115.次期皇帝の強襲と、龍帝への略奪宣言
国境の門を物理的な「圧」だけでこじ開けた俺たちを乗せた馬車は、そのまま帝都の心臓部へとひた走った。
車窓から見える光景は、王国のそれとは一線を画していた。魔法と機械が高度に融合した、いわば魔導サイバーパンクとも呼ぶべき異様な都市。空を飛ぶ魔導艇が行き交い、巨大なモニターには龍帝の言葉や最新の魔導製品の広告が映し出されている。
本来なら、この近未来的な景色をゆっくり拝んでから、最高級のホテルのベッドにダイブする予定だったのだが……。
「……ヴェルト様、どうやら予定変更のようですわね」
マリアが窓の外を見つめ、低く冷ややかな声を漏らした。
馬車の行く手を阻むように整列しているのは、先ほどの国境警備兵とは比較にならないほど洗練された魔導装甲を纏う竜人の部隊だ。兜の隙間から覗く彼らの顔や首筋は、強靭で分厚い竜の鱗に広く覆われている。
俺の記憶が確かなら、原作におけるドラグノフ帝国には一つの絶対的な設定があった。竜人は『より竜に近い外見を持つ者ほど強い』という法則だ。特に闘争本能の強い男性キャラクターにおいて、その傾向はステータスに顕著に反映されるようデザインされていたはずだ。
「あれほど立派な鱗を持つ者たち……お父様直属の『親衛隊』ですわね。なぜ彼らがこんな所に……」
比較的人間寄りの外見でありながら魔法の才で皇女の座にいるサラシュアが、訝しげに呟く。どうやら、ただの出迎えというわけではなさそうだ。
「……あー、うるせぇ。今度はなんだ」
俺が苛立ちを隠さず馬車の扉を開けようとした、その時だった。
「――待て。そこから一歩も動くな、下等な人間め」
上空から、空間を切り裂くような鋭い声が降ってきた。
漆黒の馬車の屋根に、凄まじい衝撃と共に着地した影がある。
天を衝くほど立派な龍の角に、分厚い竜鱗に覆われた屈強な肉体。まさにゲームの設定通りの「強者」の証明たる姿だ。
そして、触れるだけで肌が焼けるような、ドス黒く膨れ上がった魔力の奔流。
ドラグノフ帝国第一皇子、ライバルド。
「お兄様!?何の真似ですの、これは!」
サラシュアが馬車から身を乗り出し、鋭い声を上げる。だが、ライバルドは妹など眼中にないという様子で、屋根の上から俺を――馬車の中にいる俺を、その縦長の瞳孔で見下ろしていた。
「国境の警備兵たちを、ゴミのように散らしてくれたそうだな。エリートたる竜人の面汚しどもが……だが、最も神竜に近い血と姿を持つこの俺はあんな弱卒とは違うぞ。貴様のようなヒョロガリの人間が、この俺の祖国でデカい顔をするのは万死に値する!」
ライバルドの手に、どす黒い雷光を纏った巨大な魔力弾が形成される。
地下で『嫉妬の心臓』に侵食され始めているせいか、その力は本来の彼が持つ限界を優に超えていた。
「この一撃で、馬車ごと塵も残さず消し飛ばしてやる!はーっはっはっは!」
増長しきった高笑い。
だが、俺の我慢はとうに限界を超えていた。
「……うるせぇって言ってるだろ、トカゲ」
俺はため息をつきながら馬車の扉を開け、外のステップに片足を乗せた。
そして、屋根の上で魔力を練り上げている気配に向け――下から上へ、無造作に足を振り上げた。
挨拶代わりの、空を裂くような蹴り上げ。
「なっ――!?」
ドゴォォォンッ!!
