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111.嵐の前の休学届と公爵令嬢たちの事情

 王城での「略奪宣言」から一夜明けた、王立魔法学園。


 世界合同武術大会という名の大惨事を乗り越え、学園は奇妙な静けさを保っていた。だが、俺――ヴェルト・フォン・アークライトの周囲だけは、相変わらず騒々しい嵐の中心に置かれている。


 俺は出発の準備を整える前に、まずはこの学園での厄介な手続きを終わらせるべく、学園長室の重厚な扉を足で蹴り開けていた。


「――というわけだ、学園長。私はしばらく学園を離れる。元より勇者の監視が目的だったが、事情が変わった。俺は退学で構わないと言ったんだが、王族の方々がせっかくだから卒業したほうがいい『休学扱いにしろ』とうるさくてな。手続きはそちらで適当に済ませてくれ」


 俺はふんぞり返り、机の上に書き置きに近い内容の『休学届』を無造作に放り投げた。


「ヒィィィィィン!も、もちろんですわァ、ヴェルト様ッ!!退学なんてとんでもない!貴方様のような……その、歩く戦略兵器を失うなんて、学園の損失以外の何物でもありませんものッ!籍は未来永劫、最優先で確保させていただきますわァ!」


 筋肉ダルマのベルガモット学園長が、厚塗りのファンデーションをボロボロと崩しながら全力でハンコを叩きつける。


「いや、いずれは卒業するんだから未来永劫確保されたら困るんだが...」


 先日の武術大会での、魔人をも素手で粉砕する理不尽な蹂躙。それを特等席で目の当たりにした彼(彼女?)にとって、今の俺はもはや一介の生徒ではない。「機嫌を損ねてはいけない災害」扱いだった。


「勇者アレクの件は、教会と王家が引き取って処理することになっている。……俺が戻るまで、学園の地下ダンジョンにいるカビ臭いアバドには変な刺激を与えんなよ。あれは俺の『取引相手』だからな。生徒はおろか、教師も近づけるなよ」


「は、はいぃッ!地下五階以下は永久封鎖、立ち入り厳禁を徹底いたしますわァ!どうか道中、お気をつけて……!」


 平身低頭で見送る学園長を背に、俺は部屋を出た。


 よし、これで学園側の話はついた。退学にならなかったのは面倒だが、王族のコネがある以上、籍を残しておいて損はないだろう。


 俺はそのまま、荷物をまとめているはずの仲間たちの元――Fクラスの教室へと足を向けた。



 ガラリ、と立て付けの悪い扉を開けた瞬間だった。


「「「魔王様ァァァッ!!お辞めにならないでください!!」」」「「「俺たちは一生、貴方についていきますゥゥゥッ!!」」」


 地鳴りのような叫びと共に、Fクラスの不良どもが一斉に床に額を擦りつけて土下座をかましてきた。どうやら俺が学園を去るという話を、どこからか聞きつけたらしい。


「うるせぇ。退学じゃない、ただの休学だって言ってるだろ。俺がいない間、せいぜい筋肉でも鍛えておけよ。戻ってきた時に少しでも怠けていたら、全員あの三流教師ヨフセイの隣までデコピンで飛ばしてやるからな」


「「「ハッ!ありがたき幸せ!!筋肉に誓って!!」」」


 相変わらずの狂信ぶりに深いため息が出る。


 俺は土下座の海を避けながら、教室の奥へと進んだ。だが、そこには一人、いつもの活気がない少女が立っていた。ニーナだ。


「……ヴェルト様。申し訳ありません。私……今回は、ご一緒できません」


 ニーナが、絞り出すような声で俺を見上げた。


 その手は、いつもの愛用プロテインシェイカーではなく、自身の胸元をぎゅっと力強く握りしめている。


「……どういうことだ?」


「はい。……教会の方々が、アレクを地下深くの『隔離施設』に幽閉するという噂を聞きました。……あのボロボロの状態で、冷たい檻に入れられるかも...アレクがどんな目で見られ、どんな扱いを受けるか……。今の私には、放っておくなんてできません」


 ニーナの瞳には、かつての泣き虫だった頃の弱さはない。だが、幼馴染を見捨てられないという、彼女の根源的な「優しさ」が、その足を学園に留めようとしていた。


「アレクが目を覚ました時、隣に誰もいなかったら、あの子は今度こそ本当に壊れてしまう気がするんです。……だから、私が傍にいます。看病して、あいつのひん曲がった性根を、もう一度私の筋肉で正しく叩き直してあげたいんです」


