そのことは別としてもだな。後宮で冷宮を勝手に使い、あまつさえそこへ女を閉じ込め殺そうとする。それが皇帝への叛意ではないとは言わせぬぞ」
炎瑛はそう告げると、懐から七束の花を陸宰相の頭上に散らばせた。
宰相の横には、妹で貴妃の陸喜花も並んでいる。
「なんだ……この花」
「貴妃の部屋から出てきたものだ。その花を持つ宦官三名が、冷宮に監禁された女を見張っていた」
それが意図することに、宰相は顔を青ざめさせた。
「あぁ、それから貴妃は、朕よりもそなたの方が偉いとでも言わんばかりのことを口にしたな」
炎瑛はにやりと笑う。
「せっかく自分の手から遠い場所を通して、この朝廷を牛耳ろうとしていたのに妹の失態で足元を掬われたな」
実際は、失態を香凛が引き出したと言うべきだが。
宰相が炎黎帝を毒殺すべく謀をしていたことも、第二皇子を帝位につけようとしていたことも、確たる証拠が出ていないだけだった。それを香凛が別件で処罰できるように、糸を垂らしたのだ。
それをきっかけに陸家の中も調査済みで、炎瑛の手元には山のような証拠が届いている。
「安心しろ。一族郎党処刑とするところを、帝位宣言の恩赦で関わりのある者のみの処刑と、他の者たちは後宮入りとしてやろう」
炎瑛が手を上げるとすぐに兵が動き、彼らを捕縛する。
だがすぐには牢に連れて行くことはせず、全員の口を布で塞ぎ見せしめのために、政行殿の脇にある渡り廊下の下に立たせられた。
「それから今後宮の話をしたからな。皆に紹介しよう。香凛」
呼ばれ、香凛が現れる。
皇城内で彼女を何度も見た者も多い。だが今日の香凛は、まるでどこかの姫のように着飾られ、美しい衣装を着ている。
しかもともに歩いてきているのは、炎黎帝の皇后であった月明陽。つまりは今時点で皇太后となった女性だ。
皇太后は炎黎の横に座る。
「香凛、これへ」
炎瑛はこれまでとは打って変わったようなまろい笑みを浮かべ、立ち上がり香凛へと手を伸ばす。
その手を取り、香凛は炎瑛の隣へと並び座った。
「見知った者も多いであろう。星薬師である凌香凛だ。彼女を皇后とし、以降後宮へ妃を迎え入れる予定はない」




