第36話 貴妃
「身体を検めたところで、何も出ません」
宦官は口々にそう言うが、それで確認の手が緩くなることはない。
そもそも香凛の狙いは彼らの身体そのものではなく、所持品だ。
「この場で身ぐるみ剥ぐわけにはいかないでしょう。まずは持ち物から確認というのは」
もっともらしく香凛がそう言えば、瑛然も頷く。
「香凛に患者でもない男の裸を見せたくないしな。脱がせるのは上衣までにせよ」
瑛然の一言で、決まった。
男たちは一列に並べられて、他の宦官が風俊の指示で彼らの持ち物を一つずつ地面に置いていく。
帯、上衣、帯に提げている巾着、と揃えられる。
「中は私が確認しよう」
風俊が一番手前の男の巾着を手にし、中を検めた。
「銅銭が一、二……十枚と、布巾。それに――花」
香凛が密やかに入れておいた花だ。
風俊は続けて次の男の巾着を検める。
「こちらは紙が三枚と、筆。それから――先ほどと同じ花だな」
隣に座る瑛然を、香凛は横目でちらりと見る。
視線に気付いたのか、瑛然が口の端を僅かにあげて軽く香凛へ目線を配した。
香凛のかけた罠に、彼も気付いたのであろう。
「では最後にその男の巾着を」
他の宦官が風俊に手渡す。
中を一つずつ検めていくと、再び花が現れた。
「この花はなんだ? まさか三人で同じ花を愛でる会にでも参加しているのか」
風俊の言葉に、場が少しだけ緩む。
くすくすと笑い声をわざわざ立てているのは、貴妃の侍女たちだ。
(そういうことにしたいなら、そういう風にしてあげないと)
香凛は笑みを浮かべ、風俊に体を向けた。
「風俊殿、ご存じですか? この後宮ではまさに宦官たちが、花を愛で――花はそれを他の花よりいかに数多く愛でるかを、競争をしていると」
「――へぇ。それは面白い花会だね、香凛」
風俊ではなく瑛然が答えると、香凛は彼の方を向き笑う。
「でしょう? 愛でている宦官は印を貰うみたいですよ。例えば、あの花のように」
三人の宦官たちは、自分たちが持っていた覚えのない花を前にして、どうして良いのかわからずにいた。
宦官という立場では、皇帝へ何かを言うことなどできるわけがない。
かといって、その隣で話している香凛も風俊も、どうも皇帝のお気に入りのようなのだ。
彼らはただひたすらに、黙って大人しく従うしかない。
「こちらの花、私は見たことがないのですが、凌女史はご存じでしょうか」
花を手にした啓俊が、香凛へと尋ねる。
文官の出で立ちをした男がそう言うことで、重みが増した。
「以前、図書で見たことがあります。たしか、西の砂漠に咲く花だとか」
「嘘よっ! そんなの知らないわ!」
「……貴妃。そなたに発言の許可を与えてはいない」
『砂漠』という言葉に反応し、貴妃が叫んだ。
(ありがたいわね。ちょうどおあつらえ向きに、挿してくれてるじゃない)
香凛は小さく首を傾げながら、貴妃の簪に対して手のひらを向ける。
「貴妃さま。あなたの今挿している簪がまさに、この花を模ったもののようですが」
にっこりと笑む香凛に対し、貴妃の唇はきつく引き締まり、その端をわななかせていた。
(貴妃は瑛然が皇帝陛下だとわかって敬意を示したにも関わらず、強気な姿勢を崩さないのね。矜持が高いから?)
「なるほど。誰ぞ、貴妃の簪をこれへ」
瑛然の言葉に、貴妃近くにいた女官が簪へ手を伸ばす。
だが、その手を扇子で打ち女官を後ろへと転ばせてしまう。
「きゃっ! 貴妃さま! 陛下がお求めですので」
「うるさい。そなたのような、下級女官が私に触れて良いと思っているのか」
「あぁ、面倒だな。風俊、貴妃から簪をとってこい。そっちの女官は倒れた彼女の手当をしてやれ」
貴妃はさすがに風俊には大人しく簪を手渡した。
それを瑛然が、宦官の持っていた花と並べて確認する。
「ふむ。同じ花だな」
「そちらの花、この近くには咲いていないですし、もちろん後宮にも皇城にも咲いていません。気候があいませんからね。それは尚花局に確認していただければ、すぐにわかるかと」
香凛の言葉に頷くと、瑛然は立ち上がった。
慌てて香凛もあとに続く。
「貴妃はこのまま開いている部屋へと移動せよ。貴妃の部屋については、追って皇城の者が検める。この後宮に於いて、皇帝の許可なく人を殺めようとすることは、禁じられているからな」
「違います! そんな花、渡したりなんてしていませんわ。信じてください! ただ、砂漠に咲いているというだけではありませんか!」
(でしょうね。仕込みだもん)
などと、口には出さないが。
「砂漠はこの国の中で、貴妃さまのご実家の地域にしかありませんけどね」
追い打ちをかけるように、香凛が言う。
それだけで、この場の空気は決まった。
「あ、陛下。たった今、本日の後宮入り口番から記録が届きました」
啓俊が、手にしている帳面をぱらぱらとめくる。
「間違いなく凌女史が、木札を見せて後宮に入っております。その際『貴妃さまに呼ばれた』と告げ、待ちあわせの広場まで宦官の一人が案内をしたそうです」
「その宦官は、貴妃に会ったのか?」
「直接顔を合わせてはいないそうですが、貴妃が凌女史を待っているのを見たそうです」
「……先ほど俺に、凌香凛が後宮にいることを知らないと言っていたな?」
瑛然は獲物を追い詰めるような表情で、貴妃を見た。
貴妃はその視線を受け止め、立ち上がる。
「こんな横暴許されませんわ! 私の兄――陸宰相が、けして許しはしないでしょう」
その言葉を受け、香凛は理解した。
(なるほどね。彼女が強気な理由がわかった。陸家の力で、逃げ切れると思ってたんだ。――でも、残念)
「ほう。面白いことを言う」
瑛然が楽しそうに笑い、貴妃の方へと足を踏み出した。