「……はぁ。お前のそういうお人好しなところは、最後まで変わらねぇな。やっぱお前は根っからの聖女だよ」


 俺がやれやれと首を振った、その時だった。


「あらあら、まあまあ!なんて涙ぐましい友情……いいえ、『愛』ですわねぇ♡」


 不意に、影の中から一人の少女が姿を現した。


 蜂蜜色の髪に、とろけるようなタレ目。特別講師であり、現聖女――メルフィ・アンスバッハだ。


「メルフィ……!貴女、いつからそこに!」


 俺から事情を聞いているクリスがレイピアを構え、アリシアが杖を突きつける。だが、メルフィはクスクスと鈴を転がすように笑うだけだ。彼女は歯牙にもかけず、視線は、ただ一人、俺だけをねっとりと射抜いていた。


「ヴェルト様。先日のあのお姿……本当に、本当に素敵でしたわ。勇者様をゴミのように踏みつぶし、私の計画を粉々にしてくださった貴方のあの圧倒的な理不尽……!おかげで私、まだ胸のドキドキが止まりませんの」


 メルフィは両頬を染めて身をよじらせると、一転して冷徹な瞳でニーナを見た。


「ニーナさん。貴女、勇者様の看病をしたいんですって?本来なら、神敵であるヴェルト様の従者である貴女には、教会の管理下にあるアレク様に近づく権利すらありませんけれど……」


 メルフィは再び俺に向き直り、艶然と微笑んだ。


「ヴェルト様。これは、私をあんなに楽しませてくれた貴方への『ご褒美』ですわ。……ニーナさんの件、私が特別に計らって差し上げます」


「ご褒美だぁ?虫唾が走るな」


「ふふ、照れないで。……ニーナさん、貴女を今日から私の、そう『聖女補佐』に任命しますわ。教会の正規の地位ではありませんが、私の直轄として、勇者アレク様の心身のケアを行う特権を与えましょう」


「えっ……本当ですか……!?」


 驚愕するニーナに、メルフィは人差し指を唇に当てて妖しく囁く。


「ええ。ただし、逃げ出さないようにしっかりと監視の目は付けさせていただきますけれどね。……さあ、ヴェルト様。手元のおもちゃが一つ減って寂しくなりますが、その分、外の世界で私を――もっともっと、愉しませてくださいね♡」


 甘い毒のような言葉を残し、メルフィは光の粒子となって空間に溶けるように消え去った。


 後に残されたのは、複雑な表情の俺たちだけだ。


「……ヴェルト様、すみません。私、アレクを絶対に治して、必ず後から追いかけますから!」


「……ああ。あのクソババアならこんなまどろっこしいことしなくても、どうとでもなるだろうからな。今回の話は本当にご褒美とやらなんだろ。せいぜい、あのバカ勇者に特製プロテインでも飲ませてやれ。死なせるなよ」


「はいっ!!」


 ニーナの力強い返事を聞き届け、俺は小さく手を挙げて教室を後にした。



 ニーナとの別れを済ませ、学園の正門へ向かう俺の背後で、ずっとブツブツと呟きながら付いてくる足音があった。


「論理的に考えて、絶対におかしいわよッ!!」


 クリスだ。彼女は自分の身長ほどもある巨大なトランクを魔法で浮かせながら、必死の形相で俺を追いかけてくる。そしてその隣には、同じく大荷物を抱えたアリシアの姿もある。


「……おい、クリス、アリシア。お前ら、なんで当然のように大荷物で付いてくるんだよ......お前らは公爵家の人間だろ。俺みたいな悪徳領主についてきて、実家の方は大丈夫なのか?学園はどーするんだよ」


 俺が呆れて問いかけると、二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、同時に顔を真っ赤にして視線を逸らした。


「……ろ、論理的に考えて、全く問題ないわよッ!!」


 クリスが早口でまくしたてる。


「お父様(公爵)に話をしたらね……『ヴェルト殿は王家と深く関わり、この国を魔神から救った真の英雄だ。そのような方の傍にいられるのはドラグノフ家にとって名誉なこと。……いいかクリス、側室でもなんでも構わん。手段を選ばず、物理的にも精神的にもアークライト家との繋がりを深めてこい!』って、鼻息荒く送り出されたんだから!」


「お、親が娘に側室になれって……正気かよ」


「う、うるさいわね!当然、私は学術的な観測対象として付いていくだけよ!貴方みたいな野蛮人の嫁になんて、誰がなるもんですか!」


 顔を真っ赤にして否定するクリスだが、その瞳は明らかに動揺で潤んでいる。


 すると、隣のアリシアも杖を抱きしめながら、耳まで真っ赤にして叫んだ。


「わ、私もですわッ!!私のお父様も、『生徒会長として英雄ヴェルト殿を監視する……素晴らしい大義名分だ!なんなら監視の延長でそのまま嫁いでしまえ。クライン家は結納金の準備をして全力で応援するぞ!』と、歴代当主の妻としての心得が書かれた本を持たされましたの……ッ!」