大気を蹴り飛ばした凄まじい衝撃波が、ライバルドの必死に練り上げた暗黒の魔力弾をいとも容易く蹴り返し、そのまま本人の強固な鱗もろとも顎を真っ向からカチ上げた。
「ぐはァァァァッ!?この俺が……エリートであるこの俺がぁぁぁッ!!」
強烈な一撃をまともに食らい、第一皇子の身体は再びピンボールのように空の彼方へと吹き飛んでいく。
捨て台詞と共に星になった兄を、サラシュアは呆然と見送り、クリスとアリシアは「……論理的に考えて、今の蹴りで街を半壊させなかったのは奇跡ね」と遠い目をしていた。
◆
そんな挨拶(物理)を経て、俺たちは帝都の中心にそびえ立つ『龍神城』へと連行……もとい、招待された。
玉座の間。
重厚な扉が開くと、そこにはドラグノフ帝国の頂点に君臨する男が座っていた。
龍帝、バハムート・ドラグノフ。
顔の半分を覆う黄金の鱗に、背にはマントのように広がる巨大な双翼。誰よりも神竜に近い、まさに頂点たる威容。
サラシュアと同じ金色の瞳を持つが、そこから放たれるのは、これまでに出会ったどの強者とも異なる、圧倒的な「格」の差を感じさせる重圧だった。
「……面を上げよ、人間の若造」
龍帝が低く響く声で命じる。
次の瞬間、玉座から津波のような『神竜の覇気』が放たれた。
床に敷かれた魔法銀のタイルがミシミシと鳴り、背後に控えていたクリスやアリシアが、その圧力に耐えきれず膝を突きかける。
だが。
「……あー、やっと涼しくなってきたな。この部屋、少し蒸し暑かったんだ」
俺は、正面から叩きつけられた覇気を、夏の夜風でも浴びるかのように涼しい顔で受け止めていた。
むしろ、少し気持ちがいいくらいだ。
「……ほう。我が覇気を真っ向から受けて、眉一つ動かさぬか」
龍帝が、わずかに目を細める。
「ヴェルト・フォン・アークライト。他国の領主風情が、我が愛娘をたぶらかし、挙げ句の果てに国境で暴れ、我が息子を地平の果てまで蹴り飛ばしたそうだな。その度胸だけは認めてやろう。……だが、貴様は何を求めて我が国に来た?富か、名声か、あるいはサラシュアの隣か?」
龍帝の問いに、俺は肩をすくめた。
「耳が早いこって。ただ悪いが、あんたの娘には指一本触れてねぇし、今後もその予定はねぇ。……たぶらかしているのは、どっちかっていうとそっちの方だろうが」
俺の言葉に、サラシュアが「あら、ヴェルト様……それは照れ隠しですの?」と頬を染めるが、俺はそれを無視して龍帝を真っ直ぐに見据えた。
「俺がここに来た理由は一つだ」
俺は懐に手を入れ、不敵な笑みを浮かべる。
「あんたの家の宝物庫に、随分と不吉な脈動を立てている『ゴミ』が眠っているだろう。……『嫉妬の心臓』。あれを、俺が丸ごと略奪させてもらう。これはお願いじゃねぇ、決定事項だ。……文句があるなら、今ここで相手をしてやってもいいぜ?」
玉座の間が、凍りついたような静寂に包まれた。
他国の皇帝に向かっての、あまりに堂々とした「略奪宣言」。
龍帝の瞳に、獰猛な火が灯った。
「――はっ……はははははっ!密偵により聞きはしていたが、愉快な男よ!我が国の至宝をゴミ呼ばわりし、この私を目の前にして略奪を宣告するか!」
龍帝は豪快に笑い飛ばしたが、その殺気は一向に衰えていない。
「いいだろう、ヴェルト・フォン・アークライト。略奪したければしてみせよ。……あそこには既に『招かれざる客』が入り込んでいる。それを退け、我が息子ライバルドの狂態を鎮めてみせれば……まさにそのゴミ、くれてやっても構わん」
(……招かれざる客、か)
俺は内心で舌打ちをした。
原作によれば、ライバルドは自らのコンプレックスから単独で『嫉妬の心臓』に飲み込まれ、この皇帝の命を狙って暴走する。それを主人公たちがサラシュアと共に打倒し、正気に戻すというのが本来のメインストーリーだったはずだ。そこに他者が介入する余地はない。
そもそも、メルフィなんていう規格外のキャラは、原作のメインストーリーには一切関わってこない存在だ。だが、このイレギュラーだらけの現状と、先ほど感じたあの異常な魔力密度を考えれば、宝物庫に入り込んだその『招かれざる客』というのは十中八九、あのイカれた聖女だろう。
龍帝の言葉に、俺は「話が早くて助かるぜ」とだけ答え、踵を返した。
背後で、メルフィの不気味な笑い声が聞こえたような気がしたが、俺の目的は決まった。
ドラグノフ帝国編、いよいよ本命の「略奪」が本格的に幕を開ける。




