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星薬師と秘密の騎士〜皇帝の命、助けます!  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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第37話 昭儀

 瑛然と貴妃の間には、二段ではあるが階段がある。

 それは廊下と地面の間を埋めるためのものだ。

 僅か二段。

 だがそこには、物理的な高さ以上に身分の差がある。


「お前の兄は、随分と偉いらしいな」


 くつくつと笑いながら、地面に立つ貴妃を見下ろす瑛然に、手加減をする色は見えない。

 裏で父帝を毒殺しようとし、義弟に帝位をつけさせるために画策をしている一門に優しくしてやる義理など、当然ないのだ。


「貴妃さまはもしかしたら、ご存じないのかもしれません」


 香凛がぽん、と両手を叩く。


「香凛? 何を知らないと思ったんだ?」


 貴妃に告げた声の冷たさは姿を潜め、香凛へ優しく言葉をかける瑛然を見て、この場にいる人間は悟る。

 あの星薬師を害せば、間違いなくこの皇帝の怒りを買うであろうことを。


「陸宰相のお家では、宰相がこの国で一番偉いという教育をしているのかも、と思いまして」

「ああ、なるほど」

「貴妃さま、いかがでしょう」


 突然水を向けられた貴妃は、さすがに否定する。


「まさか! 皇帝陛下のご威光は、何にも勝ると」

「でも、貴妃さまの態度ってそうはとれないのよね。だから」


 香凛は「あらあら困ったわね」というような表情を浮かべて、瑛然に対し言葉を続けた。


「きちんと隅から隅まで、御家門を調べるのはどうでしょう。貴妃さまご自慢のご実家から、縁類全てを」

「それは良い! 香凛の言うとおりだな。啓俊、すぐに中立派の官吏を手配しろ。今このときから、後宮の全ての門を閉ざし、誰も外に出すな。無論、文一つ外に出させてはならぬ」


 瑛然の宣言に、ざわめきが起きる。


「静かに!」


 風俊の言葉に、それはぴたりと止まった。

 貴妃以外の四夫人は、陸家との繋がりはない。彼女たちは特に騒ぎもせず、事態を見守っている。

 そこへ声を上げた者がもう一人。


「畏れながら、宜しいでしょうか」

「充容、発言を許す」

「ありがとうございます。実は私、数日前に星薬師殿に助けていただいたのですが」

「ああ、大変だったそうだな」

「御配慮ありがたく頂戴致します。その、それは毒であったと星薬師殿に伺いまして」


 瑛然が香凛へと目配せをする。

 話をしろということだろう。


「お顔の方はその後、いかがでしょう」

「すっかり元に戻りました。あの――皇帝陛下の後宮で毒が使われたことについても、お調べいただけますか」

「当然だ。その毒が巡り巡って、父上や俺に使われる可能性もあるからな。絶対に許さぬ」


 それは、この場にいる一定の人間への宣言でもあった。


「毒を盛る人間は、いつ自分が同じ毒を返されても良い覚悟でいないと」


 香凛がそう続ければ、昭儀や後宮の医師は顔色を青くする。

 貴妃のような、名門家の後ろ盾があったとしても、この状況だ。

 自分たちが毒を扱っていると知られたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。


「ほ、星薬師殿も、毒を扱えるのでは?」


 そうした気持ちが先走ってしまったのだろう。

 昭儀が許可も得ずに、声を上げた。


「誰が話して良いと言った」

「よい、風俊。面白いことを言うので、聞いてみようじゃないか」

「陛下のお言葉だ。話してみよ」


 風俊が水を向けると、昭儀は口をついてしまった言葉を後悔する。

 だが、もう遅かった。


「第二皇子の母として申し上げますが、その星薬師という怪しげな職を名乗る方を、宮城(きゅうじょう)にまで上げていると言うではないですか」

「ほう。昭儀は後宮にいるのに、随分と香凛のことに詳しいな」


(語るに落ちるっていうのは、このことねぇ。なんでわざわざ口を開いたんだろ)


「そ、それは子選より話が」

「ところでそなたの息子は、第二皇子ではなく二番目の皇弟になったのだが、あえて第二皇子と使ったのか?」


 瑛然のそれは、ある意味反逆を指摘する言葉でもある。

 さすがに昭儀もそれに気付いたのか、慌てて口を開いた。


「い、いえ! そういうわけでは! そ、それに今この後宮におります私たちは、炎黎前皇帝陛下のために集められております」

「ほ、ほ、ほ。そうねぇ。だったら整理しないと」


 ゆったりとした声が、響く。


「これはこれは母上」


 瑛然以外、香凛も含めて全員が拱手する。

 母親であっても、瑛然はこの場で公にした皇帝だ。そのため、彼だけは拱手の必要はない。


「あまりにも楽しい催しだから、向こうから見てたのよ」

「なかなか良いご趣味じゃないですか、母上」

「そうでしょう? でもそろそろ、香凛を休ませてあげたくなってねぇ」


 突然名を呼ばれた香凛は驚くが、発言は許されていないのでじっとしている。


「香凛、顔を上げて頂戴。話しても構わないわ。こちらにいらっしゃい」

「ありがとうございます」

「あら、貴妃に叩かれたでもしたの?」


 香凛の髪で隠れていた場所を、皇后が手でそっと撫でた。


(あ、忘れてた)


 そういえば、特に痛くもなかったので忘れていたが、貴妃に蹴られたのだった。

 瑛然は髪に隠れていて気付かなかったのか、皇后の指摘した箇所を見て、一気に鬼の形相のようになる。


「この場はあとは私に任せて。これでも後宮の中では、一番偉いのよ。知ってた?」

「母上には叶いませんね。お願いして良いでしょうか」

「もちろん。香凛ときちんと話してきなさい」

「はい」


 瑛然が剣を引き抜きに向かうと、ともに皇后も付き添う。

 そうして、瑛然の横に立つと地面にいる全ての後宮の者を睥睨した。


「良心に恥じることのない者は安心なさい。新しい皇帝である炎瑛帝は、正しい裁きを行うでしょう。このあとは私に従うように」


 皇后はすぐに自身が連れてきた宦官に命じ、この場を処理していく。

 それを見ながら、瑛然は剣を引き抜き鞘に収めると、香凛へと手を差し伸べた。


「香凛。約束を果たしに、いこう」


 


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