117.魔導都市の散策と、変わってしまった兄
国賓待遇として案内された帝都の最高級ホテル。その豪奢なソファに深々と腰を下ろした俺は、同行メンバーたちに向けて言い放った。
「――というわけで、お前らは適当に散らばってこい」
「……適当に、とは。私にヴェルト様の護衛を離れろとおっしゃるのでしょうか?」
マリアがスッと目を細める。彼女が纏う空気が変わり、室内の温度が数度下がったような錯覚を覚えた。
「言葉の通りだ。これからあの面倒な宝物庫のダンジョンに潜るからな」
「……ダンジョン、ですか?」
マリアが不思議そうに首を傾げた。他のメンバーもピンときていない顔をしている。無理もない。他国の宝物庫といえば、普通は厳重な扉と鍵で守られた大きな部屋を想像するはずだ。
「ああ。ドラグノフ帝国の地下宝物庫ってのはな、ただの金庫じゃねぇ。無数の魔導トラップと凶悪な守護獣が配置された、帝都の地下深くに広がる凶悪なダンジョンそのものなんだよ」
俺が原作知識を元にあっさりと説明すると、案内役であるサラシュアがガタッと音を立てて立ち上がった。
「なっ……!?なぜ、他国の領主であるヴェルト様がそのことをご存知なのですか!?」
サラシュアは驚愕に目を丸くし、畏敬の念すら込めた熱い視線を俺に向けてくる。ただのゲーム知識なのだが、勝手に感心してくれたなら好都合だ。
「……まぁ、そういうことだ。だからそのダンジョンに潜る前に、この国の軍事力だの裏事情だの、厄介なトラップの噂なんかを集めてこいってことだ」
(ある程度知ってはいるんだがな...ただ俺が知っている内容と同じかどうかある程度の裏取りはしておいたほうがいい。なんせあのダンジョンには魔神の心臓とは別に本来勇者が手に入れるアレがあるはずだからな)
俺がそう締めくくろうとした時、サラシュアがスッと俺の隣に歩み寄り、声を潜めて耳元で囁いてきた。
「……ヴェルト様。一つお聞きしてもよろしいかしら?その情報は、一体どこで?まさか我が国の王宮内に、あなたに情報を流している裏切り者がいるのではなくて?」
感嘆の裏側に、鋭いいぶかしみの色が混じっている。皇女として、国家機密の漏洩は見過ごせないのだろう。
「さらに言わせていただければ、他国の王族であるレオンハルト様がいるような大勢の前で、我が国の機密を口にするのは控えていただきたいですわッ。外交問題以前に、我が国の安全保障に関わりますわよ?」
もっともな苦言だ。俺は少しだけ視線を逸らし、鼻を鳴らした。
「裏切り者?そんな大層な奴はいねぇよ。お前らの国の連中は、どいつもこいつも魔導技術の自慢話が大好きだろ。街を歩いてるだけで、酔っ払った役人が自慢げに喋ってたのを小耳に挟んだだけだ。警備がザルなのは、俺のせいじゃねぇよ」
もちろん真っ赤な嘘だ。だが、魔導大国としての誇りが高いこの国の人間なら、自分の成果を自慢したくなるだろうという推測は、サラシュアにとっても納得感があったらしい。
「……酔っ払った役人?まぁ、確かに我が国の技術者たちは、自分の造った機構を語りたがる傾向にありますけれど……。それにしても、そんな断片的な情報から地下の全容を推測されるなんて、やはりヴェルト様の観察眼は恐ろしいですわね」
サラシュアは半信半疑ながらも、俺の「超人的な観察力」という解釈で無理やり納得したようだ。危ない危ない。
「ガハハッ!要するに、この国のエリート竜人どもがどれだけ骨があるか、軍事施設に乗り込んで手当たり次第に喧嘩を売ってこいってことだな!血が滾るぜ!」
「お、お待ちなさいッ!」
嬉々として窓から飛び出そうとした戦闘狂の首根っこを、生徒会長のアリシアが耳まで真っ赤にして叫びながら引っ掴む。
「他国でそのような野蛮な道場破りモドキなど、正義を重んじる生徒会長たるこの私が絶対に許しませんわ!立派な悪の所業ですッ!」
「あぁ?なら勝手についてきな!俺は俺のやり方で視察するぜ。俺のペースに遅れんじゃねぇぞ!」
「遅れるわけがありませんわ!私は実家の方針……ではなく、ヴェルトの……こ、こほん!とにかく、ヴェルトの安全を脅かす悪を未然に防ぐことこそが、私の信じる正義ですわ!相手の警備の穴から兵士の質まで、私が隅から隅まで徹底的に査察してやりますわよ!もし向こうが少しでも野蛮な敵意を向けてくるようなら、正当防衛という名の正義の鉄槌を下して完膚なきまでに制圧するのも、生徒会長としての立派な務めですわッ!」
「ガハハッ!正義の大義名分を掲げて正面から叩き潰すってことだな!お前、真面目な顔して意外と過激で最高だな会長!行くぜ!」
「ええ!徹底的に視察という名の正義の執行に行きますわよレオンハルト殿ッ!」
ヴェルトへの隠しきれない思いを「正義」という無敵の大義名分で必死に誤魔化した結果、なぜか戦闘狂と異常に意気投合してしまったアリシアは、熱い握手を交わして真っ先にホテルを飛び出していく。
……なんであの二人、あんな変な方向に気が合ってんだ?絶対どっか破壊してくるだろ、あれ。
「……はぁ。承知いたしました。ヴェルト様のご命令とあれば」
マリアは一つため息をつくと、淑女のような完璧な所作で一礼した。
「では、私はネロを連れて、この帝都の裏社会にヴェルト様の害となる『ゴミ』が落ちていないか、徹底的に掃除してまいりますね」