「……親バカどもめ。どこの貴族も計算高いことで」


 王家が俺を重用しているのを見て、公爵家としても俺を逃したくないのだろう。それこそ学園を休学することで発生する損失よりも。


 二人は「これはあくまで義務と学術調査よ!」「正義の監視ですわ!」と必死に言い張っているが、照れ隠しの態度はバレバレだ。


「それに、今回の目的地はドラグノフ帝国でしょ!?あそこは魔法工学の先進国。私の最適化理論をぶつけるには最高の戦場だわ!だから私が行くのは運命でも愛でもなく、ただの『理論的必然』なのよ!」


「……理屈が長いな。要するに付いて来たいんだろ?」


「う、うるさいわね!!……置いていったら、一生呪ってあげるんだから……っ」


 涙目で睨んでくる二人の公爵令嬢に、俺はやれやれと肩をすくめた。


「はぁ……。分かったよ。ただし、俺の邪魔はするなよ」


「「……っ!ふん、当然ですわ(よ)!!」」



 学園の正門前。


 アークライト家の紋章が刻まれた漆黒の馬車が、魔法馬マジックホースの低い唸りを響かせながら待機していた。


 だが、その馬車の前は、すでに地獄の釜が開いたような有様だった。


「……ヴェルト様。随分と遅いお戻りですね」


 マリアが、氷の微笑を浮かべながら、手にした短剣で果物を無慈悲に細切れにしていた。


 俺の馬車の前に立つのは、招かれざる(しかし立場上断れない)豪華すぎる客たちだった。


「おいヴェルト!いつまで突っ立っている、早く出発の合図を出せ!」「ふふ、ヴェルト様。私の荷物、繊細なものが多いですから丁寧に扱わせてくださいね?」


 我が物顔で乗り込んでくる二人を眺め、俺はこめかみを押さえて昨日の出来事を思い出す。


 話は、昨日の王城での密談に遡る。


 教会の不祥事を片付け、一息ついていた俺に、国王がワインを傾けながらさらりと言い放ったのだ。


『ヴェルトよ、ドラグノフ帝国へ向かうついでだ。国賓である彼らの案内役……もとい、道中の護衛を頼まれてはくれんか?英雄である其方が同行するとなれば、あちらへの牽制にもなる』


 隣では、その話を聞きつけたシルヴィアとシャルロットが目を輝かせ、「お父様!それならば私たちも付いていきますわ!」と身を乗り出していた。だが、国王は珍しく厳しい顔で首を横に振った。


『ならん。今回の件は外交上の機密も多く、何より魔神の心臓が絡む。王女であるお前たちが許可なく他国へ踏み込むのは、火に油を注ぐようなものだ。……今回はヴェルトに任せなさい』


「そんな……っ」「わたくしも、ヴェルト様のお力になりたいのに……!」


 二人は顔を真っ赤にして悔しがり、最後には「……ヴェルト、戻ってきたら覚悟しておきなさいよ!」「絶対に、絶対に新作のアイスを十種類は用意していただきますからね!」と、理不尽な八つ当たりを俺に残して去っていった。


 そんな経緯があって、今のこの状況があるわけだが……。


 その視線の先には、勝手についてくることになった獣国王子レオンハルトと、当然のように俺の馬車へ自国の荷物を運び込ませている龍国皇女サラシュア。どうやら自分の部下は自国の馬車で、本人達だけ俺の馬車に乗りこむ様だ。


「……はぁ。俺の平穏な旅路が、一瞬で騒がしい地獄に変わったな」


「やっとニーナ様がいなくなって二人きりかと思ったら、今度は馴れ馴れしい害獣と発情トカゲ、そして図々しい公爵家のメス猫が二匹ですか。……ヴェルト様の馬車は、いつからノアの方舟になったのでしょうね?」


「……マリア、落ち着け。これはあくまで仕事だ。それにニーナがいなくなっても二人きりじゃないだろ。ネロがいる」


「ネロはいいのです。それに、分かっておりますわ、ヴェルト様。恋路を邪魔するナマものを解体して干し肉にするのは、アークライト領を出てからにいたします♡」


 マリアの隠しきれない殺気に、レオンハルトが「ほう、このメイド……食いごたえがありそうだ!」と闘志を燃やし、サラシュアが「あら、賑やかでいいですわね。私の逆鱗が疼きますわ」と妖しく微笑む。


 俺は、これから始まるであろう「龍の国への旅路」を想像し、激しい頭痛をこらえながら馬車の扉を開けた。


「……ネロ、お前も来い。もう出発だ」


「……へいへい。女体化した天才魔術師改め、ヴェルトの財布係兼お守り役、謹んで拝命するぜ」


 未だに魔力コンディションのせいで女性の姿のままのネロが、不敵な笑みを浮かべて馬車に乗り込む。


 こうして、一人の聖女を王都に残し、悪徳領主の一行は――さらなる混沌が待ち受ける龍の国家へと、重々しいカチコミの蹄音ていおんを響かせ始めた。

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