「えーーーっ、俺もいくのかよ!?」
首根っこを掴まれたネロが文句を叫ぶが、マリアはそれを完全に無視し、スッと視線を動かしてサラシュアへ氷のように冷たい微笑みを向けた。
「サラシュア様。私が側にいないからといって、案内役に託つけてヴェルト様とあまり『はしゃぎすぎない』よう、くれぐれもご注意くださいませ。……万が一、不作法な真似があれば、どのような身分の方であろうと容赦はいたしませんので」
極上の笑みを浮かべながら放たれたその圧力に、皇女であるサラシュアでさえ僅かに顔を引きつらせる。マリアは有無を言わさずネロを引きずったまま、夜の街へと消えていった。
さて、これでようやく静かに昼寝が……。
「待ちなさいヴェルト。寝るには早すぎるわ」
目の前に、魔導理論の天才でもあるクリスが仁王立ちしていた。
「……あぁ?お前もさっさと散らばってこいよ」
「論理的に考えて、この高度な魔導都市の技術体系を私が調査しない手はないわ。そして、その案内役であるサラシュア様を、自称『悪徳領主』のあなたと二人きりにするのは、護衛の観点からも論理的破綻を招くわね。よって、私が同行してあなたを監視、もとい観察するのが最善の解よ」
「おい、俺は昼寝がしたいんだよ」
「あら、ヴェルト様。帝都のメインストリートには、ここよりもずっと寝心地の良い、最高級魔導シルクを使ったクッションを備えたオープンカフェがありますわ。そこまで案内しますから、どうか私にお付き合いいただけないかしら?」
クリスの理屈攻めと、サラシュアのしつこい勧誘。ここでこいつらと押し問答を続ける労力を天秤にかけ、俺は渋々ソファから腰を上げた。
「……はぁ、分かったよ。そこまで行けば寝かせてくれるんだな?」
◆
というわけで、俺はホテルのふかふかなベッドでの昼寝の予定を変更させられ、クリスとサラシュアの三人で帝都のメインストリートを歩いていた。
「フン。自動販売機から清掃ゴーレムまで、結界と連動した緻密な魔力制御……確かに高度な技術だわ。まぁデコピン一つで全てを破壊する貴方の方が興味深いけど」
周囲の魔導機器を冷静に分析しながらも、クリスは相変わらず俺の力に対する異常な執着を見せている。
そんな中、街の中央に設置された巨大なモニターに、不快な映像が映し出された。
『我が帝国の竜人たちよ!弱き者は淘汰される!圧倒的な力こそが正義であり、最も神竜に近い姿を持つ我らエリートこそが、この世界を支配するのだ!』
モニターの中で演説しているのは、先ほど俺が蹴り飛ばしたはずの第一皇子、ライバルドだった。顎に痛々しい包帯を巻きながらも、その目は血走り、異常なまでの狂気を孕んでいる。
「……お兄様……」
その映像を見上げながら、サラシュアが悲痛な声で呟いた。
「あんなバカげた演説を垂れ流して、恥ずかしくないのかね、あいつは」
俺の呆れた声に、サラシュアは力なく首を振った。
「……昔のお兄様は、あんな狂った思想は持っていませんでしたわ」
サラシュアの言葉に、クリスもモニターから視線を外し、彼女の方を向く。
「昔は違ったの?」
「ええ。エリート意識こそ高かったものの、弱者を無意味に虐げるようなことはしない、厳格で誇り高い武人でした。……あんな風に変わってしまったのは、王都でもヴェルト様にお話しした、あの忌まわしい『嫉妬の魔神の心臓』が宝物庫で脈動を強めてからですわ」
サラシュアは、伏し目がちに語り始める。
「魔法の才能がない自分を正当化するように、暴力と支配による圧倒的な力に固執するようになってしまった……。お兄様の心の隙間に、あの呪物が入り込んだのですわ」
(ライバルドという男の根底にある妹へのコンプレックスを、呪物の力で最悪の方向に引き出したってわけだ。毒気に当てられやすい、チョロいエリート様だな)
「私の国を、そしてお兄様を、ヴェルト様の言葉をお借りするなら『ゴミ』のせいで狂わされたままにはしておけません。私は皇女として、そして妹として……お兄様を止めなければ」
悲壮な決意を口にするサラシュア。だが、俺にとって他人の家庭事情など知ったことではない。
「……なら、話は簡単だろ」
俺は頭を掻きながら、ため息交じりに言い放った。
「あの宝物庫の『ゴミ』は、俺が丸ごと略奪してやるってさっき龍帝にも言ったばかりだ。元凶の心臓を俺が引っこ抜けば、全部解決する」
「ヴェルト様……」
「それに、あいつのあの狂った目つきも気に入らねぇ。次に俺の前に立ち塞がるなら、今度は顎の骨が粉々になるくらい物理的に目を覚まさせてやるよ。……妹のお前が、それで文句がないならな」
俺の不敵な言葉に、サラシュアは一瞬目を丸くした後、花が咲くような美しい笑顔を見せた。
「……ふふっ。ええ、文句なんてありませんわ。お兄様の顎の骨くらいなら、私の回復魔法で後からどうにでもなりますから」
「論理的に考えて、随分と物理的な兄妹愛ね」
クリスが呆れたように呟く。
面倒な皇女様の悩み相談も終わったことだし、あとは仲間と合流し、あの忌々しい宝物庫に潜って、さっさと目的のものを回収するだけだ。
目指すは、帝都の地下に広がる広大なダンジョン――龍神城・地下宝物庫。
ふと、ライバルドが映るモニターの端にメルフィの影が見えた気がした。




